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ハッピーダイス 07


 科学技術の未発達であるこの惑星において、基本的に移動手段とはそれすなわち歩くことだ。

 動物の引く荷車であったり、動物そのものに乗って移動することはあっても、多くの人にとって都市間の移動は徒歩となる。

 そして旅とは、野生の獣や悪党から身を守りながらの危険な行為であると言われる。


 そんな環境に在ってこの地方都市オルトノーティは、廃鉱山を利用したギャンブルの街として名を馳せているためか、危険を承知でスタウラス国の全土から多くの人が集まっている。

 カサンドラの言によると、国内どころか共和国からも密かに客が渡ってくるらしい。

 ともあれそのような土地であるだけに、この都市は年々混迷の坩堝と化しつつあった。



『どうしたって悪党が入り込んでくるのは避けられないってことか』


<当然でしょうね。ギャンブルなどという行為の性質上、組織的な悪事を働こうとする者が出てくるのは、当然の成り行きではないかと>



 変わらず卓の中央で踊る複数のダイスを眺めながら、僕はエイダと共に聞かされた内容についてを思い出す。

 どうやらここオルトノーティは、鉱山であった頃から元々居た連中や、国内の他地域や他国から入ってきたならず者によって、少々物騒な情勢となっているようだ。

 具体的には、複数のマフィアと言い表わせる存在が、互いに勢力争いを演じ牽制し合っているのだとか。


 おかげで現在街を仕切っているのは、そういった連中。

 国による統治は有名無実化しつつあり、まさに無法地帯へと変貌しているそうであった。



『トラブルが起きても兵士が飛んでこないのは、日常の光景だからじゃないんだな』


<つまり悪党の勢力が強すぎて、手を出せなくなっているのでしょう。国としては悩ましい限りですね>



 どうりでこのカジノを仕切っている輩のような、無法の存在が見逃されているはずだ。

 取り締まるはずの兵士にその力はなく、下手に手を出そうものなら、自分たちが危険に晒されるのだから。


 見回してみれば店内にはそこかしこに、入り口で身体検査をした男のような、筋骨隆々とした男が幾人も立っている。

 万が一の時いざ戦わねばならないとなれば、そいつらを相手にせねばならない。

 そのほとんどは見かけ倒しの気配を漂わせているが、常人よりも遥かに腕力が強いだろうことは確かなので、決して侮ってかかれる相手でははず。





「出目は十一、奇数の下です」


「ああ、また外した! あんた裏でなにかやってんじゃないだろうな!?」


「まさかそんな。お疑いでしたら確認して頂いて構いませんよ」



 もう既に何度となく外し、大枚をスっている男の客がディーラーに食って掛かる。

 先ほどから何杯も酒を飲んでいるようだし、アルコールの力を借りて気が大きくなっているのかもしれない。


 気持ちとしてはわからなくはないが、実際彼はこれといったイカサマを行っている様子はない。

 店の印象からしてやっていてもおかしくはないが、とりあえずこの卓に関しては、そういった行為を行っていないようだった。


 騒いで若干の因縁をつける男に対し、周囲で目を光らせている用心棒と思われる連中が、揃って視線を投げかける。

 これ以上騒いでしまえば、昨日僕がやられたように、店の奥へと穏便な同行を求められることになるだろう。



「まぁまぁ、これから取り返せばいいではないですか。次こそは上手くいきますよ」


「……そうかね? では今回は君に免じて大人しくするとしようか」



 目立つのを避けたい僕は、とりあえず男を宥める。

 すると何故だか妙に偉そうな態度となっていたその男は、バツの悪そうに椅子へと座り直し、鼻息荒く再び手元の金属札を卓へと放った。


 視線の隅では、ディーラーの男がする会釈が見える。

 彼の立場としても、これ以上の難癖は勘弁してもらいたかったようだ。

 穏便に事が済むに越したことはないのだから、当然と言えば当然だけれども。



『やれやれ。酔うのは勝手だけど、こっちの邪魔までしないでくれよ』


<カサンドラもかなり緊張したようですよ。相当心拍数が上がっています>


『そりゃそうだ。でもなんていうか、やっぱり諜報員らしくない人だな』



 カサンドラがディーラーを務める、カードゲームが行われている卓へと視線をやる。

 そこでは一見して動揺した様子もなくカードを繰り、客たちに配る彼女の姿が。

 しかしエイダがそう言うからには、実のところかなりの緊張をしていたようだ。


 彼女からは僕を助けてくれた時もそうだが、あまり諜報員、あるいは密偵などという言葉が似合う空気を感じない。

 そういった気配を漂わせるのもどうかとは思うが、それにしても行動があまりにらしくないのだ。

 僕を助け出そうとした行為もそうであるのだが、本来立場的には見ず知らずな僕など、捨て置くのが正解であるというのに。



『逆に放っておけないだろう、あれは』


<今は上手くやっていますが、いつボロを出すとも知れませんからね>



 何やら不安となってきた僕へと、エイダもまた同意を示す。

 実際ここまで潜入をし、バレている様子もないのでそれなりには優秀な諜報員なのだろう。

 だがこちらに見せた妙に抜けている様などが、酷く僕を心配させてしまうのは否定できない。



 だがそちらにばかりかまけている訳にもいくまい。

 僕は受け持ったゲームへと向き直り、手元にある板と自身の財布へと思考を巡らす。


 卓の上、自身の前に置かれた現金代わりである金属の小板は、最初に交換した時と同じ枚数。

 つまりは増えてこそいないものの、なんとか数を減らさずに済んでいるとも言えた。



『……なんとか五分を保ててるか』


<むしろ運良くと言うべきでしょう。運の要素が強いので、多くの場合は負けるものです>



 エイダによる干渉が不可能な、運の要素のみで行われるゲーム。

 既に振られたダイスが見えない状態で予想するのであればともかく、これは賭ける対象が確定した後にダイスが振られる。

 となれば卓そのものにでも細工をしない限り、イカサマをしようがなかった。



『これでマイナスが出たら、ロークラインに請求してやる』


<大人しく払ってくれればいいのですが。報酬と相殺される可能性が高そうですね>



 これで大負けして金が減ろうものなら、かなり割りの合わないものだ。

 彼にはそのくらい請求したところで罰は当たるまい。

 だがエイダの言う通り、一筋縄ではいきそうにない相手であるだけに、僕は歯噛みする想いをするのではという疑念は捨てきれなかった。



 僕はまだ結果も迎えていないというのに、自身を顎で使うロークラインに若干のルサンチマンというか、少々情けない心情を抱く。

 そうしつつ次々と目の前のゲームを消化しながら、時折交換されるダイスや、客が持っているそれを次々と確認していった。


 段々と続ける内に少しずつ周囲へと視線をやり、店内の状況を把握していく。

 その結果理解できたのは、このカジノの警備は想像以上に厳重であろうということ。


 一見してただの客に見える人たちであっても、よく見れば警戒するような素振りを見せることがある。

 おそらくは前日に僕がゲームをしている最中に話しかけてきた男のような、客に扮した警備の人間だ。

 その割合が、おおよそ店内における客の一割強。ただの覆面警備員にしては、随分と人数が多い。

 それ程までに、やましいモノがあるということなのだろうか。



「どうかされましたか?」



 気を付けて気取られないよう窺っていたと思ったのだが、客の様子を観察するのに長けたディーラーにはわかるのだろうか。

 目の前でゲームを仕切っていたディーラーは、何人かの客が交代していくタイミングで僕へと話しかけてきた。



「いえ、何でも」


「お気づきになられたのでは? 申し訳ありません、当店は少々、警備に人を割いていますので」


「……すみません、少しばかり気になってしまいまして」



 彼は他の客に聞こえぬように言いつつ苦笑し、異なる卓で行われているゲームへと視線をやる。

 そこでは女性客が別の女性に手を掴まれ、裏へと連れて行かれる光景が密かに繰り広げられていた。

 おそらくは何がしかのイカサマをした女性が、客に扮して警戒していた人物に見つかったのだろう。



「当店はよそ様よりも多いとは思いますが、このような光景は日常ですよ。この街では」


「そのようで。時々物騒な様子が見られますね」


「やはり不当に賭けを行われては、商売が成り立ちませんもので」



 カジノ内の喧騒で半ば掻き消されてはいるが、捕まった女性は何事か喚きながら、奥へと連れて行かれる。

 それこそ僕が押し込められた、監禁場所とも拷問部屋ともつかぬ方向へだ。

 僕のように、何の根拠が無くともひっ捕らえられる人間も居るので、実のところ相当数が犠牲となってはいるのだろう。



「本当に不正を働いていたならば、一定の罰を受けて当然でしょう。もし本当にしていたならば」



 若干皮肉を交えた言い方で、ディーラーの男へと同意を示す。

 すると彼は少しばかり困った様子を浮かべながら、苦笑して新たに座った客を迎え入れた。

 どうやら僕が言った言葉に対し、あまり口に出来ぬ気まずさを覚えたらしい。

 それが昨日僕も被害に遭った、経営者の馬鹿息子に関するモノであると想像するのは容易かった。



「ともあれ本日は、ほどほど(・・・・)にお楽しみ下さい。普通にされていれば、何も問題はございませんので」


「そうか。……ではほどほどを心得て楽しませてもらうとするよ」



 肩を竦め、彼の言葉へと頷き返す。

 これは多分に、あまり勝とうとせずに適当な頃合いで負けて帰れという意味合いであろう。

 暗に大きな勝ちを収めた客が、何がしかの因縁を付けられると教えてくれているようなものだ。


 やはりここを経営しているのは、いわゆるマフィアと呼ばれる類の連中に違いない。

 ただその片棒を担いでこそいるが、ディーラーである彼は普通の一般人に過ぎないようだ。

 善意からか、それとも揉め事を面倒に思っているのか。それはわからない。

 しかしひとまずはその言葉へと素直に従う事にし、僕は少しだけの負けを期待し、手元の金属板を数枚賭けの場へと差し出した。




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