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ハッピーダイス 06


「すまない、レオ。しばらくヴィオレッタの看病を頼んだ」


「わかった。安心しろ」



 宿へと戻った僕は、未だ苦しそうに寝込むヴィオレッタをレオに任し、別行動を取る旨を伝えた。


 戦いにおいては相当頼りになる彼であったが、これから僕がカサンドラとしようとしている行動は、レオには不向きなものだ。

 潜入し、小さな品を探し、状況次第だが密かに逃げ出す。

 基本的に大剣を振り回して、多くの敵を相手に大立ち回りを演じるのを得意とするレオには、とてもではないが適した任務とは言えない。



「……何も聞かないのか? 今からすることについて」


「問題はない。気が向いたらでいい、落ち着いた時にでも話してくれ」



 何も告げず忙しなく宿を跡にしようとしている僕へと、彼は何も問うては来ない。

 なのであえてこちらから確認をしてみたのだが、レオはあまりそういった事を知りたいとは思わなかったようだ。


 本来であれば問い詰められてもおかしくはないが、レオはただ何も聞かず、ただこちらの行動を容認しようというようだ。



<いったい何が彼をここまで信用させるのでしょう>


『さぁね。案外考えるのを面倒臭がっているだけかもしれないけど』



 これまでもレオは僕が下した選択や指示に対し、これといって反対意見を述べたことはない。

 それはただこちらを信じてくれているというのもあるのだろう。

 しかしそれと同時に、あまり主体性というものが無い現れであるようにも思えてならなかった。


 あまり好ましいとは思えない志向だが、ともあれ今その件についてはいいだろう。

 僕は急ぎカサンドラが待つであろう場所へと向かうことにした。



 僕は一旦部屋へと戻り簡単な変装を行うと、宿を出てオルトノーティ市街の大通りを歩く。

 今日行った変装は昨日したような中年男性ではなく、もう少しだけ若い、三十代にかかったかどうかといった程度の風体。

 これでも僕本来の容姿と比べれば、随分と印象が異なって見えるのだから不思議なものだ。



『まさかマーカスに教わった変装が、ここまで役に立つとはな』


<本格的にこの方面を極めるのも、悪くはないかもしれません。案外重宝されるのでは>


『僕も潜入工作専門になるのか? 勘弁してくれよ、普通に戦ってる方がよほど気楽だ』



 エイダの冗談とも本気とも知れぬ言葉を受け、僕は言葉に出さぬよう含み笑いをする。

 共和国でマーカスら諜報担当の隊がしていた苦労など、想像に余りあるものだ。僕自身の適性はどうか知れないが、あまり自ら好んでやりたいと思える類ではなかった。

 勿論、命令されればやらざるをえないが。



 そのような言葉を交わしながら大通りを歩き、辿り着いたそこは僕が監禁されかけたカジノ。

 決して愉快な感情を抱けるような場所ではないが、カサンドラの話しではここが現状最も怪しいそうなので、入るしか手はないのだろう。


 気乗りのしない心境を自身でも感じつつ、僕は意を決して店への階段を下りていく。

 若干薄暗いそこを通り抜け、分厚い木製の一枚扉の前へ。

 入口に立っている筋骨隆々とした男はこちらをジロリと一瞥し、申し訳程度の身体検査を行う。



『たぶん……、気付いてないよな』


<昨日来た時と同じ人間ですが、気付いてはいないようです。変装の成果でしょう>


『やる気がないだけじゃないのか? 顔も覚えてないだろうし』



 昨日に身体検査を行われた時にも、今と同様に効果も怪しい形だけのものであった。

 実際これまで中で暴力沙汰が起きたことはないのか、何とも適当なものだ。

 ただ僕は現在何も凶器めいた物を携行していないので、本気でされたとしても別段困るものではないのだが。



「よし、行っていい」


「どうも、楽しませてもらうよ」



 客に対してする態度とは思えぬ、男のぞんざいな言葉に促されカジノの中へ。

 踏み入れて内部を見回してみれば、昨日の騒動など嘘のように、客も内装も前日に見たのとまるで変わらぬ様子であった。


 視界の隅に映る卓には、こちらもまた昨日同様にカードを繰り、客たちを相手に愛想を振り撒くカサンドラの姿。

 彼女は今日もまたディーラーとしてこの店に溶け込み、密かに探りを入れているであろう事が窺える。



『何も変化はなさそうだな。これといって警戒している気配もない』


<捕らえた人間に逃げられたにしては、あまり混乱していないようで>


『まさか逃げたのに気付いてないんじゃないだろうな……。だとすればカサンドラに感謝しないと』



 もしも万が一、連中が僕をあの部屋に閉じ込めたまま、放置しているのであったならば。

 いくら気温の安定した地下とはいえ、今頃は脱水症状の一つでも起こして苦しんでいたかもしれない。

 その前に自身で脱出した可能性は高いと思うが、何にせよ結果としてカサンドラの不用意とも思える行動はありがたいものだった。



 ともあれこのような場所へと、感傷に浸りに来たのではない。

 カジノ内を見渡して目的の代物を見つけると、僕は歩み寄ってディーラーへ一声かける、そのまま椅子へと腰を下ろす。

 目の前の卓はディーラーが立つ部分を除いて全体的に円形をしており、中央部分が丸く削り取られて凹んでいた。

 直後に背後へと現れた係の人間に金を渡し、チップとして使われる金属製の小板を受け取る。



「いらっしゃいませ。こちら現在の最低賭け枚数は三枚からとなりますが、よろしいですか?」


「ああ、大丈夫だ。ルールは他の店と同じだろうか?」



 卓を挟んだ正面へと立つディーラーの男が、柔和に見える営業用の表情を浮かべた。

 この卓で行われているゲームのルール説明が必要であるかを問われたのだが、一応初日くらいに同じ物を別のカジノでやったので問題はない。



「こちらに関しては、独自のルールを採用してはおりませんので、ご安心を」


「なるほど。ところで最低賭け枚数は途中で変動したりはしないか? そういった場合もあると聞いたんだが」



 疑いを抱いた僕は、念のために昨日行われた突発的な変更がないかを問う。

 実際そのような状況になった訳だし、この場所に関してはそういったことが信用ならない。



「時折ございます。そうなった場合には、最初に継続するかを確認させていただきますので、ご自由に降りて頂いて構いません」


「それならいい。では参加させてもらうよ」



 柔らかい調子で説明をするディーラーの男に了承し、僕はこの卓で行われるゲームへの参加を示す。

 すると彼はちょっとした世間話を交えつつ、卓前に置かれた椅子が全て埋まるのを待った。



「では人数も揃いましたので、始めさせていただきます」



 そう言うとディーラーは卓の下から小さな箱を取り出し、その中から幾つかの形状も様々なダイスを取り出した。

 ごく一般的な六面の物や、少し珍しい十面のダイス。中には僕とカサンドラが探しているのと同じ、四面のものまである。



『この中に彼女が言っていた物は、入っているだろうか?』


<――いいえ、現在目視している中には、対象物は含まれていないようです。他の物も確認しましたが、中が空洞の物はありません>



 エイダへと念の為確認をするも、どうやらこの中に目的としている、何がしかの情報が入れ込まれたであろう品は見当たらないようだった。



 今この卓で行われようとしているのは、幾つかのダイスを使ったゲームだ。

 三つないし四つを用い、奇数か偶数か、そして合計値が半分より上か下かを選び賭ける。

 ハイ&ローと、確か丁半とかいう遊びだったか。それら二つを組み合わせたような物だ。


 運を天に任せて当たる確率は四分の一と、比較的当たる頻度も高い。

 その上ルールも簡単であるためか、初心者を皮切りに一定の人気を持つゲームであるようだった。

 その代わり他のゲームに比べ、倍率などはあまり高くない傾向にあるようだが。


 ただ僕がこれを選んだのは、何も自身が興味を持ったからではない。

 このゲームの特徴である、ダイスを多く利用するという性質によるものだ。



「では今回はこちらの三つを使用いたします。どうぞご確認ください」



 ディーラーは木製の小皿に使用するダイスを置くと、参加者全員へと順に回していく。

 一応手に取ってみると、それは至って何の変哲もない、ただの木製のダイス。

 数字が彫られている以外にはこれといった細工もなく、然程高級感を感じるものでもない。



「ご確認いただけましたね? 今回は上は十三以上、下は十二以下となります。では始めさせていただきます」



 順に確認を終えたそれを回収するなり、客たちは各々が予想するモノへと、金属板を賭けていく。

 僕も倣って、手始めに最低賭け数の三枚を卓に置き、偶数下の数字へと賭けた。


 全員分の金属板が並べられると、ディーラーは卓の中央に作られた浅い窪みへと、回転をかけて勢いよくダイスを投げ込む。

 しばし回転しながら転がり、窪みの中央へと寄り集まるようにしてダイスが停止。

 三つの形もバラバラなそれらを合計した数字は、十八。

 偶数であるというのは合っていたが、半分より上であったようだ。



「残念ながら、お客様の中に当たりはいらっしゃらないようで」


「参ったな、幸先が悪い。最初くらい少なめにしておくべきだったか」



 薄い笑みを浮かべるディーラーに対し、他の客たちは笑いながら次の予想へと大枚を投じていく。

 やはりここはオルトノーティの街においても、比較的裕福な層が利用するカジノであるようだ。

 ここでは一枚がそれなりの額となる金属板を、惜しげもなく投じていく様は、どこか住む世界の違いを感じさせられた。



『早く目的を達して、クヮリヤードへ戻ろう。金銭感覚が崩壊しそうだ』


<同感です。儲ける時は大きいでしょうが、破産でもすれば目も当てられません>



 背へと冷たい汗が流れそうな僕の感想に、エイダもまた同感を示してくれた。


 昨日やったカードゲームのように、こればかりはイカサマが使えない。

 他の物よりは当たる確率が高いとはいえ、運に任せるしか手段がないゲームだ。

 事前に出る目を予想することはエイダにも不可能で、僕もまた自身の運を信じる他ない。


 奪われたダイスを見つけ出すために仕方ないとはいえ、このような物に興じていては、いくら金があっても足りやしないだろう。

 僕は減った金を頭で計算しつつ、若干の躊躇と共に次なる対象へと板を卓へと置いた。



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