ハッピーダイス 05
僕が最初にした予想が正しければ、彼女がした"我々"という言葉が意味するのは、ロークライン旗下の諜報員たちを表しているはず。
一方"国民"と言う言葉は、決して仲間内に対して使うものではあるまい。
単純に初対面であるため、仲間扱いされていない可能性はある。
ただそれとは別に、実のところ何か大きく誤解されているのではないか、という考えが頭をよぎっていた。
「あの……」
「どうされましたか? この後でしたら、隙を見て街から逃げて頂くことになります。貴方が何もしていないというのは、私がしっかりこの目で見ていましたから」
「いえ、そうではなく」
「では私の正体についてです? 申し訳ありません、詳しくはお話しできないものでして」
僕が質問をぶつけようとすると、その度彼女はこちらの言葉を遮り、次々と予想したであろう内容を返してくる。
なかなかに思い込みをするというか、そそっかしい人であるようだ。
ただこの様子からして、先ほどした想像は外れていないのかもしれない。
おそらく彼女は、僕に対して大きな勘違いをしているのだ。
それは僕の側もまた同じであったのだが。
「そうではありません、まずは落ち着いてこちらの話を聞いて下さい。確認しますが、貴女はロークラインさんの部下で間違いありませんか?」
更に言葉を口にしようとする彼女を制止し、僕は単刀直入にその名を告げる。
するとこれまで涼しげであった彼女の目元は歪み、一転して緊張が奔ったように険しくなる。
やはり間違いなく、彼女はロークライン配下の諜報員だ。
このような反応を返されれば、今更確認するまでもないだろう。
「どうしてその名を……?」
「ああ、やっぱりか。自分は貴女と同じく、彼の指示で探りを入れている者です」
そう告げて顔を布で拭って簡単に変装を解くなり、彼女は呆気に取られた表情を浮かべ、動揺からか視線が泳ぐ。
案の定彼女は僕のことを、不運にもカジノの責任者に目を付けられた、普通の一般人であると思っていたようだ。
どうやら彼女はあくまでも僕を仲間としてではなく、守るべき国民の一人として助け出したのだろう。
諜報員としてその行動はどうなのかとは思うが、つまりはそういうことだ。
それにしても、こんなにそそっかしくて諜報員が務まるのだろうかと思わなくはない。
「そんな話、私は一言も。それに貴方のような人、一度も見たことは……」
「僕は外部の人間で、彼からの依頼を受けているだけですので、会ったことがないのは当然です。受けた指示は共和国の諜報員を捜すことと、貴女と接触を計ること」
僕は部屋の壁へともたれかかり、ロークラインから受けた指示を伝える。
未だ名も知らぬ彼女にとって、僕の存在は青天の霹靂に違いない。
これまで一人ないし二人で行ってきた任務に、突然上司の名を出す見知らぬ人間が首を突っ込もうとしているのだ。
彼女にしてみれば、自身の評価が揺らいでいるも同然の心境ではないだろうか。
「俄には信じがたいですが……」
「それと行方をくらませたと聞く、もう一人の所在を確認することも含まれている。僕はただ、貴女と一緒に行動して早く目的を果たしたいだけです」
これといった証明も無しに、仲間だと言われても困惑するのは当然だろう。
彼女はその目に僅かに疑念が込められた色を浮かべ、こちらを凝視する。
僕はそれに対して、身内でしか知りようのない内容を告げ、なんとか信用してもらおうとした。
「……わかりました。他に知るはずもない、上司の名を出されては信じるしかないでしょう」
告げた言葉に対し彼女は頷いてくれる。一応はこちらの言い分を信用してくれるようだ。
彼女は肩の力を抜き、一旦落ち着くために部屋の奥へと進み、僕へと椅子を勧めてくれる。
もう少し確認のために質問攻めにされるかとも思ったが、少々動揺している彼女にはそれだけの余裕がないのかもしれない。
とりあえずはその申し出に甘えて腰を下ろすと、彼女は僅かな逡巡の後に口を開いた。
ディーラーとなっていた彼女はカサンドラという名で、何十日も前からこの街に潜入しているようだった。
目的は当然のことながら、共和国の諜報員がする活動の監視や妨害。
他にも土地柄多いであろう、違法性の高い行為を発見し、情報を流すという役割を負っていたようだ。
そんな多くの役割を、よくこなせるものだとは思う。
ただこれまでは彼女だけではなく、もう一人相棒が居たそうで、その人物こそがロークラインから捜すよう指示された、失踪した諜報員であるとのことだった。
「実は彼はもう見つかっているのです」
「本当に? ではなぜ知らせないのですか」
「現在この街には私一人しか居ませんので、離れる訳にはいかないのです。このような情報、文にしたためるとしても、一般の兵士に託すこともできませんし……」
然程遠距離での情報をやり取りする手段が乏しいこの惑星では、人が足で運ぶ以外に方法はない。
秘匿性の高い内容だけに、よほど信用のおける人間でなければ、頼むことすらできないようだった。
ただ相手が見つかっているというのに、彼女一人しか居ないというのはどういうことなのか。
それは聞くまでもないのかもしれないが、一応は確認しておかねばならないだろう。
「では、その彼はどこへ?」
「……街の北側に、共同墓地があります。そこに」
「なるほど……」
居所を聞かれ、告げられた先は墓地。
これはその彼が墓参りにでも行っているなどという意味では当然なく、既にその身が土の下へと埋められているというものに他ならない。
言葉のニュアンスからして、何がしかの理由によって、カサンドラが見つけた時点では既に骸となっていたということだろう。
ロークラインから託された指示ではあるが、早くもその一つ目を果たせずに終わってしまう。
僕自身に責任があるとは思わないが、目的を成せないというのはあまり気分の良いものではない。
「発見されたのは郊外に在る畑の脇です。荷物の一切を奪われていただけでなく、惨たらしく傷つけられ顔も判別がつかない有様でした……」
「それでどうやって身元を? 立場上あまり個人を特定できる品を、持っているとは思えないのですが?」
「一応は身内にだけわかるよう、目印となる特徴はあるのです」
そう言ってカサンドラは、自身の左手を差し出す。
何であろうかと視線をやれば、そこにはカジノディーラーの女性にしては少々無骨な手。
よくよく見てみれば、指の側面にはいくつかのタコが見える。
「……投げナイフですか?」
「そうです。任務の傾向として、私たちはあまり目立つ大きな武器を持てないので。小さく忍ばせやすい投擲用のナイフを携行し、それを使うよう訓練されています」
一般の市民などに扮する機会が多いため、あまり戦闘に適した武器を持つのは避けているようだ。
そういった話しであれば、共和国内で似たような事を行っていた僕にはある程度理解できなくはない。
その投擲ナイフとやらを、実戦でどれだけ使っているかは知れないが、その手からはこれまで延々と訓練を続けてきた跡が見られた。
そういえば傭兵団の先輩傭兵の中にも、斥候を得意とする人物の中には、こういった手をした人が居たのだったか。
「これまで幾度となく見てきた手でしたから、一目でわかりました」
「そうですか……。気を落とさずに」
「大丈夫。とっくに覚悟は出来ていますから」
言葉と同時に、軽く息を吐き苦笑するカサンドラ。
予想に過ぎない。だがおそらく骸となった彼は、彼女にとって仕事上の相棒というだけの関わりではなかったのだろう。
発された言葉からは、そういった空気を感じられる。
ともあれこの件について過度に触れる訳にも行くまい。
話を先へと進めてもらい、現状を把握しなくては。
「犯人はわかりません。ですが彼は直前に、一人でとある場所へと潜入していたようです」
「……もしかして、さっきのカジノに?」
「ええ。彼はあの場所こそが、共和国の諜報員が利用する拠点であると睨んでいたようで」
真剣な眼差しでジッとこちらを見据え、カサンドラは断定的な言葉を口にする。
きっと死んだ彼が疑っていたであろう、その場所こそが本命であると信じて。
だからこそ彼女はディーラーとして、あの場所へともぐり込んでいたのだ。
つい先ほど僕を監禁した、カジノ所有者の馬鹿息子と思わしき男の姿を思い浮かべる。
いかにもではあるが、あれならば何がしかの悪さをしていても不思議ではないと思ってしまうのは、僕の偏見なのであろうか。
「万が一の時に情報を残せるよう、私たちは私物の中に手掛かりを仕込むのです。ですが彼の荷物は全て奪われて、所在が知れません」
「ではその私物とやらを見つける必要がありますかね」
「ええ、おそらくはその中に、何がしかの手掛かりがあるはずです」
「なるほど……。それで、私物というのはどういった物なのでしょう?」
静かな調子で告げるカサンドラへ、僕はそのモノがどのような外見であるかを問う。
実際にそれを知らなければ、探しようがない。
すると彼女は胸元のポケットへと手を入れ込み、奥の方を漁り一つの物体を取り出す。
見ればそれは綺麗な四面体をした、白と黒のみの簡素な立方体。
「……ダイスですか?」
「そうです。私と彼は、これに最低限の情報を入れて保管していました」
一言断りを入れてそのダイスを手に取ると、一見して何の変哲もない、正三角形を四つ組み合わせただけの代物。
ただカサンドラの言葉によると、特定の操作をすることによってのみ開かれ、中に入れられた物が取り出せるとのこと。
サイズ的には親指の一間接分程度の大きさでしかなく、そんな仕組みを作るには精微な技術が求められるはずであった。
「こういった物に入れていても大丈夫なのですか? カジノが乱立している土地ですし、こんなのを持っていてはイカサマを疑われるのでは」
「その点は大丈夫です。カードなどはともかく、自身専用のダイスを持っている人は少なくありませんし、それを使うこともさして珍しくは。使う場合にはゲーム開始前に、ディーラーが仕掛けがないかを確認しますし」
自身もまたディーラーとなって潜入していたカサンドラは、この街の常識とばかりにハニカミながらも教えてくれる。
どうやら客側にとっても、店がイカサマをしないか警戒するためのアイテムであるようだ。
それであれば、持ち歩いていたとしても然程不思議はないのかも知れない。
相棒とやらを襲い品を奪い、今もまだそれを持っているかもしれない。
あるいは例のカジノの中に紛れ込み、人知れず使われている可能性もある。
彼女がディーラーとしてあのカジノへ入り込んだのは、件のダイスを自ら見つけ出すためでもあるようだ。
「わかりました。では明日以降、カサンドラさんに協力させていただきます。それが僕の役割ですので」
立ち上がり彼女が捜しているというダイスを、僕自身も共に探すと申し出る。
ロークラインの指示で派遣された僕が目的を果たすには、カサンドラに協力するというのが何よりも手っ取り早い。
想定していた以上に物騒な事態ではあるが、こればかりは仕方がないだろう。
告げた僕の言葉に、カサンドラはただ頭を下げる。
その彼女へと一言断り、僕はひとまず変装を解いてレオとヴィオレッタが待つ宿へと戻るため、扉を押し開き外へと出ていった。




