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ハッピーダイス 04


 やはりここも、かつては坑道だったのだろうか。

 二人の男に背を押された僕は、カジノのフロアを抜け、その奥へと続く通路を進む。

 先には一枚の扉が在り、くぐった更に奥へと見えたのは、ひたすら暗く高い湿度を漂わせた階段だ。



『こういう不条理な理由で連行されるのは、随分と久しぶりだな』


<あの時は騎士によってでしたか。不条理というには些か的外れな表現だとは思いますが>


『そう言うなよ。……今回も無事出られればいいけれど』



 ただ無言で歩を進める最中、エイダを相手に暇つぶしとばかりに、少しばかり前の話を思い出す。

 確かあの時は、行商人の護衛で港街であるベルバークまで移動し、報酬を踏み倒そうとしたそのオッサンを追いかけたのだったか。

 結局はオッサンに小金を握らされた騎士に捕まり、長い時間を詰所で過ごす破目となった。


 あの時受けた取り調べも面倒ではあったが、一応身は安全であった。

 だが今回はどうだろうか。真っ当でない連中によって手は後ろ手に縛られ、何処とも知れぬ場所へと連れて行かれている。

 これがもし普通の市民であれば、不安と恐怖からパニックを起こしていても不思議ではない。



 その不安感を煽るような階段を下っていくにつれ、徐々に通路は狭くなっていく。

 やがて人ひとりが通れるといった程度の広さとなった通路を、右へ左へと曲がり前方に姿を現したのは、またもや一枚の扉であった。



『まさか奥に兵士の詰所があるなんてことはないよな』


<それはないでしょう。推定ですが、現在地は坑道のかなり奥の方ですから>



 半ば冗談混じりであった言葉だが、エイダは律儀にも脳へと投影した図解で説明をしてくれる。

 当然のことながら、兵士がこんな狭苦しい通路の先に詰めていようはずもない。


 ではいったい先には何があるのだろうと思いながら、開かれた扉の奥へと足を踏み入れる。

 するとそこに在ったのは、さして広くもなさそうな小部屋。

 坑道の奥なので当然明り取りの窓などあろうはずもなく、中は真っ暗で何一つ見えはしない。

 男が持つ明りだけでは薄暗いのでよくはわからないが、何かが雑然と置かれていることだけはわかった。


 男は手にした灯りを、部屋に設置された獣脂が満たされた照明用の小皿へと移す。

 そうして照らされた部屋に置かれていた品々は、僕の精神をゲンナリとさせるに十分なものであった。



『こいつはまた……。随分と趣味の悪いことだ』


<逆に貴重であるかもしれません。数百年もすれば、観光資源にすら使える可能性もありますよ>



 僕が嘆息し、エイダが感心した品々。

 それは壁と床を埋め尽くさんばかりの、拷問器具の数々であった。


 どれもこれも年季が入った風合いをしており、内幾つかには使用された痕跡すら見受けられる。

 これがただのコレクションであるのか、それとも実用のために収集された物であるのか。

 何にせよ、あまり人に自慢出来る趣味ではあるまい。

 親とバカ息子のどちらが所有者であるか、あるいは双方であるかも知れないが、碌な人間ではないだろう。



「ここで待ってな。後で遊んでやるからよ」



 中肉中背の男は、下卑た笑みを浮かべそれだけ告げると、部屋の外へ出て扉の鍵を締め去っていく。

 それがこれらの器具を使って、何がしかの行動を取るという意味なのかはわからない。

 あるいはただ単に、脅しとしての意味合いで言われたのかもしれないが。



 僕はその言葉へとこれといった反応を返さず、一人残されたこの悪趣味な部屋を見渡し、嘆息して適当な椅子に腰かけた。



「何でこんな事になったんだか」



 拷問器具の一部であろうその椅子へと腰かけ、さてどうしたものかと口に出して思案する。


 別に僕が調子に乗って勝ち過ぎた、ということではないはず。

 実際勝つ度合いとしては比較的良識の範囲内であったろうし、他の店でも勝っていた事を悟られた様子もない。

 なのであの経営者代行であるバカ息子が、過度に阿漕な商売を行っている店に、運悪く入り込んでしまったにすぎなかったのだろう。

 迂闊な行動であった、とは今にして振り返ってみれば思わなくもないのだが。



<迂闊であったのは否定しませんが、今更行動の是非を論じても仕方ありません。それで、どうするつもりで?>


「どうしたもんだかな……。本当に面倒臭いことになった」



 今は後ろ手に縛られているとはいえ、これを解いて鍵をかけられているであろう扉を破ること自体は容易であるし、連中を薙ぎ払って逃げ出すのも別に難しくはない。

 ただその結果騒動となった場合、あまり好ましくない状況に追い込まれる要因が複数存在した。



「ヴィオレッタの体調が思わしくないってのが……。レオは放っておいても大丈夫だろうけど」


<彼女の状態が完全であれば、逃走するというのも一つの手なのですが>


「だがそれだと、ロークラインからの指示が果たせなくなる。それにまだ他に潜んでいる諜報員の件もある」


<今のところそれらしい人物と接触できていませんからね>



 最終手段と言える逃亡を行えば、きっとロークラインは国内全土に手配をかけるはず。

 そんな状況で体調の思わしくないヴィオレッタを連れて逃げ、船に乗るのがどれだけ大変であるかなど、言うまでもあるまい。


 それに首都クヮリヤードでは、ビルトーリオが監視下に置かれている。

 彼自身は僕等の身内ではないので、万が一の時には非情ではあるが、見捨てるという手段を取る必要にも迫られるだろう。

 だがここまで苦労して同行してくれた以上、流石に置いて逃げるというのは、少々気の向かないものがあった。



「連中が何をするつもりかは知らないが、少なくともこんな物を使われるのは御免だ」



 そう言って僕は部屋に転がる器具の一つを、立ち上がって軽く蹴飛ばす。

 いったいどういう趣味で、このような代物を収集しているのかは知らない。

 だがもし僕に使おうとしているのであれば、流石に抵抗の一つもしようというものだ。



「ともあれ、何とかしてここから逃げ出すのは確定だ」


<では街に戻ったら、また変装しなくてはなりませんね。次は女性にでもなってみますか?>


「冗談だろう。せめて老人とかならともかく」



 僕はエイダのどこまで本気かわからぬ言葉を笑い飛ばす。

 何気に本気で言っているように思えて恐ろしいのだが、いくらなんでもこればかりは冗談であると思いたいところだ。



「まずはここから脱出。その後二~三日様子を見て、落ち着いた頃にまた別の変装をして活動を再開する。幸い今も変装状態で、素顔は晒していないからな」


<ヴィオレッタとレオはどうされますか?>


「悪いけど、二人にはこのまま宿に居てもらう。僕がトラブルに遭ったと察しても、数日であれば様子を見てくれるはずだ。下手に接触するよりは安全だろうし」



 僕は今後についてエイダを相手に相談を行う。

 不測の事態ではあるが、ロークラインから受けた指示を遂行しなくてはならない。

 彼の差し向けてくるであろう追手から逃げるよりは、こちらで問題を解決した方が遥かに楽であると考えたためだ。




「二人とも当面の費用は持っているはずだし、いざとなれば体調が戻った頃に離脱を――」



 僕は今後について、エイダと共に予想を立てる。

 だがそうしていると、不意に扉からノックされる叩く音が聞こえてきた。


 もう連中が戻ってきたのだろうかと、警戒から一瞬だけ身構える。

 しかし小さく鳴らされるそのノックは、どうにも受けた印象とは結びつかないものだ。

 それに連中であれば、ノックをする必要もなく断りもいれずに入ってくるだろう。


 息を呑み反応を待つ。するとこちらからの返事は期待できないと判断したのか扉は開かれる。

 鍵を開け入り、部屋の薄い明りを受けて照らし出されたのは、一人の女性であった。



「ご無事のようですね」


「貴女は……」



 扉を越えて姿を現した人物。

 部屋の明りを受けて顔を照らされたその女性は、癖っ毛な淡いブロンドの髪を短めにカットした、活動的な印象を受ける人。

 先ほどまで僕がゲームをしていた卓に立っていた、女性のディーラーだ。



「どうしてこんな場所に?」


「すみませんが、あまり時間がありません。説明は後でしますので、今は外へ」



 彼女は自身が通ってきた通路を指さし、僕が外へ出るのを促す。

 いったいどういう訳であろうかと訝しんでしまうも、今は疑いの目を向けている場合ではないだろう。

 説明を求めるのも後回しにし、ひとまず彼女の後ろをついて行くことにした。



 見つかっては困るのだろう。手元に明りも持たず、ただ黙々と来た通路を進み上へ。

 その途中では誰とも出会うことなく進んでいき、道中カジノがあると思われる場所から逸れ、別の通路へと入っていく。


 そうしてしばし歩いていくと、ひと気のない一本の裏通りへと出られた。

 外はすっかり陽も落ちており、暗がりによって数メートル先すら見通せぬ状況だ。



「……どこへ行くのですか?」



 その裏通りで先を歩くディーラーの女性へと、問うてみるも彼女は首だけで振り返り、小さく口元を手で伏せる。

 もう少しだけ黙って、着いて来て欲しいということなのだろう。


 多々疑問は浮かぶ。だがこの場でこれ以上疑問を口にしても、きっと答えは返ってくるまい。

 そう考えたため、僕はもうしばらく彼女に任せることにし、ただ歩みを進めていった。



<裏切り、でしょうか?>


『さあね。でもあんな品位も無さそうな人間の下じゃ、嫌になるのも当然だろうけれど』


<ですがだからといって、囚われた人間を逃したりするとは……>


『普通であれば、負おうなどと考えもしない程のリスクだろうな。だとすれば、可能性は一つだ』



 僕は前を歩くディーラーの彼女へと視線を向け、その背をジッと凝視する。

 一見して何の変哲も無さそうではあるが、よくよく見れば、そして耳を澄ませば歩く歩調に音が伴わないのに気付く。

 つまりディーラーの女性は、歩法に関して何処かで訓練を受けた可能性が高い。

 それを踏まえて考えれば、このような状況で手を貸してくれる人など限られる。



<彼女がロークラインの配下ですか>


『たぶん行方不明になっていない、もう一人の方だろうな。どうやってこっちを見つけたのかは知らないけれど、まさかディーラーとしてもぐり込んでいるとは』


<外見的な特徴はロークラインから聞いていましたが、少々異なるようですね。髪はおそらく染めているのでしょう>



 エイダは眼前を歩く女性の姿を、事前にロークラインから聞いていた外見情報と照らし合わせる。

 確かにその特徴的な金髪は、聞いていたモノとは異なるものだ。

 だが彼女も告げたように、このような状況で助け舟を出してくれる人など他に思い浮かばない。

 どういう訳か彼女は、僕がロークラインが派遣した人間と気付き、危機に際して手を貸してくれたのだろう。



 そんな彼女の後ろを歩き、ある所で路地の奥に在る一件の建物へと入っていく。

 密かに扉をくぐると、彼女はキョロキョロと周囲を見回し、静かに扉を閉めた。

 室内に明りを灯して視界を確保するなり、直後に彼女は頭を下げ、助けた側であるというのに謝罪を口にする。



「申し訳ありません、説明も無しにこのような場所へお連れして」


「いえ、むしろ助かりました。……ですが良いのですか? このような事をして」


「問題はありません。お気になさらず」



 頭を下げる姿へそう問うなり、彼女は気にしないよう告げる。

 だが彼女は僕の救出に関して、直接ロークラインからの指示を受けてやった訳ではないだろう。

 それにああやってディーラーとしてもぐり込むにも、それなりの労を要したはずだ。

 僕一人を助けることによって、それが全て無駄に終わってしまう可能性すらあるというのに。


 それでも彼女は、そのようなことは些細な問題であると言わんばかりに言葉を返す。



「我々にとって、国民を守るというのは当然の行為ですので」


「……国民を?」



 彼女がした物言いに対し、僕は疑問を口にする。

 その言葉はそれこそ、言葉通り自国民へと向けられるのが自然なモノであり、決して目的を同じくする仲間に対して吐かれる類の言葉ではないだろう。



「ええ、私は見た通りただのディーラーですが、実はそれ以外にも役割があるのですよ」



 見れば彼女の表情は悪戯っぽく笑まれ、からかうような意志が感じられる。

 そこにはこれといって、何がしかの深い意図が込められているようにも思えない。

 含みを持たされているのは確かだが、どこかこの会話には噛み合わないものを感じられてならなかった。

 おそらく彼女の側は、違和感を覚えていないとは思うのだが。



『まさかとは思うけど、彼女がロークラインの配下ってのは僕の勘違いか?』


<いえ、それでしたら彼女の物言いはおかしいです。スタウラスの国民を守るという言葉からして、こちらの予測は正しいのではないかと>



 だとすればこれはどういうことなのか。

 どうにも決定的に、互いに何か重大な勘違いしているような女性とのやり取りに、僕は小さく首を傾げざるをえなかった。



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