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ハッピーダイス 02


 スタウラス国の首都クヮリヤードから、北東へ向けて約一日半の距離。

 そこのかつては鉱山で潤っていた都市の跡地に造られた歓楽地である、都市オルトノーティ。

 僕等がこの街に来てから既に三日目。今のところこれといった変化もなく、ただ僕はギャンブルに勤しむフリをしつつ、人を探すばかりだった。


 本来であればロークライン配下の人間と共に、何がしかの行動を起こしていてもおかしくはない。

 それでも今現在何もできていない理由の一つは、件の配下と思われる人物との合流が叶っていないため。

 どうやらその人物は、かなりこの街に溶け込む形で潜入しているようで、なかなか尻尾を掴むことすらできずにいた。



 そしてもう一つ、この街に至る道中で一名、脱落者が出てしまったというのも原因ではあるのだが。



「調子はどうだ?」


「……最悪だ。暑いのか寒いのか、汗も止まらん。それに何よりも味がわからんのが辛い」



 宿へと取った一室。その部屋をノックして踏み込むと、一人横になる人物の様子を問う。

 返されたふてぶてしい言葉は、ヴィオレッタのものだ。


 彼女はオルトノーティへと辿り着く少し前、首都クヮリヤードから移動していた時点でどうにも様子がおかしかった。

 そこでこの街へと辿り着くなり、早々宿を取って休んだ夜、急に熱を出し始めたのだ。



「一応こっちは何とかするからさ、ゆっくり治しなよ」


「冗談ではない。このような醜態、あってはならないことだ!」


「あんまり興奮しないでくれよ。また熱が上がるから」



 ベッドの上で身体を起こし、ヴィオレッタは拳を握りしめる。

 だが力んだことによって、眩暈を起こしてしまったのだろう。フラリと身体を傾かせベッドへと落ちる。

 やはり体調が戻るには、もうしばらく時間がかかるようだ。



<未知の病原体などに侵されたというモノではないようです。単純に免疫力の低下による、流行性感冒ですね。少々長引いてはいますが>


『なら大丈夫だな。安静に寝てれば治るだろ』



 エイダによる診断は、これといった異常は見られないというもの。

 その言葉に安心し、僕はサイドチェストから水を素焼きのカップへ移し、ヴィオレッタに飲ませる。

 それと同時に外で買って帰った、小さな飴を一つ舐めさせると、彼女はゆっくりと眠りについていった。



 一度だけ額に手を当てて熱を診ると、眠りに入ったヴィオレッタを置いて部屋の外へ。

 そこで廊下に立っていたレオと顔を合わせた。

 彼は水の満たされた桶と布を手にしており、それが彼女のために用意されたというのは明らかだ。



「どうだ?」


「今眠ったところだよ。少しは熱も下がってきた」



 簡潔な言葉を交わすと、彼は頷いて部屋の中へと入っていく。

 布を水に浸し、絞ってヴィオレッタの頭へ。

 それだけすると、レオは桶を置いたまま無言で自身の部屋へと戻っていった。


 レオには万が一物騒な事態となった場合に備え、この宿で待機してもらっている。

 あまり器用にカジノで渡っていけるとは当人も思っていないようで、これはレオ自身から言い出したことだ。


 ビルトーリオに関しては、どちらにせよ出番がないためクヮリヤードに居残って貰った。

 今はノーラウザ広報社が用意した、何処かの宿で監視下に置かれているはずだ。

 彼にとっては、むしろその方が楽であろう。



 ヴィオレッタが眠る部屋の扉を閉め、僕は再び宿の外へと向かう。

 その最中に考えていたことは、皆に少々無理をさせ過ぎたのではないかというものだった。


 同盟の拠点であるラトリッジを出立してから、既に六〇日近くが経過。

 ここまで移動に次ぐ移動。更に人目を忍んで潜み、戦いまでもこなしてきた。

 今の時点まで一度として誰も倒れなかったのが、不思議でならないくらいだ。



『体力面もだけど、精神的に無理をさせてしまったかな』


<心労があったであろう事は否定しません。母親の件を気にしていない素振りでしたが、その実は大きなストレスとなっていた可能性はあります>



 やはり彼女に対し、ダリアの件を言うべきではなかったのだろうか。

 今更ながらにそう考えてしまうも、後のまつりだ。

 全てを片付けてラトリッジへと帰還したあかつきには、団長やヘイゼルさんに頼み込んで、長い休暇を取らせてもらうとしよう。



<そのためにも一刻も早く、ロークライン配下の諜報員を捜さねばなりませんね>


『それじゃあ、またカジノに行くか……。あんまり続けてやってると、目立ってしょうがないんだけど』


<賭博場は幾つも在るので、ローテーションして周ればいいでしょう。現状どこに居るか、皆目見当がつかない状態ですので>



 仕方がない、とばかりなエイダの言葉へ微かに頷く。

 一応ロークラインから捜すための手掛かりというか、諜報員の大雑把な人相などは聞いている。

 だがここまで遭遇していないのか、あるいは気付けていないのか。

 それらしい人物との接触は、叶う状況に至れてはいなかった。


 エイダの提案を了承した僕は、眠るヴィオレッタを一人置き、次なるカジノへ向かうため静かに宿の廊下を歩いた。







 この都市に店を構えるカジノは、両の指で辛うじて足りない程度の数が存在する。

 なので勝ち続けて顔を覚えられれば、警戒されて身動きが取れなくなるなどという事はなく、一か所がダメなら余所に行けばいいという手が使えた。


 ただやはりある程度は横の繋がりが存在すると見るべきで、二軒三軒と周っていけば、自ずと警戒されることは想像に難くない。

 なのでここは一つ、同一の人間であると思われぬ手段を必要とする。


 三軒目へと行くこの日、僕は以前にマーカスから教わった変装方を試すことにした。



『どうだ? 別人になれているだろうか』


<……私の場合は画像の解析を行うので容易に判別がつきますが、然程親しくない人間には、一見して誰とは区別がつかないかと>



 僕は外へと出て上空を見上げ、エイダへと変わり振りを問う。

 上から見ているであろう彼女へと、自身が行った変装の成果を見せるためだ。

 すると彼女はどこか歯にモノが挟まったような言い振りながら、相応の成果を得られている旨を返してくれた。



<おそらく二十近くは上に見えていることでしょう。十分他人と認識されるはずです>


『上等だ。これで多少は安心できる』



 決して安い物ではないのだが、ちょっとした化粧を施し皺を刻むだけで、見違えるほど別人に見えてしまう。

 それこそ年齢をずっと上や下に見せることも可能で、十分にそれだけのモノにはなれているようだ。

 なるほど、これは女性が化粧にこだわる気持ちがわからないでもない。


 ともあれこれで準備は整った。

 あとは先日と同じく程ほどの戦果を上げつつ、諜報員捜しを継続していけばいい。

 ここまでである程度プラスにしているので、この先は収支がトントンになる程度で十分だろう。



 僕は通りを歩きながら、賭博場の看板を眺め今日はどこにしようかと思案する。

 見ればどこもかしこもが、看板に謳われた文句は似たような内容であった。



『低賭け金に高配当、か。いかにもって感じだな』


<このような文句に騙される人間が、そこまでいるのでしょうか>


『居るから書いているんじゃないか? 金に目が眩むとこう言った物でも効果的なんだろう』



 ただ実際に勝つ人間が存在するというのも、また事実なのだろう。

 多少なりとそういった人が存在しないと、次第に悪評は広まり、ここで賭けても金の無駄であると周知されてしまう。

 一見の旅人であれば、それも知らずに入っていくかもしれないが。




 適当に通りを歩いて行き、僕は一件の賭博場を選択した。

 他と変わらぬ廃坑道を利用したそこへと足を踏み入れ、入口に立つ男によって簡単なボディーチェックを受け奥へと進む。

 これはイカサマに使う小道具の他、武器の類を持っていないかを調べているようだ。


 奥へと進むと、他の店とさほど変わらぬ内装に、似た配列をした様々な遊戯台が見えた。

 客の格好はこれまで見てきた中でも、比較的裕福そうな者が多いだろうか。ここは少々、余所よりも動く金が大きそうではある。


 それとなく店内を歩き、ここ数日やり続けているカードゲームを選択。

 手近に歩いていたスタッフを呼び止め、現金を支払ってチップ代わりの金属板を受け取ると、その内の一か所へと腰かけた。



「いらっしゃいませ。こちらはお初で?」


「ええ、旅の道中でして。折角立ち寄ったので、話のタネにと」



 選んだ卓に立っていた女性のディーラーは、柔和な笑顔を浮かべる。

 僕は変装した年齢相応に、若干低目な声を作り、中年男性のフリをしてゲームに参加することにした。



「ご来店頂きまして感謝いたします。ならばこちらとしては、楽しい思い出を持ち帰って頂かなくてはなりませんね」


「全てはこちらの運次第、ですがね」


「左様で。ルールの説明は致しましょうか?」



 短く淡い癖っ毛なブロンドを揺らす彼女の申し出を、首を横へ振って辞退。

 その反応を見るや否や、ディーラーの彼女は一礼して流麗な手付きでカードを配り始めた。


 六枚のカードが手元へと渡り、僕は慣れぬ素振りを作って他の客に見えぬよう広げる。

 集まった札は、あまり良いとは言えない状況だ。

 ここはエイダに頼んで他の客が置かれた状況を調べてもらうまでもなく、降りた方が賢明かもしれない。



「二枚」



 それでも一応は粘ってみるかと思い、トントンと卓を二度ノック。

 するとディーラーの女性は卓に伏せて置かれたカードの束から、上の二枚を引いてこちらへ寄越した。

 本当ならばこのノックする回数だけで、必要な枚数カードを配って貰えるらしい。

 だがあえて声に出しているのは、なんとなくそれでは作業的で味気ないと感じたからに過ぎなかった。


 手元に来た二枚と入れ替えて見やると、決定的ではないが悪くもない役が揃っていた。

 だが勝ちを信じるには、不足があると言わざるをえない。



<もう一枚いけるのでは? 形勢が逆転するかもしれませんよ>


『……遂に口を出し始めたか』



 これまでは他の客をモニタリングするのに終始していたエイダだったが、ここに来て選ぶ札にまで助言を始めたらしい。

 単純に客の心拍等を診るだけでは暇なのか、あるいは実のところ彼女も賭け事を楽しんでいるのか。

 いずれにせよギャンブルに興じるAIというのも、なかなかにシュールであるとは思う。



「いかがいたしましょう?」


「ではもう一枚お願いします」



 だが折角の助言だ、彼女の言に従ってみるのも悪くはないかと思い、半ば諦めていた僕は一枚分のカードを要求。

 手元に来たカードを捲ってみると、それは頭の片隅で想像してみた中で最も良い手札であった。


 まさか、と思っていると、エイダからは胸を張らんばかりの誇らしげな声が。



<助言は素直に聞いておく。大切なことですよ>


『やかましい。……って、もしかして、積まれてるカードを読み取ったのか?』


<センサーを活用すれば、この程度造作もありません。そういった防護措置を取られた、地球圏の品であれば不可能ですが>



 そう言い放ち、続けて彼女は勝負に出てもいいのではと付け足した。

 何という事だろうか。ここまででも十分活用して来たと思っていたのだが、まさかそこまで悪どい真似が出来ようとは……。

 そういえば僕はエイダに他の客を観察するよう指示しただけで、伏せたカードの中身が読み取れるかまでは確認していなかった。


 これでは本来楽しみであるはずな、運の要素が皆無だ。

 決して行いはしないが、勝てる状態でのみ勝負をし、金を増やすことも容易ではないか。


 どこかゲンナリとした感覚を得つつも、とりあえずは手元に役が揃ったのだ。

 僕は読みやすいよう手札を並べ、自身の手札をディーラーの前へと晒した。

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