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ハッピーダイス 01


 ああ、素晴らしきかな豊穣の地スタウラス。今こそまさに、わが世の春。

 などと大仰かつワザとらしい思考をしながら、僕は眼前の卓に置かれた数枚の小さな金属板を眺めていた。

 緻密な彫刻が施された手のひらサイズのそれには、全てに一定の数字が刻印されている。


 その小さな金属板が積み上げられている、扇状に形作られている卓を、僕を始めとした数人の男女が取り囲む。

 そして各々の手には幾枚かのカード。



「もう一枚」


「こっちは二枚だ」



 卓を囲む数人の男女は、自身の手にしたカードを睨みつつ、卓の前で一人立ったままこちらを向く人物へ向けて要求を口にする。

 するとその彼は無言のまま、伏せた状態で重ねられたカードを、上から順に要求された枚数ずつ相手へと渡していった。



「…………結構だ」


「かしこまりました。では手札をお開け下さい」



 僕はしばし黙り込み、考える素振りを見せた後、その彼へ新しいカードは不要であると告げる。

 直後ようやく声を発した彼によって合図され、男女は揃って手にしたカードを卓へと放る。



「大地主が一枚、兵隊長二枚、占い師三枚。黄色い席のお客様の勝ちです」


「申し訳ない。また運良く(・・・)勝たせてもらって」



 僕は告げられた勝利に微笑み、僅かな謙遜の後に差し出された金属板を手元に寄せた。

 ここまでで勝率は三割といったところだろうか、自身の前に並べられた板は少しずつ枚数を増やしている。

 その光景に対し、僕は密かに内心へと笑いが起きるのを感じていた。




 現在僕が居るのは、スタウラス国の首都クヮリヤードから、北東に二日程度の場所。

 森林が大部分を占めるこの国にして珍しく、比較的標高の高い場所に建つ、人口二万人程の小都市。

 オルトノーティという名を冠したこの街は、スタウラス国で随一と謳われるギャンブルと歓楽の街であった。


 なぜこのような場所にいるのかということだが、言わずもがなロークラインの指示によってだ。

 どうやらこの地で共和国の諜報員が活動しているらしく、僕に与えられた役割はここで潜んでいるその輩や、そいつに協力している人間を探し出すこと。


 そしてもう一つ。

 この都市に潜入し色々と探っているはずの、ロークライン配下の諜報員と合流。

 そして同じく配下であるという、突如として連絡を絶った別の諜報員の行方を捜索すること。



「もう一勝負だ! まさかこのまま勝ち逃げなどされないでしょうな?」


「仕方ありません、お相手させていただきますよ」



 熱狂しているのか、それとも負けたままでは後に引けないのか。商人風の格好をした一人の客は、僕を見やり挑発的な言葉を投げかける。

 卓を囲む数人の男女の中で、現在最も儲かっているのは僕だ。このままみすみす帰してしまっては、彼の沽券に係わるのかもしれない。



<アルフレート、勝つのも程ほどにしておいてください>


『わかっているさ、勝ちすぎて目立っては元も子もない。適度に負けるつもりではいるよ』



 男の挑発を受けた僕は、エイダの言葉をやり過ごしながら新しいカードを受け取る。

 新しく手元に来たカードは、決して悪くない内容だ。

 このまま出すだけで勝利する可能性はあるが、先ほどエイダも言っていた通り、あまり勝ちすぎるというのも問題だろうか。



『それにしても、本当にこんなやり方で見つかるんだろうか』


<現状大した手掛かりがない以上、直に探りを入れるしかないのでしょう>


『面倒だな……。ロークラインは間違いないと言っていたけれど……』



 彼の話では、共和国の諜報員はそう易々と姿を現してはくれそうにないとのこと。

 しかしそいつに雇われた人間であれば、ある程度尻尾を掴むのは容易いそうであった。

 そしてそういった輩の多くは、ギャンブルに負けて大きな負債を背負った人間が、負け分の肩代わりと引き換えに、情報提供者へ仕立て上げられるとのことだ。

 だからこそこうやって、基本的には興味もない賭け事に興じるフリをしながら、周囲にそれらしき動きがないかを観察している。



 その観察をしつつ僕がやっているのは、シャッフルされたカードを受け取り、制限枚数内で入れ替えつつ役を揃えるというゲームだ。

 一種のポーカーに近い遊びであると考えてもいい。


 確か僕が先ほど揃えた役というのは、比較的その中でも強いと言われる物で、出せば八割がた勝てるような役だ。

 当然本来であれば、そのようなことを意図して確実に行えようはずもないため、ある程度タネや仕掛けは存在するのだが。



『で、どうだ? 他の様子は』


<左端の老人は悪くない役が揃っているようです。若干心拍数の上昇があり、筋肉の緊張がみられます。逆に右手二人目の女性は、芳しくはないのでしょう。背の発汗が抑えられていますし、アドレナリンの分泌度合いが減少しているようです>



 問い掛けた僕の言葉に、エイダは卓を囲む人たちのコンディションを調べ知らせてくれる。

 これは医者のフリをした時にも使った手だが、同盟領内に在る航宙船と僕とを繋ぐ中継器でもある、ペンダントの機能として備わったセンサーを用いたもの。

 ちょっとした体調の変化や心拍数から、その人が持つカードがどの程度良好であるかを推測する。

 僕はそれらの情報を伝えるよう、事前にエイダへと指示していた。


 とどのつまりは、イカサマだ。

 だが然程問題はないだろう。先ほどからディーラーの男も、度々卓の下に用意したカードとすり替えているのだから。

 既に真っ当なギャンブルではなく、イカサマの応酬と化している。



「二枚くだ……、いや」


「どうされますか?」


「……三枚替えてください」



 悩む僕へと向き、ディーラーを努める男は確認を行う。

 それに対して暫し悩み、僕はあえて手元の役を崩して負けるという選択をした。



「では皆さま、お手元の札を」


「よっし! こいつでどうだ!?」


「農夫が四枚、地主が一枚、娼婦が一枚。青い椅子のお客様の勝ちです」



 先ほど僕へと挑発を行った男は、幸運にも直後に勝ちを掴めたらしい。

 嬉しそうに表情を歪め、差し出された金属板を誇らしげに手元へと寄せていた。


 もし手札の揃いが悪く、到底勝てそうにもない時には降りればいい。

 そうすれば勝ちは得られないが、大した損もなく次へと移れる。


 だがそればかりではイカサマを疑われるので、ある程度負けてやるのも必要だ。

 なので少し勝っては負け、あるいは降りるというのを繰り返す。

 それらをランダムに入り混ぜ、僕は最終的に一定のプラスへと持ち込むというのに成功していた。



『あえて大負けしてれば、共和国の諜報員から接触してくるかもしれないけどな』


<ですがもし接触がなければ、一人で大損を抱えてしまう危険があります>



 最も手っ取り早いであろう手段を考えるも、すぐさまエイダによって否定される。

 共和国の諜報員が負けが込んだ人間に接触するとはいえ、絶対に近付いてくるとも限らない。

 なにせこの街にそういった人間は何人も存在し、僕が選ばれるとも限らないのだから。


 なのでここは大人しく、他に探りを入れているであろうロークラインの配下を捜すことにした。

 ここに来てから二日。今のところ上手くはいっていないのだけれど。





「兄ちゃん、今日は随分とツイてるじゃないか」


「たまたまですよ。珍しくギャンブルに手を出してみたら、運良く当たりの日であっただけで」



 背後から覗き込んできた壮年の男は、卓の上に積み上げられていた金属札の枚数を数え、感嘆の声を漏らす。

 他所の卓からしても、僕は比較的勝率が良いと見られているようだ。


 本来であれば、下手に勝って目立つのは避けるべき。 

 だがこの一件が片付いたらロークラインが船を手配してくれるとはいえ、行く先々では金が必要となる。

 なのでその為に、受けた任務の最中とはいえ若干の小金を稼がせてもらう。

 勿論、然程目立たない範疇でではあるが。



<にしては随分と乗り気に思えるのですが>


『気のせいじゃないのか。折角の遊戯に水を差すような真似、喜んでするとでも思っ――』


<我が世の春、でしたか。私が居ればほぼ負け越すことはないでしょうが、あまりのめり込み過ぎるのもどうかと>



 ビシリと言い放つように、エイダは僕へと忠告を投げかける。

 古今東西、賭博で身を滅ぼした人間など枚挙に暇がない。

 エイダが僕に対して同じ道を危惧するのも当然であり、それは僕自身にとっても恐ろしいものであった。


 確かに、あまり調子に乗ってのめり込んでは、今後に差し障るだろう。

 下手にハマって、この街に住みつくなどと考え始めても困ることだし。



『そうだな……、あまり荒稼ぎして目をつけられても困るし』


<それが無難かと。土地柄珍しくないとはいえ、騒動は少ないに越したことはありません>



 ビシリと言い放つエイダの言葉に、行動に現さぬよう内心で頷いた。


 ここオルトノーティは、元々鉱石を採掘する鉱山都市であったらしい。

 だがある時から一切それらが採れなくなったため、仕方なしに産業を方向転換。国内どころか、大陸東部随一のギャンブルを生業とする都市に生まれ変わったと聞く。


 そのギャンブルによって成り立つ土地柄であるせいか、やはり揉め事などは日常茶飯事。

 毎夜毎夜あちらこちらの酒場や賭博場で、揉め事や喧嘩といった騒動が絶えない。

 なのでちょっとやそっとでは、兵士も飛んで来やしないとのこと。


 まさにアウトローと逃亡者の楽園。

 僕等のような身元を知られたくない他国の間者にとっても、身を隠すには絶好の土地であった。

 その一方で勝ちすぎた(・・・・・)客が、帰宅途中に襲われるというのも珍しくはないそうなのだが。



『恐ろしい話だ。犯人の大半は賭博場の経営者だろうけど』


<よくある話なのでしょう。ギャンブルと裏社会が繋がっているというのは、決して珍しくはないかと。ですのでそろそろ>


『わかったよ、この辺で引き上げておく』



 僕はエイダにそう返すと、終了をディーラーに告げて席から立ちあがった。


 過度な勝利を上げた客へとならず者を送り込み、持っていかれた金銭を回収する。

 そういった無法行為が行われているというのは想像に難くない。

 ただもしも万が一、そのような連中が因縁をつけてくれば、それこそ返り討ちにしてしまえばいい。

 ここはそういう街であるそうだった。



 僕が席を開けるなり、背後で見物していた数人がそこへと押し寄せる。

 席にこれといった違いなどありはしないのだが、僕が漂わせていた幸運の残滓にでもあやかろうとしているのかもしれない。


 結局は大きく勝ちを持ったまま帰ろうとする僕への、若干妬ましいような視線を背に浴びながら、換金係のもとへと向かう。

 渡した金属板を現金に交換してもらい、岩肌が剥き出しの通路を歩いて外へ。


 ポツポツと明りの灯るそこを通って出た先は、傾斜地に造成された都市の大通りだった。



「よくもこんな場所を利用しようなんて思ったもんだ……」



 出てきた場所を振り返り、小さく呟く。

 通った通路はいかにもといった印象を受ける、ただの洞穴。

 これは以前に坑道として掘られた場所で、今は賭博場として利用されている場所だ。



<岩盤が随分と固いようなので、建築物として利用できるのでしょう>


『リヴォルタでもあったな、そんな家が』



 岩場と山地の多い共和国とは異なり、スタウラスでは建材に利用できる木材が豊富だ。

 とはいえ有効活用できる物がある以上、それを利用するのが当然。

 なのでこの街では共和国南部の都市リヴォルタで見られたような、固い岩盤を利用した家々や施設が多くなるようであった。



「さて。土産でも買って帰るか……」



 僕は手にした賞金が入れられた袋を小さく鳴らし、手近に在った一件の店の扉へと手をかける。

 街の片隅に取った宿では、他の皆が暇を持て余しているはずだ。

 何の手土産もなく、ただ金を持ち帰っただけでは、多少の不満も抱きかねない。


 足を踏み入れた店で何か暇を潰せるものでもないかと、僕は淡い期待を込めて物色を始めた。




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