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命の熱

少しだけ残酷シーン。


 はたして、いったい此処は何処なのであろうか。

 食事や睡眠などでの休憩時以外は、悪路など気にもせず、延々と走り続けて約一日。

 僕等訓練生を乗せた鳥車は、周囲にこれといった人工の建造物も無い、森の手前へと辿り着いた。


 エイダに問えば場所も把握できるのだろうが、若干それでは面白くない。

 そう思った僕はあえてここまでの道のり、それを確認することはしていない。



「整列だ! そこいらの剣でケツを突かれたくなけりゃ、サッサと並べ!」



 着いた先で待っていた数人の教官たちにドヤされ、訓練生達は困惑しながらも降りて整列する。


 周囲を見回せば、繁る草の所々に焼け焦げた跡や折れた剣の刃先。

 あるいは地面に突き刺さって曲がった矢などが見られた。

 その光景からこの場所が戦場跡地、あるいは現在の前線にほど近い場所であると知れる。


 傭兵となるための訓練を受け始めて以降、初めて触れる戦場の残り香。

 まるで今も武器を手にした戦士たちが戦いを繰り広げているかのような、そんな錯覚さえ覚えてしまう光景。

 それは否が応でも、僕等が生死を掛けた戦の場に放り出されようとしている現実を、まざまざと見せつけてくるものであった。




「ではこれより、訓練の締めとなる卒業試験を行う。お前たちはそのまま森に入れ。真っ直ぐに行けば、そこが目的地だ」



 ここまで同行したエイブラム教官は腰に手を当て、新米傭兵となる僕等へと指示を飛ばす。

 整列した僕等はその言葉に、困惑の度合いを深めざわついた。



「卒業試験? お前何か聞いてるか?」


「いや、まったく……」



 告げられた言葉に訝しみ、並ぶ少年たちは隣り合う者同士で呟き合う。

 このまま戦場に近い場所へと配属され、そこから先は小規模な戦闘などで経験を積んでいくものだと思っていた。

 それだけに、教官の告げる卒業試験という言葉に戸惑う。


 教官の言葉を信じるならば、僕等はまだ傭兵としてのスタートラインにすら立ってはいないようだ。

 森の奥に待つという何がしか。それを乗り越えて初めて、傭兵としての道が開けるのだと。



「時間は待ってはくれんぞ! 自身が腰抜けでないと証明したい者から進め!」



 なかなか一歩を踏み出さない僕等に業を煮やしたのか、教官の一人が怒鳴る。

 その言葉を受け意を決した誰かが最初に歩き始めたのを皮切りに、ゾロゾロと後に続いて森へと入っていく。

 僕も覚悟を決めると、訓練に参加して以降愛用する中剣の柄を握り締め、森の中へと進んだ。





「ねぇアル。あたし達、いったい何やらされるんだろ……?」


「さあ……。でも卒業試験ていうからには、これまで習った技術とか知識が試される……。とかじゃないのかな?」



 森の中を進むにつれ、徐々に不安感が増してきたようだ。

 どこか緊張した様子のケイリーが、縋るように話しかけてくる。


 彼女の問いに思い浮んだ適当な理由を返してはみたが、普通に想像するならばその辺りが無難なところか。

 僕等がこの先傭兵として生きていくのに必要な能力を確認する。

 それを評価して初めて、戦場に立つ資格を得られるに違いない。



 しかし僕がした予想は、大きく外れているのだろうか。

 進む森の中にはこれといって罠が仕掛けられているでもなく、敵役となった教官たちに襲撃されるでもない。

 ただ延々と草木を掻き分け、道を切り開いて進んだ先に見えたのは、少しだけ開けた場所。


 そこで待っていたのは、武器を手にした数人の教官たち。

 そして……、猿轡を噛まされ、足と手を縛られ転がされている、十数人の年格好もバラバラな男たちだった。



 いったい何が行われようとしているのか。

 その意図を測りかねていた僕たちに、武器を持った教官の一人は声高に告げる。



「いいか小童共! 今のお前らには知識、技術、体力。その全てが足りていない! 現時点でのお前等では、戦場で一日とて生き残れはせん!」



 これまでも幾度となく、こうやって訓練生たちに訓示を述べてきたに違いない。

 教官は慣れた様子で声を張り上げ、僕等が如何に脆弱な存在であるかを捲し立てていく。

 もっとも、あながち言われていることも間違ってないように思えたため、文句の言いようもない。



「しかしお前らに最も足りんのは覚悟だ! 自身と仲間を守るため、必要に応じて敵を殺すだけの精神を持ち合わせちゃいない。そこで……」



 教官は整列した僕等を端から順に目で追い、呻るような低い声で告げた。



「お前たちには今から、人を殺す経験を積んでもらう」



 ザワリと、僕等訓練生の間に動揺が走る。

 それと同時に、おそらく全員が理解したのだ。この場に居る教官以外の者、縛られた男たちが存在する理由を。


 それは彼らもまた同様だったのだろう。

 猿轡によって悲鳴を上げる事も叶わぬ状態で呻き、縛られて自由の利かぬ身体を必死に捩らせ、逃走を計ろうとする。

 ただそれは叶わず、教官の一人によって蹴りを入れられ、すぐさま沈黙する破目となった。



「こいつらに関してはそこまで気にする必要はない。周辺の村々や行商人を襲い、殺して奪い取っていた野盗連中だ。どちらにせよ掴まれば死罪は免れん」



 涼しい顔で言い放つ教官の言葉からは、それこそ本当に気にした様子は見られない。

 教官の一人はこの男たちが、先日討伐の依頼をされた末に殲滅した野盗たちだと言う。

 元々は全滅させる予定であったのを、今回ために一部生かしておいたとのことだ。


 僕は初めて武器を手に人と戦った、最初に辿り着いた町での出来事を思い出していた。

 確かあの時にも町長が言っていたのだったか、野盗は捕まればほぼ死罪を免れないと。




「さあ、覚悟の決まったヤツから前に出ろ」



 勢いよく発破をかける教官

 しかし立ち並ぶ全員の腰は引け、誰一人として前へ出る者は居ない。。

 他の訓練生たちも、隣り合う者と小声で二言三言と話しながら、一番手を押し付け合う。


 傭兵として身を立てようとしているのだ、人を殺害する日がいつかは来るのだと、皆ある程度は考えていた。

 しかしいざ実際にそういった状況が目の前に置かれても、どうして良いのかがわからない。


 生理的忌避感からか、それとも血に染まった日常へと踏み出すだけの意志が持てていないのか。

 そして僕個人に関しては、もしこの惑星から救助された時、本当にそれを問題とされはしないか。

 自ら傭兵になる選択をしておいて勝手な話ではあるが、僕等の中では今更ながらそれが大きな抵抗として立ちはだかっていた。


 訓練生の誰もが立ち尽くし、ただひたすらその場には、教官の大声と呻く男たちが発す心の怨嗟が響く。

 誰しもが、自分が最初の一人目になりたくはない。

 いつかはやらなければならないが、最初だけは誰かに任せてしまいたい。

 きっと誰もがそう考えていたのだろう。



 そんな中……一人の人物が自ら先陣を切るべく前へと進み出た。



「俺がやります」



 小さく挙手しながら、一歩を踏み出す。

 僕よりも少しだけ高い背と、銀に輝く髪。レオだ。

 彼はその腰に差した自身の中剣をスラリと抜き放ち、躊躇う様子も無く男たちへと近づいていく。

 教官に促されてすぐ前に出なかった理由は定かではない。

 しかしその姿は、これから人を殺そうとしているとは思えぬほどに、堂々とした佇まいであった。



「お前が一番手か。記念すべき最初の一人目だ、どれでも好きな野郎を選んでいいぞ」



 その言葉を聞いてか否か。

 転がされた男たちを一瞥したレオは、その内の一人である最もガタイが良さそうな男へと歩み寄った。

 選ばれたであろう男は、近寄るその姿に縮み上がり、必死に後ろへ逃げようとする。

 だがそれは縛られたロープの端を踏む、レオの硬いブーツによって妨げられた。



「お目が高いじゃないかレオニード。そいつは野盗共の親玉だぞ」


「誰がそいつを選ぶか賭けてたんだがな……。残念ながら勝負は無効だ」



 教官たちは笑い、自らが賭けていたと思われる候補生に冗談めいた罵声を浴びせる。

 皆大穴狙いであったのか、意外にも誰もがレオには賭けてはいなかったようだ。


 おそらく良識ある人間であれば、人の死を賭け事の対象とするなど憚られる。

 しかし人々から粗野と暴力の代名詞とも言われる傭兵。

 この程度は日常茶飯事なのではないかと思えた。


 ただ一人だけ、教官たちの中でその笑いに参加せずジッとレオを見ているのはエイブラム教官だ。

 これまで特に目を掛けてきたレオが、本当にこれを成せるのかどうか。

 それを見届けようとしているようにも見える。



 そんな教官たちによる視線の中、レオは迷うことなく剣の刃先を野盗の親玉と呼ばれた男の首筋に当て、滑らすように引いた。


 飛沫、小さな悲鳴、風に乗る鉄の臭い。

 そして生命(いのち)の色に染まるレオニード。


 それはきっと、恐ろしい光景と言い表わすべきもの。

 であるにも関わらず、僕はその姿から目を背けることが出来ずにいた。

 命の灯を急速に弱める男ではなく、平然とそれを成した少年を。



「終わりました」



 レオが終了を告げ振り向いた瞬間、周囲の微かな悲鳴と共に僕の視線は釘付けとなる。

 その瞳が、あの時と同じ深い色を湛えているのに気付いたからだ。


 一年前のあの日、野生の大猪を一突きで仕留めた時に見せたレオの瞳と同じ色。

 赤黒い返り血とダークブルーの深い瞳のコントラストは、酷くグロテスクであり、どこか人間離れしたものを感じさせる。

 だが僕にはそれが、ある種の神秘的な色合いを湛えているように思えてならなかった。



 とはいえそう感じたのは僕一人だけであったようで、隣に立つケイリーは身体を震わせ、僕の袖を握りながら小さく息を漏らす。

 ハッとして横へと目を向ければ、鮮烈な光景に各々の反応を示す他の少年たち。

 ある者は腰を抜かし、ある者は嘔吐し、またある者は気絶でもしているのではと疑う程に呆然とする。


 きっとそれは、人として正常な反応。

 血をまき散らす男を前にして談笑を続ける教官たちや、血に染まりながらも動じる様子の無いレオ、彼を安堵して見つめるエイブラム教官。

 そして何よりも、そんな彼に目を奪われてしまう、僕こそが最もどうにかしているのだと。




「さあ、レオニードは男を見せたぞ。お前らも続きやがれ!」



 テンションが上がっているであろう教官の叫び声。しかしそれに応じる者はない。

 変わらず黙りこくり、震えるばかりだ。

 とはいえこれを成さなければ、この先に有る傭兵としての道は開けないのであると思えた。


 出来ずに終わった訓練生たちを慰めてくれるほどに、教官たちは甘くはないだろう。

 殺さなければ、命を奪わなければ。先に進むどころか、訓練生としての立場さえも追われる破目となるに違いない。



「……僕が行きます」


「アルっ!?」



 僕は半ば無意識に声を出す。

 ケイリーの驚く声を横に、言葉と同時に剣の柄へと手をやった。

 この行動は彼女だけではなく、他の訓練生、そして教官たちでさえも驚くものであったようだ。

 それどころか僕自身でさえ、意外に思えてならない行動。


 レオは僕よりも一歩先へ行き、傭兵となるために必要な最初のラインを易々と踏み越えていった。

 僕はただ、早くそれに追いつきたいという思いばかりに支配される。



「意外だなアルフレート? お前は最後だと思ってたんだが」


「子鼠が一人前になるつもりか? 面白れぇ、やってみな」


「上手いことやれたら麦酒(エール)の一杯でも奢ってやるぞ!」



 囃し立てる教官たちの間をすり抜け、僕はゆっくりと野盗たちの前へ進む。


 確かに教官の言う通りだ。僕のした行動は、知る人たちから見れば意外そのものに映るに違いない。

 今日の……、いや、今の僕はどうかしている。

 きっと血の臭いとレオニードの姿に当てられ、思考がおかしくなってしまっているのだ。

 そうでもないと、僕自身こんな行動に出るなど考えられない。



「さあどいつを選ぶ。おっさんか、ガキか」



 教官の言葉を耳に受けながら野盗たちを一瞥し、僕は一人の前へと進み出た。

 レオがやった男ほどではないが、彼もまた野盗たちの中では体格の大きな者だ。

 この中では比較的年若いように見える。


 その男の前に立ち、剣を鞘から抜き放つ。

 握る剣の柄からガチャガチャと、癇に障る音が鳴っていた。



<心拍数の上昇を確認。安静にした後、医療機関への受診を推奨します>



 僕の思考など読めていないであろう、エイダの抑揚ない声。

 だが今の僕はそれ程までに緊張し、激しく手を震わせていた。

 そしてそんな僕を前にし、男は目に大粒の涙を浮かべ首を横に振る。



「グむぅウウ! ウッ! ムオおぉうォ!」



 暴れ始めた男がする猿轡の向こうから、何かを言わんとする叫び声が篭って聞こえる。

 内容は聞き取れないが、それはきっと懇願なのだろう。

 殺さないでくれ。見逃してくれ。もう二度と馬鹿な真似はしない。真っ当に生きるから。

 おそらく言わんとしているのは、そういった内容か。

 先んじたレオが実際に野盗の親玉を殺害したのを見て、これが紛れもない現実であると認識したのだ。


 そのレオニードに倣うように、僕もまた男の首筋に剣先を当てると、出来るだけ気を落ち着かせようと深呼吸を試みる。

 だが感じられるのは、荒い呼吸と激しい動悸。

 それは僕自身のものであり、刃を当てる男のものであるようにも思える。



<本当によろしいのですか? 当該行為は地球圏国家群における、傷害及び殺人に関連する法に抵触する恐れがあります。この状況に適応されるかは不明ですが>



 常に僕の行動をモニタリングしているエイダから、確認の声が響く。

 しかし僕はその言葉が聞こえていながらも、引き返そうという気が起きずにいた。

 まだ今ならば間に合うというのに。


 極度の緊張に手が震え、荒い呼吸に反して酸欠となっているせいか視界も霞む。

 失禁の末と思われる鼻を突く異臭に、頭へと響く悲鳴。これは目の前の男によるモノだ。



「間際になって怖気づいたか、アルフレート。なんなら止めて逃げ帰ってもいいんだぞ!」



 教官の挑発する言葉が、心に刺さる。


 そうは言うが、いったい僕はどこに逃げ帰ればいいというのだろうか。

 この惑星から救い出される目途も立たず、ここで逃げ出しでもすればきっと訓練キャンプからも放り出される。

 そして航宙船の墜落した森に戻ったとしても、僕の帰りを待っていてくれる人は誰も居ない。

 逃げる先など、既に存在しないのだ。


 僕の歩く先へと伸びる路は、分かれる箇所の存在しない一本道。

 伸びる先はただ一つ、傭兵として身を立て生き残ること。

 今はただ、それ以外に考えが及ばなかった。



 次第に男からは懇願の声が失われ、見えるのは滔々と流される涙。

 聞こえるのは、神への祈りと思われる呻き。



「もう……、今更後には引けない」



 霞む視界を瞼で覆い、強引に無心であると思い込み。僕は小さく覚悟を呟き手にした剣を振り抜いた。


 微かな手応えと、背後から響く悲鳴にも近い訓練生たちの声。

 固く閉じた瞼の向こうで吹き上がり、僕の頬へと散る生命(いのち)の飛沫。

 それは焼けつく程に、強い熱を帯びているように感じられた。

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