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ノーラウザ・タイム 08


 クヮリヤードの市街を歩く僕等は、街を案内してくれると言うライモンドに連れられ、都市中央部に位置する、最も大きな広場へと立っていた。


 昨日ノーラウザ広報社へと行った時に、ロークラインという人物と会うべく連絡を頼んだのだが、まだそれは叶っていない。

 どうやら会うためには、もう少しばかり時間が必要とのことなので、今日は基本的に自由行動。

 とは言え、いつ何時非常事態に見舞われるとも限らないため、行動は全員一緒であるのだけれど。



「へぇ、ここに貼り出すんですか」


「この場所であれば、最も多くの人が目にするからな。ここ以外にも、市街のあちこちへ同様の掲示箇所がある」



 案内役を買って出たライモンドは、広場の一角で立ち止まり誇らしげに胸を張った。


 目の前には、人が四~五人くらいは横になれそうな大きな掲示板。

 彼の話ではこれこそが彼が携わる、ノーラウザ・タイムと呼ばれる紙面であるのだと言う。

 そこには大きめな字が書かれた幾枚もの皮紙が張り付けられ、大勢の人たちが集まりそれを熱心に読んでいた。



「共和国も同様だが、基本的にはこの国もずっと戦時だからな。都市間の移動も一般の市民には簡単じゃないから、どうしたって娯楽は限られてくる」


「なるほど、ではこのノーラウザ・タイム誌が、この首都における最大の娯楽って訳ですね」



 ライモンドから視線を離し、再び掲示板とそこへ群がる人々を見やる。

 人々は一心不乱に書かれたものに目を通し、隣り合う人々と内容に関する感想を言い合い、中には議論を交わす者たちまで居る。


 掲示板なので紙面と言うには少々語弊があるかもしれないが、成している体は新聞と呼ばれる媒体に近いのだろうか。

 無料で広く公開されているようなので、やはり公的に運営されているモノなのだろう。



「最大なんぞと言われると小っ恥ずかしいが、概ねそうだろうな。毎日この掲示板前が人で埋まるのが、ワシにとっては誇りだ」


「ここからはあまりよく見えないのですが、どういった内容を?」



 黒山の人だかりのせいで、頭に遮られ少ししか見えぬ掲示板。

 多少なりと関わり始めた内容が気になった僕は、記事の内容について問う。



「内一割くらいは政府からの告知情報だ、そもそもが政府直轄の代物だからな。二割が運営資金確保のための、商店や商会による広告。二割が首都内で起きた事件や事故について」


「残りの半分は?」


「やはり戦時だからな、戦況の推移やら身元の判明した戦死者の情報だ。どれだけ慣れようと、戦死者の名を書き連ねる時が一番辛い。絶対悪の共和国様々さ」



 あえて言い残したであろう、残り五割について問うと、ライモンドは妙に芝居がかった口調となった。


 彼は今共和国に対し、絶対悪であると言い切った。

 それはおそらく彼個人の感想というよりも、今まさに掲示板を囲う、市民たちの感情を代弁したものだ。

 見れば衆人の中には、幾人か呆然と立ち尽くす男であったり、泣き崩れる女性の姿が目に映る。



『あえて戦死者の名を掲載するってのが、重要なんだろうな』


<国民の憎悪を滾らせるのが目的なのでしょう。敵国を恨むという感情は、戦意の高揚に繋がるのかと>


『ああ。中には遠縁の親類だったり、友人の名を目にする人も居るはずだ』



 親類縁者が戦場で殺されたともなれば、関わりのある者が仇を取りたいと考えるのは、決して不思議な考えでもない。

 あえてそれを知らしめることによって、敵である共和国への憎悪を増長させる。

 つまりノーラウザ・タイムというメディアには、そういった扇動の役割が存在するようだった。




「……でも、ちょっと煽り過ぎじゃないですかね」



 広場の喧騒の中で耳を澄ませば、多くの市民たちは口々に怒りの声を上げている。

 軍への志願を口にする者も多く、かなり血気盛んと言ってもいい状況だ。

 彼ら市民にとっては、今現在共和国との戦線がどうなっているかなど、とても言えたものではないはず。


 横目でライモンドを見ながら呟くと、彼は悩ましげな表情を浮かべ、声を潜め耳打ちするように内情を吐露した。



「そこが問題だ。おかげで共和国と一時休戦を結んだと知れた時には、そりゃもう不満が高まったもんさ。膨大な戦費のせいで、国が疲弊しつつあるとわかってはいてもな」


「加減が難しそうだ……」


「頭の痛い問題だ。軍内部でも必要以上の情報を口外せぬよう、箝口令が敷かれている」



 ライモンド達も、なかなかに苦労しているようだ。

 民意のコントロールを行おうにも、どうしたところで人の思考は完全には読み切れない。

 予想だにしない方向へ流れていく可能性はあり、常に綱渡りに近い状態で書き続けているようだった。



「心中お察ししますよ」


「そう言ってもらえると助かる。なかなか外部の人間に、愚痴を溢せる内容じゃないもんでな」



 僕が苦笑しながらそう告げると、ライモンドもまた軽く息吐きながら返す。

 確かにこんな仕事の内容、身内にだけしか話せるものではない。

 それこそ家族にすら言えぬ秘密であろうことは、想像に難くなかった。



「……よくわからん」


「私はわかるぞ。なんとなくだが」



 レオとヴィオレッタは、背後でこちらの会話を聞きつつ小声で呟く。


 レオに関しては、あまりこういった話しが得意ではないので、いつもの事と言うしかない。

 後で宿に戻った時にでも、噛み砕いて説明をしておくとしよう。


 ビルトーリオは……、理解はしているようだが聞いていないフリをしていた。

 あまり下手に関わることによって、取り返しのつかない状況に巻き込まれるのを恐れてだろう。

 もう遅いとは思うのだけれど。




「ところで、次はどこへ案内してくれるんですか?」


「そうだな、壁上庭園などどうだ? 都市外壁の東側に、外を一望できる場所が整備されている」


「ではそこへ。……って、なんでそんな場所に庭園が」


「市民の人気取り用だ。長引く戦争で、政府も支持を集めるのに四苦八苦しているのさ」



 軽く言い放つライモンドの言葉に、妙な納得をしてしまう。

 彼が携わるノーラウザ・タイムによる扇動に動かされぬ人も居るであろうし、そういった憩いの場を整備することによって、国力の健在をアピールする手段ともなるのかもしれない。


 ともあれ市民からの人気を集められるというその庭園が気になった僕は、ライモンドの厚意に甘え、案内を頼むことにする。

 折角このような遠い地に来たのだ、先がどうなるかは知らないが、折角の機会を楽しんだ方が得であると考えた。







 一日中クヮリヤード市街を歩き回った僕等は、心地よい疲労感を伴い、昨日に引き続き同じ宿で休息を摂った。

 ノーラウザ広報社持ちの比較的豪勢な食事を済ませ、湯を借りて一日の汗を流し。

 もうあとは眠るだけとなった段になって、唐突に姿を現したライモンドによって、僕だけが宿一階の酒場へと呼び出される。



「どうしたんですか、急に?」


「なに、ちょっと酒でも飲みながら、旅の話を聞きたいと思ってな」



 バーカウンターへと座らされた僕は、ライモンドによって注がれた茶褐色の酒へと口をつける。


 急に彼がそのような事を言い出したのには驚いたが、まず口にした内容そのままの用件ではあるまい。

 何せ本来であればまだ営業しているはずの酒場には、客の一人すら見られない。

 それどころか酒場の店主や、酒を供するはずの人間すらカウンターの向こうには居ないのだから。

 おそらくは誰にも聞かれたくない用件であるため、人払いを行っているのだ。



「ああ、そうだ。ワシは急用を思い出した。すまんがここでしばらく、一人で飲んでいてくれないか。運が良ければ、誰かが来て話し相手(・・・・)になってくれるかもしれんぞ」



 案の定、わざとらしい演技で急な暇を告げるライモンド。

 話す内容からして、彼が居なくなった後で誰がしかが姿を現すということに違いない。

 その相手に関しては、考えずともわかるが。



「都合よく用事を思い出すものですね。ですがわかりました、ここで大人しく誰か話し相手が来てくれるのに期待しています」


「悪いな。ワシも命令されただけなんだ」



 ライモンドはそれだけ告げると、そそくさと酒場から姿を消す。

 忙しないものだが、どうやら今回の彼はただの連絡役であったようだ。



 ライモンドが去った後、一人残された僕はカウンターに置かれた酒を、チビリチビリと飲りつつ静かに待ち続ける。

 そうして物音一つしない中で数分も待っていると、背後に在る酒場入口の扉が音もなく開かれ、温い夜風が髪を揺らした。


 振り返ることもなく、迫る小さな足音を聞きながらカップを傾ける。

 軋む音と共に隣の席へと一人の人物が腰かけ、無言のまま酒の入れられた小壷から、もう一つ置いてあったカップへと勝手に酒を注ぐ。



「名を、聞かせてもらおうか。こっちは名乗らずとも知っているだろう?」



 皺枯れた、年齢を感じさせる低い声。

 小さく視線を横へ向けると、座っていたのは一人の老人。

 団長の知り合いであると言うから、もう少し近い年齢を想像していたのだが、実際にはもっと年齢を重ねていたようだ。



「アルフレートといいます」


「そうか。……他国人どころか、この国でさえ私の存在を知る者はそう多くはない。いったい君は、どういった繋がりで知ったのかね」



 静かな、どこか有無を言わさぬ老人の声に、肌が焼きつくような迫力を感じる。

 だがそれに逆らうようにして平静を装いながら、僕は端的に自身の所属を示した。



「僕等は同盟から来ました。イェルド傭兵団、ホムラ団長からの紹介です」


「そうか、ヤツの……」



 するとロークラインと思われるその老人は、小さく頷いて納得したように息を漏らす。

 直後これまで厳しくも見えていた視線からは角が消え、懐かしい物でも見るような柔らかなモノへと変わったようにも思えた。



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