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ノーラウザ・タイム 05


「では、こちらでお待ちください。所用で手が離せないもので、しばらくお時間を頂くとは思いますが」



 ノーラウザ広報社と呼ばれる企業が入る建物に入った僕等は、ライモンドに連れられとある一室へと入った。

 そこで彼とは一旦別れ、職員と見られる女性に全員分の茶を出してもらい、時間がかかる旨を伝えられる。


 いったい何に時間を取られているのか、そういったことまで気になってしまうのは、僕が心配し過ぎなためだろうか。



「悪くない。スタウラスの香茶は、私の好みだ」


「そいつは良かった……。土産にでもするかな」



 一方僕とはうって変わって、暢気な調子で茶を啜るヴィオレッタ。

 彼女は出された香茶の香りを堪能し、これといった心配をしている素振りすらない。


 それが今更気を揉んでも意味がないという、達観からくるものであるのか。

 あるいはそういった危険性について、予期していない事によるものか。

 どちらとも知れないが、彼女のノンビリとした様子に、僕は一人神経を張り詰めさせているのが馬鹿馬鹿しく思えてきた。


 ただやはり、ビルトーリオの方はそうもいかないようだ。



「だ、大丈夫ですよね? 突然捕まって、共和国に付き出されたりとか……」


「無い……、とは言い切れません。ですが今のところ、彼らにそれを要求する者は居ないでしょうね。実際共和国の連中は、僕等が国境を越えたのを知らないのですから」


「そうですよね。し、信じます……」



 流石に彼の前で、こちらまで不安そうな素振りを見せる訳にはいくまい。

 僕は努めて平静を装い、極力笑顔を浮かべて彼を安心させるべく考えながら言葉を紡いだ。



「レオも平気そうだね」


「ん? ああ、俺には予想がつかんからな」



 それとなくヴィオレッタ同様、香茶へと口をつけるレオに話しを振ってみる。

 すると彼は考えるのを放棄していたとばかりに、事もなげに言い放った。

 こちらは案の定な反応ではある。



「そういった判断は、アルの方が得意だろう? 俺はその時になれば、戦うだけだ」


「単純明快だね。ある意味で羨ましいよ」


「……嫌味か?」


「勿論。全てこっちに押し付けてくる仲間への、細やかな報復だよ」



 僕が軽く言い切ると、彼は珍しく微かに笑んで肩を竦めた。

 その様子を見て、これが彼なりに周囲へと気を使った結果なのではないかという感想が、若干首をもたげる。

 僕のことを信用し、任せてくれていることに変わりは無さそうだけれど。


 ともあれこれから、ノーラウザ広報社の人間が、どういう行動に出るかは何とも予想がつかない。

 万が一の時には、それこそエイダやレオが言ったように、実力行使を行えばいい。

 僕は今の段になって、そのように割り切り始めていた。



 しかし僕がそんな覚悟をようやく決めた時であった。

 不意にエイダから、予想だにしない事態が起きていることを知らされたのは。



<アルフレート、よろしいですか>


『どうした、何か問題でも起きたか?』


<問題、と言えば問題だとは思うのですが……>



 珍しく言い澱み、こちらの問いに対してすぐさま返さぬエイダ。

 いったいどうしたのだろうと考えていると、彼女は僕がこの惑星に降り立って以降、二度目となるはずの事態を告げる。



<衛星の通信に割り込みが掛けられています>


『割り込みだって……? どういうことだ!?』


<過去、この惑星に墜落した数日後に、救難要請に対して地球圏の軍から通信を受けたことがあります。その周波帯と酷似していますので、おそらくは軍用衛星からの干渉ではないかと>



 有り得ない。というのが僕の率直な感想だった。

 だが考えてもみれば、エイダの管理する衛星からは、常に救難信号の類を発信し続けているのだ。

 それが今まさに惑星の外で行われている戦闘によって、叶うモノではないとわかってはいても。


 万が一何がしかの理由によって、救助の見込みが立った可能性はある。

 なのでいくつかの可能性があるとすれば、その内の一つとして、地球圏の軍が僕へと救助に関してのコンタクトを図ってきたというものだ。



『ジャックされている、という訳ではないんだな?』


<肯定です。音声のみで通信に割り込みをかけているようですが、繋ぎますか?>


『そうだな……。頼む』


<では、しばしお待ちください。受信の調整を行います>



 視線だけで周囲を見回し、まだしばらくはノーラウザ広報社の人間が現れそうにないことを確認する。

 同時に二つの重要な会話を行える程、僕の脳は柔軟であるとは思えなかった。



 エイダが最適な状態で相手と疎通を図れるよう、機器の設定を弄っている間。

 僕はその相手について想像を巡らせていた。

 まず可能性としては、最初に挙げた地球圏国家の誰がしかが、こちらに接触を図ってきたというのが一つ。

 そして浮かんだ第二の可能性。この時僕の脳裏には、とある人物の姿が浮かんでいた。



<準備が整いました>


『わかった、繋いでくれ』



 エイダへと通信を繋ぐよう指示すると、直後に若干ザラついた異音が流れ、すぐに通信はクリアな状態へ。

 そこで聞こえてきた声は、僕の想像する通りのそれであった。

 可能性として考えた、第二の方だ。



『ああ、ようやく繋がってくれたか。久方ぶりだな、そちらの調子はどうだ?』


『団長……。いったいこれは何事ですか』



 唐突に衛星の通信回線へ割り込み、こちらへと接触を図ってきた人物。

 それは今もなお同盟のラトリッジに居るであろう、僕等の属する傭兵団団長である、ホムラその人であった。


 いったいどのようにしてと思うも、僕はすぐにその疑問を振り払う。

 考えてみれば彼は元々地球圏に在る一国家の軍人であり、軍用の装備など多くを持ってこの惑星で遭難しているのだ。

 こちらが衛星を行使していることも伝えてあるし、保有する機器を使ってこちらと接触を図ることも可能だろう。

 団長がそれらで連絡を取ろうと考えたとしても、決して不思議ではなかった。




『思っていた以上に難儀しているのか、随分と長くかかっているようだからな。経過でも報告してもらおうと思ったのさ。古い装備を引っ張り出してきてね』


『それはまた……。こんな事が出来るのであれば、最初に教えて頂ければ苦労はなかったのですが』



 カラカラと笑うように言い放つ団長に対し、僕は意図してチクリと刺すように嫌味を飛ばす。

 ただ本来ならば失礼であるはずなその言葉も、団長にはさして気にする程のものではなかったようだ。

 見事なまでにこちらの発言は流され、必要な情報を求められる。



『以前から共和国に潜入させていた連中とも、未だもって連絡が取れん。知っていることを、全て報告してもらいたい。現在どこに居るかも含めてな』


『……了解です。まず共和国内で行った作戦ですが――』




 この場でこれ以上不平を述べても仕方がないと思い、報告を促す団長に従い、僕はここまでの経緯と結果を報告する。

 共和国へ潜入してからの行動ルートや、行った工作活動。

 それらの成功の有無や、ビルトーリオを同行させているという事実などを。



『なるほどな、なかなか上手くは行かぬものだ。潜入部隊の隊長に任じた男は、あれでかなりの切れ者だ。その彼がこうまで手こずるのだ、大人しく帰還できぬのも仕方あるまい』


『はい。なので現在は海路で帰還を試みるため、スタウラス国の首都クヮリヤードに到着したところです』


『わかった。君の報告を聞く限りだが、おそらくその判断は間違っていまい。無事の帰還を祈るよ』



 何か一つくらいはお叱りを受けるかとも思ったのだが、団長からはこれといって窘める言葉はない。

 それが僕には一瞬だけ無関心の結果にも思えてしまったが、そのようなことはあるまい。

 何せこちらには団長の一人娘である、ヴィオレッタが同行しているのだから。


 とそこまで考えたところで、僕は団長に伝えておかねばならない、重要な内容を思い出した。



『ところで団長。一つお伝えしたい事が……』


『何かな? 君があえてそう前置きするのだ、余程のことがあったのだろう』



 おずおずと口を開く僕の言葉に、こちらからは見えないまでも、居住まいを正したかのような団長の反応。

 向けられた言葉も含めて、僕が重要な話しをしようとしていると、察してくれたのが知れる。

 これもまた信用の証だろうかと思え、密かに誇りとも言えそうなものが内に灯るのを感じた。


 団長から促され、言わんとしていた内容を伝える。

 それは言うまでもなく、共和国南部のリヴォルタから逃走する際、偶然追手の共和国軍に居た人物。ヴィオレッタの母親である、ダリアの存在を。

 そしてヴィオレッタにも伝えた彼女からの伝言を、団長にも伝えた。



『ハハハハ! やはりあいつは変わらんな。最後に顔を合わせたのは、娘がまだ掴まり立ちをし始めた頃だったが、どれだけの年月が経っても同じだ』



 ありのまま、装飾なく告げた内容に、団長は高く笑い声を上げる。

 このような脳内同士の会話であれば、基本的には実際に声を出す必要などはない。

 だがこの様子からすると、リヴォルタに居るであろう団長は、自身の私室内で本当に笑い声を上げているかもしれなかった。



『まさかこのような偶然が起こるとはな。世の中は広いのだか狭いのだか』


『僕も驚いています。……ヴィオレッタのあの口調は、母親譲りだったのですね』


『私が戯れに彼女の口調を教えてしまってな。それ以降真似して、完全に身に付いてしまったのだよ。もっとも、似ているのは口調だけではないが』



 そう言って団長は、再び快活な笑いを上げる。

 たぶん口調以外に似ている点というのは、二人の体形に関して指しているに違いない。

 僕自身も同様の感想を抱いてしまったので、同意こそしないまでも、否定の言葉を次げずにいたのだが。




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