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ノーラウザ・タイム 04


 このスタウラス国は共和国と異なり、国土のほとんどを森林が占めている。

 長年共和国が執拗にこの地を取り戻そうとしているのは、この国に多く存在する材木資源を必要としてなのだろう。


 その森の中へと敷かれた、獣道とすら見まごう極細い街道を進んでいく。

 ライモンドの話しでは、本来であればもっと広く見通しの良い道もあるとのこと。

 だがあえてこの狭い街道を選んだのは、ただ単純に直線的に伸びるこちらの方が、遥かに早く目的地へと辿り着けるからだった。



 ライモンドに案内され、僕等は森の中に伸びる街道を抜けた僕等は、目の前に広がる光景に口をつぐむ。



「ようこそ、クヮリヤードへ。ここが我らが国の首都だ」



 そう言ってライモンドは、ようやく辿り着いた安堵感に息を衝く。

 僕はその眼前に在る構造物を見上げ、彼とはまた別の理由で息を衝いた。


 乳白色の壁は真っ直ぐ天へと延び、数十mもの高さで来る者を阻まんとせんばかり。

 視界の隅に一か所だけ見える扉以外には、僅かな隙間すら見あたらない。



「見てくれは大して面白くもないだろう?」


「街並みが全く見えないんですね。……これは全て外壁ですか?」


「そうさ。この国はまだ建国して間もないが、ここまでずっと共和国相手に戦ってきた。万が一に備えて、首都の防備を行ってるってわけだ」



 僕の質問にライモンドは淡々と答えると、見える扉へと向けて歩を進めた。


 彼に続いて歩きながら都市を見上げる。

 その威容は、同盟と共和国の間に在る城塞である、デナムと似ているだろうか。

 都市の全周を覆っているであろうクヮリヤードがこのような外観をしているのは、同じ理由であるようだ。



 彼方へと伸びる壁を眺めつつ歩いていると、すぐ後ろを歩くヴィオレッタが、何やら不安そうな空気を纏う声で呟く。



「だ、大丈夫なのだろうな……」


「何がだ?」


「このような厳戒態勢の国だ、余所者を警戒するのは当然ではないだろうか?」



 言いつつ周囲へと視線を散らし、誰かがこちらを窺っていないかを気にするヴィオレッタ。

 実際僕等は共和国から逃げてきただけに、そこと一時の休戦協定を結んだこの国が、万が一共和国へと身柄を引き渡そうと考えてもおかしくはない。

 彼女はそれを危惧しているのだろう。



「それは……、覚悟するしかないだろうね。どちらにせよここを乗り越えないと、帰り着くのは叶わない」


「まったく、最初はすぐに終わらせて帰るつもりだったというのに。とんだ貧乏くじを引かされたものだ」



 ヴィオレッタは嘆息し、本来であれば身に付けているであろう、武器を背負っているはずの背へと、所在なさ気に手を伸ばす。

 この一件を片付け無事帰り着ければ、きっと団内での評価も上げることにつながるはず。

 だが彼女にしてみれば、慣れた己の武器すら手元から離れ、満足に風呂さえ入れぬこの状況は、決して好ましい物ではなかったようだ。




 僕はそのヴィオレッタを宥めつつ、ライモンドに続いてクヮリヤードの小さな門へと向かう。

 入口に立っていた警備兵と二言三言の会話を交わし、これといった問題も起こらず都市の中へ。

 短い通路をくぐって中へと入ると、そこには僕の想像していたのと大きく異なる光景が。



『……裏切られたな、予想を』


<これまでこの地方に関わることがありませんでしたし、都市内の景観までは収集していませんでした>



 驚きの感想を示す僕の言葉に、エイダは若干言い訳めいたニュアンスさえ感じられる言葉を返す。

 別にさほど重要な事柄ではないので、それは別にいいのだが。


 ともあれ分厚く高い外壁を越えて入ったクヮリヤードの街並みは、これまで抱えてきた常識の表層を、幾分か剥してしまうものであった。

 立ち並ぶ家々は外壁にこそ及ばないものの、二階や三階建てでは済まぬほどの高さ。

 窓の数を縦に数えていけば、平均して五階建てといったところだろうか。

 ただの民家と言うよりも、アパートと言い表わすのが正しい建造物だ。



「珍しいだろう? この街ではどの建物も、基本的にはデカい傾向がある」



 僕だけではなく、レオとヴィオレッタ、ビルトーリオまでもが家々を見上げ唖然とする。

 そんな僕等へと、ライモンドはどこか自慢気な調子で笑う。


 口をポカンと開け、ヴィオレッタはどう反応してよいのか悩みつつも、ライモンドへと問うた。



「……こいつは凄い。いったいどうしてこのような街に」


「この国では特に、この街へ人口が集中しているからな。どうしても城壁内の狭い地域に、多くの人が暮らすことになる。自然と家は上に伸びるってもんさ」



 彼はそう言い放ち、カラカラと笑いながら道を先へと進む。

 僕らはその後ろを着いて歩きながら、おそらくはこの都市の自慢となっているのであろう、高い住宅群を眺めていた。



『なるほど、横に広げられないなら上にか。他に選択肢はないんだろうな』


<地下という手段もあるのでしょうが、地盤の沈下を考えればこちらの方がマシなのでしょう。どちらにせよ、他地域よりはずっと高い建築技術であるようです>



 感心する僕の言葉に、エイダもまた同様の感想を抱く。


 この惑星に降り立って以降、随分と長い年月が経つが、このような街並みは正直見たことがない。

 同盟で大きな建物となると、一般的に想像するのは砦であったり、都市の統治者が住む屋敷など。

 あとはラトリッジで団長が住む屋敷なども、比較的大きな部類に入る。


 だが基本的には縦でなく横に伸ばしていけば事足りるため、必要以上に高くする必要はない。

 この街は多くの人が流入することによって、家を建てる土地が足りない。

 外周に造られた外壁を増築するよりは、家を上に伸ばす方がよほど楽ということなのだろう。

 決して簡単だとは思わないが。



『そのせいか、低い建物ほど造りが立派に見える』


<一般の人々が住むのは高層。富裕層になるほど低く広い建物となるのでしょう>



 何にせよこういった建物が造れるあたり、スタウラスの建築技術は高いようだ。

 関心と驚きの混ざった感想を抱きつつ、感嘆の表情を湛える皆と共に、ライモンドの後ろを進み通りを歩いて行った。




 しばし通りを歩き続けていると、不意にライモンドの足が止まる。

 彼はその場で右へと身体を向けると、正面に建っていた一軒の建物を見上げた。


 僕等も倣ってそちらへと視線を向けると、目の前にあったのはこれといって変哲もない、一件の建築物。

 変哲もないとは言っても、この都市においてはという前提ではあるが。



「ここがワシの属する、ノーラウザ広報社だ」


「……企業、か」



 ライモンドの堂々と告げる言葉に、つい反応し口を衝く。


 この惑星において、企業という概念はあまり一般的ではないので、精々が商店であったり、商会と言い表わされる程度だ。

 エイダがどう彼の言葉を翻訳したかにもよるのだが、あえて"社"と訳したからには、相応の大きな意味が込められているように思えた。



「と言っても、運営しているのはスタウラスの中央政府であって、民間の組織ではないのだがな」


「つまり、政府の広報を受け持つ部署なんですね」


「そうなる。……あまり大きな声では言えんが、このような小国では我々のような仕事が、国の勢いに大きく影響が出るんでな」



 見上げつつ呟く僕へと、ライモンドは近寄り小声で語る。


 彼が言いたいのは、おそらく世論操作や政府への支持といった面に関する話なのだろう。

 スタウラス国は小国であるが故に、情報の統制や扇動によって国民が団結せねば、巨大な共和国に対抗できないという意味であると解釈した。



「何はともあれまず中へ入るといい。上の人間を呼んでくるから、そこでもう一度話を聞かせてくれ」



 さあさあとこちらの背を押し、ノーラウザと呼ばれる企業が入る建物へと踏み込むライモンド。

 正直あまり気は進まない。本音としては、このまま彼と別れて先を急ぎたいのだ。

 だがこれも国境越えに手を貸してくれた彼に対し、礼をする意味でも仕方がないかと考え、彼と共に中へと踏み込む。


 しかし一歩建物内に踏み込んだ時点で、僕は先ほどライモンドの発した言葉に嫌な感覚を覚えた。

 上の人間を呼んでくる、と彼は言ったはずだ。

 そしてこの企業は実質スタウラス国政府の管理下に在る、広報担当と言える組織。

 つまりライモンドの上司となれば、国の役人であるも同然なのだと。



『……大丈夫だろうか』


<今更ですか? ここまで来ては、成るようにしか成らないでしょうに>


『そうは言ってもな。場合によっては共和国の諜報員と間違われて、拘束される可能性だってある』


<珍しく気弱ではないですか。いざとなったら、実力行使で逃げ出してもよいのでは>



 珍しくというのは、こちらこそ言ってやりたい。

 エイダは普段ではあまりしないであろう、力に頼った行動を推奨していた。

 そのような事をしてしまえば、折角共和国を抜け出したというのに、こちらでも逃亡を続けなくてはならなくなってしまう。


 ただ彼女の言うことも半ばご尤もで、どちらにせよ覚悟を決め、着いていくしか道はないのかもしれない。


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