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ノーラウザ・タイム 02


 木々の合間に在る茂みの中、僕等は目の前に広がる光景を注視していた。

 そんな中、茂みの中から目だけを覗かせるビルトーリオは、ビクビクとしながら小さく呟く。



「あの……、多くありませんか?」


「確かに。共和国側はほとんど居なかったというのに……」



 彼の言葉に対し、ヴィオレッタは同意しつつ眉をひそめる。


 共和国とスタウラス国との国境線上に広がる、広大な森林地帯。

 そこのスタウラス側へと踏み入れようとしていた僕等の前へと現れたのは、数十人以上にも及ぶスタウラス警備兵の姿だった。


 やはり長年共和国の侵攻を受け続けていたせいか、一時の休戦を経たとはいえ、スタウラス側としては易々と信用できないのだろう。

 たった一人だけしか居なかった共和国の歩哨に対し、ずっと多くの数を警戒に当たらせていた。



「突破するか?」



 案の定と言うべきか、レオは短絡的な発想をしてしまうようだ。

 状況次第ではそれも十分に在り得ると思うのだが、今この場で取るのは流石に止めておきたい。



「この場だけは面倒がないけど、それだとスタウラス内でも逃げ回る破目になりそうだな……。と言う訳で却下だ」


「ではどうするのだ? また賄賂でも渡して……、と言っても金がないか」


「これだけ居ると互いの目もあるしね。受け取ってもらえそうにない」



 ヴィオレッタもまた正攻法……、といっても表沙汰に出来ない手段ではあるが、それが通用しないと考えたようだ。

 そもそもが彼女も言っていた通り、スタウラスで使える通貨を保有していないので、どちらにせよ不可能な手段ではあるのだが。



「ではいっそ本当のことをバラしてしまうというのだどうだ? 共和国に打撃を与えた他国人であれば、存外通してくれるやもしれんぞ」


「共和国との戦闘が継続中ならそれも良いだろうけど……。今は形の上では休戦中だし、難しいと思うよ」



 ひたすら戦闘が苛烈化している状況であれば、案外優遇してくれるかもしれない。

 ただそうであったとしても、その事実を証明する術がないのでどちらにせよ不可能であった。

 身元を証明するために必要な傭兵団の徽章は、持ち歩くのは危険であるため置いてきた。

 そもそもスタウラスの人間にとっては、ほぼ関わりを持たぬイェルド傭兵団の存在すら、知らない可能性は高いだろう。



 さて、ここをどう乗り切ったものか。

 そう考えていると、脳裏へとエイダからの声が響き、僕へと人の接近を知らせてきた。



<警告。五時方向一二〇mに人の接近を感知しました>


『近いな。兵士だろうか?』


<申し訳ありません、葉の密度が高いため察知が遅れました。これといって武器を携帯している様子はないので、民間人かとは思いますが>



 休戦中とはいえここは国境地帯。そんな場所に民間人が居るなど、俄には信じがたい。

 だがエイダが脳裏へと映してくれた映像には、これといった武装をしていない一人の男の姿が現実に映し出されていた。

 見るからにその格好はただの一般人と言わんばかりで、動きそのものも兵士であるようには見えない。


 ともあれ警戒するに越したことはなく、僕はその接近をそれとなく皆に知らせることにした。



「今、何か聞こえなかったか?」


「いや、これといって何も……。何か居るのか?」


「ああ、後ろの方で人の声が聞こえた気がした」




 僕はそれだけ言うと、ここで待っていてくれるよう告げ、接近してくる男の方へと向け歩を進める。

 極力音を立てぬよう忍んで歩き、こちらへと向かってくる男と接触する少し前で停止。

 茂み一つ越えた先を歩く中年の男を、目視で確認した。



『……確かに兵士じゃなさそうだ。身体つきからして鍛えられてはいない』


<ビルトーリオのように室内に篭りっきり、ということもなさそうですが>


『そうだな。随分と陽に焼けているようだし』



 見れば男の肌は浅黒く、日頃外での活動を常としている様子が見て取れる。

 だが体格的には決して分厚い方ではないため、力を使う作業を行う様な人物ではないのだろう。

 荷物も最低限で、武器らしい物もごく小さなナイフ程度しか携行していないようなので、猟師というわけでもなさそうだ。


 国教を挟んだ両国の市民がこのような場所に居ようはずもなく、一見して軍人にも見えない。

 いったい何者であるかは知らないが、このような国境地帯をウロウロしている辺り、謎が多いのは確かだった。



『とりあえず声をかけてみるか。出来るだけ穏便に』


<それがいいでしょう。まだ敵対行動をされると、決まってはいません>



 現状ここで立ち往生していても、何も進展することはないだろう。

 もうそろそろ陽が完全に落ちてしまうが、見張りの数が減るとも思えない。

 ならばリスクは承知の上でこの人物と接触を図り、何がしかの行動を起こす必要がある。


 そう判断したため、意を決して男へと近寄り進路上に姿を現した。



「っと。……警備兵か?」



 やはり案の定急に姿を現したこちらに対し、男は若干の動揺を示す。

 立ち止まり手が所在なさ気に動く様からして、やはり戦闘に関する訓練を受けた兵ではないようだ。

 もしも兵士であれば、何がしかの武器を持つべく懐にでも手を潜り込ませているはず。



「いいえ、違います。僕たちは通りがかりの者でして」


「こんな場所にか? たち(・・)と言うが、その君らは何者なんだ?」



 僕が返した言葉に対し、男は矢継ぎ早に疑問を投げかける。

 その瞳は爛々としており、どうにもこちらへの興味や好奇心と言ったモノが、随分と刺激されている様子だった。


 実際のところ既に国境は越えているようなものなので、その立場を多少なりと明かしたところで問題はあるまい。

 もちろん全てを洗いざらいとはいかないが。

 もしそれによって何がしかの不都合が生じそうであれば、男に対して然るべき対処を取るまでだ。



「共和国から来た者でして、これからスタウラス領内へと――」


「共和国の人間か。見たところ旅装のようだが、君は軍人なのか?」



 男は僕が口を開き説明するよりも先に、予想をし先に問いを被せてくる。

 どうにもせっかちであるのか、あまりこちらの話を黙って聞くつもりもなさそうだ。


 そこからも男は僕に対し、畳みかけるような質問を浴びせかけた。

 何故ここに居るのか、いったい何者であるのか、ここへはどういったルートを辿ったのか。

 それこそ息つく間もなく、どころかこちらが答える間もなく。


 そのうち段々と、素性を問う内容からズレてきたように思えたため、いったん僕は男の言葉を制止。

 落ち着くように促した。



「僕等は共和国の軍人ではありません。この先スタウラスを経由して、他国へと渡ろうとしている者です」


「では旅行者……、ということもないか。では商人か何かということかな?」


「まぁ似たようなモノです」



 僕は背負った背嚢を見せ、その中に多くの品が詰め込まれている様子を強調した。

 傍目には行商でも行う人間に見えるだろうし、それであれば多少なりと疑問も抱かずに済むだろうと考えたためだ。



「ところで、あなたの方は?」


「ああ、これは失礼した。ワシは首都クヮリヤードで記者をしている、ライモンドという者だ」



 男がした自己紹介に、僕はつい無意識に首を傾げる。

 それは記者という言葉を、僕はこの惑星において初めて耳にしたからだ。

 エイダが翻訳したからには、これまで少なくとも似たような内容の単語を収集したことがあるのだろう。

 ただこの惑星の文明水準的に、そういった職種が存在するという発想がそもそもなかった。



「記者……、と言われると」


「共和国から来られた方には馴染がないかもしれぬが、スタウラスには幾人か居るのだ」



 ライモンドと名乗った男は、自身を誇るようにその役割についてを語り始める。

 どうやら彼の言う記者とは、行政に雇われて都市の大きな広場などで広く情報を公開し、政府からの告知などを知らせる役割を持つ者であるようだった。

 いわゆるメディアのようなものなのだろうが、語られる内容から察するに、スタウラス政府の広報担当のような役割でもあるのだろう。



「ワシが携わるノーラウザ・タイムは、スタウラス国が共和国から独立を勝ち取った翌年に創刊され、そこから長年に渡って国内の諸問題に鋭く切り込み――」


「は、はぁ……」



 ライモンドは揚々と、聞かれてもいないというのに説明を行う。

 彼が製作に携わる代物の沿革に始まり、首都における重要性などを得意気に。

 それが僕には少々面倒にも思えていたのだが、ある意味でこれはチャンスであるという考えが同時に浮かんでいた。



『彼を利用して国境を越えられないだろうか?』


<確証はありませんが、情報提供者という役割でなら。どうも度々こういった地域に足を運んでいるようなので、警備兵とも顔見知りである可能性はあるかと>



 僕はこういった星の下に産まれたのだろうか。

 そう思わせる程に、ビルトーリオの時と同じような思考をしてしまう。

 記者であるライモンドへと協力することによって、円滑にスタウラスへと侵入を図ろうという考えは、決して突飛ではないと思えていた。



<それで、どういった言葉で籠絡するのですか?>



 その手段について問うエイダ。

 僕はその言葉に対し、彼にいったいどういった対価を持って協力を要請するか。

 未だに揚々と語り続ける彼の前で、ひたすら頭を捻らせていた。


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