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在り様 03


「次に南、シャノン聖堂国を通るという案ですが……」


「無理、でしょうね」


「ええ、ある意味でこれが一番有り得ない選択でしょうな。まだ国境を正面突破する方が、余程現実的だ」



 卓上へ置かれた地図を前に、僕と隊長さんは二人して難しい呻りを漏らす。

 それも当然だろうか、何せ他国を経由するルートとして挙げた二つ目は、一つ目の北方経由よりも遥かに難易度の高い選択であるからだ。



「何よりも王国経由というのは、見通しが立たな過ぎます。入国できる保証もなければ、出国できるかも一切が不明。どの程度危険かすら判断がつきませんからね」


「その通りです。王国に関してはこちらでもほとんど情報がないため、助言の類が不可能なので……」



 完全な鎖国状態を貫いている、王国ことシャノン聖堂国に関して、同盟どころか共和国の人間ですら、知ることはそう多くない。

 旅行者や物流の制限などという次元ではない、外交のチャンネルすら全くもって存在しないのだ。

 数少ない知識としてあるとすれば、国家元首が国教のトップであるということ。そしてやたら暑い気候であるということくらいのもの。


 一時はイェルド傭兵団も、数人の諜報要員を潜入させようとはしたらしい。

 だが結局はリスクの高さであったり、特別敵対関係にないということから見送ったとのこと。

 実際にはそこまで手が回らなかったというのが、本音としてはありそうだけれども。



「ではここもダメですか。となると……」


「はい。もっとも遠回りになってしまいますが、東側のスタウラス国を経由するのが、一番確実かつ安全ではないかと」



 彼は羊皮紙に殴り書きされたような雑な地図へ、トントンと指を打つ。

 そこは共和国の東側、位置的にはここの間反対に位置する場所。

 僕等にその動向を苦慮された、共和国の宿敵と言える国家、スタウラス国であった。



「となると、海路ですか……」


「この国は大陸内で唯一の、同盟と交易を行っている国です。交易船に便乗するというのが、最も無難ではないかと」



 そう言って彼は僕の背後に立つビルトーリオへと視線を向ける。

 僕は今更ながら、ビルトーリオが生み出した技術を欲したことを、僅かに後悔し始めていた。

 やはり体力も少なく、戦うも期待できない者を連れるなれば、こうならざるをえないようだ。




『確か、スタウラスは他大陸の幾つかの国と交易をしているんだったよな?』


<肯定です。実際にそういった内容の話を聞いておりますし、彼の国から大型船が出港するのを、衛星が捉えています>



 エイダへと確認を行うと、彼女はハッキリと断言した。

 同時に脳裏にはその光景と思われる上空からの画像が映し出され、港に接岸された大型船の上に、大きな木箱が幾つも積み込まれていく様子が見られる。


 どうやらスタウラスは小国ながら、他国との交易を熱心に行っているようだ。

 というよりも、そうすることによって経済を活性化し、共和国に対抗するだけの力としているらしい。

 例えば武器の類であったり、他大陸の傭兵を雇い入れたりと。



「直接同盟領へ向かう便は存在しないはずので、更に別の国を経由することになります。そうですね、やはり南側のフィズラース群島行きの航路へ乗るのが良いのでは」


「やはり、なかなかに大変そうな道程ですね」


「状況が変わってしまったので、致し方ありません。このまま留まっていても、いつ帰れるとも知れませんからな」



 彼はそう言って苦笑すると、椅子の背もたれへと身体を預けた。


 北も南も、当然西もダメとなれば、あとはこの地に残るか東へ行くしかない。

 またもや長い距離を移動し、今度は同盟と真逆のスタウラス国へ。そこから交易船を見繕い、フィズラース群島に渡る。

 隊長さんの話しでは、あそこからであれば、同盟へ向かう船が存在するはず。


 本当に、帰るのも一苦労だ。



 僕等はそこから、今後の細かな点について打ち合わせを行う。

 スタウラスとの国境まで、どういったルートを辿れば良いのか。そしてどのようにして国境を超えるのか。

 その後はちょっとした地域毎の特性や、袖の下を渡す際の細かな注意点などを、隊長さんからレクチャーを受けながら、世は更けていった。







 翌早朝、僕等は必要な荷物一式と軍資金を持って、コルナローツァの街を発とうとしていた。

 本来であれば、ビルトーリオの体力が懸念されるため、もう一泊くらいしておきたいところ。

 だが情勢が日に日に悪化する可能性は捨てきれなかったため、彼自身の意向も有ってすぐに出立することとなったのだ。



「お世話になりました。お元気で」


「そちらこそご無事で。我々はこの地に残り、活動を継続します。勿論首都に取り残された、彼らのサポートもせねばなりませんしな」



 僕等はコルナローツァに構えた拠点の中で、潜入部隊の隊長に見送られていた。

 家の中でというのも若干おかしなものだが、流石にこのような内容の別れを、外でする訳にもいくまい。



「ところで、本当にマーカスを伴わずとも大丈夫なのですか?」


「ええ。少々寂しいものはありますが、そちらもかなり人手が足りていないようなので。そろそろお返しします」



 道中、スタウラスとの国境付近まで案内をすると言っていたマーカスではあるが、僕はその申し出を辞退することにした。

 最初にここへと来た時には、何人かの団員たちがその姿を見せていたのだが、昨日ここに辿り着いて以降、誰一人としてその姿を現してはいない。

 おそらくは方々に監視を行うため散っており、この拠点には彼と隊長さんだけしか居ないのだろう。

 名残惜しいのは確かだが、そんな彼をこちらの都合で連れていく訳にもいくまい。


 そのマーカスはと言えば、僕等へと歩み寄り同様に名残惜しそうな色を目元に湛えていた。



「アル……」


「本心を言えば、一緒に帰りたかったんだけどね。でも今ではここがマーカスの居場所だし、きっと君にはこういった役割が向いているんだと思う」


「そうですね……。今はボクにもそう思えます」



 僕等はただそれだけの言葉を交わし、一人ずつ抱擁を交わした。

 仲間であるとは言え、傭兵稼業などというものは別れが付き物だ。このくらいの言葉で十分なのだろう。

 もう今更だ。これこそが僕等傭兵の在り様なのだから。



 名残惜しさを振り払い、扉の取っ手へと手を触れる。

 そのまま外へと出て、振り返ることなく街の外へ向けて歩を進めていった。

 背後からはレオたち三人が歩く足音が聞こえるので、彼らもまた名残を切り捨てられたようだ。



「良かったのか?」


「ん? ああ……、問題はないよ。これ以上は彼が離れ辛くなるだけだし、迷惑がかかるだけだ」


「そうか」



 ソッと隣へと並んだレオは、僕へと視線を向けることもなく小さな声で問いかける。

 それに対し僕は、断定的な調子を作ってハッキリと告げた。

 半ば自分自身へと言い聞かせるかのように。


 黙り込み、これ以降は口を開かないレオ。

 彼は僕の言葉どこまで本気であるかを探ろうともせず、ただ発した内容をそのままを受け入れてくれるようであった。


 ヴィオレッタもまた、余りこの件に口を挟む気はないらしい。

 彼女もまた傭兵という稼業、人との別れは覚悟の上ということだろう。

 むしろ死に別れではないだけ、先に希望が持てるというものだ。



 比較的人通りの少ない、都市裏道を歩く。

 その間は全員が口を開かず、ただ沈黙ばかりが漂っていた。

 やはり今の時点では、あまり感傷を突く真似をすべきでないと考えたのだろうか。


 ただそんな状況であっても、若干一名はマイペースを保っていた。



<ところでアルフレート。通過予定経路の確認はどうしますか?>



 これといって変わった様子もなく、必要な連絡事項を確認しようとするエイダ。

 彼女からすれば、こちらの心情よりもまずは安全確保が最優先であるようだ。



『そうだな……。一応幾つかルートの目星をつけて、進路上に兵士がどれだけ存在するかを確認しておいてくれないか? 避けて通れるに越したことはない』


<了解しました。昨日話した内容から、最適と思われるルートを選定します>


『出来るだけ起伏の少ない道にしてくれよ。ビルトーリオの体力が持たなくなってしまう』



 淡々としたエイダへと、可能な限り進み易いルートを検索するよう指示する。

 ビルトーリオという理由もあるにはあるのだが、僕等もそれなりに疲労しているのは否定できないからだ。

 何せ最初にラトリッジを出立してから、既にここまで三〇日以上が経過している。

 戦う機会というのはそこまで多くはなかったが、それでも慣れぬ土地に心身ともに消耗しているのは確か。



「スタウラスへ抜けたら、二日か三日休養を摂ろう。今の状態で船旅なんて、身体を壊すだけだからね」



 エイダとの疎通を切り上げると、周囲に人通りがないのを確認すると、背後を振り返って三人へと告げる。

 するとヴィオレッタなどは表情から安堵が漏れ、当然とばかりに同意をした。



「賛成だ。いい加減くたびれてきたからな」


「俺はいつでもいい」



 レオなどはこれといって疲労を感じさせないが、やはり強行軍であるのは認識しているようだ。

 ビルトーリオも言葉にこそ出さないものの、首を縦に大きく振って肯定を露わとしていた。



「それじゃ、ほんの少しの休暇を楽しみに、もうひと踏ん張りしようか」



 僕は少しという部分を強調して告げる。

 皆はそこに対しては不服があるのか、歩きつつも若干の不平を漏らし始めていた。




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