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在り様 02


「申し訳ないが、君たちには単独で帰還してもらうことになります」



 南部の都市リヴォルタから逃げ、共和国中部の都市を経由して西部のコルナローツァへ。

 十日以上もの日数をかけて辿り着き、諜報活動を行う隊の隊長と再び顔を合わせる。、

 そこで簡単な挨拶をし、ビルトーリオの存在を説明した直後、彼から告げられたのがこの言葉であった。



「どういうことでしょうか?」


「言葉そのままの意味ですよ。首都へと向かった隊ですが、こちらでの合流が不可能になりました」



 告げられた内容は、僕等にとってまさに寝耳に水。

 若干のトラブルこそあったものの、ここまで順調に進んでいたと思われた作戦であったのだが、よもやここに来て大事になるとは。



「まさか捕まって……」


「いえ、一応全員が無事でいます。聞いた限りでは誰も拘束されていません。ですが少々、手痛い足止めを食ってしまったようです」



 彼はテーブルに両肘を衝き、重苦しい息を吐く。

 この隊長さんが言うには、首都へ向かった隊の面々は、それなりの成果を上げて奇襲を成功させたらしい。

 しかしそれによって首都内での警戒は非常に高まり、脱出を図る頃には、出入りが著しく制限されてしまったとのこと。

 なので辛うじて外に居る別の要員と連絡だけ取り、コルナローツァへと伝令を寄越したようであった。



「当面は身動きが取れないでしょう。警戒が解除される目途が立たない以上、行動を共にするのは不可能です」


「では彼らを残して、僕等だけで帰還するしかないのですね……」


「遺憾ながら。彼らにはいずれ警戒が緩んだ頃を見計らって、同盟へ帰ってもらうしかないでしょう」



 不運な事に首都方面を受け持ってくれた隊は、帰国もままならなくなってしまったようだ。

 だがこれも戦時であれば仕方がないのかもしれない。


 そうなのだ、この国は常時が戦時。

 何かが起きれば強力に権限の集中が行われ、人の動きを制限することなどわけはない。

 僕等とて一足逃げるのが遅れていれば、同様の事態に陥っていた可能性はある。



「救出も行いません。可哀想だとは思いますが、今はただ嵐が通り過ぎるのを待つべきかと」


「了解しました。団長には、戻って自分が伝えておきます」



 僕は彼の言葉を肯定し了承する。

 余り面識のない相手であるとは言え、彼らもまた同じ団で戦う仲間であるのには違いない。

 だが実際のところここで無理をして救出しようとし、余計に状況を悪化させる訳にも行くまい。


 それに現状あまり危険性が高い状況でもないようだ。

 ここは大人しく、王国の人間が起こしたテロと認識させたままにしておくのが無難だろう。




「それで、あなた方の帰還方法ですが……」



 隊長さんは僕等が同盟へと帰るための方法を口にしようとする。

 そのまま静かに聞こうと考えていたのだが、どうにも言い澱むような口調であることに疑問が浮かぶ。



「何か問題でも?」


「来る時のように山師のフリをして、と最初は考えていたのですが、今の情勢ではそうもいかないでしょう。偵察を行った者の話では、国境付近の砦には数百人規模で兵が集まっていますので」



 やはり彼らもまた、共和国軍の動きを把握しているようだった。

 このような緊張状態で、わざわざ山に入ろうとする者は居ない、ということなのだろう。

 それも当然かと思って納得し、僕は続く彼の言葉を待つ。



「まだ集結が解かれていない、ということですね」


「どうも中央と南部での襲撃が大っぴらにされていないせいか、共和国軍の反応が鈍いようで。まだそれらしい混乱は起きていません」


「困りましたね、それでは僕等も帰る手段が……」



 実際僕等が国境を超えるためには、基本的に来た道を戻るというのが手っ取り早い。

 というよりも、それ以外にはほぼルートが存在しないと言っても良いのだ。



「そこで我々も、幾つかの手段を考えてはみました。ですがどれも一長一短。ある程度の危険は覚悟して貰わねばなりません」


「そこは覚悟の上です。それでその手段というのは……?」



 想定していた以上に状況が悪化してしまったためだろう。

 彼は幾つか考えてみたという国境越えの手段を、言い辛そうに一つずつ挙げていった。



 一つは国境沿いに集結しつつある軍勢を相手に、強行突破を仕掛けるというもの。

 単純明快であり、ある意味で最も僕等が得意とする分野ではある。

 だが敵の多さもあってこの手段は最も論外であると言ってよく、彼もこれは端から案としてカウントしていない節すらあるようだ。

 そもそも国境線を無理に突破してしまえば、今回の奇襲が同盟の仕業であると喧伝するも同然だった。



「ですのでこれはまず使えません。やるとすれば、今回の一件が同盟側による謀であると、露見してしまった場合でしょうか」


「そうなっては困りますからね。やはり没ですか……」



 二つ目に、共和国軍に紛れ込むという手。

 当然のように共和国は同盟に対し、度々斥候を送り込んで情報を集めようとしている。

 その斥候役と途中で入れ替わってしまい、同盟へと帰ってしまえばいいというものだ。



「ただこれに関しても、幾つか問題点がありますが」


「どうやって入れ替わるのか、という点ですね。それに斥候が戻ってこないとなれば、異常が起こったと判断されてしまう」


「おっしゃる通りで。どちらにせよ難しいでしょうな」



 潜入部隊の隊長は難しい表情を浮かべ、僕の言葉を肯定した。

 やはりこれに関しても、最初のと同じ理由で難しい。

 僕等は何をさておいても、秘密裏に帰還しなければならないのだから。




「三つ目ですが、協力者を見つけるというものです。ですが密かに通してくれるだけの権限を持った人間と、そこまでのコネを築けてはいないのが現状です」


「軍の高官ですか……」



 彼は口惜しそうに呻り、僅かに視線を落とす。

 やはり共和国軍内部にも、他国の人間に対しある程度の利益供与を行う輩は存在するようだ。

 聞くところでそれは一地方の部隊長であったり、同盟との国境線に建つ砦の関係者であれば、書記官などと繋がりがあるらしい。

 ただ現状ではそこまで高い役職の人間と繋がりは存在せず、密かに逃亡を助けてくれるほどの力はないようであった。



『当てがある……、と言えばあるんだけどな』


<ダリアのことですね。ですが早々会えるものではないでしょう>


『そうだな。そもそも連絡手段がないし、これ以上助けを期待するのも難しいと思う』



 リヴォルタの副指令だかであった彼女であれば、それなりには顔が利くはず。

 ただこのような事を頼もうにも、頼み込む手段が存在しない。

 それに仮にもし出来たとしても、これ以上こちらへと融通を利かせるのは、ダリアにとってもリスクの高い行為であろう。




「確かにどれも難しいですね……」


「なので現実として採れるのは、四つ目の手段になります」


「四つ目?」


「はい。これもまた少々面倒ではありますが、他国を経由するという手段です」



 と言って彼はまたもや嘆息する。

 一応は僕と同じ隊長という肩書を持っている人物だが、やはり立場上どうしても心労が溜まるようだ。

 もし仮に僕が彼の役職に納まるよう団長に指示されたとしても、素直に拝命する自信がなくなってしまうほどに。


 ともあれ彼が示した四つ目の案は、ここまでの中では最も無難であると思えるものだった。



「どういった経路を?」


「経路の候補としては幾つかありますが、北は難しいでしょう」



 彼の言葉を聞きつつ、僕はエイダに指示し、簡略化した地図を映し出してもらう。


 まずは北側、北方小部族連合の領土を通過するルート。

 ただ当然のことながらこの地は同盟にとって敵国であり、僕等にとっては危険な道筋であるのは言うまでもない。



「北方を通るのは難しいのか? 北国とは言え今は夏だ、そこまで大事にはなるまい」



 ここまで背後で黙り聞き続けていたヴィオレッタは、難色を示して問うてきた。


 確かに彼女の言う通り、夏場である今であれば、雪に閉ざされているということもないはず。

 彼女からすれば、この程度のことはさしたる障害ではないと思えているのだろう。



「不可能ではないと思うよ。でも厳しいだろうね、何せ補給がほとんど行えない」



 振り返った僕は、ヴィオレッタへと静かに告げる。


 このルートで何よりも問題となるのは、道中で人里に立ち寄っての補給が不可能であるという点だ。

 北方の小部族連合は、無数の小さな部族が互いに不干渉を貫いているだけの勢力であるため、部族間の交流がほとんど存在しないと聞く。

 しかも大きな都市などは存在しないため、一歩でも余所者が入り込めば目立つことはうけ合いだ。



「延々とただ自然の中を行くのは骨が折れるよ。何十日もの行程、ずっと狩猟と採取で食糧調達になる」


「だがこの程度であれば、我慢できぬほどではあるまい? 我々はそういった訓練も積んでいるのだぞ」


「確かに僕等は見習いの時点で、そういった技能は身に付けている。越えるのはわけないよ。……僕等だけならね」



 そう言って僕は視線を横へとずらし、ヴィオレッタの背後へと向ける。

 すると彼女は僕の視線を追い、意図するモノを見て納得の息を漏らした。


 僕が流し見た視線の先、そこに立っていたのはビルトーリオ。

 今回は僕等傭兵だけではなく、もう一人お客さんが居るのだ。

 彼はこれまで碌に武器を手にした経験もなく、職業柄かあまり長距離を歩くに慣れた身体でもない。

 ここへと至る道中にしても、幾度となく長い休憩を挟みつつ移動したのだ。



「ビルトーリオさんは、何十日もの期間山を歩く自信はお有りですか?」


「とんでもない! 私なんて五日もせずに、倒れてしまいかねないですよ」



 僕が揶揄するように問うてみると、ビルトーリオはブンブンと首を横へ振り否定を口にする。

 否定、というよりも拒絶に近いだろうか。



「だそうだよ?」


「わかった、私が浅はかであった」



 肩を竦め一歩下がるヴィオレッタ。


 どうやら自身の発言を、あまり現実的ではないと認識したらしい。

 実際ビルトーリオを連れて長い道のりを行くなど、到底不可能であるのは言うまでもないだろう。

 それは彼女自身、ここまでの時間で十分に把握している事実だった。



「では続きを」



 仕切り直しとばかりに、僕はテーブルの向こうへと向き直る。

 僕と同じく隊長であるその人物は、小さく頷いて簡略化された地図へと視線を落とし、次なる案を口にしていった。



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