表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
128/422

在り様 01


「こないだ、母親について話してくれただろう」


「ああ、確かに言ったな。それがどうしたのだ?」



 暫しの沈黙の後で僕は遂に観念し、事情を打ち明けることにした。

 バレた後が怖いというのもあるのだが、それなりに信頼してくれているであろう彼女に、ある程度の誠意を持つ必要性を感じたためだ。

 エイダの存在や手にした装備の数々など、色々と仲間に隠し事をしている時点で、今更という気がしなくはないが。



「ダリア、という名に心当たりはないか?」



 床に腰を下ろしたままで見上げるヴィオレッタへ、目線を合わせることもなく静かに告げる。

 すると彼女はビクリと反応し、露骨に動揺を表に現す。


 しかし一度二度と深く呼吸をすると、平静を努めて問うてきた。



「確か私は名前までは教えていなかったはずだ、どうしてその名を……。いや、話の流れから察するに明らかだな」


「リヴォルタから逃げる時、追手の中に居た。母親なんだろう?」



 実際彼の人からは、その娘へと言付けを預かってかっているのだ、伝えぬ訳にもいくまい。


 だがヴィオレッタはそれだけでは納得しようがなかったようだ。

 思いの外冷静な調子で、壁に背を預けて口を開く。



「それで、どうしてそのような事態になったのだ? ただ追手から逃げ続けるだけでは、名を教える程の状況になるとは思えんのだが」



 やはりそういった疑問はどうしたところで抱くのだろう。

 外見的な特徴を教えられたわけでもなければ、リヴォルタにダリアが駐留していたと聞いてもいない。

 そもそもそのようなものは、ヴィオレッタ自身ですら知らないのだから。


 僕は細かな部分を省略しながらも、ダリアとの接触以降の経緯についてを説明する。



「ようするに、我々が同盟の人間であるとバレていたのか。ヘマをしたものだな」


「まったくだよ。まさか自分がこんなにも、思考を読まれ易いとは思ってもみなかった。今だってヴィオレッタにも悟られたくらいだし」


「別に読み易いということはないぞ。私などは四六時中行動を共にしているから、何となくわかるといった程度に過ぎん」



 ヴィオレッタは僕の言葉を否定する。

 フォローのつもりで言ってくれているのか、あるいは本心であるのか。

 ただそれが本心で言っているのであれば、ダリアの推察する能力が高いということになるのだろう。



「気に掛けていたよ。ヴィオレッタと団長、二人のことを」


「そうか……」



 ダリアの見せていた感情を伝えると、ヴィオレッタは短い言葉と共に再度の沈黙を纏う。

 密かに彼女の顔を覗き見ると、その表情は嬉しそうでもあり、嫌がっているようにも見えるという、形容しがたいモノだった。


 あの場に居なかったことへの、後悔を噛みしめているのかもしれない。

 あるいは顔を合わせなかったことで、自身の抱いている母親像が崩れるのを回避した安堵感だろうか。


 もし後者の側であるのならば、僕がこれから告げようとしていることは、彼女にとって良い内容ではないのだろう。

 だが約束は約束だ。



「……ダリアさんから、伝言を預かっている」


「何と?」


「『我々は敵同士だ、いずれ合い見える時も来よう。いつの日か私を討ちに来る時を、心待ちにしている』だそうだ」



 僕がダリアから賜った伝言の内容を伝えると、ヴィオレッタはこちらを見上げ、唖然とし口を開ける。

 しかしその反応も当然だといえるだろう。

 長く離れていた母親からの伝言が、戦場で相対するのを楽しみにしているという内容では。

 僕自身は両親を失って随分長く経つが、それでも普通はありえないことくらいはわかる。


 ヴィオレッタは俯くと、肩を震わせ始める。

 最初は動揺しているのか、あるいは泣いているのかとも思う。

 だが実際そうではなかったようで、どういう訳だろうか彼女は自身の腹を押さえ、声を漏らさぬように笑い始めた。



「ど、どうしたんだ?」


「いやはや、団長から聞いていた通りの人だと思ってな」



 問うた言葉に対するヴィオレッタの返答は、愉快そうな空気を孕んでいた。

 僕はあまりにもおかしな人物であると思っていたのだが、彼女にとっては十分理解の範疇、というよりも予測の範囲内であったのだろう。

 どうやら団長からは、そのままの人物像を伝えられていたようだ。



 腹を抱える彼女が落ち着くのをしばし待ち、続けて口を開く。

 何がしかの感傷に浸り、間接的な家族との再会を噛みしめているであろう彼女に、一応釘を刺しておかなければならない。



「僕等はイェルド傭兵団の傭兵として、与えられた任務を遂行し無事帰還する義務がある。会いたいとは思うけれど、今回は我慢してくれないか?」



 そうか、と呟き柔らかな視線を向けるヴィオレッタ。

 たぶんそのようなことはするまいが、一人でリヴォルタまで戻り、ダリアに会おうとする可能性を危ぶんでだ。


 ただ彼女にとっては、少々心外な発言であったらしい。

 ムッとした表情へと変わり、立ち上がって腰に手を当てる。



「わかっている。無事が確認できただけで、私にとっては十分だ」


「ならいいんだけど。……さて、そろそろ交代してもらうとしようかな。明日の朝にはここを発つよ」


「ああ、短い時間だが休んでいるといい」



 僕はヴィオレッタの反応を確かめ終えると、向けられる眼光から逃げるように休息を告げた。


 確か次の見張り役はレオだったはずなので、彼を起こさなければならない。

 再び床に座り込み、虚空を見上げて黙り込んだヴィオレッタを置いて、奥の部屋へと移動する。

 想像していたのと大きく異なり、彼女は然程気にした様子もないように見る。


 本当に一切動じていないということはあるまい。

 ただその心情を察することなど叶わぬため、この場は僕もそれを信じる他なかった。







 合流した翌日、僕等は同盟領へと帰還を行うため、共和国へ潜入している隊と合流した地、都市コルナローツァへ向け発った。


 今はその行程の二日目。

 今度はどれだけ時間がかかるだろうかと思ったのだが、そこまでの行程はひたすらに順調そのものだった。

 道中にはほとんど兵士らしき姿も見受けられず、すれ違うのは極少数な他の旅人くらい。

 そろそろリヴォルタが襲撃された情報が伝わっても良さそうなものであるというのに。



『箝口令でも敷かれてるかな?』


<失態の流布を恐れた可能性もあるかと。リヴォルタや首都が襲撃された報が、地方には伝わっていないのかもしれません>



 僕の疑問へと、エイダは推測を込めて返す。


 だとすれば少々厄介だ。

 そもそもが僕等の目的は、共和国へと打撃を与えることによって、軍や市民の目を王国へと向けさせることにある。

 もし情報の統制が成されていれば、後者の目的が果たされない可能性すらあった。



『首都の方もそれなりの騒動にはなっているんだよな?』


<肯定です。首都の数か所で同時に火の手が上がっていたので、成功したものかと。ただ建材に石材が多く使われているため、リヴォルタ動揺あまり燃え広がってはいないようですが>



 首都へ向かった隊の方も、一定の成果を上げることに成功したようだ。

 幸いにも首都方面でも、若干の騒動があったのは確認されている。

 比較的すぐに鎮火されたようだが、それでも同時に出火すれば人為的なものを疑うはず。

 おそらくは軍関連の施設を狙ったのだろう。彼らもまた僕等と似た方法で、共和国に打撃を与えるのに成功したのだと思われた。





「ところでマーカス。コルナローツァへと辿り着いて、その後は大丈夫なのだろうな?」


「まだ何とも言えないですね。現在共和国軍がどう展開しているか、その情報が入っていないので」


「戻るまでにもう一苦労、といったところか」



 背後を歩くヴィオレッタは、マーカスへと今後についてを問う。

 それに対して返された答えは、現状では不透明であるというものであった。


 僕等は南部で騒動を起こし、もう一方の隊は共和国中央部で。

 同時に二か所もそういった問題が起これば、当然のように警戒を現にすると考えるのも当然だった。

 だが現在の周囲を見ての通り、兵士らしき存在は一切見受けられない。

 やはりエイダの推察通り、襲撃を受けたという事実は伏されている可能性はありそうだ。



「どちらにせよ、国境を超えて戻る時が一番大変かもね」


「ボクもそう思います。確かお二人が聞いた話では、西に戦力を集結させつつあるのでしたか」


「ああ。その時までには、侵攻を一時中止する判断を下してくれればいいんだけど」



 リヴォルタへと向かう道中、町の兵士も話していたが、同盟への侵攻を目論み多くの戦力が集中し始めていた。

 今回の一件により、西の同盟ではなく南の王国の方がより脅威であると、判断して貰わなくてはならないのだ。

 でないと大量に集められつつある兵によって、僕等は帰国すら儘ならなくなってしまう。



「とりあえずは道中で情報を集めつつ、もう一方と合流。そこから突破の方法を考えるってところかな」


「そうなります。勿論方々に散らばっている要員が、既に情報は集めて周っていますが」



 そう言ってマーカスは、自身の属する隊の人たちが頼りであるのを小さく強調した。


 やはり彼は既に、この共和国へと潜入している隊の一員であるようだ。

 自身の帰属がその隊に在るとしっかり認識し、仲間を誇りに想っている節が、その視線からは零れ出している。

 僕は彼に対し、最初は心変わりでもして戻ってくれないだろうかと思ったりもした。

 だがそれは既に、叶わぬ望みなのだろう。



 ともあれ、首都へ向かった隊と合流しないことには始まらない。

 別々に脱出するという手もあるのだろうが、それはそれでリスクとなる。

 もしも仮に脱出後にルートを塞がれてしまえば、もう一方が取り残されてしまう恐れもあるのだから。


 僕等は先に到着しているであろう彼らを待たせぬよう、ほんの少しだけ進む足を速めていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ