表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
127/422

青い槍刃 06


 不規則なリズムを刻み、木板に金属のプレートがはめ込まれた扉を軽く叩く。

 それを三度。同じ調子で行い、僕はしばしの間待ち続ける。


 みんなとの合流地点に指定した、共和国中部にほど近い小都市。

 そこへと足を踏み入れた僕は、幾つかの手掛かりを基に路地を進み、一軒の民家を探し当てていた。



『さて……。ちゃんと全員揃ってるかどうか』


<心配し過ぎなのでは?>


『そうは言ってもな。あんな化け物染みた人と戦ってしまうと、他にも居るんじゃないかと心配にもなるさ』



 僕は先日刃を交えた、ダリアを思い出す。

 よもやあれだけの力量を持った人物が、あちこちに居てたまるかと思わなくはない。

 そもそもあんなのが何人も居るならば、同盟はとっくに攻め込まれているだろう。



 暫し待っていると、扉はゆっくりを開かれ始める。

 中では照明が焚かれていないのか、扉の向こうは真っ暗で様子が窺えない。

 その暗闇の中から一本の手が伸び、チョイチョイと中へと手招きした。


 僕は手招きに従い足を踏み入れ、扉を閉める。

 途端にほとんどの視界が奪われるも、招く手は僕の手を掴み奥へと進んでいく。


 途中で一つの扉と思われる物を越えた先へと入ると、直後に部屋の片隅で小さく金属を打ち鳴らす音が。

 着火器と思われる音と共に、一つだけ焚かれる小さな洋灯の灯り。



「無事であったようだな。待ちくたびれたぞ」



 手に洋灯を持ち、こちらへと向け口を開いたのはヴィオレッタだった。

 見渡せば、レオとマーカス、それにビルトーリオの姿もある。

 しっかりと警戒の目をかいくぐり、予定していた場所までちゃんと逃げ切ってくれていたようだ。


 室内が真っ暗であるのは、扉を叩いたことにって警戒をし、誰かを確認するまで明りを落としていたせいなのだろう。



「よもや本当に王国まで逃げたのではあるまいな?」


「まさか。そこまでにはしっかりと、追手を撒いたよ。……かなり近い場所まで行ったけれどね」



 僕が最後に小声気味で付け足すと、皆が一様に口元を綻ばす。

 最後の一人であった僕が合流し、冗談を言うだけの余裕を見せたことによって、緊張の糸が緩んだようだ。

 労をねぎらう皆の言葉に従い、部屋に置かれた椅子へと腰かける。



 そこからは双方、ここに至るまでの経緯などを話した。



「ボクらは別れてからビルトーリオさんを追ったのですが……。実は合流できたのは、ここから半日くらいの場所だったんですよ」


「すみません、もう無我夢中で逃げていたもので……。騎乗鳥にも随分と無理をさせました」



 苦笑交じりにするマーカスの報告に、ビルトーリオは申し訳なさそうに頭を下げる。

 どうやら僕等よりも一足先にリヴォルタを離れたビルトーリオは、夢中で騎乗鳥を飛ばしたようだ。

 そのせいで後ろから追いかけていたレオたちはなかなか追いつけず、遂には合流地点のすぐ近くまで来てしまったらしい。


 一応彼にも正確な場所は伝えてあったので、問題ないと言えば問題ない。

 だが万が一彼の気が変わり、逃げ出した場合に備え可能な限り皆と同行するのが望ましかった。



「で、アルはどうだったのだ? 一瞬だけ見た限りでは、かなりの兵が追撃を行っていたようだが」


「こっちは散々だったよ。かなりしつこい連中で、国境まであと少しって所まで逃げる破目になった。結局は王国の領土に近付くのが嫌だったのか、途中で引き返したけどさ」



 ニヤつきながらも爛々とした目で、ヴィオレッタはこちらの行動について問うてくる。

 案外僕の失敗談めいた内容でも期待しているのかもしれない。


 僕はその問いに対し、あえて大仰な素振りで説明を行う。

 決して内容に装飾などはないのだが、いかにこちらが大変な目に遭ったのかを。



 ただ僕は追手の中にヴィオレッタの母親が存在し、対峙したことについては口を閉ざしていた。

 それは単純にビルトーリオが居るため、ヴィオレッタが団長と関わりがあることを話せなかったというのが一つ。

 もう一つの理由としては、流石にこれがプライベート上かなり突っ込んだ内容であったためだ。



<本当に黙っているつもりなのですか?>



 その後敵を撒いた後で、どういった経路でここへ向かったのかを離している最中。

 エイダはおずおずと、確認を行うように話しかけてきた。



『……後で二人になった時にでも、話すつもりでいる。気は乗らないけどさ』


<伝えずらいのは理解できますが、あの人物と約束しましたからね。……では私は周辺地域の監視を続けます、何かあれば呼んでください>



 そう言って僕の意識下からフェードアウトし、エイダの声は途切れる。

 この近辺は警戒網の外であるとは言え、いつ共和国の兵が探しに来るとも限らない。

 エイダはそのために、辺り一帯の状況を継続監視を行おうというのだろう。


 それにしても確かにエイダの言う通り、少々ヴィオレッタには伝え辛い。

 これを伝えることによって、彼女がどう反応するかはわからないが、あまり良い影響を与えはしないだろう。

 僕はダリアが僕に託した伝言を思い出しながら、恨みがましい想いを抱かずにはいられなかった。







 深夜。僕は潜んでいる民家の入り口横で、一人壁に背を預けていた。

 ある程度安全な場所を確保したとはいえ、僕等は終われる身であるのに違いはない。

 交代で起き見張りを行うというのは、当然のこと。


 部屋の中には明りはないため、暗く静まり返っている。

 こんな深夜に明りを使っていては、周囲から不審な目で見られるのが請け合いであるためだ。



『……眠い』


<でしたら大人しく申し出を受けていればいいでしょうに。見栄を張るからこうなります>



 盛大な欠伸をした僕に、周辺の監視を行う傍らエイダは呆れ混じりな言葉を放つ。

 レオやマーカスなどは、合流直後である僕の疲労を考え、今夜の見張りはしなくてもいいと言ってくれはした。

 だが僕はあえて、その申し出を断っている。



『彼らだってここまで交代で見張りをしているんだ、別の面で疲労が溜まっているのは間違いないだろう?』


<身体を壊しても知りませんよ。幸い今は兵も居ないので、楽にしていていいですが>



 やはりそれなりには僕のことが気がかりなのか、エイダは珍しくこちらの体調を気遣ってくれる。

 ただ彼女からすれば、僕が倒れてしまっては元も子もないというのが前提にあるのだろう。

 とは言え一度言い出した以上、今更交代してくれとは言い辛いものだ。


 ビルトーリオに関しては、元々見張りなどの役割としては勘定に入れていない。

 そもそもが素人であるため、見張りを務めさせるのは酷であるというのもあるが、勝手に逃げ出す恐れも未だに拭い去れないためでもあった。



 そうして僕が二度目の欠伸をすると、不意に奥の部屋からゴソゴソと動く物音が。

 みんなが眠っている部屋の扉が開かれ、こちらへと向かってくる影が一つ。

 ヴィオレッタだ。



「異常はないか?」


「ああ、静かなもんだよ。暇過ぎてさっきから欠伸が止まらない」



 薄手の布を肩にかけた彼女は、僕の言葉を聞くなり安堵の息を漏らす。

 やはり遠い異国の地で、隠れ逃亡を行うというのは、精神的にも随分と消耗するらしい。

 普段は気丈さばかりが表に出るヴィオレッタも、どこか疲れた様子を見せていた。



「山越えで疲れているだろうに。代わっても良いのだぞ?」


「いや、予定通りもう少しは続けるよ。けど起きてるなら話し相手にでもなってくれないか、本当に眠ってしまいそうだ」



 僕がそう冗談めかして言うと、彼女はすぐ真横へと移動し床へ腰を下ろす。

 鼻で笑われて再び眠りにつくと思っていただけに、少々拍子抜けした感は否めない。



「それで、何を話せばよいのだ。私はここまでで、話すネタについてはとうに底を着いているぞ」


「そこまでは考えていなかった。……明日の天気についてとか?」


「冗談だろう。この地域は夏場ほとんど雨が降らん、明日も晴れはほぼ確定だ」



 ヴィオレッタは息を吐き、横目で淡々と告げる。

 確かに彼女の言う通りなので、この話題に関しては弾むようなものにはならないだろう。

 元々あまり面白い内容とも思えないが。


 しばし沈黙し、静まりかえった暗闇の中で互いの息遣いの身が響く。

 すると突然、ヴィオレッタは独り言のような素振りで、小さく言葉を吐く。



「私に何か言いたい事があるのだろう? 様子を見ていればわかる」



 告げられた言葉に、ドキリとしたのは否定できない。

 僕自身では上手く隠していたつもりだったのだが、彼女には見破られていたという事実に。


 そういえば、ダリアにも似たような指摘をされたのだったか。

 妙に勘が鋭いというか、違和感を見逃してはくれない。この辺りはやはり親子であると思える。


 ただこの状態の彼女に、今話してしまっていいのだろうか。

 疲労と心労によるせいで、ヴィオレッタは普段よりも大人しくなっている。

 正直なところ、僕は話を切り出すタイミングを計りかねていたというのは事実であった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ