青い槍刃 05
「話しついでにで申し訳ないが、君に頼みたいことがあるのだが」
僅かにしんみりとした空気を漂わせ始めていたダリアは、不意に僕へと一つの頼みごとをしてくる。
いったい急に何を言い出すのかとも思うが、話の流れからするに、ヴィオレッタや団長に関わることであろう。
「内容による。大人しく捕まれっていうのなら、流石に聞いてはやれないぞ」
「そこまで難しい頼みをするつもりはないさ。少々伝言を賜ってもらいたくてね」
「伝言……?」
返した言葉にカラカラと笑うダリアは、軽く手を振って告げる。
その程度であれば問題はない。
それに何よりも伝言を頼もうという時点で、こちらを捕まえる意志がないのは明らかだ。
「伝言を頼むということは、あんたはこっちを見逃してくれるってことでいいんだな?」
「賊を逃がすというのは癪であるのに間違いないが、頼まれてくれるのであれば仕方ない。上には適当に報告しておくさ」
やはり案の定、こちらを見逃してくれるようだ。
というよりも、見逃す代わりに条件を提示したと受け取るべきか。
自身の部下が大勢命を落としたというのに、ダリアからはさして気にする様子は見られない。
このあたりの妙にドライというか割り切った雰囲気、団長とよく似ている気がする。
「それに下手をこいて同盟との関わりが知られるのも不都合だ、君を拘束しても得など無い」
「いいだろう。仮に伝えられる相手であればね」
「感謝する。お前は存在を知らない相手であろうが、ホムラとその娘にこう伝えてくれ」
未だにこちらの惚ける行為に付き合ってくれているのか、ダリアは知らないという部分を強調してくれた。
そのダリアは静かな調子で、団長とヴィオレッタへの伝言を告げる。
「……賜った」
「悪いな。自身で伝えられればそれに越したことはないのだが、どうにも小っ恥ずかしくてね。それに今となっては立場上、国境を超えることもできん」
「一字一句漏らさず伝えておくよ、もし万が一会えたらね。その代わりここでの話は、一切を黙っていてもらえるとありがたいんだが」
「当然だ。よもや敵国の人間と通じていたなど、話す訳にもいくまい」
僕がそう返すと、ダリアは苦笑し騎乗鳥へと歩み寄る。
すると鞍に備え付けていたのであろう、木製の水筒を一本取り出し、こちらへと放った。
僕がそれを空中で受け取るのを確認するなり、彼女は騎乗鳥へ跨る。
「機会があれば会おうではないか。その時までには、もう少し腕を磨いておくといい」
「……疲れてない状態なら、あんたとも同等に戦えてたよ」
「その状況へと持ち込むのも実力の内だ。健勝でな」
僕の負け惜しみめいた言葉を聞き、それ以上は何も言わず、騎乗鳥を走らせ去っていくダリア。
しばし岩山の向こうへと駆けていく彼女の姿を見送る。
そうしてようやく姿が見えなくなり、少し経ったところでようやく僕は息を吐き、手元のナイフを下げた。
熱を持つそれは、結局一度として掠りもしなかった。
ただひたすらに彼女の動きと、槍の柄に結ばれた青い布の軌道に翻弄されたかのようだ。
<最後の言葉は、少々みっともないですね>
「そう言うなって。実際消耗してない状態なら、十分戦えたはずだ。おそらくね」
エイダの呆れ混じりな言葉へと、僕は負けじと反論する。
ただ言っている言葉は決して嘘ではない。
ここまで研究所と兵舎へ奇襲を行い、追いかけてきた大量の兵士から逃げ続け、迫る敵を幾人も屠ってきた。
その最中はかなりの長時間装置を起動していたため、身体への負荷は相当なものであった。
ただ、それらがなくとも確実に勝利できたと言い切れないのが口惜しいところだ。
受け取った水筒の口を開け、中身を確認することもなく一口飲み込む。
高所であるせいか中はそれなりに冷えており、のどを通る冷たい感触が心地よい。
「だけど正直助かった。これ一本あるだけで随分違う」
<おそらくは向こうも予想していたのでしょう。これから山を越えて逃げるためには、こういった物が必要となります>
「道中で水が見つかるとも限らないしな。一応用意はしてるけど」
僕は腰に差した、ダリアがくれたのはと別の水筒を一本手に取る。
逃走後に合流地点へと移動するのに備え、湯冷ましと保存食だけは確保していた。
ただ想定していた以上の距離を逃げてきたため、既に喉はカラカラ。
彼女がくれた水は、僕にとって非常に有り難かった。
世の中には随分と気配りをしてくれる化け物が居るものだ。
そう考えつつ、僕は渇いたのどを癒すべくもう一口だけ、頂戴した水筒の水を口へと含んだ。
▽
リヴォルタで襲撃を行った日から数日。
僕は共和国の最南部から単身移動し、中部に近いとある都市へと辿り着いていた。
傍目には小さすぎず、かといって特別大きいとも思えない街。
そこはビルトーリオに身を隠すよう指示し、みんなとの合流地点とした場所だ。
「よ、ようやく着いた……」
<思った以上に時間がかかりましたね。想像以上に警戒の兵が多かったせいですが>
眼下に見えたその街へと、溜息を衝くような言葉を吐き実感を得る。
エイダの言う通り、僕がここへと移動する最中、幾度となくその道中に兵士が姿を見せていた。
おそらくは施設が襲撃された直後から、周辺地域に警戒の報が出されたためだろう。
ただこの惑星では情報の伝達手段が確立されていないので、こちらの特徴やらが伝わっているとも思えない。
そもそも連中の前には、素顔を晒していないのだが。
とはいえそう易々と気を抜く訳にも行かず、僕は否応なしに警戒する兵士を避け、道なき道を進む破目となったのだった。
道中ただひたすらに岩山を歩き続けたのだが、それはもう登山などというものではない。ほぼロッククライミングと呼ばれる範疇だ。
「皆無事でいてくれればいいんだけど……」
このまま見下ろし続けても埒が明かぬ為、疲労困憊の身体へ鞭打ち、岩場を慎重に下っていく。
おそらくは僕がここへと至るよりも早く、他の皆は到着しているはずだ。
もちろん無事であればという前提だけれども。
エイダはここまで、皆の位置を追跡などはしていなかった。
それはただ単純に、僕の周囲への索敵を最優先した結果なのだが、それによって僕の心配は並々ならぬものとなっている。
<おそらく無事ではないかと>
「根拠は何だ?」
<兵の展開する速度よりも、騎乗鳥を使っての逃走がより速いと思われるからです。ビルトーリオに関しては、道中で合流して拾われた可能性が高いでしょう>
ただ事実を述べているというのを強調するかのように、エイダは淡々と言葉を並べていく。
おそらくは彼女の言う通りなのだろう。
共和国軍が警戒のために展開を始めたのは、僕が皆と離れ一人逃走を始めてからしばらく経ってのこと。
その間に速い速度で移動できる騎乗鳥に乗った皆は、随分と距離を稼いだはずだ。
「言われてみればそうだな。今頃首を長くして待っているか」
<まず間違いなく。それにあの人たちでしたら、雑兵が束になっても到底敵いはしないはず>
「言えてる。心配のし過ぎか……」
地面の砂利に足をとられつつ、バランスを保ちながらも苦笑する。
レオの戦闘力は言うに及ばず、マーカスもまた弓の名手であり、追跡から逃れるような行動を得意とする。
ヴィオレッタは慣れぬ武器に悪戦苦闘してはいるが、それでも二人や三人同時に相手したところで、どうということもあるまい。
ビルトーリオという客人を連れているにしても、十分に対処できると確信できた。
と、そこまで考えた所で、僕は一つ頭を悩ませる事を思い出す。
件のヴィオレッタについてだ。
「にしても、どう話したものやら……」
<まだ何かあるのですか?>
「ヴィオレッタのことだよ。素直に有りのままを話していいものかとね」
先日偶然邂逅した、共和国軍の指揮官であるダリア。
つまりはヴィオレッタの母親と会ったことを、正直に打ち明けることの是非についてであった。
ヴィオレッタ自身はある程度割り切っているようであるが、母親について話をしてくれた時の様子からして、多少なりと哀愁めいた勘定を抱えているのは確か。
この共和国へ居る間にそれを伝えてしまうことによって、彼女が任務に集中できなくなってしまうのではないか。
僕はそれを恐れていたのだ。
<そこは自身で考えてもらわなくては>
「わかってはいるけどさ。どちらかを選択するにせよ、どうも踏ん切りがな……」
<危惧することも理解はできますが、言わなければ後々で面倒なことになりますよ。彼女の性格から察するに>
ハッキリと、警告とも取れる確信を持った言葉を放つ。
彼女の言わんとしていることはわかる。ヴィオレッタにこの件を隠していた場合、バレた時の反応は想像するに余りあるということだ。
なぜあの時言わなかったのだと、ただ罵られるだけであれば大したことはない。
だが下手をすれば、これまで築き上げてきた僅かな信頼さえ瓦解してしまうおそれすらある。
「いったいどうしたものか……」
岩場を下り、皆との無事を喜び合う光景を想像しながらも。
僕は待つであろう無事な再会への喜びの反面、どこか足取りが重くなるのを感じずにはいられなかった。
そういえば最初以降人外と戦ってない気がする




