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青い槍刃 04


「君は自分自身を、理性で行動し本性を表に出さない人間だと思っていないかね?」



 僕が眼前に立つダリアの正体を測りかねていると、不意に彼女はこのような言葉を口にした。

 その言葉が僕には脈絡もなく感じられ、瞬間的に混乱。

 つい眉間を狭め、不可解な思考に支配されてしまう。


 彼女はその瞬間を見逃してはくれなかったようだ。

 微かに気が反れた一瞬を突き、一歩二歩と前進、手にした槍を繰りだしてきた。



『クソッ!!』


<アルフレート、油断しすぎです>



 ナイフを抜いて以降、あまりに予想の範疇を越えた状況であったが故に、油断してしまっていた。

 繰り出された槍を寸でで身体を捻って回避し、その穂先を切断するべく切り上げる。


 だが虚しくナイフは空を切り、陽の沈み始めた岩山へと赤い軌跡を残すのみ。

 彼女はナイフが触れる直前で、突いていたはずの槍を引き、武器を失うことだけは避けたようだ。



「おっと危ない。そのような物で触れられては、使い物にならなくなってしまう。こう見えて長年愛用している槍でね、失っては困るのだよ」



 再度戦闘の体勢を崩し、飄々として語り始めるダリア。

 こちらの気を削ぐためか、あるいは油断させるためであるのか。

 これは彼女の戦法というか、ある種のスタイルであると言えるのだろう。


 だが僕も今度は、口を開く最中も油断したりはしない。またもや意識を余所にやった瞬間、攻撃されてはたまったものではなかった。




「で、先ほどの続きだがね。実際にはそんなことはない、君からはずっと動揺が駄々漏れだ。もう少し上手く隠す術を心得るといい」


「ご忠告痛み入る。だが改善した後で見せる機会がないのは残念だ」


「なるほど、確かにこの場で勝てばそういう機会もなくなるであろうな。大した自信ではあるが」



 言葉の一々が癪に障る。

 この上から見下ろしてくるような言動は、出自の良さや彼女自身の立場によるものだろう。

 階級制度の色濃い共和国では、そこまで不思議ではないのかもしれないが。


 ただ我が身を省みれば、僕自身も似たような言動をしていたのではと思わなくもない。

 特に戦いの最中、敵を挑発し優位を保つためなどに。



<アルフレートにそっくりですね、妙に偉そうで不遜な態度などが特に。話してみれば気が合うかもしれませんよ>


『冗談。こんな化け物相手に親しげにするなんて、いつ背後から襲われるかわかったもんじゃない』



 やはりエイダもそう感じたようだ。

 僕がしてきたこれまでの言動を振り返り、よく似ていると断じてくる。

 僕自身でさえそう思ってしまったのだから、他者から見ればやはりそう思うのだろう。


 この場に皆が居なくて良かった。

 後々逃げ延びた先で、この人物への不平不満のフリをして、こちらへと批難の矛先が向きかねないのだから。




「それで、こっちがその"異界"とやらの人間だとして、何か問題でもあるのか?」


「別に問題などありはしないさ。ただこれでわかったことがある。名を出したことによって動揺した点から察するに、君は同盟の人間。それもホムラが率いる傭兵隊の人間だ」



 ハッキリと告げるダリアの言葉からは、確信という芳香が漂ってくるかのようだ。

 傭兵"隊"と言った点からして、おそらく団長と最後に会ったのは随分と前、イェルド傭兵団の規模がまだ今ほどではなかった頃なのだろう。


 それにしても、流石にここまで予想を当てられては、否定の言葉すら紡げない。

 少々喋り過ぎてしまったことによって、墓穴を掘った気がしなくはないが。

 だがその言葉を肯定してしまえば、今やっている行為そのものが破綻をきたす。



「さてね。こっちが何処の人間であったとしても、素直に言ってやる義理はない」



 ダリアがいつどうやって団長と知り合い、何故異星の人間であると知るに至ったのか。

 それはまだわかってはいない。

 口振りからして団長同様に、何がしかの理由でこの惑星に降り立った人間ではなく、生来この惑星で生まれ育った人間であるのは間違いないだろう。




「早々容易に肯定してはくれぬか。まぁいいだろう」



 そう言うとダリアは自身の槍を下げ、岩場の隅で待機させていた騎乗鳥へと歩み寄った。

 いったい何をするのかと思っていれば、下げた槍を騎乗鳥の鞍に取り付けた鞘へと差し、武器を治めるという真似に出る。


 その行動に僕はまたもや困惑してしまい、つい疑問が口を衝く。



「……どういうつもりだ?」


「少々聞いておきたい事があってな。君を討つかどうかはそれから決める」



 淡々と告げるなり、手近な岩へと近寄り腰を下ろすダリア。

 彼女は戦いの意志を一切示さず、言う通りただ会話を行おうと言わんばかりの態度を示した。


 とはいえ素直にこの言葉を信じることも出来ないため、僕は未だにナイフを握りしめ、戦いの姿勢を崩さぬままであったが。



「肯定はしないだろうが、あえて君がホムラの下に居る傭兵であると仮定して話そう」


「……いいだろう。確かに肯定はしないが、話だけは聞いてやる」



 あえてこの場では、僕が同盟と無関係であるという前提で話を進める。

 もう確実にバレているとは思うし、向こうも確信を持っているのは間違いない。

 今さら空々しいとは思うが、必要な会話をするためには必要な恍け方であるようだ。


 僕としては、別に彼女の話を律儀に聞いてやる義理などありはしない。

 だがこの場を無視して背を向け逃走を図っても、逃げ出すのはなかなかに骨が折れるはず。

 なにせ僕はここに至るまでで、かなりの消耗をしてしまっている。

 この強獣相手に背を向けて、素直に逃げおおせられるとは思えなかった。



「だがその前にこっちからも質問させてもらう。そうじゃないと、不公平ってものだろ?」


「構わんぞ。互いに質問をするならば、公平というものだ」


「なら聞くが、あんたはそのホムラとかいう人と、どういう関係なんだ?」



 僕はナイフの切っ先を向けたまま、静かに声を落として問う。


 ダリアと団長との関係。それを知ったところで、どうなるというものではないだろう。

 だがやはり好奇心というものには勝てないせいだろうか、僕はダリアの言うことを信じてみることにし、団長との関連性を確認してみたいと考えた。



「一言で言ってしまえば、かつては仲間であった」


「仲間……。敵同士でか?」


「その通りだ。国同士では敵であったし、私はヤツと知り合った当時から軍人であった。だがとある事情により、同盟領へと渡り共に行動していた時期がある。最終的にはヤツと別れ、一人国に帰ったのだがな」



 問い掛けに対して返されたダリアの言葉を聞き、僕はふとある事が気になった。

 知り合った当時から軍人であった。そして同盟の領土に行っていた。

 そんな似た話を、つい最近どこかで聞いたと思ったのだ。



<物忘れですか? 思い出せないようでしたら、私が教えてさしあげますが>


『いや、いいよ……。わかってる、ヴィオレッタが言ってた事だ』



 僕はエイダがする場の緊張にそぐわぬ、揶揄するような言葉を向ける。


 そういえばヴィオレッタは言っていたはずだ。自身は同盟の人間である団長と、共和国人である母親との間に生まれたと。

 彼女の共和国風な名前は、そこから来ているとのことであった。

 そしてもう一点。母親は軍人であり、かつては団長ともに同盟領内へ居たのであると。



『年齢的にも……、そう違和感はないだろうな』


<現時点までの状況証拠ですが、まず間違いないでしょう。この人物は、ヴィオレッタの母親です>


『そう考えれば納得だ。どうりで似ているはずだよ』



 僕はエイダのした断言に、やはり確信を持って肯定する。


 ここまで推測する状況が揃えば、いかな言い訳をしてもなかなか否定出来るものではない。

 槍を使う戦闘スタイルであったり、話す時に胸を張る仕草。

 色は異なるものの、艶やかで軽くウェーブのかかった長い髪。ヴィオレッタの黒髪はきっと団長譲りなのだろう。

 そして妙に固い言葉使いの癖。


 これだけ似ている点があれば、親子であると判断するには十分に過ぎる。



『ついでに言ってしまえば、体形もそっくりだ。身長はこっちの方がずっと高いけど』


<……当人に言ったら怒られますよ>



 僕はダリアの軍服に納められた、少々なだらかな身体を見て思う。

 このあたりは遺伝であるようなので、彼女が大人になってからもそういった点では期待できそうになかった。



「そうなった経緯については話せんが、これで納得してくれたかね?」


「粗方はね。完全にではないが、それで十分だ」


「よろしい。ではこちらからも質問だ。先ほどの話に関わることなのだが、ヤツが今どうしているのかを教えてもらいたい。それと……、ヤツの娘に関しても」



 質問をする側に回るなり、ダリアは腰かけていた岩から立ち上がり、腰へと手を当て問う。

 その視線は真っ直ぐにこちらを向いているのだが、見ればこれまでの飄々とした雰囲気から、若干変化しているように感じられた。

 どこか必死のような、あるいは憐憫が込められたような。


 これは確定と考えていいのだろう。

 そもそも団長に娘が存在すること自体、団内ですら一部のベテランたちくらいしか知らないことだ。

 彼女の目に宿る色を見るからに、やはりダリアとヴィオレッタには血縁があると考えて差し支えはないはず。



「知りようもないことを答えられないと思うんだが?」


「ああ、それもそうであるな。だが君の発する雰囲気で大よそわかったよ。双方ともに健勝でいるのであれば、何も問題はない」


「……その様子から察するに、家族なんだろう? 会いたいとは思わないのか?」


「やはりわかるか。……会いたいとは思うがね、そうはいくまい。軍務であったとはいえ、私は家族を置いて国に帰った人間だ。今さら母親面して会うこともできまい」



 あえて言及して見ると、ダリアは大仰に肩を落とし、小さく苦笑した。

 少々芝居がかった印象さえ受けるが、これは彼女が持つ仕草の癖なのだろう。

 ただ言っていることそのものには、嘘はないと思える。



「人生は儘ならぬものだよ。欲しいモノは多くあれど、欲張っては取りこぼす」



 そう言って口元を緩め、遠い目をするダリア。


 彼女が言わんとしている事の意味は、僕には全てを理解できはしないのだろう。

 ただ欲しいと告げたモノの中に、団長とヴィオレッタが含まれているであろうことは、想像に難くはない。


 僕は彼女に対し強獣と評した言葉を、修正するべきであろうかなどと、妙なことを考えてしまっていた。

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