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青い槍刃 03


 迫る動きを形容するならば、突風といったところだろうか。


 重心を低く、槍を腰だめに構え突撃。

 到底騎兵とは思えぬその徒歩での突進に、僕は瞬間回避行動を取るのが遅れてしまった。



<警告。戦闘起動状態への移行を推奨します>


『わかってる!』



 瞬間的に、体感時間以上の一瞬で脳へ叩き込まれる言葉へ反応し、左腕に嵌めたバングル型の装置を起動。

 真横へと転がるようにして回避行動を取る。


 直後、唸りを上げて脇を吹き抜ける圧風。

 おそらく気のせいではあろうが、まるで周囲の砂埃を撒き込んでいくような。

 それこそ竜巻すら彷彿とさせる一撃に、背からは冷や汗が噴き出る。



「ほう! 人間離れした動きをするものだ!」



 回避を行い地面へと転がる僕へ、突進の動きを止めた眼前の女性士官は、振り返り背筋を伸ばして告げた。


 だがそれはこちらの台詞だ。

 彼女の攻撃に、予備動作そのものは存在した。だが突如として地を蹴り、瞬間的に距離を詰められたのだ。

 こちらこそ人間離れしたという言葉を贈ってやりたい。


 やはり案の定、この人物は強い。

 まだ一撃だけしか見てはいないが、同じ槍使いであるヴィオレッタとは、比較にならない水準であるのは確かだ。




<再度接近。左斜め後方への回避を推奨>



 再び槍を構え突進を仕掛けてきた敵に反応し、エイダは警告を鳴らす。

 彼女の指示に従い、僕は考える間もなく瞬時に斜め後ろへと飛び退る。

 右後ろは崖に近い個所であるため、当然そうなるのだろう。


 だが珍しくエイダの指示は、悪手となってしまったようだ。

 踏ん張り足が地面を離れた瞬間、突進する女性士官はその進路を変更。こちらへ動きを修正してきた。



「っ!?」



 しかし装置によって加速された思考速度が功を奏し、逆手に握った短剣で槍の穂先を阻む。

 こちらの動きに反応して攻撃の向きを変えたせいか、幸いにも勢いはこちらの想像を下回っていた。


 甲高い音と火花を散らし、他所へと逸らされる攻撃。

 僕は飛び退る空中でバランスを崩しながらも、はためく青い布の軌跡を目で追いつつ、なんとか体勢を立て直し地面へと着地した。



<申し訳ありません。予測を外してしまいました>


『仕方ない。相手が上手だった』



 謝罪の言葉を次げるエイダだが、彼女の指示は決して間違ってはいなかっただろう。

 実際回避行動としてはそれが最適だっただろうし、僕もおそらく同様の判断をした。


 ただその正解こそが、相手にとっては好機であったようだ。

 最適解と思われる回避行動を事前に予測、というよりも促したと言うべきなのだろうか。



「いやはや、まさか防がれるとは思ってもみなかった。何処のどいつかは知らんが、随分と手強い兵も居たものだな。お前が共和国の国民であったならば、私の手元に置いて育てたいと思うくらいだ」



 上機嫌と言っていいのだろうか。

 女性士官は腰に手をやり、愉快そうに口元を綻ばせた。


 ここまで見て来た限りでは、共和国の兵士とは言えそのほとんどは雑兵。なのであの調子では、この人物の訓練相手も勤まるまい。

 そういう意味では、僕は珍しく張り合えそうな相手であるこちらの存在を、好ましく思った可能性はありそうだ。


 上機嫌となっているであろうこの人物は、手にした槍の穂先を一旦下げ、朗々とした調子で遅まきながら名を名乗る。



「そんな強敵に敬意を表し、名を名乗らせてもらうとしよう。私はワディンガム共和国南部方面、リヴォルタ駐留軍の"ダリア・ジェンティーレ"副指令だ」


「お褒め頂いた上に名乗ってもらい恐縮だが、こっちは名乗る名を持っていないものでね」


「名乗り返してくれるなどとは期待していないさ。ただ私は無条件の称賛を行っているだけに過ぎん」



 僕の軽口に肩を竦め、飄々と言い放つダリアとかいう士官。

 口調はこちらの戦意を削ぐかのようであり、どこか舞台役者めいた空気感すら感じられる。

 これは彼女なりの戦法なのだろうか。


 家名があるということは、おそらく共和国内でもかなりの上流だろう。

 この辺りの風習は同盟でも同じで、同盟の北方に位置するエイブラートで騎士をしている、エリノアも家名を持っていたはずだ。



 僕は名乗ったダリアの言葉に警戒心を露わとする。

 しかし彼女はそんな態度が気になったのだろうか。軽く笑い飛ばすように、こちらが想像した意図を否定した。



「別に褒めて油断させようというのではないぞ? 私は本音を言っている。……だがいかんせん、その武器では次はあるまい」



 ダリアはそう告げ、指をこちらへと向ける。

 正確には、僕が手にしている短剣をだろうか。


 またか、と叫んでしまいたい。

 手にした短剣は既に刃こぼれだらけであり、先ほどの一撃を逸らしたのも含め、既にガタがきてしまっていた。



『どうにかならないのか、これは』


<どうにもなりませんよ。こちらの冶金術では、このくらいの強度が限界でしょう>



 使う装備の影響もあって、僕の場合は武器にかかる負担が非常に高い。

 なので同盟ではひたすら耐久力を重視した武器を使用しているのだが、共和国へは持ち込むのが不可能だったためそうもいかない。


 とは言うものの、普通の使い方をしていたとしても、これだけの相手を斬ってきたのだ。

 武器が消耗し限界を迎えるのも、当然と言えば当然の結果だった。

 これで何度目かはわからないが、いい加減この問題はどうにかしなければいけないだろう。




「どうする? 武器を捨てて投降するのであれば、相応の扱いは保証するぞ。楽しませてくれた礼だ」


「そうもいかない。ここまで何十人斬ってきたと思っているんだ? あんたが許しても、その部下たちは許さないはず」


「言われてみればご尤も。ではどうするのだ? 武器もない状態で戦えるほど、私は生易しい相手でないと自負しているが」



 ダリアは自身の勝利に揺らぎ無しと判断したのか。

 胸を張って鼻を鳴らし、勝ち誇ったと言わんばかりの素振りで、勝利宣言とも取れる言葉を吐く。

 なにやらどこかで見たような仕草だが、まぁ今のところそれはいいだろう。


 僕はローブの内側、身体に巻きつけるようにして固定した一本のナイフを取り出す。



「まだ武器ならあるんでね」


「その小振りなナイフがそうか? 言っては悪いが、槍が相手では些かどころか随分と分が悪かろう?」



 馬鹿にしているのとは異なるようだが、ダリアは怪訝そうな様子で告げる。

 彼女がいうことは間違っていないだろう。

 一対一の戦闘に限らず、基本的にリーチの長さというのは有利さに直結しかねない要素だ。

 よほどの直近距離で戦わない限り、槍に敵う筈もなかった。



「わかっているさ。ただそれは、普通のナイフであればの話だ」


「では何かね、その手にしている代物は普通ではないとで言うつもりか?」


「ああ、見ればわかるよ」



 僕は意趣返しとばかりに、若干勝ち誇った様を浮かべ柄を握りしめる。

 すると久々の駆動に喜んだかのように、ナイフは刀身へと赤を滾らせ、次第に熱を帯びていった。


 本来ならば人相手に使う様な代物ではない。

 だがこの場はそのようなことを言っている場合でないのは明らか。

 僕にとってこれは切り札であるので、極力見せたくないのは確かだ。

 ダリアという強獣相手であれば、使わねばこちらが無事では済まないと判断していた。



 熱に赤く染まったナイフを持ち上げ、刃先をダリアへ向ける。

 炉に放り込んでいたかのような、煮えたぎっているようにも見えるそれを突きつけ、小さく威圧を仕掛けた。


 しかし……、刃を向けた先のダリアから返ってきたのは、恐怖でも動揺でもない別の反応。

 それは僕が決して予想だにしなかった、最も意外と言えるものであった。



「ああ。随分と懐かしいものだな」


「……なんだと?」


「そのような奇怪な武器を目にするのは、十数年ぶりだ」



 僕は最初、彼女が何を言っているのかが理解できなかった。

 過去これを人に向けた回数など一度や二度くらいのものだが、その時相手は一様に動揺し、あるいは混乱をしていたものだ。

 だがダリアはそれとは異なる反応を示し、あまつさえ過去に見た記憶があるような発言をする。


 これはいったいどういうことだと思っていると、彼女は更に唖然とさせられる言葉を言い放った。



「まさかとは思うが、貴様も異界の人間だと言うのではあるまいな?」


「なっ……!?」



 ダリアが告げた内容は、僕にとって決して予想だにしないもの。


 彼女は確かに、"貴様も"と言った。

 つまりは以前にこれと似たような武器を携えた人間を見かけ、その人物が異界とやらから来たと判断、あるいは推測したということになる。

 正確に言えば僕は異界でなく異星の出身なのだが、この惑星に暮らす住人にとっては、どちらでも大差はないだろう。


 この瞬間、僕の頭の中へと浮かんだのは、ラトリッジで幾多の傭兵たちを指揮する団長の姿だった。



「反応を見るに、やはりそうか。どうりでホムラのヤツに雰囲気が似ていると思った」



 続けて口を衝く言葉に、今度は静かに反応する。

 まさかこの部分でも正解するとは、思ってもみなかった。

 ホムラというのは、それこそ団長の名だ。ダリアはその団長と面識があり、彼が異星から来た存在であることを知っている。


 眼前で佇み、愉快そうに口元を歪めるダリアの姿を凝視。

 この時僕はただ、この強獣と評した女性の正体を測りかね、ただ困惑するばかりであった。




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