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青い槍刃 01


 乳白色の大理石を思わせる石材を組んで造られた、いかにも丈夫さを全面に押し出したといった風体の建物。

 この辺り一帯では一般的な建築様式ではあるが、その中でも特にここは大きい。

 何せ数百に及ぶ共和国軍リヴォルタ駐留部隊兵士の、多くが寝泊まりする兵舎なのだから。


 そんな共和国軍リヴォルタ駐留部隊の兵舎へと、僕等は今まさに奇襲を仕掛けている最中であった。



「く、来るなぁぁぁああぁ!」



 悲鳴を上げる兵士。

 その声を無視し、僕は接近。新しく手にした短剣を逆手に握り、喉元を真横へと切り裂いた。


 生きた肉と震える声。

 繰り出した短剣の一撃はそれらを抉り、感触は振動をもって掌へと伝えられる。


 背後に立つヴィオレッタは短槍を繰りだし、混乱に目を回す兵士の胸を穿つ。

 骨すら砕き突き抜けたそれを引き抜き、次なる標的へ。

 レオもまた周囲に立つ数人の兵士を斬り伏せ、あるいは拳で骨を砕き、次々と兵の数を減らしていった。




「ここは後でいい、火を放つのは奥から順にだ。でないと帰る頃には火に巻かれるよ」



 周囲を取り囲む兵士の最後の一人を斬り倒しながら、レオとヴィオレッタへ告げる。

 背負った背嚢から小壷を取り出そうとしていたレオの動きを制止し、奥へ向けて指をさす。

 建物内の浅い位置で火を放ってしまえば、逃げ出そうにも難しくなってしまいかねない。

 まずは奥から、ここは最後だ。



「ああ、わかった。……ここは任せろ、二人は先へ」



 レオはこちらの言葉を了承すると、目線を通ってきた通路の方へと向け、静かに告げる。

 僕の耳にはまだ聞こえていないのだが、おそらくは兵士たちが迫っている足音でも聞こえたのだろう。



「頼んだ。出来るだけ早くお使いを済ませて迎えに来るから、それまで仲良く遊んでいてくれよ」


「当然だ」



 任せろと告げるレオの言葉に、僕はちょっとばかりの洒落を込める。

 本当であれば縁起でもないと言われかねない話なのだが、彼に関しては然程問題はないだろう。

 使い慣れぬ武器であるとは言え、有象無象の兵士たち程度であれば十分に対処できるはずだ。




 僕とヴィオレッタは迷わずレオに任せ、兵舎の奥へと進む。

 もう一人、マーカスはと言えば、現在は一人兵舎の外で身を隠し、出ていった兵士たちが戻って来ぬかを見張ってくれている。

 接近を察知すれば、甲高い音を発す笛を鳴らし、こちらへと知らせてくれる手筈となっていた。


 奥へと進む最中、レオが居る後方の通路からは、幾人かの兵士たちが発する声が聞こえてくる。

 おそらく今頃は、レオが一人で食い止めてくれているのだろう。

 それでも一度も振り返らず進み、途中で散発的に現れる兵士を斬り捨てていき、遂には最奥と思われる武器庫へと辿り着く。



「さあ、派手にやってやろうではないか!」



 辿り着くなり、ヴィオレッタは目を爛々と輝かせ、背嚢から取り出した小壷を準備し始めた。

 どこか楽しそうな彼女の様子に一抹の不安を感じるも、あえてそれは無視する。


 着火器を取り出し、小さな綿へと火を点け、それを手近に転がっていた獣脂の入った皿へ。

 そこから幾つかの小壷へと点火すると、部屋の四方へと放り投げる。



「何であったか。"教皇のためにー"か?」


「僕が言ったのは、"教皇猊下もお喜びになる"だよ。でもそれは兵士たちの前で言ってやってくれ」



 状況に酔い始めたのか、あるいは戦いの興奮からアドレナリンが過剰分泌しているせいか。

 ヴィオレッタは先ほどから妙にテンションが高い。

 またもや僕の告げたワザとらしい言動を真似し、小さな含み笑いをする。


 火を扱っている状況が状況だけに、妙な性癖に目覚めてしまうのではないかという不安が過るが、おそらくは気のせいだろう。

 たぶんではあるけれど。



 ともあれ放った小壷は炎を撒き散らし、武器の数々へと引火を始める。

 武器庫は全体を炎に巻かれ、既に赤く染まりつつあった。



「さあ、次に行こう。せめてあと二か所は周っておきたい」



 ヴィオレッタを促し、更に次の場所へと向かう。


 建物そのものは石造りであるため、ほとんど燃えることはない。

 だが室内に据えられたベッドや棚の類はそうもいかず、この地域では貴重ながらも木材が使われている。

 なので十分、ビルトーリオから得た代物が有効足り得た。


 それに例えそこまで火の手が上がらずとも、こちらは目的を達していると言ってもいい。

 何よりも共和国側が、奇襲を受けたことによって被害を出したと、認識することが重要なのだから。




 その後は兵舎の奥から順に移動し、比較的高位と思われる者の部屋へと順に火を放つ。

 一介の兵卒が暮らす部屋を燃やすよりも、上の人間が使う部屋を燃やした方が、より喧嘩を売る度合いとしては高いように思えたためだ。


 そうして兵舎内を走っていたが、ある所で立ち止まりヴィオレッタへと離脱を告げる。



「合図だ。撤収しよう」


「わかった。ここいらが潮時か」



 不意に耳へと、マーカスが鳴らしたと思われる甲高い笛の音が届いたためだ。

 手持ちの小壷もストックは残り僅か。ヴィオレッタの言う通り、今が潮時なのだろう。



 僕等は進む足を速め、入ってきた場所へ向け駆ける。

 道中に一切兵士と出くわさなかったのは、おそらくレオが食い止めてくれていたおかげ。

 そして案の定レオが居ると思われる場所へと差し掛かると、彼は未だ散発的に姿を現す兵士相手に、戦闘を繰り広げているところだった。



「すまない、大丈夫だったか?」


「ああ。武器はもう使い物にならんがな」



 近付いて問うなり、彼は手にした剣を軽く掲げる。

 見れば中ほどから折れており、斬るという用途では使い物にならないのが明らかだ。



「なら丁度いいじゃないか。逃げる口実には十分だろう?」


「俺はまだ戦えるが……」


「逃げるんだよ。流石にここへ置いて行く気なんてないぞ」



 僕が冗談めかして言うも、彼は微妙に不服であったようだ。

 まだ物足りないと言わんばかりに、折れた剣を放り出し拳を前に突き出し始めた。


 だがこれ以上時間をかける訳にもいかず、まだ戦い足りなさそうなレオの背を押し、兵が増えぬ内の退散を開始する。

 レオといいヴィオレッタといい、どうしてうちの隊はこうも好戦的なのか。

 やはりこういった潜入工作を行うには、不適切な人選だったのではと今更ながら思わなくもない。



 兵舎の外へと出ると、そこにはマーカスが二騎の騎乗鳥を引き、待機していた。

 地面には幾人かの兵士が、一様に矢を受け転がっている。



「市街が落ち着き始めたせいか、一団が戻ってきました」


「多いのか?」


「正確な数はわかりませんが、こちらで対処しきれないほどには。もう間もなくすれば、ここからでも見えてくるでしょう」



 僕らがマーカスへと近づくと、彼はリヴォルタの市街地方面を指さして告げた。


 兵舎を奇襲し火を放つのに、多少なりと時間を要してしまっている。

 流石に非常時の行動に慣れていない共和国軍の兵士とはいえ、これだけの時間が経てば落ち着き始めるというもの。

 ある程度の統制を取り戻したことにより、兵舎にも警戒の人員を戻そうというのだろう。



「わかった。それじゃ予定通り、皆は先にビルトーリオと合流を」



 僕は薄灰色のローブに付いたフードを被り、騎乗鳥に下げた袋から一本の短剣を取り出して告げる。

 このまま僕だけ別行動を取って一人南下。王国方面へと逃走を図り、その姿を共和国に察知させるためだ。


 これは当初から予定していたことではあるのだが、やはり案の定と言っていいのかマーカスは難色を示す。



「……本当にいいのですか? 土地勘のない状態では、逃げ切るのも容易ではありません」


「大丈夫さ。多少苦労はするだろうけど、何とか撒いてみせるよ」


「ですが……」



 やはりマーカスは、これこそ自身が行う役割であると考えているようだ。

 確かに若干ではあるが、彼の方が共和国の地理には精通していると言っていい。

 僕が高空からの地理情報を得られるなどということを知らない以上、この判断そのものは間違った物ではないとは思う。


 だが彼にはこれから、二人を案内してビルトーリオと合流し、姿をくらましてもらわねばならない。

 そういった役割を行うのに、この中ではマーカス以上の適任はいまい。



「アルは大丈夫だと言った。信じる」


「そうだな。これだけ自信を持って言うのだ、任せようではないか」



 一方のレオとヴィオレッタは、そんな事態でもさほど気にしてはいないようだ。

 僕のことを信用してくれているのか、それとも共和国兵士の評価が低くなっているためか。


 どちらにせよそう言ってくれるというのは、嬉しい物ではある。

 ただマーカスの立場からすれば、やはり慎重になるのが役割であるとも言える。

 そんな彼であったが、二人の言葉を受けてようやく折れたのか、この場は僕に任せてくれることにしたらしい。



「……そうですね。ではボクも自身の役割を果たします、ご無事で」


「ああ。一通り片が付いたら、ゆっくり話そう」



 それだけ言い合うと、三人は二羽の騎乗鳥へと跨り、兵士から見つからぬよう街とは別方向へと去っていく。



 僕は皆の姿が見えなくなるまで背を見送る。

 しばしジッと彼方を凝視し、眼前の道から兵士たちが姿を現すのを待つ。



「さてと……。たまには無茶をやるのも悪くないんじゃないか?」


<程度にもよります。今回のは、あまり褒められたものではありません>



 呆れた息遣いさえ聞こえそうな、エイダの不満気な声。


 これから僕がしようとしているのは、兵士へワザと姿を晒し、引き付けつつ王国側へと逃走を図る行為。

 どれだけ追ってくるとも知れない共和国軍から逃げ続け、場合によっては王国の国境までも突破しなければならないのだ。

 エイダやマーカスが難色を示すのも、当然と言えば当然な真似であった。



「そう言うなよ。二人で協力すれば、十分切り抜けられるだろう」


<そこは否定しません。ですがこちらが提示した逃走ルートを守ってもらうというのが前提ですが>


「上等。生き残る為ならなんだってするよ」



 腰に差した短剣の柄を握り、努めて明るい調子で告げる。

 エイダはこれ以上文句を言ってもしかたがないと判断したのか、そこからは不平を口にはしなかった。


 その後はただひたすらに、敵が現れるまでの推定をカウントするばかり。



<兵舎が燃えるのを視認したのでしょう、移動を早めています。目視距離まで、約二〇秒>



 告げられる言葉に反応し、逃げる体勢を整えつつ道の先を凝視する。

 しばしの時間が経過し、僅かに兵士の物と思われる兜が、岩場の陰から先を覗かせ始めた。

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