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術 08


「離れてっ!」



 僕はビルトーリオへと警告を発するが早いか、手にした小壷を部屋の奥へと投げつける。

 壷の口部分から伸びる紐の先端は赤い。


 固い音と共に床の上で壷が割れると、紐に点けられた火が飛沫へと引火。部屋の中へと大量に置かれた本棚を赤く染め始めた。



「さあ、ここで最後です。離脱しましょう」



 そう言いビルトーリオの背をポンと叩き、施設からの離脱を告げる。


 今火を放ったのは、この施設で行われる研究内容を管理し、情報を蓄積する資料庫。

 標的となる研究所において最も重要な場所であると言え、共和国の軍に大きな損害を与えるのが確実と言える知識の宝庫であった。


 勿論書類の数々が一切複製されていないとは考え辛いが、そう易々と写本も情報の伝達も行えぬ時勢。

 一冊の書籍や資料が焼かれることにより失われる知識の量は、想像に余りあるというものだ。

 ただ文章だけではなく、人の頭に残る知識というのも大きいが、それらを持つ研究者も斬ったのだから、共和国の技術開発が大きく遅れるのは当然であった。




「ああ、そうだ。ちょっと待ってください」


「何か……?」



 僕は来た通路を戻る最中、ビルトーリオを制して台車の上を横目で見やる。

 その上に載せられた液体で満たされている小壷は、施設内で使用したことによって数を半分ほどに減らしていた。

 歩みを止めて貰うなり、僕はここまで運んできた台車を放棄、持参した背嚢へと詰め込む。

 それを僕とビルトーリオの二人で背負い、研究施設からの脱出を開始した。


 だが僕等二人が急ぎ外へと向かっていると、高空からの監視を行っていたエイダからの情報がもたらされる。



<アルフレート、正門付近に敵性兵士が十三。全員抜剣済みです>


『流石にこれだけ騒げばね。むしろここまで暴れて気付かない方がおかしい』



 与えられた情報に対し、茶々を入れるように了解を示す。


 ここに至るまで、数か所の重要と思われる研究室へと火を放ったのだ。

 そしてそこに居た幾人もの研究者と、巡回警備する兵士もまた屠ってきている。

 当然のことながら相応の騒ぎへと発展しており、外へ異常が漏れていないなどというのは有り得ない。


 むしろ外で警備を行っている兵たちが、中へと突入していない方がおかしいくらい。

 やはり他国に攻め入られることのない共和国兵士は、攻撃されることに慣れていないせいもあるのだろうか。



<敵性兵士の人数を八へと訂正します。外の三人が減らしてくれています>


『そいつは助かる。外に出る頃にはゼロになってるかな』


<その点は保証します。そろそろ全滅するでしょう>



 僕等が研究所内を攻撃している時、外ではレオたちが次の行動に備えて待機してくれている。

 いくらなんでも全員で潜入しては、行動を起こす前に目立ちすぎてしまうためだ。

 それが上手く功を奏してくれたのだろう。



 僕は通路で右往左往していた兵士の幾人かを斬り伏せ、ここへと入ってきた入口へと走る。

 背後のビルトーリオは荒い息を吐き、必死の形相で後を追ってきていた。

 普段あまり身体を動かさないという彼には辛かろうが、今はなんとか耐えてもらわねば。

 あまりここに長居をしていては、少々困ったことになるのだから。


 何せ放った火により、施設上空へ黒煙がもうもうと立ち昇っている。

 異常を察知した兵士たちがここへと殺到するのは明らかで、モタついていてはアッサリと取り囲まれてしまう。

 ただ、それもこちらにとっては織り込み済みだ。



 僕等は走って建物内から飛び出すと、すぐ目の前には正門が見える。

 そしてその下には、僕等同様に薄灰色をしたローブ姿のレオたちが、三頭の騎乗鳥を従えて待機していた。



「早く乗ってください!」



 マーカスの声が響き、駆ける勢いそのまま騎乗鳥へと飛び乗った。

 自身はヴィオレッタが乗るそれへ。ビルトーリオはレオが乗る騎乗鳥へと跨る。



「よいか、出るぞ!」


「頼んだ。そろそろ奴さんも来るだろうから、急いでくれ」



 僕が飛び乗ったのを確認すると、騎乗鳥の横腹へと跨いだ両脚を勢いよく叩き駆けさせるヴィオレッタ。

 その際についでとばかり、手にしていた中剣を投げ捨てた。

 元々隠して持ち込むのを第一に選ばれた細身な剣であるため、ここまでの時点で既にボロボロとなってしまっていたせいだ。


 放った武器が転がった先には、倒れている兵士が一人。

 マーカスによって射られたであろう、肩へ深々と矢が刺さったその兵士は、酷く辛そうではあるもののまだ息がある。



「次に向かうぞ。これを成功させれば、さぞ教皇猊下もお喜びになるだろう!」



 視界の端でその兵士を捉えながら、僕は息を整え若干クドイと思われる口調で叫ぶ。


 今回僕等が変装によって成りすましている王国は、教皇を頂点に据えた宗教国家。

 この様な言動をしたのは、そこの兵士であると印象付けるため。

 上手く致命傷を避けるよう倒されたたと見られるその兵士は、こちらの姿を他の兵士に伝えてもらうために生かしておいた存在だった。


 実際王国の人間が、教皇をこう呼ぶかどうかについては、完全に僕の当てずっぽうなのだが。




 騎乗鳥は一人の兵士を置いて駆け、炎によって黒煙吹く研究施設を跡にした。

 迫っているであろう兵たちから逃れ、僕等はひとまず隠れることが出来る市街地の外へ。

 遮蔽物が多く隠れ易い山間部の岩場へと差し掛かり、様子を見るためいったん騎乗鳥から降りる。

 そこで身を潜めた僕に、ヴィオレッタは含み笑いを浮かべながら告げる。



「随分とワザとらしい演技をするものだな。アレで騙される者もそうそう居るまいに」


「深手を負っていたからね。あのくらいで丁度いいんだよ」


「それもそうか、あの状態では演技の臭さなど気にはせんだろうがな」



 ヴィオレッタはどうにも、僕が大仰に言い放った言葉がツボにはまったらしい。

 そう言いつつもくつくつと笑いを堪え、何度目か僕の言った言葉を真似する。

 逃げ出している最中、騎乗鳥の上でもこうだった。


 本来であれば緊迫感漂う状況にありながら、彼女は随分とリラックスしているようだ。

 共和国へと入った直後などは、彼女の母親に関することを気にしてか、どこか様子がおかしかったのだが、今はもう吹っ切れているのだろう。



 そんな彼女はとりあえず置いておき、僕はマーカスへと振り向く。



「すまない、マーカス。新しい剣をくれないか? さっきのは使い物にならなくなったから」


「でしょうね、了解です。……動くでしょうか?」



 マーカスは背嚢から新しく、鞘に納められた中剣をこちらへ放る。

 と同時に彼が問うてきた内容は、おそらくリヴォルタに駐留する共和国軍に関してのものだ。


 彼は研究施設が襲撃されたことにより、共和国軍が救助や鎮圧に動くかを心配しているのだろう。



「おそらくね。連中はこういった事態に慣れていない、とりあえず大勢で駆けつけることしか出来ないはずだよ」



 確信を持って、僕は共和国の軍が動くと告げる。

 現に軍の施設からは大勢の兵士が武器を手に、市街を走って移動を始めていた。

 それは騒ぎによって動揺した市民を鎮めるためというのもあるだろうが、大半は先ほどの研究施設へと向かっている。



「だと良いのですが……」


「大丈夫だって。ほら、移動しているのが見えるよ」



 岩の陰から身を乗り出し、眼下に見えるリヴォルタの街並みを指さす。

 現在隠れている岩場は市街が一望でき、目を凝らせばどういった状況にあるかが一目瞭然。

 前もって下調べを行い、ここで兵士たちがどう動くかを観察するための場所として確保しておいたのだ。



「王国側からは基本的に攻撃を仕掛けられなかったせいで、元々リヴォルタに駐留する兵はそこまで多くない。その内半分でも動けばこちらのものだ」


「では行きますか?」


「ああ。今なら兵舎も手薄になっているはず」



 立ち上がり、受け取った剣を腰に差す。

 見たところ大多数の兵士は兵舎を離れ、大量の黒煙を昇らせる研究施設や、騒ぎ始めた人々を鎮めるため街中へと散っている。

 兵舎に残っているとしても極一部であろうと予測し、僕等は次の標的である兵舎へと移動を開始すつことにした。


 ただその前に。



「ビルトーリオさん、もう少しだけ辛抱してください。と言っても、もう戦いの中に入る必要はありませんが」



 彼にはこのまま、一人この地を離れてもらう。

 この上で兵舎まで襲撃されたとなれば、リヴォルタは当面の間、戒厳令の類が敷かれるのは想像に難くない。

 何かの拍子でビルトーリオの裏切りが発覚するとも限らないため、家に戻るのは危険すぎるためだ。



「必ず迎えに行きますので、それまで指定した場所で待機しているように。もし万が一予定通りに現れなければ、それは僕等が失敗したという事です。どこか遠くへ逃げてください」


「わ、わかりました……」



 もっと非情に徹することが出来るのであれば、事情を知る彼を生かしてはおかないのかもしれない。

 だが一応は同盟へ連れていくと約束したことであるし、何よりも彼の持つ技術が惜しいというのも事実。

 ここは当初の予定通り彼を連れ帰り、存分にあちらで研究に勤しんでもらうとしよう。



「ではご無事で。さあ、行こうか」



 小壷の収められた背嚢を背負い直し、再び騎乗鳥へと跨る。

 今のところは予定していた通りに推移しており、破綻らしい破綻は見られない。

 だがここから先もそうであるという保証はなく、僕は兵舎へと向かう道すがら、再び意識を張り詰めさせていた。





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