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囲いの子鼠



○西方都市国家同盟 南部 「イェルド傭兵団 新兵訓練キャンプ」




 けたたましく鳴り響く、起床ラッパの音。


 その音を聞くや否や、僕はパチリと目を開け、地面へと敷かれた寝床から飛び起きた。

 毎日のように繰り返される、いつもと同じ行動。

 音が鳴らされると同時に周囲で寝ていた別の少年たちも飛び起き、条件反射のように体が動く。


 同時に脳内へと響く、甲高いアラームと無愛想な声。



<起床時間です。懲罰を回避したくば、即座に起きるべきかと>


『……わかってるから、あんまり喧しく鳴らさないでくれ』



 エイダの声を適当にあしらいつつ、枕の側に置かれたバックパックから素早く衣類を取り出して着替え、利き腕には薄い布を巻いた細いブレスレットを嵌めた。

 この訓練キャンプにおいては、起床の合図が鳴ればすぐさま外へと集合し、整列しなければならない。

 もし遅れたとしても、ここでのそれは自己責任。

 周りの誰もが起こしてくれなかったという言葉は、決して言い訳にはなりえないのだ。



 僕は同じく着替えを終えた他の少年たちの様子を見るでもなく、無言のまま駆け足で天幕から飛び出した。

 周囲にいくつも存在する、同じ形をした簡素な作りの天幕。

 そこからは多くの少年たちと幾人かの少女が飛び出し、視線の先に在る開けた場所へと駆け足で向かっている。

 その一団を横目で見れば、同じく走って向かうレオやケイリーの姿も映る。


 教官に見張られながら続々と集合する少年少女たちは、重い眼をなんとかこじ開けて規則性を持って並んでいく。

 並んだ僕等を、壇上に立つ数人の教官はジロリと一瞥し、朝にしては随分と張りのある大きな声で叫ぶ。



「敬礼っ!」



 両の足を閉じ、左の腕は垂直に、そして右の手を胸に。

 整列した僕等は教官の声に反応し、すぐさま敬礼の姿勢を取った。


 そうして初めて朝礼が始まり、数人だけいる教官たちの内一人から、今日の予定が全員へと告げられる。

 その最中に欠伸をした一人の少年が頬を拳で殴られるが、これもまた普段通りの光景。

 僕等はその様子にこれといって反応することもなく、直立したままで微動だにしない。

 響く教官の罵声を背に、指示があるまで待つのみだ。

 殴られた彼もまた、そのうち慣れていくことだろう。




 朝礼が終わるや否や今度は一時間ほど走り込みをし、その後で模擬槍を使っての戦闘訓練。

 朝食は更にその後となる。

 起きて以降ずっと激しい運動を続け空腹となった僕は、地面に打ち込まれた丸太と薄い屋根だけの、壁すらない簡素な食堂へと向かった。


 そこで待つのはいつもの代わり映えしない麦粥と、無駄に長時間煮込まれたであろう、味の薄い根菜と豆のスープ。

 極稀に燻製肉が付くことがあるが、もしそうなればご馳走だ。

 この日は残念なことにそうはならなかったが、その代わりという訳ではないだろうけれど、無花果に似たドライフルーツが一つ皿へと乗せられた。



「おい、今日は当たりだな!」


「マジかよ。なあ、こないだ訓練中に水やっただろ。それでチャラにしようぜ」


「馬鹿言うな。水と果物で取引になんてなるかよ」



 皿に乗せられた珍しい代物に、周囲の少年たちは色めき立つ。

 甘いものなど普段口にできない僕等にとって、果物の類など目の色が変わる大ご馳走であると言ってもいい。


 周囲に視線を向ければ、近くには懐へ仕舞って後で食べようとする少年が。

 他には目的の物と交換しようと交渉を始める子や、好意を寄せる女子にあげて、気を引こうとする男子など様々だ。

 これといって利用する目的もない僕はと言えば、その場で食べてしまうべく口を開け、それを放り込もうとする。

 しかしその行動を咎めようという訳ではないだろうが、唐突に背後から僕を呼ぶ声が聞こえた。



「アル、席空いてる?」



 振り返った先に居たのは、ケイリーとレオニード。

 二人の手には食事の入った盆が持たれており、僕も含めて三人で一緒に食べようという意図があるようだった。



「ああ、座りなよ」



 空いていた隣の椅子を引くと、ケイリーは上機嫌でドカリと座る。

 その仕草からは、女性的な淑やかさなどは微塵も感じられない。

 もっとも、僕等のような訓練生にはそんなのを求められないのだけれど。

 うって変わってレオニードは僕の対面へと黙って静かに座り、黙々と食事を始めていた。



「ねえアル、その果物ちょうだい!」


「なんでだよ。自分のが有るんだからそれを食べればいいだろうに……」


「だってアルはあたしに恩があるでしょ? このキャンプに連れてきてあげたんだから」



 堂々と、臆面もなく言い放つケイリー。

 その口調は、果物の一つくらいお礼代わりに寄越して当然と言わんばかりだった。




 僕が偶然出会った彼女らに連れられ、傭兵団の訓練キャンプへと参加して早一年。

 この二人ともそれなりに親しくなってきたし、今では互いに愛称や呼び捨てをし、軽い口調で会話するのが普通になっている。

 案の定ここでは衣食住に不自由することはなく、今にして思えば先の見通しが漠然としていた僕にとって、渡りに船と言える誘いだったのかも知れない。


 それになんとか訓練にも慣れてきた。

 課せられる訓練そのものは、僕が持つ装備の機能を活用していけば、いずれも苦労無くこなせるものばかりだ。

 しかしそれに頼り過ぎるのもどうかと考え、訓練に参加して早々僕は自らその機能の使用を制限。

 以降は自身の肉体のみで、訓練の全てを消化している。

 もしも万が一それが使用不能となった時、体力が無くて動けませんでは話にならない。



「連れて来てくれたのは感謝してるよ。でもそれはレオやエイブラム教官も同じだろう?」



 彼女の後押しがあったのも確かだろうが、基本的に勧誘を決めたのはエイブラム教官だ。

 第一にはそちらへ感謝するというのが筋と言える。

 かと言って、ケイリーの代わりに果物を渡すのもどうかと思うが。



 僕とケイリーが丁々発止とやりあい、レオが淡々と食事を進めていると、件の教官が食事中の僕等の前へと姿を現した。



「相変わらず気が合うんだな、お前らは」



 エイブラム教官は、最初に会った時とは異なり多少軽い調子で話しかける。

 やはりあの時の僕は、あくまでも紛れ込んだお客様だったということか。



「どうかされましたか、教官?」


「なに、ちょっとな」



 エイブラム教官に限らず、教官たちはあまり食事中や就寝前の自由時間には、訓練生たちに干渉してこようとはしない。

 基本的には怖れられる存在であるため、そういった気の休まる時間にまでは、顔を見せないようにしているためと聞く。

 それでもあえて来たということは、何がしかの用件があるに違いない。



「お前たちに少々用事があってな。ここでは何だ、少し移動してくれ」


「わ、わかりました」



 訝しみながらも教官の言葉に従い、僕等三人は揃って盆を持ち移動する。

 教官に先導され、食堂の一番隅にある周囲に人の少ない席へ。

 何か人に知られたくないような、特別の用事でも言いつけられるのだろうかと考え、僕は僅かに身構え緊張した。


 だが緊張に背筋を伸ばす僕らが席に着いた直後、教官が投げかけてきた言葉。

 それはいつの日か来るであろうと考えていたものだった。



「アルフレート、お前がここに来てもう一年が過ぎた」


「はい」


「最初に見た時の印象ほどではないが、ここまでの訓練を見た限りでは、それなりに上々な成績を収めている。お前たち全員、そろそろ実戦を経験しても良い頃合いかもしれん」



 エイブラム教官が告げるところの、実戦の経験。

 それはつまり訓練生という立場から脱し、戦場へデビューする時が近いという意味であった。


 教官が放ったその言葉に、僕は自身の鼓動が早まるのを感じる。

 それはケイリーも同じであったようで、小さく身体を震わせ、テーブルの下で拳を握りしめているのが見て取れる。

 ここに来てたった一年の僕などよりも、ずっと長く訓練を続けているのだ。思い入れは僕の比ではないだろう。


 レオに関しては……、どうだろうか。

 教官の言葉を聞いてもなお、その薄い表情に変化は表れていない。



「どうだ、やる気はあるか?」


「はい、勿論です!」



 教官の問いにケイリーは素早く椅子から立ち上がって反応し答える。

 僕とレオもまた、彼女に少し遅れてしっかりと首を縦に振った。



「よろしい。では明日早朝、他の選抜者と共に本隊へと合流するため移動する。今夜のうちに荷物を纏めておくように。以上だ」



 それだけ告げると、エイブラム教官は自身の食事へと手を付け始めた。


 このキャンプに参加する訓練生たちの中でも、僕は参加してまだ一年程度とはいえ最年長に近い。

 自身よりも年下の他の訓練生たちが、一足先に戦場へと向かう例も増えてきている。

 常に後ろ指を差されるような想いに囚われていたというのは、否定できない事実。

 もっとも、訓練に参加してたった一年で傭兵としてデビューするというのは、過去に例のない話であるようだったが。



<おめでとうございます。と言ってよいのでしょうか?>


『たぶんね。もっと湛えてくれてもいいんだぞ』



 教官が食事を始める姿を前にし、僕はエイダと軽く言葉を交わしつつ、先ほど食べ損ねたドライフルーツを口に放り込んで咀嚼した。

 口へと広がる、甘くとろける感覚。

 それがどことなく、僕に気合を入れてくれているかのように思えてならなかった。







「どうしたよアル。えらく機嫌がいいじゃないか?」



 昼食後すぐに行われる、木製の中剣を持って行う近接戦闘訓練の最中。

 僕へと対峙して話しかけたのは、比較的歳の近い訓練生の少年だった。

 訓練中であるにも関わらず、若干の興奮が抑えきれていない僕の様子が気になったのかもしれない。



「ちょっと良いことがあってね。まぁ気にしないでくれ」


「なんだよ、だ遭ってないで教えろって」



 今更それを隠しようはないが、今は訓練をこなす方が先。

 僕ただ一言「これが終わったらね」とだけ告げ、僕は直後小さな動きで木剣を手に斬りかかった。



 牽制気味に繰り出した突き。

 それを相手の少年は当然のように払おうとするが、すかさず払われそうになった木剣を引き、手首を捻り足元へと浅く薙ぐ。

 しかしそれは僅かな所で届かず、ただ少年が反応し、一歩後ろに下がらせるだけの効果しか得られなかった。


 だがこれでいい。

 一度二度とそれを繰り返した後、相手の少年は僕の攻撃から逃れ、反撃を仕掛けるどころか必要以上に数歩後ろへと退く。



「チィッ!」



 向けてくる彼の表情は苦々しい。

 単純な打ち合いに持ち込めず、どういった距離感で戦っていけば良いのかを掴みかねているようだ。


 中剣や短剣を使った近接戦闘の訓練中、僕の相手をする少年たちは決まって似た表情を浮かべる。

 彼もまた他の子たち同様に、こう考えているのだろう。

 「せめて至近距離に詰められれば」と。



「くそっ!」



 少年は叫び闇雲に斬りかかるが、それを真面に相手とせず、小さく牽制を入れながらゆっくりと後退する。


 僕は装置による身体能力の強化を行わなければ、同年代の少年たちと同程度か、あるいは多少強い程度の腕力でしかない。

 馬鹿正直に切り結んでいては、相手次第で武器を弾かれてしまう可能性とてある。

 例えばレオのように、常軌を逸した怪力を誇る相手などにだ。


 代わりに戦闘の折々で牽制を繰り出し、距離を取り、隙を窺って小さな傷を積み重ねる。

 もしも僕が正々堂々を謳う騎士であるならば、ともすれば卑怯者と揶揄されかねない戦い方。

 だがこれこそが訓練キャンプで会得した、装置に頼らない戦闘手段の一つであった。

 万が一装置が起動できなくなった時にはこうやって戦う予定なのだが、存外これが僕の気質にも合っているように思えてならない。



「クソッ! クソォッ!」


<警告。敵性行動を取る対象が接近。強化機能の使用を推奨します>



 少年が迫る中、僕の脳内には変わらずエイダによる警報が鳴り響く。

 エイダもこれが訓練に過ぎず、そこまで危険性のないものであると認識してはいるはず。

 だがそれでも、自身に備わった仕組みとして警告を発せざるをえないようであった。

 僕自身も最近はそれにも慣れてきたため、然程気にせず聞き流す。



 エイダの警告の最中も、少年は悪態付き幾度となく木剣を振り回しながらも、なかなか僕に近づけずにいた。


 互いに手にするのは木剣であるため、多少の痛みを無視すれば、強引に近づくのも可能。

 しかしいつか迎えるであろう実戦を考えれば、そうもいかない。

 僅かな傷がどう影響するとも知れない戦場では、それ一つが戦闘不能へと繋がる危険性もある。

 例えば刃に塗られた毒であり、あるいは戦闘後に傷が元となって発症する病でありと様々だ。

 いかな傭兵と言えども、可能な限り無傷でいたいというのは当然の思考だった。



「いいかげんに……、止まりやがれっ!」


「悪いね、それは聞けない」



 一気に仕留めようと、少年は大振りの攻撃を繰り出してくる。

 しかし僕は隙だらけなその動きをしっかりと見切り回避すると、そのままの流れで木剣を首筋へと押し当てた。

 これが真剣ならば、少し手首を捻るだけで終わりだ。



 木剣を突きつけられた少年は、先ほどまでの苦々しい表情をふっと緩め、やられたとばかりに肩を竦める。

 至近距離での戦闘に関してのみ言えば、僕自身ほとんどの訓練生相手に負ける気はしなかった。


 勝利の余韻へと微かに浸る僕の脳内に、再びエイダによる余計な言葉が響く。



<敵性対象が無力化出来ていません。最寄りの警察へ通報を推奨します>


『……ちょっと黙っててくれないか』



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