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術 06


「こちらが、私の作った物になります」



 そう言ってビルトーリオがテーブルの上に置いたのは、前は酒が入れられていたと思われる小壷だった。


 置かれた壷を手に取り、適当な小皿の上へと垂らす。

 すると流れ出てきたのは、黒茶色をした半透明な液体。

 微妙にトロリとした濃度を持つそれは、ほのかに草の香りを漂わせていた。



「……これが燃えるのか? 俄には信じがたいぞ」


「そうおっしゃるのも無理はないと思います。最初に見せた時には、どなたもそうおっしゃいますので」



 ヴィオレッタが首を傾げながらする疑問に、ビルトーリオは頬を掻き困ったように答えた。


 これは彼と最初に出会った時に言っていた、研究を行っているという可燃性の物体。

 物体というか液体なのだが、香りはともかくとして、見たところほぼ石油やそれに準ずる物だ。

 僕が想像していたのは、やはり間違いではなかったのかもしれない。



「試しに点けてみてくれませんか。別に爆発したりはしないんですよね?」


「ええ、それは勿論。勢いよく燃えるだけです」



 ビルトーリオは僕の言葉を返すなり、懐に入れていた着火具を取り出し、小袋に入れていた綿を取り出して点火。

 それを皿に張った例の代物へと放り込んだ。


 瞬時に燃える綿は液体へと沈み、炎は黒茶の液体へと這い伝う。

 十数cmの高さへと燃える炎は青白く、少量の液体にしては強い火力を持つようだった。



「酒……、ではないようだが、これはどういうことだ?」


「確かに燃える液体と言えば、酒精くらいしか考えられません。ですがそういった臭いもありませんでしたし……」



 立ち上がる炎を覗き込むヴィオレッタとマーカスは、不思議そうに凝視する。

 二人の言う通り、燃える液体として真っ先に思い浮ぶのは酒の類。

 しかしそれなりに高濃度のアルコールでないと着火してはくれず、僕等が良く飲む果実酒や麦酒などでは、到底こうはならない。

 この不可思議な液体に対し、驚きと困惑を隠せないのも当然かもしれない。


 一方の僕はと言えば、ある程度これを予想していただけにあまり驚きはなかった。

 代わりにエイダへと頼み、目の前で燃える液体の成分を分析させる。



『で、どうなんだ?』


<現時点で出来上がっている物は、ほぼ原油に近い代物です。それよりも少々可燃性が強いようですが、あまり長時間燃焼が期待できるものではないでしょう>


『ということは、まだ完成品とは言えないってことか。匂いは少ないみたいだけど』


<そうなります。詳しい配合量についてはもう少し時間を掛けて調べればわかると思いますので、こちらで改善することは可能かと>



 成分そのものは異なるが、得られる効果は石油と同等の物。

 彼は確か極々一般的に採掘できる土と、さほど珍しくもない植物を組み合わせて生成したのだと言っていた。

 つまり何処の土地でも生産が可能であり、もしもこれが安価に量産できるのであれば、人々は冬場の暖房や照明の燃料に困ることが無くなる可能性を秘めている。



『技術革新だな。逆に凄すぎて経済がひっくり返りそうだ』


<喜ぶ人も多いでしょうが、困る人もまた多いでしょう。特に油を扱う商人などは>



 そこは問題になるだろう。

 人々が日々使う代物であるだけに、照明用の獣脂であったり、かまどの薪を扱う市場規模は小さくない。

 そこが丸々これに置き換わってしまえば、多くの人が職にあぶれてしまうはず。

 技術の進歩は歓迎したいが、全体で考えれば良し悪しといったところだろうか。


 ただ現状では生産量が限られるため、流通させる状態には程遠い。

 生産のコストに関しても、獣脂の方が遥かに安価であろう事は言うまでもなかった。



 何にせよ、これは僕等のような傭兵が扱う範疇外の話。

 こちらが活用するのであれば、もっと戦いに密接な用途としてだ。



『石油系の燃料……、とか精製できないだろうか?』


<流石に難しいでしょうね。原理はわかるのですが、設備を作るのもこちらの技術力では難しいかと。生産できたとしても極少量ですし、第一そんな物を作って、何に使おうというのですか>



 適当な思い付きで尋ねてみたのだが、アッサリと答えに困る指摘をされる。


 ただ実際彼女の言う通り、作ったところで使う用途がないのは事実だ。

 現状この惑星の技術水準では、これを有効活用する術自体が存在しない。

 言ってしまえばオーバーテクノロジーの類であり、別の言い方をすれば宝の持ち腐れ。


 やはり今の時点では、有効な活用法を見出すことは出来そうになかった。

 今はこれを利用することよりも、共和国が実用化にこぎつけないというので満足しておくべきだろう。





「ビルトーリオさん、研究室に行けばもっと量が有るんですよね?」


「はい。あまり大量に保管しては危険なので、集めても精々が大樽一つ分程度ですが」


「十分です。申し訳ないですが、譲って頂けませんか? 奇襲を行うのに使いたいので」



 ハッキリと答えたビルトーリオに、僕は活用を申し出る。

 今回攻撃する施設の一つとして、急遽彼が使う研究室の入っている建物を狙うことにした。

 都合よく市街地から少し離れているため、大事になっても市民の被害が少なく済むと踏んでだ。


 市街地から離れ、攻撃に遠慮をする必要がない敵国の施設で、可燃性の液体を用意できる。

 となればやることは決まっているだろう。



「どちらにせよ持っては逃げれませんから。どうぞ、好きなように使ってやってください」


「……こちらから頼んでおいて何ですが、よろしいのですか? どう使うかは、ご想像の通りだと思いますが」



 存外簡単に譲ると言い切ったビルトーリオに、僕は確認の意味を込めて問いかける。

 彼は既に理解しているはずだ。自身の作り上げた研究品が、人を傷つけることに使われるのだと。



「どちらにせよ、完成すればいずれは武器に転用されるでしょうから。とっくに覚悟はできています」


「では、ありがたく」



 ビルトーリオはアッサリと了承を示す。

 彼は市民のために生み出した自身の研究成果が、人を焼く武器として使われる可能性を、とうの昔に認識していたようだ。

 やはり有用性に関して想像を巡らせるにつれ、どういった用途に使えるかということなど、容易に浮かぶようになるのだろう。

 特に軍の施設で研究を行っていれば、そういった考えになるのは当然だった。



「アル、こいつを建物の中でぶちまければいいのか?」



 僕とビルトーリオの話を横で聞いていたレオは、行う内容の確認をしてくる。


 おそらくは、無駄に犠牲が増える可能性の高い方法ではある。

 だがこの上なく効果的であり、尚且つ目立つため多くの者の憎悪を煽るにはうってつけだ。



「そうだ。量が少ないから、良く燃えそうな場所にな」



 肯定する僕の言葉に、レオはただ頷く。



 そこで僕は一つ、これについて少々問題となる点に気が付く。

 ここまでビルトーリオは酒の小壷に入れて持って来たのだが、木の皮で作られた栓でしっかりと封をし、幾重もの布で包んでいた。

 大量の保管が危険であるとも言っていたし、やはり相当に火気に気を付けねばならない代物であるのは間違いない。



「施設と言っても広いだろうしな……。どうやって持ち運ぼうか」


「そのまま壷にでも入れてはダメなのか?」


「一切見つからずに行けるならそれでもいいだろうけど、途中で戦う破目になったら問題だよ。剣戟のちょっとした火花で引火する危険がある」



 ヴィオレッタの質問にたいして僕が返すと、隣に立つビルトーリオも大きく頷く。


 敵と遭遇し刃を合わせる状況にならないというのが、最も理想であるのは言うまでもない。

 だが向かう先はやはり軍属の研究施設。ある程度の歩哨が居るのは当然だろうし、若干の戦闘は避けられまい。

 もし遭遇して戦闘になり、運んでいる液体を落としでもしたら。

 あるいは兵士が明りとして、松明でも手にしていたとすれば。



「ゾッとせんな。私は火達磨になってまで戦いを続ける自信はないぞ」


「僕も同意見だよ。まずはこっちが容易に運べるようにしないと」



 現状でのこれは、あまり携行性が良いとは言えない。

 ある程度の濃度が有るので多少はマシだが、それでも液体であるのには変わりないのだ。

 揺れれば零れてしまう可能性もあるため、そこが問題となる。


 安全に持ち運べ、なおかつ移動後に使うのが容易。

 そういった状況に対応できて、ようやく使い物になるというものだ。



「ま、もう少しだけ時間には余裕があるんだ。まだ行動には移れないことだし、その間に考えるとしようか」


「そうですね、まだボクの方も入手の目途が立っていませんし」



 僕がそう告げると、マーカスは肩を竦めて呟く。

 未だに彼はリヴォルタの方々を駆け回り、密かに武器を流してくれそうな商人や工房を捜している。

 ただ共和国に察知されないようにしながらなので、随分と苦労してはいるようだった。


 一言彼に気にするなとだけ言うと、僕等はまず家の中に置かれた代物で、如何に改善を行うかを話し合い始めた。

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