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術 04


「いや、やはり美味い」


「本当に。この街で飲める酒は極端に強い物ばかりかと思っていましたが、こんな上等品にお目にかかれるとは」



 早速酒を酌み交わした僕と研究員の男は、一口酒を含むなりその芳醇な香りに息を衝く。

 さっきまで口にしていた、度数の高さだけが売りの安酒とは異なり、柔らかな舌触りといい高い芳香といい、明らかに水準の違うものだった。

 勿論、値段もまた大きく異なるのだが。



「いやはや、自分はこの酒に目が有りませんで。ですが私の安い給料では、早々手も届かず」


「そうですね、僕も崖の上から飛び降りるくらいの勢いでした」



 確かに男の言う通り、このような高級酒をそう易々と買えるものではないだろう。

 僕などは件の香草が高く売れた事により、ある程度こちらで活動する用の金銭を臨時で手にしていた。

 だが自腹でこれを買えとなれば、かなり躊躇するのは間違いない。



「やはり旅先の勢いというやつですかね。普段であれば決して手を出さない品ですよ」


「では私は偶然居合わせた幸運を、神に感謝せねばなりませんね」



 そう言って彼は盃を軽く掲げ、僕へと会釈した。

 一見して大人しそうな人物ではあるが、酒の勢いもあってか随分と饒舌になりつつある。

 自身の好む酒を久しぶりに口にしたことから、機嫌を良くしているのだろうが。



「そういえば、いったい何をされている方なのですか? 随分と風変わりな格好をされていますが」


「ああ、申し遅れました。私はこの都市で研究を生業としております、"ビルトーリオ"と申します」



 酔っているであろうに姿勢を正し、僕の問いに対し丁寧に答えた。

 彼が研究者をしているというのは知っていたのだが、そういった方面に話しを転がすためにも、あえて問うてみたのだ。

 名乗ったビルトーリオに対し、僕もまた名乗り返す。当然のことながら、この場で使うのは偽名なのだけれども。


 酒場の店主が言うには、燃焼が云々という内容を研究しているとのこと。

 それがどういった類の用途で考えられているのかは知らないが。



「この街には多いようですね、研究を行っている方が」


「リヴォルタにはそういった施設が集中していますから。私も近くに在る軍施設で、研究に携わらせて頂いておりまして」



 酒を煽りつつ告げたビルトーリオの言葉に、僕は表情に表さぬよう驚きを感じる。

 彼が研究者であるのはわかっていたが、まさか軍の施設に出入りしている人間だとまでは思っていなかった。

 そのあまりの好都合さに、内心ほくそ笑むのも仕方あるまい。


 勿論そのような感情は表に出さず、もう少し詳しい内容を聞きにかかる。



「ところでいったいどういった研究を? いえ、話せないのでしたら仕方ありませんが」


「いえいえ大丈夫ですよ。私がしているのは、そこまで秘匿する内容ではありませんので。研究しているのは、現在使われている品よりも、ずっと効率的な燃焼物質についてです」


「燃焼物質と言われますと……、照明用の獣脂や暖房用の木材に替わるモノでしょうか?」


「その通りです。現在使われている獣脂はご存じの通り臭いが強く、あまり光量が強いとは言えません。それに暖房や調理に使う木材も、煤や使用後の処理といった問題点があります。私が研究しているのは、そういった点を解消し、より生活上の利便性を向上させようという趣旨に乗っ取――」



 僕が研究内容についての質問を振ると、ビルトーリオは問題ないとばかりに内容を口にする。

 その内容を説明し始めるなり、一気に畳みかけるようにして言葉を紡ぐ。

 自身のする研究に興味を持ってくれたのが嬉しいのか、あるいは普段話せる相手が居ないからなのか。



「成果はどうなのですか?」


「まだ今のところは獣脂よりも、少しばかり良く燃えるといったところです。複数の原料を化合せねばなりませんし、設備の問題もあって生成できる量もまだ微量。実用には程遠いのは事実ですね」



 ビルトーリオは酒が回ってきたのだろうか。

 本来であれば細かい所は秘匿せねばならないだろうに、具体的な状況や試してみたい素材についてまでを口にした。


 どうやら原材料そのものは、大陸で広く採取できる鉱物や植物を利用して作れるようだ。

 であるならば、この土地以外でも役立つ可能性は高いだろう。




「ですがこの街で最も望まれているのは軍事研究でして。残念ながら、私のような生活を便利にするといった用途の研究は、あまり予算が降りてこないのが現状です。おかげで老朽化した設備を新しくすることも叶わない」


「それはお困りでしょうね。軍事研究も重要であるのは否定しませんが、そういった市民の生活水準を向上させる研究も重要でしょうに」


「そうなんです! 私のしている研究は、市民のためというのも当然ですが、軍にだって有益なはずだ。それが理解してもらえない! 特にこの街では、重要性が高いとわかりきっているというのに」



 僕がそう研究の意義を肯定する発言を口にすると、ビルトーリオは顔を輝かせ声を大きく頷く。

 どうにも彼がする言葉の端々からは、評価してもらえないことへの不満が滲み出ている。


 評価されないからこそ予算が降りず、人を増やせないし設備も新しくできない。

 そして研究はどんどん遅れていく。

 今現在ビルトーリオが行う研究は、そういった堂々巡りに陥っているようだ。


 これは脈ありと考えて良いのかもしれない。



「ただ私の場合は、元来が他国人であるというのもあるのでしょう。階級も準上等級市民ですし、そういった面からも軍は予算を与える必要性を感じていないのかもしれません」


「心中お察しします。ご家族も苦労なされているのでは?」


「私は一人者ですし、両親も祖国が共和国に滅ぼされた時、戦火に焼かれました。なのでその点は……」



 そう言ってビルトーリオは拳を握りしめ、注ぎ足した酒を一気に煽った。


 よもや彼が共和国によって征服された、他国人であるとは思ってもみなかった。

 ビルトーリオが告げる言葉の端からは苦々しい物が滲み始め、彼の表情へと影を落とし始める。

 おそらくは憎悪や怒りといったものが、酒の力で顕在化してきたのだろう。



「それはまた……。であっても共和国で研究をするのは、やはり研究者としての意地のようなもので?」


「……それもありますが、主に生きるためですね。私は戦いの技能もなければ、身体が特別丈夫でもない。ここで人並みに生きていくには、研究者を続ける必要があった……。いや、決して共和国に叛意などはありませんが!」



 ビルトーリオは咄嗟に顔を上げ、僕に向けて必死にアピールする。

 彼は僕を共和国人であると思っているはずなので、反抗の意志がないことを明示する必要があるのだろう。



 ビルトーリオは家族を戦火で失ったとのことなので、おそらくは共和国に強い恨みを抱えている。

 だが恨んでいたとしても、苦汁を舐めつつも共和国に隷属せねばならなかったのだ。生き残るために。


 しかし僕はそんな彼の境遇を、不謹慎ながら喜んでいるのは否定できなかった。

 彼の抱えているであろうその恨み、これこそが決め手だ。

 半ばダメで元々といったつもりで声をかけたのだが、今ではビルトーリオ以上の適任は居ないと思える。



『決まりだな。彼以外には居ない』


<流石にここを逃したら、もうこれ以上の好条件には巡り会えないでしょうね>



 僕の思考に対し、エイダも賛同の声を上げる。


 ビルトーリオは軍属の研究者ではあるものの、自身の待遇や研究への無理解から不満を抱えていた。

 そして共和国の慣習ではあるが、他国人であるのを理由に冷遇されている。

 おまけに家族は居らず、そうなった理由は共和国の行った侵略によるものときたものだ。


 僕はこれだけ揃ってしまった好条件に、表情を固めつつ内心でほくそ笑む。

 迷うことは無い。

 僕は未だに軍への愚痴を呟き続けるビルトーリオの話しを聞きながら、協力の打診を行う相手として彼を定めた。


 勿論そう易々と誘いに乗ってくれるとは思わない。

 だが幾らか彼の欲求を満たす言葉を並べ立てていけば、十分に勝算はあると思えた。

 当然のことながら、約束したことは守るつもりではあるが。





「ではビルトーリオさん。もし仮に他所の土地で、その研究を継続できるとしたらどうしますか?」


「……他所でですか? まぁ条件次第ですが、今の身動きとれぬ状況に比べればマシと考えるかもしれませんね。そんな上手い話はないでしょうが」



 僕は愚痴を溢し続ける彼の言葉を遮り、小さくひそめた声で問い掛ける。

 その結果として返ってきた答えは、有り得ないと言わんばかりのものだ。


 だがそう考えるのが普通だろう。

 基本的に多くの研究者がこの土地に集まっている以上は、このリヴォルタこそが共和国における彼らの一大拠点であるため。

 共和国から出て他国に行くという発想も、当然のようにあまりないはずだ。



「ではもしも仮に、そんな上手い話を貴方に振るとすれば、乗ってみますか?」


「ハハハ、もし実際に有るならば是非とも。…………いや、まさかそんな」


「お疑いなのも当然でしょうね。我ながら嘘くさい話だとは思いますよ」



 ビルトーリオが息を呑むのが、僕にも伝わる。

 こちらは笑顔のままではあるが、その奥にある真剣な空気を感じ取ったに違いない。



「とある事に協力して頂けるのでしたら、別の土地で貴方の研究を継続するのをお手伝いします。場所も提供しますし、出来うる限り機材も」


「ほ、本当ですか? ですがそんな都合の良い話が……」


「話しを聞く程に、ビルトーリオさんのする研究に興味が沸きました。その研究がモノになれば、想定していた以上に多くの副産物と言える物が出来上がる」



 僕は身を乗り出し始めたビルトーリオへ告げた。

 彼は疑いつつも、その眼にはどこか期待の篭った色が灯るのが見て取れる。

 どうやらしっかりと食いついてくれているようだ。



<推測ではありますが、彼のする説明から察するに、研究している代物は原油やそれに準ずる品ではないかと>


『おそらくはそうだろうな。もし説明通りの物が完成すれば、利用価値は計り知れない』



 エイダのした予想は、僕のものと同じだ。

 きっとそれが日の目を見る時が来れば、多くの者にとって大きな利益をもたらすことになるだろう。


 だが逆に言えば、それによって一気に技術的な革新が進む恐れがあるため、敵国となる共和国に残すというのはこちらにとってのリスク。

 なので今回協力してもらうというのもあるが、僕は彼を同盟へ連れ帰りたいと考えるようになっていた。


 団長がこの惑星の技術が進歩するのを、良しとするかどうかはわからない。

 ただ僕が共和国にその技術を渡したくはないという考えについては、理解してもらえるだろう。

 おそらく同意なく連れ帰ったとしても、問題にはならない。……と思う。



 それにしても、よもや偶然入った酒場で、こんな人に出くわすとは。

 このような重大な研究を行っている人と会えた偶然を、微塵も信仰していない神に祈りたくなってくる。



『もっとも、ここまで話してくれた内容が全て真実であればの話だけどな』


<おそらくその点は大丈夫でしょう。ここまでモニタリングした限りでは、飲酒により予測される心拍数の上昇以外では、これといったバイタルの異常は感知されませんでした。嘘を言っている可能性は低いかと。……彼自身が妄想を真実と誤認していなければの話ですが>



 何とも恐ろしい可能性を提示してくる。

 ただその点ばかりは、彼を信じる他にあるまい。

 今はただ彼の持つ共和国への恨みつらみと、自己を肯定して欲しいという欲求に賭けるのみ。



「こちら提案に賭けてみたいとお思いでしたら、僕がこの店を出た後で追いかけて来て下さい。ただし一旦決断したら後には引けません、最後まで協力していただきます」


「後に引けない……」


「加えて誰にも告げず、この街を離れる必要があります。つまりはそのくらい危ない橋を渡るということでもある。もしそれでも良ければ」



 そう言って僕はテーブルの上に勘定と酒の残りを置き、席を立ってビルトーリオ一人を置いて店を跡にする。


 あえて危険性を口にしたのは、僕がした約束を信じてもらうという意味が込められている。

 あまりにも聞く側にとって都合の良い内容ばかりだと、逆に怪しまれ敬遠されるのは当然。

 それはある程度の警戒心を持つ人間であれば、当然のことだった。


 なのであえてリスクを提示する。

 それによって、こちらが対等な取り引きとして話していると印象付けるためだ。

 加えてここで機会を掴まなければ、今後もうチャンスは来ないと認識させるために。



『さて、追いかけて来るかな?』


<何とも言えませんね。抱えている不満が許容範囲内であれば、そのまま飲み続けるでしょう>


『それでいいよ。よほどの不満じゃないと、途中で逃げ出しかねないからね』



 はてさて、本当に追いかけてくるかどうか。

 僕は一度も振り返ることなく、店々が明りを落とし始めた深夜の通りを歩き始めた。


ご都合主義っ

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