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術 03


「ホラよ。……見ない顔だな?」



 店主の男性はカウンターへと座った僕へと、注文した酒を出しつつ物珍しそうな視線を向ける。

 このような小ぢんまりとした、静かながらも高級でない酒場だ。

 おそらくは客のほとんども常連ばかりだろうから、始めて出した顔を気にするのも当然か。



「ちょっと他所の土地から、物見遊山に来たもんで」


「そいつは珍しいことだ。この辺はあまり見る物もないだろうに」



 僕は旅行者のふりをして、店主の疑問を早いうちに解消しておく。

 一応それなりにははぐらかす術は心得ているつもりだが、あまり突っ込んで聞かれても困るからだ。


 誤魔化しも兼ねて出された酒へと口をつけると、琥珀色をした液体からは強い酒精の香りが。

 安酒を頼んだので、水で割られたような薄い代物が出てくると思っていた。

 だが出てきたのは逆に、ひたすら高いアルコール度で味を誤魔化すといった代物であったようだ。


 その強い度数に少々咳込みながらも、平静を装って会話を続ける。



「方々を周っていてね。それに折角だから、行く先々で好みに合いそうな酒場を見つけては忍び込んでいる」


「当然だな。俺だって折角他所の土地に行ったなら、夜遊びの一つもするだろうよ」



 僕が冗談めかして告げると、店主はカラカラと笑い好意的な感情を向けてきた。

 一見の客ではあるが、どうやら最初の印象としては上々であったようだ。


 あまり顔を覚えられるというのは好ましくはないが、この方が他の客を紹介してもらうには都合が良いだろう。




「そういえば、道中で耳にしたんだけれど、この街は随分と酒が高いんだって?」


「ああ、酒を造る材料になるモンが採れないのと、他所から運ぶにも山越えになるからな。生活必需品なんかは値上げの制限があるが、嗜好品はそうもいかん。ってそれでかよ、初っ端から安酒を頼んだのは」


「恥ずかしながら。節約に節約を重ねる旅をしているもんでね」



 マーカスがヴィオレッタ経由でしてくれた忠告は、正しかったようだ。

 カウンターの下から店主がゴソゴソと取り出したメニュー表を見せてもらうと、そこに書かれていた額は僕の想像を超えたものだった。


 共和国の通貨に関してはまだ使い慣れていないのだが、それでも大体の相場くらいはわかる。

 同じ水準の酒ひとつ取っても、同盟や共和国内の他都市で買うのと桁が一つ違っていた。



「こいつは……、なかなかに厳しいもんがあるな」


「だろう? おかげでここじゃ、どいつも極端に強い酒を少しだけ飲んで、早く酔っぱらおうとする。もしくは強い酒を限界まで薄めて、量だけ増やすかだな」


「それだといくら酒が高いからと言っても、あまり儲からないだろうに」


「勿論だ。だからその分は、料理を売って補うんだよ。そういう訳だから、何か頼みな」



 そう言って店主は別のメニューを僕の前に置き、肴の一つでも頼むよう促す。

 苦労話のようなものを聞かせ、注文を断り辛い雰囲気へともっていく。なかなかにこの店主も商売上手であるようだ。

 仕方ない。先ほど夕食を摂ったばかりではあるが、何か頼むとしよう。






「だがそれでもこの街から酒場が無くならないのは、酒ってのが人の生み出した歴史そのものだからだ。いわば夜だけ開く教会、その懺悔室みたいなもんだな」


「……はぁ」


「とすれば酒場の店主は、そこの司祭みたいなもんさ。だからお布施代わりにもっと食え」



 僕は機嫌を良くし始めた店主の言葉を聞きながら、いつの間にか追加で頼まれた……、というよりも頼まされたツマミを口に運ぶ。

 彼は僕が旅人であると認識したせいだろうか、会話の流れでどんどんと注文を重ねさせ、より多くの金を引き出そうとしているようだ。

 たぶん常連であればこのような真似はすまい。



 存外に商売っ気の強い店主に感心とも呆れともつかぬ感情を持ちつつ、仕方なしに食べ進めていく。

 そして僕がいい加減満腹になり始めた頃、ふと酒場内へと一人の人物が入ってくるのが横目に見えた。



『エイダ……、どう思う?』


<何と言いますが、いかにもといった見た目ですね>


『たぶん、間違いなく研究者だよな?』



 エイダへと感想を窺いつつ、酒場へと入ってきた人物に横目を向け、その格好へと注視する。

 若干頼りなさ気な猫背をしたその男性は、共和国で一般的な家畜の毛を織った衣服の上に、白い上着を羽織っていた。


 若干汚れてこそいるものの、あれは明らかに白衣(・・)

 見た目からして研究者であることを主張するようないでたちに、僕は肩透かしを食らう様な心境を感じていた。



『こっちの研究者も白衣って着るんだな』


<理由があれば至る結論や行動は同じということでしょうか?>



 まだそうと決まった訳ではないし、案外こちらでは異なる職種の正装であるのかもしれない。

 ただ彼のする格好は、僕等が想像する研究者像そのものだ。

 外でまで着ているというのが、些か怪訝に思わなくもないが。




「あいつがどうかしたのか?」



 視線を向ける僕の様子を訝しんだ店主が問いかける。

 突然姿を現したいかにもといった風体の男に対し、凝視しすぎてしまっただろうか。



「ええ、ちょっと。……彼はどこかの研究者なんですか?」


「ああそうだ。この近くに在る施設で働いているヤツでな、ちょくちょくウチに来ては一人で飲んでる。ヤツがどうかしたか?」



 格好だけでは確証が持てなかった僕は店主に尋ねてみると、やはり想像していた通りの答えが得られる。

 まさか一軒目の酒場から遭遇するとは思ってもみなかった。

 おまけに毎回一人で飲んでいるようなので、狙いを定めるにはうってつけだ。



「研究者なんて他の都市には居ないですからね、何か珍しい話でも聞けないかと。彼は何の研究を?」


「あー……、何だったかな。前に教えてくれたんだが、忘れちまったよ。話しが小難しくって、理解出来なかったんだ」


「そうなんですか? あ、追加でこの干し肉もください」


「毎度あり。そうそう思い出した、確か燃焼がどうのとか言ってたな。完成すれば生活が一変するとか言ってたんだったか」



 僕が追加で肴を注文する度に、店主は記憶を引っ張り起こしてくれるようだ。

 客の情報をこうまでペラペラ喋って良いのかとも思うが、そこら辺の感覚は土地によって異なるのだろう。

 それにこういった法が有る訳でもないことだし。


 だがこちらにとってはそれが助かる。

 良いタイミングで話しかけ、情報を引き出す切欠に出来るのだから。




「話しかけるなら、この酒を持っていくといい。ヤツの好物だ」



 そう言って店主は棚から一つの小壷を取り出す。

 中には研究者であるという彼が好きな酒が入れられているようで、話しを聞き出すにはもってこいの代物であるようだ。


 ただ、これもタダという訳にはいくまい。

 僕はの小壷を指さしてアイコンタクトを取ると、店主はそっと指を四本立てる。



「ぐっ……。ほら、これでいいだろう?」


「おうよ。持っていきな、幸運を祈るぜ」



 懐の財布から相場よりもかなり高額な料金をその場で支払い、壷を受け取る。

 一見して人の良さそうな酒場の親父に見えたのだが、その実なかなかの商売人だ。



「ああ、そうだ。僕が酒を奢ってること、誰にも言わないで下さいよ」


「わかってるって。あんたには十分儲けさせてもらったからな、これ以上欲の皮を突っ張らせても碌なことにならん」



 ここまで財布を緩めさせておいて、よくも図々しく言えたものだ。

 今の時点で彼から色々と聞き出すのに、かなりの額を払う破目となっているというのに。

 とは思うものの、実際こちらとしては助かったのだ。あまり文句を言えたものでもない。




 僕はホクホク顔の店主に見送られ、カウンターから離れて店の隅へ。

 二人掛けのテーブルを一人で使う研究者の男へと近づき、酔客のフリをして話しかけた。



「やあ、相席いいだろうか?」



 やや軽薄そうな表情を作り、男へと近寄る。

 彼は案の定見ず知らずの相手であるこちらを警戒してか、若干仰け反り気味な反応を示していた。



「あの、他にも席は空いていますが……」


「勿論知っていますよ。ただ僕は旅の者でして、その土地に住まわれている方と話しをしてみたいと考えたのです。……お邪魔だったでしょうか?」


「いえ……、そうは言いませんが」



 自ら邪魔だろうかと問うておけば、向こうからは肯定する反応は返し辛いものだ。

 無論そのようなことを気にせず、堂々と邪魔だと言い切ってしまう人間も存在する。例えばヴィオレッタなどは、どちらかと言えばその類だろう。


 だが見るからに彼は温厚そうというか、纏う雰囲気からは人の好さや気弱さが滲み出ている。

 彼には悪いが、そこにつけ入らせてもらうとする。



「お近づきの印と言っては何ですが、ご一緒にいかがですか」



 店主の言うところの彼が好きであるという酒を、僕は周囲目を盗んでコッソリとテーブルの上に置く。

 すると彼は目を丸くして一瞬だけ大き目な声を漏らした。



「あっ! よ、よろしいのですか? そんなに高価な物を」


「折角ですので。私自身ここまでかなり飲んでいまして、一人では飲みきれそうにないのです」



 研究者の男はすぐさま声のトーンを落とし、キョロキョロと視線を動かして問う。

 僕はと言えば、テーブルに身を乗り出すフリをして酒の小壷を隠していた。

 このように人へ奢っている行為を見られでもしたら、あっという間に人だかりが出来てしまうだろう。


 男はみるみるうちに目の色を変え、ジッと小壷を凝視した後、僕の顔色を窺う。

 最初の疑いが込められた視線は何処へ行ったのやら、今は頬が緩みきっていた。

 やはり話しに聞いた通り、相当この酒が好きであるようだ。ただやはり高価なせいで、なかなか手を出せないようではあるが。



<あっという間に籠絡しましたね。詐欺師か女衒の才能でもあるのでは>


『やかましい。だけどそれも外れていないかもよ。案外僕もマーカスと同じく、諜報員の適性なんてあったりしてな』


<そうやって調子に乗るようであれば、適性はないと思われますが>



 なかなかに鋭い指摘にも思えなくはないが、ひとまず僕はエイダの言葉を無視。

 僕は酒場の給仕へと二人分のカップを頼み、眼前の男性へとわざとらしい笑みを向けた。


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