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術 02


「……居るのか?」



 僕が呟いた言葉に対し、まず最初に反応したのはレオだ。

 話し合いの最中もあまり口を開いていない彼であったが、告げた案を突拍子もないと感じたのかもしれない。


 そしてヴィオレッタもまた、同様の反応を示す。



「レオの言う通りだ。協力者が居れば助かるとは思うが、そんな都合の良い人間が早々見つかるとは思えん」



 二人が疑いの言葉を向けるのも理解はできる。

 研究者ともなれば軍属の有無を問わず、国の傘下で行っている場合が多い。

 自身の研究に対して援助する者を裏切り、敵国に就くだけの理由が用意できるかというのは、大きな難題であった。



「共和国に不満を持つ人間そのものは、かなりの数居るはずだよ。例えば身分階層の低い人たちだとか」


「兵士の中にはそういった者も多いであろうな。だが研究施設はどうするのだ? ああいった層の人間が、研究職に就けるものだあろうか?」


「そこは何ともね……。マーカス、階級の低い人たちが、研究に携わるといった可能性は無いんだろうか?」



 僕がマーカスへと振り問うてみると、彼は口元に手を当て、思案を始める。

 どうやらこの様子だと決して在り得ない話ではないようだ。



「無い……、とは言い切れません。具体的に知ってはいないのですが、そういう人が居るというのは小耳に挟んだことがあります。ただ軍事分野で高度な研究を任されているかについては、流石に保証しかねますが」


「十分だよ。僅かな取っ掛かりになるかもしれないんだ、ただ闇雲に突っ込んで戦うよりはマシってものさ」



 僕がそう言うと、マーカスは再び考え込み始める。


 僕が提案したような人たちは、無関係どころか本来共和国よりの人間。

 そんな人を迎え入れるというのは、やはり大きな抵抗があるようだ。

 しかしマーカスはそれでもこのまま行動するよりは勝算が高いと踏んだのか、顔を上げて肯定を口にした。



「わかりました。ボクは諸々の準備を進めていきます、皆さんは情報提供者の方を」


「了解だ。後で早速探りに行ってくるよ」



 僕は空となった皿を手に持ち、後片付けをするため台所へと向かいながら告げた。


 どちらにせよ今すぐに奇襲を仕掛けるという訳にはいかない。

 なぜならば僕等はほぼ丸腰に近い状態であり、真面に戦闘行為を行えるだけの手段が存在しないのだ。


 共和国は同盟と異なり、傭兵のような存在が普通に闊歩しているような土地ではない。

 故に武具の類はただ店に行って買えるような代物ではなく、相応の業者や工房と繋がりを持つしかない。

 なのでこの点ばかりは勝手知ったるマーカスに任せ、僕等は肝心の協力者を捜さねばならなかった。




<それで、どちらから捜されるので?>


『そうだな、やはり手っ取り早いのは酒場だろうか。酔っていれば知っていることを話し易いだろうし』


<そのようなことを言って、本当はただ自身が酒を飲みたいだけなのでは?>



 実際にエイダに顔があれば、疑いの眼差しと言えるものを向けてきたのだろうか。

 不審さを露わにしたような、警告とも思える言葉を発してくる。

 だが僕自身は大雑把ながらも、本気でそこへと協力者を捜しに行くつもりであった。



『まずは酔客にでも近寄って、世間話に興じればいい。酔えば自制が働かなくなり、容易に口を割る人間はどうしたって居るさ』


<だと良いのですが>



 未だ疑いの言葉を向けるエイダの言葉を受け流す。


 酒場で知り合った人間を取っ掛かりにし、更に知人の知人といったような、ほぼ他人と言える相手を探る。

 最終的に共和国へと不信感を抱く、軍人や研究者へと辿り着けばそれでいいのだ。



 脳内でエイダと今後についてやり取りをしつつ、皿を適当に溜め水で洗う。

 そうしていると、背後のリビングからヴィオレッタが姿を現した。



「アル、この後で酒場へ行くのか?」


「一応そのつもりだよ。たぶんそういった場所の方が、情報が集まり易いはずだ」


「うむ。ところで先ほどマーカスは武器の調達に出たのだが、その彼から伝言だ。一緒になって飲み過ぎたり、下手に奢ろうとするのは止めた方がいいとな」


「……どういうことだ?」



 振り返れば壁にもたれかかり、腕を組むヴィオレッタの姿。

 その表情はやれやれといった様子であり、ただメッセンジャーとして不承不承伝言を伝えに来たと言わんばかりだ。



「リヴォルタでは酒が法外に高いらしい。気前よく一杯でも奢ろうものなら、次々と人が集ってくるそうだ」


「本当に? そいつは参ったな……」


「それと、後から費用を請求されても応じれない、やるなら自腹でやってくれと、笑いながら言っていたぞ」



 ただそれだけを言うと、ヴィオレッタは自身が飲んでいた香茶のカップを台所へと置き、リビングへと戻っていく。

 僕はその後ろ姿を眺めながら、部屋に置いた財布の中身がどれだけ残っていたかを思い出そうとしていた。







 夜の帳が下り、リヴォルタの市街は獣脂が燃える明りで飾られる。

 この都市の民家に多い小さな小窓から漏れる灯りと、通りに面した酒場付近で焚かれる、誘蛾灯にも思える街灯。

 それらが入り混じって岩壁へと映されるのも相まり、どこか幻想的な雰囲気活気すら感じられる光景となっていた。


 まぁ、それは良いのだが……。



『酷いな、臭いが』


<私には鼻が無いので賛同しかねますが、これだけ大量であれば当然でしょう>



 僕がエイダに対してぶつけた不満は、今まさに街中を飾る明りに起因するもの。

 つまりは獣脂の燃焼する臭いだ。


 駆除された害獣や屠畜した家畜から採れるこの燃料は、共和国のみならず同盟でも広く一般的に利用される物だ。

 ひとえに安価であるが故に。


 しかし正直なところ、僕はこの獣脂が燃える臭いというのは、どうにも好きになれなかった。

 といっても、あまりこれを好ましいと感じる人も多くはないだろう。



『特にこっちのは酷いな。精製の度合いが低すぎる気がする』


<私が推測するところ、リヴォルタの住民は燃料を選り好みする感覚が無いのでしょう。周囲に燃やせる材木も自生しておらず、燃料となる物は他地域より輸送するしかありません。それにこの人口です、大量に生産が可能で、より安価である事こそが優先されるのではないかと>



 エイダはここぞとばかりに、データと上空からの画像を駆使して推測を行う。


 ただその予想は外れているようには思えない。

 需要を賄う為に生産最優先であるためだろうか、燃える火からは僅かに黒い煙が立ち、より一層強い臭いを漂わせる。

 それは碌に処理も施されず、不純物だらけなまま使われる粗悪品の証明であった。

 確かにこれであれば、一般的に使われる品よりもずっと安価に違いない。



『この分だと、酒場でもこの臭いに巻かれながら飲む破目になりそうだ』


<逆に臭いが癖になるかもしれませんよ。酒樽の内側を焼き焦がし、その中で酒を熟成させるという製法もあることですし>


『それは木材の焼けた色と香りを移すためだろう? 脂肪からくる悪臭はちょっとな……』



 共和国に潜入して以降、臭いに悩まされるのはこれで二度目だ。

 潜入時に持ち込んだ香草の強い芳香に悩まされ、今度は低品質な獣脂に悩まされる。

 長話のせいで湯が冷めてしまい、入浴できず汗臭いままだったのを含めれば三度目か。



『出来ればあまり店内が明るくない店を選びたいところだな』


<つまり臭いの少ない店ですか>


『何処に協力してくれそうな人が居るかもわからないんだ、せめて捜す最中に気分よくやれる所が良い』




 そのような掛け合いをしながら通りを歩き、目ぼしい店を探していく。

 過剰に明るくなく、客が多めな店を。


 ただあまり我儘を通して、話を聞く時間が無くなっても困る。

 いい加減どこかの店に入ってしまおうと思っていた矢先、僕は一軒の酒場前で立ち止まった。



『ここなんてどうだ?』


<希望に沿う店のようですね。客が多い割に照明が少ない>


『ああ、これなら人目を忍んで話すのにも良さそうだ』



 渡りに船とばかりに眼前に現れた店へと、僕は意気揚々と踏み入れる。

 本当であれば贅沢など言わずどこへでも入ればいいのだが、丁度よく望む通りの店が現れたのだ。

 当然ここは有り難く活用させてもらうべきだろう。



 店の中へと入ると、そこは外から見た通り、流行ってはいるが落ち着いた雰囲気を漂わせていた。

 かと言ってあまり高級感が有る訳でもなく、調度品の類は一切ないシンプルさ。

 客層としては年配者が多いだろうか。全体的に静かな空気であり、酔って大声を上げる者は居ない。


 だが逆にその好ましい状況が、失敗しただろうかという思いをよぎらせる。

 あまり表沙汰に出来ない話を聞き出すためには、ある程度泥酔している人間が好ましかったためだ。


 ともあれ既に店主の視線はこちらへと向けられており、今更出ていくのも憚られる。

 もしここがダメそうならば、早めに切り上げて次の店へと行けばいい。

 そう考えた僕は、店の奥へと進んでカウンターへと腰かけ、店主へと前もって用意しておいた言葉を告げた。



「えっと……、とりあえず一番安いヤツを」

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