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術 01


 ワディンガム共和国の南部。大陸南端の国家であるシャノン聖堂国との国境にほど近い場所に、その街は在った。

 都市"リヴォルタ"。これがこの土地の名前だ。



<王国との国境まで、最短距離で約二六km。推定人口は十万人強といったところでしょうか>


『随分と人口が多いな。というか国境に近すぎだろう』


<まったくです。共和国と王国の間では、あまり戦闘行為が頻発しているとは言えません。とはいえこんな国境近くに都市を築くとは>



 やはり共和国にとっても、王国は謎の多い存在なのだろうか。

 相手の兵力がどの程度であるかも知れぬ状態では、無闇に攻め込むのも得策ではない。

 藪を突いて蛇が出る可能性もあるだけに、慎重となるようだ。



<ただ地形的には防衛に向いているようなので、あまり自ら仕掛ける必要性もないのでしょう>


『そのようだ。それにもし仮に王国に本気で喧嘩を売るなら、かなりの戦力を必要とするかもしれないし』



 この一帯は切り立った岩山が連なっており、リヴォルタはその上に築かれた都市だ。

 言わば同盟に置ける、共和国の侵攻を食い止めているデナムのような場所。

 であるために、攻撃はともかくとして防御においては最適。

 共和国としてはここで胡坐をかいていれば、自ずと勝者になれるという立地であった。


 もっともただ単純に、現状下手に突いて王国を刺激するのは避けているだけかもしれないが。




 マーカスを先頭とした僕等一行は、絶壁に沿うようにして整備された街道を進み、リヴォルタの正門をくぐる。

 ただここは数日前に立ち寄った町のように、入口でこれといった検問は行われていない。

 あれはどうやら共和国軍統一の決まりごととして行っているものではなく、ただ地域毎に独自に行っているものであるようだった。


 そう言えば僕等が始めた立ち寄った町や、潜入隊の面々と顔を合わせたコルナローツァ。その他道中の町でも、やはり検問は行われていなかった。



「ま、こちらとしては無いに越したことはなかろう」


「それもそうだ。僕もまた医者のフリをするのは御免だからね」



 問題など無かろうと言わんばかりな、ヴィオレッタの軽い口調。

 僕自身もまた、大ウソである医者云々という役を続けるのは御免こうむりたい。

 エイダに頼ればそれなりの処置を行えるとは思うが、いずれボロが出るのは明らかだからだ。



 彼女に同意しつつ、リヴォルタ市街への門をくぐる。

 目に飛び込んできた市街地の光景は、僕がここまで見て来た共和国の光景とは若干異なるモノだった。

 無骨な石材を加工して建てられた民家に、岩盤をくり貫いて造られたであろう何がしかの施設。

 その多くにある窓は小さく、申し訳程度の木窓が備え付けられているだけだ。



「木材が採れず貴重な地域ですから。どうしても窓や扉を小さく作るようです」


「どおりで。燃料とかはどうしているんだ?」


「照明は他都市から運ばれてくる獣脂ですね。料理などは、家庭ではあまりしないようです」



 そう言ってマーカスはちょいちょいと指さし、リヴォルタの大通りへと視線を向ける。

 視線の先に延びる通りには、多くの商店や屋台が立ち並び、モウモウと湯気を立ち上らせていた。

 奥の方に見えるマーケットにも、無数の屋台。おそらくこの地域では、食事と言えば外食を指すのだろう。



「高度こそ高いですが、南方であるため基本的に温かいせい、暖房は要らないのでしょう」


「そいつは良い。私には好ましい街だ」



 妙に好意的な反応を示すのはヴィオレッタだ。

 あまり寒さに強い方ではなく、料理もそこまで得意ではない彼女のことだ。

 温暖で外食が基本となるこのリヴォルタは、そういった面で絶好の環境と言えるのだろう。



「その代わり他所以上に作物が採れないので、食事に関してはかなり我慢しなければなりませんが」


「前言撤回だ。早く要件を済まして帰るぞ、このような場所にいつまでも居られるか」



 マーカスが補足するように告げた言葉に対し、即座に反応するヴィオレッタ。

 本当に現金なものだ。




 ともあれ僕等は一息つくのと、落ち着いて今後についての話すための拠点確保に動くことにした。

 マーカスらの隊は、各地で活動の拠点を構築している。

 だが全ての場所に常設の拠点が用意されている訳ではなく、ここリヴォルタにはそういった場所が存在しない。

 その理由としては、主に予算上の都合であるとのことだ。


 出来れば空いている一軒家が借りれれば一番都合が良い。

 かなりの規模を誇る都市であるため、行商人などを相手とした宿の存在には事欠かない。

 しかし僕等はこの都市で破壊工作などを行うのだ。そういった打ち合わせをするのに、不特定多数が出入りする宿を使うのは好ましくはなかった。



「それにしても、本当に人が多いな」


「ここは南方防衛の要所であると同時に、学術の都でもあります。街そのものも首都に次ぐ規模ですからね」


「学術……?」


「リヴォルタには軍や政府直轄の、多くの研究機関が軒を連ねています。なのでここは、共和国の頭脳が集まる街とも言えますね」



 マーカスはそれとなく周囲を見回し、所々に散らばる大きな建物へと視線を向ける。

 おそらくはそこが、彼の言う所の研究機関が入る施設。


 なるほど、それがここを攻撃対象として選んだ要因の一つとなるようだ。

 共和国の頭脳や技術が多く生まれるこの都市が打撃を食らえば、経済や軍事以外の面でも被害を与えられる。

 研究する内容も共和国の性質上、軍事的な側面が強いであろうし。



「ともあれ、ボクらにはあまり関係のない話ですけれどね。……っと、ここなんてどうでしょうか?」



 若干周囲に誤魔化すような言葉を吐きつつ、マーカスは立ち止まる。

 そこは表通りから一本道を入った所であり、僕等が普段馴染んでいる、何処の都市にでもある裏通り。

 立ち止まった場所は一軒の民家の前で、扉には一枚の羊皮紙が乱雑に釘で打ち付けてあった。


 書いてある文言は、いわゆる借主募集といった内容だ。



「いいんじゃないか? 立地が良いから少し高そうだけれど」


「そこに関しては問題ありませんよ。持ってきて頂いたアレが、相応の額になりましたので」



 そう言ってマーカスは振り返り、懐をポンと叩く。

 アレというのは、おそらく僕等が故郷を越えて運んできた香草のことだ。

 何時の間にやら現金化されていたそれが、どれだけの金額になったかはわからない。

 ただ彼の口振りからすると、随分機嫌がよくなるだけの金額に化けたのだろう。



「持ち主は隣に住んでいるんだな。早速行こうか」


「ええ、金を積んで借りれれば良いのですが」



 ともあれ交渉をせぬ事には始まらない。

 僕等は家の貸主が阿漕な商売をする人間でないよう祈りながら、隣家の扉を叩いた。






 結局借り受けた家は、家主が持て余していた家を有効活用しようと考えたに過ぎなかったようだ。

 受け取る額も少し贅沢できる程度で良いとのことで、思いのほか安上がりで済んだのはこちらとしては助かる。


 僕等はこの都市でこれから騒動を起こそうというのだ。

 せめてここは見つからぬようにし、家主の老人に迷惑がかからないようにせねば。




「判明している限りですが、軍事関連の研究施設が集中しているのは、これら三つの区画ですね」


「こっちの外れた場所に在るのは?」


「そちらは戦記資料庫です。貴重と言えば貴重な場所ですが、奇襲を行う重要度としてはそこまででも」



 夜間。僕等は外の出店で買ってきた食事を口に運びながら、テーブルの上に広げた地図を相手に格闘していた。

 行っているのは、このリヴォルタでどこを攻撃するかの検討だ。


 対象の選択次第で、共和国が被害をどう評価するのが決まってくる以上、ここは入念に練っておかねばならない。

 勿論、ある程度の指針はあるのだが。



「やはり武器の製造技術を扱う場所の方が良いのではないか? 戦力に直結する内容の方が、打撃は大きかろう」



 ヴィオレッタが身を乗り出し、地図を覗き込みながら告げた。


 標的とするのは、第一に軍事施設。

 リヴォルタに駐留する共和国軍の兵舎や武器庫などを攻撃し、直接の戦力を削ぐ。


 第二に、この都市に幾つも存在する研究施設。

 それも比較的、軍事的な要素が強い研究を行っている箇所を狙う予定だ。

 ただこちらはどうしても、直接軍に属していない民間人の研究者を巻き込んでしまうことになる。

 今更ではあるが、こちらとしてもある程度の被害は覚悟しなければならないだろう。



「となると警備は厳重になるだろうな。数か所を攻撃する以上、あまり一つの場所に時間を掛けられない。となると強行突破するしかなくなる」


「だがある程度の危険は受け入れるしかあるまい」


「そうなんだけどね……」



 基本的にはどういった行動を取るかは決まっている。

 軍の施設に対し限定的な被害が及ぶよう火を放ったり、施設が使い物にならなくなるよう破壊をする。

 状況次第だが、司令官の暗殺といった行為も必要となるかもしれない。


 研究施設に関しては、まず資料などを破棄するといったところが現実的だろうか。

 そしてこちらもだが、危険な技術を持つ者を排除する必要が出てくる可能性もある。



 ただ正直、まだ行動を起こすには踏ん切りがつきそうにはなかった。

 奇襲を仕掛けたのが、王国陣営の人間であると思わせるための偽装も必要となる。

 なのでその準備もしなければならないというのもあるのだが……。



「情報が足りないな」



 僕は幾つかの候補となる場所が記された地図を眺めながら、それとなく呟いた。


 確実性を期すためにも、もっと詳細な情報が欲しいというのは否定できない。

 例えば兵士の配置状況であったり、施設内の見取り図であったりだ。

 突然起きた状況変化により半ば強行軍でここまで来たが、本当ならばもっとじっくりと必要な情報を収集しなければならないのだろう。



「マーカス、こっちには他に同じ隊の人間は居ないのか?」


「生憎ですが。僕等も人手不足でして……」



 まぁそこら辺に関してはあまり期待もしてはいなかった。

 そもそももっと人手が多く色々とネタを仕入れているのであれば、今の時点で全て教えてくれているはず。

 それがないというのは、現時点で得られている情報はここまでであるということだ。



「いつ共和国軍が行動を開始するかわからない以上、今から時間を掛けて調べるのは難しそうだな。それに首都へ向かった隊が攻撃を仕掛ける日取りもある。となると……」


「となると何だ?」



 僕は俯いた状態で誰にというよりも、独り言に近い言葉を漏らす。

 ヴィオレッタはそれに対し、顔を覗き込んでオウム返しに問うた。


 現状取れる手段となれば決して多くはない。

 これはこれでなかなかに難しいだろうが、僕は一番現実的と思われる手段を告げた。



「協力者を見つけるしかない」




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