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忘焦 03


 色々と話をしてくれた兵士と別れ、僕とヴィオレッタは町の中心部へと向かう。

 すぐ横を歩く彼女を見やると、意外そうな顔を向けつつ、小声で話しかけてきた。



「よもやアルに医学の心得があるとは思ってもみなかったぞ。医者云々はともかくとして、よくぞ言い当てたものだ」


「誰かに師事したとかじゃないけどね。傭兵団の訓練キャンプに参加する前に、本を色々と読み漁ってたから」



 感心した様子で言葉を向けてくるヴィオレッタに、僕は肩を竦めて返す。

 兵士に下した診断は、基本的にエイダの伝えてきた通りの内容を口にしていただけで、僕自身の知識が元になったわけではない。


 ただ以前に色々と読み漁っていたというのは決して嘘ではなく、かつては暇にあかせて航宙船のデータに残る書籍へと目を通していたものだ。

 もっとも読んでいたのは、子供向けの簡単な代物でしかなく、書かれていたのは緊急時の対応法程度の物だったのだが。

 それでも傭兵たちが行う応急処置よりは、多少マシな知識であると言える。



「どうして今まで言わなかったのだ?」


「僕が知っている知識なんて、ほんの障り程度のものだよ。傭兵団には優秀な本職が居るからね、下手に手を出してもどうかと思った」


「それは否定せぬがな。だが今後は多少当てにさせてもらうとしよう」



 そう言ってヴィオレッタはニヤリと笑む。

 傭兵稼業というのは職業柄傷を負う者が多いため、イェルド傭兵団は同盟内でも比較的腕の立つ医者を何人か雇い入れている。

 なのでこれまでは、仮にそういった場面に出くわしたとしても、彼らに任せてしまえばよかったのだ。


 ただどちらにせよ、僕が実際に何がしかの医療行為を行うとしても、エイダに確認しながら手を動かすのが精々なのだが。



<墓穴を掘ったようで>


『仕方ないだろう。……暇を見て復習しておかないとな』



 ヴィオレッタにしては珍しく、頼る旨を伝えて来たのだ。

 過分に冗談や揶揄する意味が含まれていそうではあるが、そう言われた以上は受け入れるしかあるまい。




 そのような会話をしつつ町の中心部へと移動した僕等は、幾つか存在する宿の内一つで部屋を確保するなり、早速外へと出て買い出しを行う。


 先ほどの兵士は僕のことを吹聴せぬと約束してくれた。

 だがかなりの喜びようであったため、うっかり知人らに口を滑らさぬとも限らず、可能な限り早く用を済ましてここを出る必要があった。



「乾燥肉と……、根菜がいくつか。とりあえずはこんなところかな」


「主食になりそうな物が芋と豆だけではないか。この国は穀物の類が随分と少ない」


「傾斜地が多いせいで、大きな畑を作れる土地が少ないからね。麦を育てるのが難しいんだろう」


「わかってはいるがな。早く目的を達して我が家へと帰りたいものだ……」



 ヴィオレッタは仕方ないとばかりに嘆息する。

 現実としてこの国には食材の多様性が少なく、どうしたところで同じ物を食べざるをえない。

 共和国に潜入してから数日が経過しているが、既に食事に関しては辟易しているのは否定できなかった。



 買い求めた食材を背嚢へと詰め込み、そそくさと宿へと戻る道を歩く。

 僕等は食糧の調達を行ったのだが、レオとマーカスの二人には、道中必要となる消耗品の類を仕入れてもらっている。

 主に夜間に使う着火器具などや、洋燈を使うための獣脂といった消耗品の数々をだ。


 気候の穏やかな時期とはいえ、やはり山越えを続けなければならない共和国の地形。

 標高によってはかなり冷えるため、暖を取る必要に迫られる機会は多い。


 それに現状はそこまででもないが、急を要する事態にもなりかねないため、夜間でも移動を行わねばならない場面もあるかもしれない。

 そのためにも灯りとなる物は常備しておかねば。



 そして急ぐということに関して、先ほど兵士とした会話から、ヴィオレッタは必要性を感じ取ったのかもしれない。

 これまで以上に一段と声を潜め、横を歩きながらさり気なく話しかける。



「ところで、さっきの兵がしていた話し。アルはどう思う?」


「攻勢をかける準備段階である可能性は高そうだ。もしどこかで戦闘が収束しているのであれば、そこで動いていた戦力が同盟に向かいかねない」



 結局先ほどの兵士からは、あれ以上に有益な情報は得られなかった。

 だが彼の話を聞いたヴィオレッタもまた、こちらにとって都合の悪い状況となる兆候であると判断したようだ。

 声からは若干の緊張感が漂い始めている。



「どうする、二人と相談してすぐに町を出るか?」


「いや、とりあえずは予定通りにここで一晩泊まろう。怪しまれても困るし、おそらくはまだ時間に余裕がある」



 先ほどの兵士が話していた限りでは、西部へ向け出発するのは三日後。

 ただ道中で幾つかの場所に立ち寄る必要もあるそうで、特別急いで向かうものでもないと。

 集合直後に侵攻を開始するとは思えないため、多少の余裕が存在するはずではあった。



「ただどちらにせよ、二人と合流して伝えておいた方がいいだろうね」


「了解だ。では二人と顔を会わせる店に行かねばな」



 頷き周囲を見渡すヴィオレッタ。

 町中では基本的に他人通しとして振る舞うのだが、諸々情報を伝える必要がある場合に備え、合流する場所の指定をしていた。


 それに基本的にこの土地で行動の指針を示すのは、共和国内での案内役であり情勢にも明るいマーカスだ。

 僕は隊長という立場ではあるが、こちらに詳しくない状況では彼が頼り。

 こうやって耳にした情報が有れば、知らせておくのが無難だろう。



「で、どこの店なのだ?」



 町の中で合流するための目印は、事前に確認している。


 共和国内の都市や町には、最低一か所合流地点が指定されており、それはマーカスら潜入する隊の人間が、状況に応じ情報のやり取りを行えるようにするためのものだった。

 彼らはそのための目印となる物、全てを記憶しているとのことだ。


 宿を取った後で、夕食時にそこで合流する予定であったのだが……。



「確か看板の隅に三角の印が彫られた……」


「見えぬではないか」



 大通りに立ち並ぶ店々。

 町の規模にしては飲食店の数も多いように思え、どこもそれなりに繁盛していそうだ。

 ただどの店も同様に、入口に掛けた看板には装飾が施されている。

 おそらくは町で行われる祭りのせいなのだろうが、そのせいで合流の目印がわからなくなってしまっていた。



「……とりあえず、宿に荷物を置いてこようか」


「ああ。まったく面倒なものだ」



 これではどの店に入ればいいのかわからないため、合流するのにも一苦労だ。

 だが諦めてふて寝する訳にもいかず、僕とヴィオレッタは視線を合わせ、一つため息を衝いた。







 酒場へと入った僕等は、相席し向かい合って座る男と談笑を交わす。

 とは言うものの、その目の前で酒を煽りながら笑って話している男というのはマーカスだ。


 宿に荷物を置いた僕等がどう合流したものかと思案しながら外を歩いていると、偶然二人と遭遇。

 それとなく目配せし、彼らが入っていった酒場へと少し時間を置いて入ったのだ。

 合流できず仕舞いかとも思っていたのだが、上手く出くわしたのは幸運だった。



「それにしても、まさか同郷の方にこのような遠方でお会いできるとは、思ってもみませんでした」


「そうですね。このような出会いを与えて頂けるとは、神に感謝しなくてはなりません」


「いやはやまったく。旅というのは、思いがけぬことが起こるものです」



 変わらず壮年の行商人風な格好をした彼は、酔ったふりをしてこちらへと話しかけ、偶然出会い意気投合した演技を続ける。

 この辺りは前もってしていた予定通りであり、ただの他人同士が自然と話が出来る状況を作り出していた。


 実に白々しい内容ではあるが、そこは仕方あるまい。

 もうしばらくこのような会話を続け、もう少し酒場内が込み合って喧しくなった頃に、本題へと入る段取りとなっている。



「それにしても、まさか町の入口に検問があるとは思ってもみませんでした」



 そんな中に在っても、多少なりと問題なく話せる内容はある。

 僕はそれとなくマーカスへ、この町へ入る時に行われていた検問についての話を振った。



「まったくです、我々も突然の事態に酷く驚きました。いや、勿論やましいことは無いので、何も問題なく通れましたが」



 やはり彼もまた、ああいったことが行われているのを知らなかったようだ。

 マーカスはそう言いつつ、目を細め小さく肩を竦める。たぶんではあるが、きっと謝罪の意思表示なのだろう。


 そんなこともあるだろう。情報を扱う彼とて、全ての状況を把握するのは困難だ。

 高速での移動と伝達手段が存在しないこの惑星にあっては、広大な土地で生きた情報を手に入れるのが難しいことくらいわかる。

 あまり責めては可哀想というものだ。




 そうこうしていると、次第に酒場の中には客が入っていき、酩酊感から大きな声を出す者が増え始めた。

 周囲には愉快そうな喧騒とジョッキを打ち鳴らす硬い音が響き、多少の声であれば近くの席にも聞こえることはないであろうと言える状態に。

 今であれば、会話の内容を隠すことも容易だろう。



「さて、それで今後の予定なのですが……」



 マーカスは顔を寄せ、極力他の人間に聞かれぬよう以降の行程について話し始める。

 他所のテーブルでも似たような光景が見られるので、一見して喧騒の中で声が通じるよう顔を近づけているだけに見えるだろう。

 というよりも、周囲の人間はそのようなこと気にも留めないだろうが。


 ただ明日の話も大切だが、まず耳に入れておいてもらいたいことがあった。



「その前に、ちょっとだけいいか」


「はい、何かありましたか?」



 彼はメイクを施した変装の下で、僅かに緊張感を湛えたかのように頬をピクリとさせる。

 こちらがあえて話しを遮ったことから、何がしかの重要な要件があると理解したようだ。



「ここに入る時、検問で兵士から聞き出した話がある」


「……わかりました。話してください」


「実は、これは共和国軍内で回っている指示らしいんだが――」



 僕は更に顔を寄せ、マーカスに兵士から聞き出した情報を伝える。

 近々西方へ移動するよう指示を受けているということ。現状は急ぎではないものの、やはり方々から集められているであろうこと。

 そしてどこかの戦場が落ち着き始めているのではないかという話しを。



「……もしやとは思いますが、それはスタウラスかもしれません」


「何かあるのか?」


「前々からおかしな様子はありました。スタウラスと対峙する共和国軍の前線指揮官が若い人間に交代したり、送られる物資の出荷元が変わったりです。戦闘が治まり始める兆候と考えれば、不思議ではないかもしれません」



 情報を伝えるなり、マーカスは少しばかり顔を顰めた後、確信めいた様子で告げる。


 やはり彼の国での戦闘収束は、前々から計画されていた同盟攻撃への準備段階である可能性が高くなってきた。

 そしてマーカスら情報を集める隊もまた、その前兆を察知していたのだ。

 具体的な所までは予想出来ていなかったようだが。



「だがそんな簡単に、スタウラスも矛を収めるだろうか? もし仮に同盟が倒れれば、今度は自分たちが被害を被るだろうに」


「共和国軍もですが、やはりスタウラスの軍も一枚岩ではありません。元々が共和国に征服されていた国ですし、親共和国派と呼べる勢力もまた一定数居るのは事実。長引く戦争のせいで、国の体力が落ちているのも一因としてあるはずです」



 全面的なメリットがあるとは言い難いが、それなりに共和国と一時的に組むに至る要因もあるということか。

 であれば尚のこと、同盟にとって状況は悪化の一途を辿る。



「なら急いだ方が良いだろうな」


「ええ。明日出立したら、予定を早め急いで向かいましょう」



 演技のために張り付いた笑顔を浮かべつつも、しっかりと頷く。

 攻撃を仕掛けるタイミングについては、何日後を目処にといったことを決めてはいる。

 だが状況が変わってしまう可能性に備え、早めに到着し準備を始めるに越したことはない。


 互いに状況は確認した、あとは行動を起こせばいい。

 僕等は再び談笑を交わすフリをしながら、行動の確認をしつつ翌日以降の強行軍に備えて英気を養った。




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