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忘焦 02


「行ってよし。では次の者、前に出ろ」



 若干横柄そうな空気を感じる声と共に、町の入り口を守る兵士は告げる。

 それまでその兵士から質問を受けていた通行人は前へと進み、町の中へと進んでいく。

 代わりに兵士の前へと踏み出るのは僕等だ。


 検問の前に伸びていた列に並ぶ最中に聞こえてきた様子からするに、これから少々色々なことを問い詰められるようであった。



「……夫婦か? 随分と若いようだが」



 踏み出た僕等へと、兵士は顔を会わすなりジロリと一瞥。

 胡散臭そうな眼つきでジロジロとこちらを眺め、僕とヴィオレッタが夫婦であるのかと問う。


 兵士の男はその態度からして、比較的上の階級出身。おそらくは上等級市民の出だろう。

 側に控える歳が近そうな他の兵士よりもずっと上等な鎧を纏い、指や顎で指図している。

 取り囲む兵士たちは、全員もっと下の階級の人間のようだ。



 ともあれこの兵士は、男女二人で旅をしているこちらの様子から、夫婦であると察したのだろう。

 その言葉に僕は笑顔を崩さぬままではるが、横に並ぶヴィオレッタからは若干の妙な空気が漂い始める。

 不服だろうが、今は勘弁してもらいたい。



「いえいえ、そのような関係では。所用で共に旅をしておりまして」


「所用だと? ここへ立ち寄った目的を述べろ」



 ふんと鼻を鳴らし、偉そうな口ぶりで命令する兵士。

 不躾な視線でこちらを見るだけならばともかく、随分と上から見下ろした物言いをするものだ。


 ただこのタイプは同盟にだって掃いて捨てるほど居た。

 具体的には、あちらに居る多くの騎士たちがする素振りと同じだ。

 階級の上下がハッキリとした共和国という国の性質上、国民も上から見下ろす癖が浸み付いている。

 兵士という立場になり、それがより顕著に表れているのかもしれない。




「私共は南方へと向かう途中でして。こちらへは道中必要な食糧の確保と、一夜の宿を求めて参りました」


「……まぁいいだろう。何をしに南方へ行くのだ」



 普段であれば決して使わない(わたくし)などという一人称を用い、極力穏やかな調子を作った。

 こういった横柄な輩に対しては、ひたすら下手に出てその場をやり過ごせるよう、穏便に事を運ぶに限る。

 ストレスが溜まるのは確かだが、それは後で誰かにでも愚痴れば済む話だ。



「知人から招待を受けまして。何やら頼みごとをしたいとかで」


「ふむ。ところでお前は、何を生業としておるのだ?」



 兵士は態度の割には、意外としっかり職務を全うしようとしている。

 適当なそれらしい理由をでっち上げるも、兵士はただそれだけで済ますつもりはないようだ。

 こちらの正体を把握するべく、どういった人間であるのかを探ってくる。


 ただこの程度であれば、十分に想定内。

 前もって用意しておいた、偽の身分を名乗ってしまえばいい。



「はい、私は医術を生業としております。こちらの女性は私の助手です」



 僕がそう言い放つなり、隣に立つヴィオレッタが小さく反応するのに気付く。

 ただ一瞬だけビクリとしただけで、表情そのものは変化がない。

 非常に驚いたようではあるが、なんとかそれを表に出すのには耐え切ってくれたようだ。



「ほう、医者か。この辺りでは珍しいではないか」


「そのようで。南方でも数が足りないと聞き及んでおりますので、おそらくは医師が必要で呼ばれたのでしょう」



 医者という存在は、同盟であろうと共和国であろうと数少ない。

 主な理由としては、医療水準があまり高くないのに加え、未だに"呪い(まじない)"にも似た医療もどきが公然とまかり通っているためだ。

 なので特に地方ではそういった呪いを信じぬ一部の間で、医者は引っ張りだことなる。


 身分の偽装に関しても問題はない。

 国家がそういった技能者を育成してはおらず、基本的には徒弟制度で学んでいくため、免許などといったものが存在しないためだ。

 それに例え自称であっても、余程腕が悪くない限り名乗ってしまえば、周囲からは医者と認識されてしまう。


 しかしそんな医者だからこそ、ある種の懸念は抱かれてしまうようだ。



「医者は貴重だ。だがそれを良いことに、暴利を貪っておるのではなかろうな?」


「まさかそのような。ご覧の通り、私どもの見てくれも至って普通の庶民と同じ。決して阿漕な真似はしておりません」


「……確かに。何の変哲もない、ただの安装束か」



 僕は自身の身に纏う服を指さし、兵士の男が向ける疑いの眼差しを否定する。

 今現在着ている服装は、マーカスらの隊に属する面々が用意してくれた、共和国ではごく一般的な家畜の毛を織った衣類。

 どこでも見かける代物に過ぎず、特別値が張るといった物ではなかった。


 もっとも、五等級市民などの貧しく立場の弱い人たちが着ている衣服に比べれば、遥かに上等であるのは否定しないが。



「ふむ……、問題はなさそうだな。よし、サッサと入れ」


「ありがとうございます。ああそうだ、医者が滞在していることは、なにとぞご内密にお願いします。知れ渡ると移動もままならなくなりますので」


「良いだろう。騒動になって困るのはこちらも同じだ」



 頷き納得を示した兵士に礼を告げ、僕はヴィオレッタの背を軽く押し、町の中へと向かうべく歩き始める。

 近付く時点では緊張していたが、思いのほかアッサリと切り抜けられた。


 しかし無事通り抜けたと安堵の息を漏らしかけたその時、背後から先ほどの兵士が短い声を発した。



「待て」



 僕等の背に投げかけられた言葉に反応し、立ち止まってゆっくりと振り返る。

 もしや不審に思い直し、詳しく取り調べようと考えたのだろうか。

 そのような想像が頭をよぎるも、兵士の男はこちらへと一歩二歩近づき、ニカリと笑んで告げた。



「どれ、簡単にで構わんからついでに診て貰えぬか。近頃背が痛くてな」


「わ、わかりました」



 緊張した。

 一瞬疑われてしまったかと思ったのだが、どうやら単純に兵士はこの機会を逃さず、身体を診てもらいたいと考えたにすぎないようだ。


 兵士は僕を門の隅へと誘導すると、おもむろに鎧を脱ぎ薄い肌着一枚となる。

 当人曰く痛いと言う背をこちらに向け、診察するよう頼んできた。


 横を見れば、どうするんだと言わんばかりなヴィオレッタの視線。

 彼女からしてみれば、ついた嘘が元でこのような面倒な状況になってしまったという想いが強いのだろう。

 ただ一応こちらにも手はあるので、このまま落ち着いて待っててもらいたい。



『エイダ、頼めるか』


<お安いご用です。対象の上体をチェックすれば良いのですね?>


『そうだ。出来るだけ早くしてくれると助かる』



 そうエイダに指示すると、首から下げているペンダントが、チカチカと服の中で小さく瞬く。

 航宙船に本体が有るエイダと僕を繋ぐ中継器でもあり、各種のセンサーを内蔵した端末でもあるそれは、対象の組成や詳しい体調を探るのにも役立つ。


 起動したそれは、センサーが作動して服越しに兵士の背を走査し、身体に異常がないかを探る。

 あとは航宙船本体に残る膨大なデータベースと照合して、原因を特定すればいいのだ。


 その間僕はそれとなく背に手を置き、触診らしきモノをする振りを続けた。

 ただジッと見ているばかりでは流石に怪しいし、こちらとしても間が持たない。



「どうだ、医者先生。どっか悪い所でもあるだろうか」


「少々お待ちください。今調べていますので」



 早く結果をと急かす兵士の言葉を躱し、宥め時間を稼いだ。

 そうして少しだけ時間が経つと、エイダから兵士の状態に関しての報告が届く。



「そうですね……。三日くらい前に、何か重い物を運びましたか?」


「わかるのか? ちょっと家の修繕をするのに無理しちまってな、デカい丸太を運んだのさ」


「それが原因ですね。大丈夫、ただ筋肉を傷めているだけですので。冷やして何日か安静にしていれば、すぐに良くなりますよ」



 エイダから受け取った報告は、ただ過度の負荷によって炎症を起こしているだけとのことだった。

 この程度であればそれこそ、無理せず日常生活を送ればすぐに完治することだろう。



「いや、想像以上に腕の良い医者じゃないか。おかげで助かった」


「私はただ診ただけですから、何もしていませんよ。生憎と今は薬もお出しできませんし」



 それでも行った行動に関して、時期を含めて言い当てたこちらの言葉に、兵士は随分と衝撃を受けたらしい。

 服を着直すなり、こちらの手を握ってしきりに感謝の言葉を述べ始めた。

 ここまでの横柄な態度が嘘のようであり、こちらが肩透かしを食らったかのようだ。



「出来れば数日ほど休まれるのが良いと思います。その間は他の方にでも代わって頂いては?」


「そうは言ってもな。近いうちに部下を引き連れて、西の方に行かねばならんのだ。休む暇など無い」



 と言って兵士はガハハと大きく笑う。


 僕は唐突に告げられたその言葉に、気取られぬよう意識を向けた。

 後ろに立つヴィオレッタからも、僅かに集中するのを感じる。

 まさかとは思うが、この兵士も対同盟に関連する行動に参加するよう指示されているのだろうか。



「おや、あちらで何かありましたか?」


「なんでも今までにない規模の部隊を新たに編制するらしくてな、各地から兵を呼び寄せているんだと」


「ですが今も方々では戦闘が行われているのでは。手薄にならないのですか?」


「詳しくは知らんのだが、その辺は大丈夫だと上が言ってたな。どこかの戦場が落ち着き始めてるのかもしれん」



 気を良くした兵士は、あまり吹聴して良い内容でもないであろうに、問えばどんどん答えを返す。

 おそらく彼の上官が言っていたというのは、スタウラスで両軍が引き始めた状況のことだろう。


 思いもかけず、貴重な情報を得られた。

 未だに推測の域は出ないが、やはりスタウラスでの異変は、同盟に戦力を集中するために仕組まれたことであったのだ。


 マーカスのような情報の収集を専門に行う人間ではないが、兵士が機嫌を良さそうにしている今が絶好の機会だ。

 僕は彼が他に知っていることはないかと考え、それとなく話しを振って情報を聞き出しにかかった。





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