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火と選択


 僕等は焼いた大猪の肉を夕食としながら、各々の自己紹介をしていった。

 まず最初に名乗った教官の男性は、エイブラムという中肉中背の三十代半ばくらいの人物だ。

 元々は彼も傭兵であったそうなのだが、負傷により一線を退いて以降、新人の訓練を担当する教官という役職に収まったらしい。



「私のような立場の者は多いんですよ。あくまでも負傷して生き残れたらの話ですが」


「と言うと?」


「戦線に復帰出来ぬほどの深手を負った者の多くは、そのまま戦場で散っていきますからね。私は運よく助け出されましたが」



 やはり傭兵という稼業は、危険や死と隣り合わせであるようだ。

 言いながら脚の付け根を擦るエイブラムさん。

 おそらくはその部分に大きな怪我を負ったに違いない。



「でも教官は今でも強いんだよね~。あたしなんて訓練で一度も教官に当てた事がないもの」


「お前の攻撃は予測が簡単だからな。もう少し駆け引きというものを覚えろ」


「でも面倒臭いじゃないですか。あたしはダーッて行ってズバッとやっちゃう方がいいかなって」



 なんとも明るい調子で話すのは、ケイリーと名乗った少女だ。

 たぶん僕とそう変わらない年頃の彼女は、ここまでの短い時間でも感情豊かな子であるとわかる。


 猪の解体や火を熾す時の面倒臭そうな表情。

 それに焼けていく肉を待ちわびるソワソワとした空気など、コロコロと変わる様子は見ていて飽きない。

 自己紹介の時も、速攻で自分も対しては呼び捨てで構わないと言い切っていた。



「キャンプでも教官とやり合えるのってレオくらいなんだよね。どうやってんのよ?」


「さあな」



 ぶっきらぼうな様子でケイリーに返した少年は、確かレオニードと呼ばれていたのだったか。

 僕はずっとエイブラムさんやケイリーと話をしているのだが、その間彼はずっと俯きがちでほとんど声を発しない。


 体調が悪いのか、あるいは他者との関わりを嫌っているのかと思いもしたが、どうやらそうではないようだ。

 反応を見るに、ただ単に人とのコミュニケーションを得意とするタイプではないのだろう。

 外の人と接した経験の少ない僕も、本来は似たようなものではあるが。


 今だってどんな質問をされるのか、内心で警戒しているのを必死に隠しているに過ぎない。



<心拍数が高い数値を保っています。休息の後、適切な検査を行うよう推奨します>


『僕は大丈夫だから、ちょっとの間黙っててくれ』



 緊張から度々上がる心拍に、エイダが警告を発す。

 彼女は僕の健康面に対する警告を度々行ってくるのだが、少々煩わしいと思わなくはない。

 この点に関しては警告を解除する手段を見つけるか、僕自身がこういった状況に慣れていくしかないか。




 僕が脳に響くエイダの言葉を無視しようと四苦八苦していると、エイブラムさんは唐突に、僕が予想だにしない一つの提案をしてきた。



「ところで、アルフレート君と言いましたか。これから先の予定がないとの事ですが、よろしければ我々のキャンプを一度見に来ませんか?」


「えっと、キャンプと言うと……」


「勿論、我等イェルド傭兵団の訓練キャンプです」



 その言葉に、僕はエイブラムさんの正気を疑う。

 一度見に来ないかという言葉は、そのままの意味に捉えていいものではないはず。

 おそらく彼は僕に対してこう言っているのだ、「傭兵になるつもりはないか?」と。


 もちろん文化が異なれば、そういった誘いをするハードルの高さも異なるはず。

 だがついさっき会ったばかりの人間に、傭兵への道を誘うなど、僕には信じられないものであった。



「そんな……、僕なんかじゃ到底無理ですよ」


「またまた謙遜を。ちゃんと私は見ましたよ、あなたが取った行動を。咄嗟の回避行動に、こちらへ向けて駆ける時に一瞬見せた瞬発力。どれもが一介の市民という枠を超えたものであった」



 ニヤリとするエイブラムさんの表情は、どこか肉食獣を連想させるものだった。

 彼は装置によって身体能力を強化した状態の僕を見て、傭兵として戦う適性を感じたに違いない。



『やっぱり目立つよな、あんなことをしちゃ』


<ですが非常時でしたので、致し方ないかと。使わなければ大怪我を負っていた可能性もありますし>



 町の人に恐れられた一件はあるものの、ここは何処に危険が潜んでいるともしれない惑星だ。

 エイダの言う通り、流石に危険が迫れば装置の力に頼らざるをえない。

 そのため僕は町を出て時点から、非常時に関しては隠すというのを半ばあきらめていた。


 もしそれによって恐れられでもしたら、姿を消せばいい。その程度に考えることにした。

 勿論それを成している秘密についてまでは言えたものではないが。

 ただそんな高い能力も、恐れられることなく必要とされる場が在ったようだ。



「無論強制はしません。危険が伴う稼業ですし、訓練とはいえ運が悪ければ死ぬこともありえる」


「でも僕は碌に人と殴り合いの喧嘩をしたことすらありませんし……」


「意外と皆そんなものですよ。食い詰めた荒くれ者ばかりが集まっている訳ではありませんし」



 咄嗟についてしまった嘘だったが、僕をジッと見るエイブラムさんの目は、本気であるようにしか見えない。

 どうやら完全に目を付けられてしまったようで、ちょっとやそっとでは引く気はなさそうだ。



「実際のところ、こちらとしてもアルフレート君は丁度いい人材なのですよ。高い身体能力に加えて目的とする行為がなく、おまけに身寄りもない。誘うに躊躇いを無くす要因ばかりです」


「正直……、ですね」


「もし入って頂ければ、すぐにでもわかる事ですから。隠さず打ち明けた方が、まだ信頼して頂けるかと」



 ニッコリと、エイブラムさんは笑みを湛えて僕を見る。

 確かに本音を隠して勧誘されるよりは、よほど好感を持てるとは思う。

 だがここまで開けっぴろげに白状するというのも、如何なものだろうか。



「私たちは明日の朝には、訓練キャンプへ向けて帰投します。それまでに返事を頂ければ助かるのですが」


「わかりました……。今夜のうちに考えてみます」



 そう返すと、エイブラムさんとケイリーの二人は満足そうに頷く。

 もう一人、レオニードと呼ばれた少年を見ると、変わらず俯いたままで起きているのか寝ているのか。

 これといって肯定的な反応も返さぬ彼がどう思っているか、それを仕草から察することは叶わなかった。







 パチリ、パチリと。

 夜通し焚き続ける火から、時折薪の爆ぜる音が聞こえる。

 僕はその少しだけ離れた場所で横になっているのだが、地面の土には小石が混じっているせいで、どうにも難しく眠れずにいた。

 エイブラムさんとケイリーもまた同様に横になっているのだが、二人は既に寝入っているようだ。

 こんな場所でよく眠れるものだと思いはするが、傭兵ともなるとこういった状況でも眠る術を心得てくるのかもしれない。


 今は僕を除けば、レオニードが起きて火の番をしている。

 交代で起きて見張りをするとのことだったが、僕だけはそこから除外されていた。

 僕が傭兵団のキャンプに参加するか否か、翌朝どちらを選ぶにしても、今の時点ではお客さんに過ぎないということであるようだ。


 僕が寝転がっている位置からは、一人起きているレオニードの表情は窺い知れない。

 彼が僕に対してどういった感想を抱いているのか。

 それを問いたいという想いはある。しかし僕には彼がどこか、話しかけられるのを拒絶するような雰囲気を纏っているように思えてならなかった。



『エイダ、ちょっといいか?』


<はい、何でしょうかアルフレート>



 プログラムされた反応とはいえ、名前と共に返事をされると若干ホッとする。

 そこで僕は、碌な答えなど返ってこないとわかりながらも、悩みの種へと助言を求めた。



『僕は傭兵団に参加するべきだと思うか?』


<答えかねます。現状惑星内の情勢、その他取り巻く環境を鑑みても、こちらにはそれを判断する材料が存在しません>


『傭兵団なんて危険そうなものに飛び込んだりしたら、父さんと母さんは何て言うだろうな』


<答えかねます。当該人物の人格に関するデータが、圧倒的に不足しているため推測は不可能です>



 相変わらず可愛げのないAIだ。

 どこか幼い頃に近所に居た、同い年の女の子を思い出す。

 勿論彼女はこんなに大人びた喋りをしてはいなかったが、淡々とした口調がどこか似ている気がしてならない。

 そういえばエイダというこの名前は、かつて僕がその彼女から拝借して付けたのだったか。



『それじゃ質問を変える。この惑星ではどの程度戦場が存在する? 傭兵の活動領域なんかの情報があれば教えてくれ』


<了解しました。――当該惑星は大きく二つの大陸に分かれており、現在地であるこの大陸では、散発的に各地で戦闘が行われていると推測されます>



 土の上で横になった状態で、エイダの説明へと意識を傾ける。

 というよりも、説明に集中していないと時々背に当たる砂利のせいで痛くてしょうがない。

 ただここまでの情報は、船に住んでいた時には既に把握していたものだ。

 どんな状況に巻き込まれるとも限らないため、一応はわかる範囲での情報だけは収集している。



<衛星画像を解析した結果、複数の国家間による戦闘であると推測します。傭兵に関しては、正確な情報が得られていません>


『戦力に関する情報とかは?』


<金属の近接武器を用いた徒歩兵力が主力となっている模様です。それ以上のデータは存在しません>



 それもそうか。

 打ち上げた衛星だけでは、得られる情報にも限りがあるだろう。

 本来ならば映像から様々な事象を推測するのも可能なのだろうが、基本的にこのAIは軍事用途で作られた物ではないはず。

 そこまで求めるのは酷かもしれない。


 今の時点で大した情報は得られない。

 この少ない情報をもとに、朝までに答えを出さなくては。

 おそらく彼らに付いていけば、衣食住に関しては心配する必要がなくなる。

 だがその代わり、傭兵としての訓練を受けねばならず、その後は確実に戦争へ駆り出される。

 つまり人を相手に殺し合いをしなくてはならない。



『では殺人を行った場合は、どういった罪に問われる?』


<地球圏国家群の法を適用すれば、状況次第ですが禁固数年から、最大で極刑までが適用されます。現在居る惑星の法律に関しては、データ不足のため答えかねます>



 当然そうなるか。

 殺人なんてのは、どこの社会においても最大に近いタブーであり、重い刑罰を科されるものだ。

 一応僕が属しているはずの地球圏の勢力に関してもそれは同様だった。

 傭兵となってしまえば、その法を犯していつかは誰かを殺害する時が来る。



『なら地球の法に照らし合わせて、僕がここでそういった罪を犯した場合にはどうなるだろうか』


<遭難当時の法体制では、政府間で接触を計っていない他星文明内で民間人が行う行為について、明文化された法律は存在しません。これは当時の時点で地球圏国家群が、異星文明との接触を民間レベルで行う許可を出していないことに起因します>


『つまり僕個人に関しては、地球の法が適用されない可能性が高いと?』


<そう推測されます>



 なるほど、つまり僕がここでどう行動しようと、基本的には縛る法律が存在しないということになる。

 あくまでもそれは地球においてであって、この惑星内での法には従わなければならないが。


 人に見せられるか置いておくとして、身体能力の強化や僕の持つ二つの武器を持ってすれば、少々のことでは負けることはないはず。

 戦いにおいて非常に優位に立てるのは間違いないだろう。

 案外真っ当に暮らすよりも、ずっと良い生活を送れる可能性すらある。

 だがやはり、この手で人を殺める忌避感というものがあるのだろうか、アッサリと選択することが出来ずにいた。



 僕はエイダへの質問を終え、背中の痛みからゆっくりと瞼を開く。

 そこから首を振って焚火の方を見ると、レオニードとばっちり目が合ってしまう。

 しばし固まってしまっていると、そんな僕へと彼は小さく問うた。



「……悩んでいるのか?」



 目が合った僕へと不意に掛けられた言葉は、予想だにしていなかったもの。

 眠れないのかではなく、彼は悩んでいるのかと問うたのだ。

 つまり僕が眠れずにいる理由が、勧誘に対する返答にあるのだと理解している。

 人に興味など無さそうに見えただけに、それは意外に思えるものだった。



「ええ、どうしたものかと」



 身体を起こし、焚火の近くへと寄る。

 それほど外気は冷たくもなく、むしろ焚火が少々熱いとは思うものの、明りの側へ行くと若干気持ちが休まるような感覚が得られた。



「レオニードさんは……」


「レオでいい、他の皆はそう呼んでる。それと俺にも普通に話して構わない」



 レオニードは存外会話をする意思はあるようで、愛称で呼んで構わないと告げる。

 折角そう言ってくれているのだ、愛称を使って親しく話した方がいいのだろう。



「わかった。それで、レオはどうして傭兵に?」


「傭兵になったのは……。他に何もできないからだ」


「出来ない……、って言うと?」


「俺は頭が良い方じゃないが、人よりずっと力が強い。なら傭兵が一番だと思った」



 随分と簡潔な内容だ。全く他の考えが無かったわけでもないだろうに。

 しかしその単純な理由が、僕には強い説得力を纏うように感じられた。



 斜め向かいに座るレオの青い色をした瞳が、焚火の明りを受けて揺らめく。

 今は大猪を仕留めた時の、引きずり込まれるような印象は鳴りを潜め、どういう訳かその色も若干淡いモノにすら見える。



「金には困らないはずだ、戦場はどこにでもあるから」



 脈絡もなく告げる。これは彼なりの説得なのだろうか。

 傭兵という稼業のあれやこれや、レオは僕が聞くまでもなくたどたどしい説明をし始める。

 眠る前に僕が用を足しに林の中へ入っている間にでも、エイブラムさんから指示されたのかもしれない。


 淡々とした説明ながらも、どこか言葉の断片に熱心な様子を見せ始めるレオ。

 ここまでに彼から受けた印象は、人との接触を阻むようなヒンヤリとしたものだった。

 だが今の彼からはそういったものを感じられないため、本来の彼は僕が想像した以上にずっと感情豊かであるのかもしれない。



「それだけだ。そろそろ交代だ、俺は寝るからケイリーを起こしてくれ」


「あ、ああ……。わかったよ」



 話しは全て終わったとばかりに、レオはフイと背を向けて横になる。

 その姿からはなんとなく困惑したような、あるいは恥ずかしがっているような気配さえ感じられる。

 それが少しだけおかしく、僕は小さく笑んでケイリーを起こしに向かった。

レオがヒロインなんてことはない。

ちゃんと別に女の子が存在します。登場はしばらく先ですが。

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