忘焦 01
深夜の人目が少ない頃合いで出発するのは、この国の文化か何かなのだろうか。
そう思えてしまうのは、毎度同じような時間帯に出発しているためだ。
今回もまたもや深夜に、都市コロナローツァを出立。
僕等はもう一方の共和国首都方面へと向かう隊と別れ、一路南方の主要都市へ向けて移動を開始した。
延々と山道を歩き続け、現在は行程の三日目。時刻は昼を回った頃なのだが、目的とする南部の都市はまだ遥か先。
流石は広大な国土に山々が連なる共和国だけある。移動にはここから更に、十日以上の行程を必要とした。
「ですので、軍閥商人たちの影響力が非常に大きいのが共和国の特徴ですね」
「外部からの影響が強いと、碌な判断も下せないだろうに」
マーカスのしてくれる話しに、僕は頷き肯定する。
道中歩きながら彼が話してくれているのは、共和国内の情勢に関する内容。
主に政治体系であったり、軍事関連、あるいは経済や主要都市の特徴などといったものだ。
こういった内容は、知っておいて損することもない。勿論僕自身が、個人的に多少関心を持っているというのもあるが。
対してレオは最初からそういった話に興味を持たず話しには加わらない。
ヴィオレッタは初日こそ聞いていたものの、次の日にはもう勘弁とばかりに離脱。
現在は二人して後ろを歩きながら、知らぬ顔を決め込んでいた。
「やはり欲には限りがないということでしょうか。商人たちから賄賂を受け取っている者も多いようです」
「その辺りは何処の国でも似たようなものだろうね。同盟だって騎士が袖の下を貰っているなんて、珍しくはない」
特に僕等の立場上関係がありそうで、興味を引くのは共和国の軍に関する話だ。
どうやら共和国軍は、この国の商人たちによる集団と密接な繋がりがあるようで、マーカスは事細かにそういった話しをしてくれていた。
こういった情報を収集する立場になってしばらくすると、色々な内情に関する話が飛び込んでくるらしい。
「だとすれば、共和国の軍は商人に牛耳られてるってことか?」
「一概にそうとも言えないんですがね。やはりそういった賄賂を突っ撥ねる軍人も居るのですが、むしろボクらからすれば、そちらの方が厄介です」
マーカスの話によれば、賄賂を受け取ろうとしない軍人たちは、いわゆる主戦派と呼ばれる存在であるとのこと。
他国へと本格的な侵攻を行い、領土を獲得しようという連中であった。
なるほど確かに攻撃される側からすれば、確かにこちらの方が厄介だ。
「商人たちは戦争が永続的に続いてくれるのを望んでいるようで」
「それもそうだ。戦闘が続く限りは武器や食糧、その他多くが継続的に売れていくんだからね」
「なので商人たちの息がかかった軍高官たちは、逆に軍事行動に関しては慎重派であると言えます」
つまるところ、共和国の軍も一枚岩ではないということ。
僕等も北方で似たような状況を目の当たりにしただけに、やはり戦争には金が深く関わるのだと実感させられる。
実に面倒なことだ。それで経済が回っているんだから、あまり否定するのもどうかとは思うが。
「ところで話しは変わりますが、そろそろ町が見える頃です。ひとまずそこで補給をしていこうかと」
マーカスは話しに一区切りついたところで告げる。
ここまでの道中、ずっと荷物を背負い人の姿もほとんど見えぬ山中の街道を歩き通しだ。
携行する食糧も多少心許なくなってきたところであるし、時間がないとはいえ立ち寄る必要性はありそうだった。
「わかった、そうしようか。二人もそれでいいだろう?」
「問題ない」
「別に異論はないぞ。……ところで今夜はそこで休むのか?」
レオは素直に了承。しかしヴィオレッタは頷くと同時に、一つの確認をしてきた。
時間的にはそろそろ陽も傾き始める頃合いであるため、わざわざ町を出て野宿するという必要もあるまい。
案の定マーカスはそれに対して肯定を示す。
「ええ。間もなく陽も暮れますし、今夜はそこで宿を取りましょう。もちろんベッドで眠れるように」
「そうこなくてはな」
何を考えていたのかと思えば、ヴィオレッタはベッドで眠れるかどうかを懸念していたようだ。
その思考を読んだか否か、マーカスは彼女の欲求を言い当てる。
こう言った能力もまた、潜入工作を行う人間には必要となるのだろうか?
「決まりですね。ですが町へ入るにあたって、一旦二手に分かれようかと」
「……何か問題でもあるのか?」
補給地へと寄るのが決まったのも束の間、マーカスが発した言葉に僕は疑問を投げかける。
ただ彼があえてそのようなことを言ったのだ。
そこには何がしかの理由が存在するのは言うまでもなかった。
「コロナローツァのように比較的大きな都市であればともかく、こういった地方の町に団体で入ると、どうしても警戒されてしまうんです。ですので二組に分かれて入り、基本的には他人同士として別行動をするべきかと」
「念には念を入れたいんだな。了解だ、どう分かれる?」
「別にどのような組み合わせでも良いのですが……。ではボクはレオと行きましょう。先に入りますので、お二人は後から遅れて入ってきてください」
一瞬だけ悩む素振りを見せたかと思うと、マーカスはチラリとこちらへ視線を向けて割り振る。
そこからそれぞれ買い出しをする品の分担その他、必要なことだけを決めると、彼はそそくさとレオを連れ、僕等よりも先に町へ向けて移動を始めた。
随分と意味深気であったが、きっと彼のことだ、ヴィオレッタと二人で行動できるよう気を使ったに違いない。
下手に事情を知っているだけに、気を回す必要があると感じた可能性はある。
別にそういった配慮を求めるほど、僕等は色恋沙汰めいた関係ではないのだが。
「どうしたのだ、急に?」
「さあね。とりあえず少しだけ休憩して、それから追いかけようか」
怪訝そうにするヴィオレッタへと苦笑し、距離を置くべくその場で座る。
彼の気遣いは少々必要性に疑問を抱いてしまったが、折角の好意だ。ありがたく頂戴するとしよう。
たまには団長の意に沿って交流を深めるのも良いかと思い、ここまでマーカスがしてくれた説明を、極力噛み砕いてヴィオレッタに話し始めた。
少々、迷惑そうにしているのは否定しないが。
▽
先行したレオとマーカスから遅れること、二時間弱。
そろそろ良いだろうと思い出発した僕とヴィオレッタは、補給のために経由する町の入口へと近づきつつあった。
もう既に入り口である正門は目の前へと迫っている。
だがここで一つ、少しばかり困った問題が発生してしまっていた。
「検問が在るなど、私は聞いていないぞ」
「奇遇だな、僕も同じく聞いていない」
眼前に近付く町の入口。そこには三人ほどの武器を携えた兵士が立ち、立ち寄ろうとする者たちへと鋭い眼光を向けていた。
近隣で何か騒動でも起きたのか、あるいはこの町ではこれが普通なのか。
どちらにせよコロナローツァでは行われていなかった検問の存在に、若干の動揺を覚えてしまう。
おそらくマーカスは、検問が行われていることを知らなかったに違いない。
もし知っていれば教えたはずだし、そのための手段についても相談していたはずだ。
「悠長に冗談を言っている場合か! どうするのだ、質問に下手な返しでもすれば怪しまれかねんぞ」
「と言われてもね……。今更逃げる訳にもいかない」
然程大きくはない町のはずなのだが、意外にも訪れる人は多く、何組かの人々が町へ入るために列を成している。
とはいえその数は両手に数えられる程度でしかなく、一人が不審な行動をするだけですぐに見つかってしまいかねない。
おそらくこちらの姿は既に目視されているだろうから、ここまで来て今更逃げられはすまい。
「レオとマーカスは居ないようだが……」
「上手く検問を抜けたみたいだ。ならこっちも上手く誤魔化すしかないか」
兵士や周囲の人に聞こえぬよう、小声で話す。
実の所それほどしっかりとしたチェックではないのか、それともマーカスはこの程度であれば切り抜ける技量を持っているのか。
二人の姿は既に無く、とっくに町中へと入っているのだと思われた。
どちらにせよ僕等も中へと入り、必要な物資を入手しなければならない。
それに他人同士を装うとはいえ、街中で密かに合流し、今後の予定などについて話し合う予定であったのだ。
今更逃げられないという理由も含めて、観念するしかないだろう。
「上手く誤魔化して切り抜けるしかない。いっそ新婚夫婦で旅行中ってことにでもするか?」
「ハッ、冗談ではない。アルと夫婦など、歳の離れた妹とでも言われた方がマシというものだ」
失笑、と言い表わすのが適切だろうか。
彼女は僕の冗談交じりにした提案を鼻で笑い飛ばし、小生意気な口調で小声のまま言い放つ。
歳の離れた妹という表現を使うのを察するに、自身の小柄な身体を指して言っているのだろう。
傭兵としては不利になるその体形は、彼女自身気にしているものだ。
それを挙げてまで否定するのだから、よほど夫婦役というのを嫌がっているに違いない。
ただ嫌がる理由が気恥ずかしさからなのか、少々頬が赤らんでいるように見えなくもなかった。
「なら手段はこっちに任せてもらうよ」
「……どうするつもりだ?」
「とりあえず僕が主導で話すから、ヴィオレッタはこっちに話しを合わせてくれ。決して動揺したり、呆れた声を出さないこと」
彼女の耳元に口を寄せ、しっかりと言い含める。
意味が解らないといったようすのヴィオレッタではあるが、当人には自信を持てる対案が用意出来なかったようだ。
とりあえず頷き、こちらの言葉に従う旨を伝えてくれた。




