共和国 08
建物の奥へと案内され顔を会わせた相手。
つまるところマーカスが現在所属する隊の隊長は、これといった外見的特徴の少ない男だった。
よく言い表せば、人に紛れるのに適しているように見える。
逆に悪く言ってしまえば、ただひたすらに平々凡々。
悪いと言いつつも、そこまで悪口になっていないのだが。
しかしこの外見的特徴は潜入工作を行う、いわゆる諜報員やスパイといった役割を担う者にとっては、大きな武器であるのは間違いなかった。
「すみません、ご足労頂きまして」
愛想笑いだとは思うのだが、柔和な豊穣を浮かべ歓待の言葉を向ける男。
僕は彼に近づいて挨拶の言葉を述べ、名を名乗り合う。立場上彼の名が本物であるかは自信がないが。
案内された部屋は、建物の外見にしては少々広めといったところ。
そこに居たのは隊長である彼だけではなく、他四人ほどの男たちであった。
「では全員集まったようなので、これからの行動について説明を始めるとしましょう」
隊長の男は全員を前にするなり、すぐさま本題へと移る。
特別一刻を争うといった風でもないのだが、あまり親交を深めようという意思は感じられない。
彼にしてみれば、こちらが必要な行動を取ってくれればそれでいいのだろう。
部屋に置かれた椅子へと座り、大きなテーブルを挟んで説明を聞いていく。
内容から判断すれば、どうやら他にこの部屋へ集まっている人たちは、僕等と同じく今回のために同盟内から呼び寄せられた団員たちであるそうだった。
僕らは顔を合わせたことが無いので、普段彼らはラトリッジとは異なる都市に駐留しているのだろう。
「では共和国軍の西部方面から戦力を削る為に、他地域を攻撃すると?」
「はい。他地域の戦力に打撃を与えることによって、西部から援軍を派遣せざるを得ない状況に持っていきます」
まずこれから取る行動の指針として説明されたのは、共和国軍に一定の損害を与えようというものだった。
様々な地域から少しずつ西部方面、つまり対同盟のため集められた戦力を、再び戻してしまえばいいという考えに基づくものだ。
「首都に加えてどこか一か所、別の地域を攻撃するのが無難でしょうな。西部以外の全てを攻撃してしまえば、同盟による仕業と喧伝するも同然ですので」
「つまりいずれかの国が行ったと思わせてしまえばいいわけですね」
「ええ。そちらに当面共和国の相手を務めてもらい、国民感情を煽ってしまえばこちらの勝ちです」
説明を行う隊長は、簡単だろうと言うかのように断言する。
他地方に在る共和国軍の拠点を破壊し、周辺国家のいずれかに罪を擦り付ける。
そうしてその国と一触即発の状況へと持っていき、同盟へ向いている攻撃の足を躓かせようというのだ。
ただ最終的には、同盟による工作であると判明してしまうだろう。
落ち着いてこの状況でどこが最も利益を得るか考えれば、おのずと答えは出るはずだ。
だが判明した時点で、押し付けた相手との戦闘が激化し、同盟に膨大な戦力を回す余裕がない情勢となればよい。
国民感情を煽る云々という点に関しては、僕等がそれを成した後、彼らが行うべき領分となる。
「そこでどの国を人身御供とするかですが……。どこを選ぶとしても、やはり一定のリスクがあります。何か案が有ればおっしゃっても構いません」
実際に行動を起こす僕等の意見も参考にしたいということだろうか。
潜入部隊の隊長は並ぶ僕等と、共に呼ばれた他の隊の面々を向き案を募った。
はてさて、いったいどこにこの責任を被ってもらうとするべきか。
同盟を除けば、ワディンガム共和国を取り囲む国家は三つ。
まずはしばらく前に対峙した、北の北方小部族連合。ここは常に食糧生産に適した土地を求めているので、放っておいても共和国と戦闘を継続してくれる。
ただ連合はいくつもの部族が乱立し、互いに不干渉を貫いているだけの集まりだ。
連携した行動などを起こすはずもなく、真正面からの戦闘以外の行動は採りそうにない。
「スタウラスはどうでしょうか? 共和国との遺恨という意味では、一番行動を起こしそうですが」
僕等同様に呼び出された、もう一方の隊に属する団員が挙手し発言する。
その言葉に対し、他の面々もある程度納得の様子で小さく頷いた。
彼が名を出した共和国の東に在る小国、スタウラス国。
ここは元々独立した国家であったのだが、数十年前に共和国によって征服。その後は直轄領とされていた土地だった。
だが元々の住民たちは共和国によって抑圧され続け、不満が限界に達した段階で蜂起。
多大な犠牲を出しつつも、十年ほど前に国土を奪還したという経緯を持つ国だ。
なので共和国に対する嫌悪感は未だ根強く、現在に至ってもなお土地を奪おうとする共和国相手に、激しい戦闘を繰り広げている。
だが僕としては、スタウラスに押し付けてしまうのは、少々危ういのではないかと思えてならなかった。
「よろしいでしょうか?」
「なんですかな、アルフレート殿」
「心情面を考えれば、あの国が行動するというのは自然かもしれません。ですがスタウラスはあまり規模が大きいとは言えない小国です、全面的な戦闘に発展してしまえば、早々に落ちてしまう可能性が」
提案した彼には悪いが、ここは異議を述べさせてもらう。
スタウラスは小国であるだけに、武力面でも経済面でも体力がそこまで有るとは言えない。
全面的に共和国とぶつかってしまえば、半年ともたず全土が落ちるのは想像に難くない。
「これまであの国が持ち堪えているのは、共和国から見た場合他国に比べて戦闘の優先度が高くないからです。これでスタウラスが攻撃を行ったとなれば、共和国も本気で反攻を行いかねない」
「……それもそうか。なら他はどうだ?」
多少反発されるのを覚悟していたのだが、思いのほかアッサリとこちらの意見を受け入れてくれた。
彼もまたスタウラスへ押し付けてしまうのは、今後の展開を考えても最善ではないと考えたようだ。
なにせ小国とはいえ激しい戦闘を行っている地域。共和国軍の戦力分散に、大きく影響している国なのだ。
滅んでしまえば、今後その戦力がこちらに流れてくる可能性は非常に高かった。
続けてそれ以外の国に関しても話し合うも、北の連合についても却下ということになる。
あちらはあちらで小さな戦力の集まりに過ぎないので、戦力を集中して本格的な侵攻をされてはひとたまりもない。
これもまたスタウラスと同じ理由だ。
それに連合が倒れてしまえば、同盟が意図的に維持している北方の戦線が崩壊してしまう。
せっかくの金蔓を惜しんだという、生々しい理由も存在した。
「ならばやはり南か……」
潜入している隊の隊長は、静かに呟く。
ただきっと彼の中では、既にこの案自体は固まっていたに違いない。
それでもあえて問うたのは、実際に矢面に立って危険を冒す僕等に、意見する機会くらいは与える必要があると判断したようだ。
「王国であれば、仮に共和国と全面戦争となっても、十分持ち堪えるでしょうな」
「僕もそう思います。現実に王国がどれだけの戦力を持っているかは知りませんが、共和国相手に真っ向から戦えるとなれば、ここ以外にはないかと」
隊長の言葉に、僕は断定的な言葉で告げる。
王国ことシャノン聖堂国は、この大陸において最大の国土を誇り、多数の人口を抱える大国だ。
おそらく軍事力もまた、非常に高い水準にあるはず。
しかしどうにも謎の多い国であり、他国との国交が著しく少なく、入ってくる情報など極僅か。
わかっているのは大陸の南部に位置し、非常に暑い気候であるということ。そして国土に砂漠が点在しているということか。
「我々も今は王国に人を潜り込ませるのに成功していないせいで、正確な戦力の把握は出来てはいません。ですが共和国に真正面が相対するとしたら、ここしかないでしょうな」
軍事的にも鎖国状態であり、共和国からのちょっかいをいなす以外では、これといった軍事行動を行わない王国。
現状同盟とも敵対関係に無く、彼らも潜入を行っていないため、その正確な戦力は知れない。
だが現実的に矛先を逸らす先としては、ここ以外にないだろう。
王国が眠れる獅子であり、これによって共和国と本格的な戦闘へと発展した結果、よろしくない結果を招く可能性もある。
ただ今のところ、他に目ぼしい当てがないというのも事実だった。
「では、共和国の南部に攻撃を仕掛けると」
「……うむ、やはりここしかないだろう」
マーカスのする確認に対し、隊長は肯定の言葉を漏らす。
決定だ。まだ細かい個所については、これから候補を選別していくのだろうが、僕等が向かうのは共和国南部に位置する、いずれかの都市。
あるいは共和国の首都であろうか。
「貴重な意見、感謝します。これから我々は、なんとか少ない情報で行えそうな策を練らねばなりません。その間は上の部屋で休んでいて下さい」
「了解しました、後はお任せします」
隊長の言葉に促され、マーカス一人を残し僕等ともう一つの隊は部屋から退出する。
部屋の外に待機していたであろう、何人かの他の潜伏要員も部屋へと入っていったので、これから作戦の細かな点について詰めていくのだろう。
これ以上部屋へ留まっても、この国に詳しくない僕等は邪魔なだけ。
道中の疲れもあることだし、ここは有り難く休息を摂らせてもらうことにした。
「……どうした?」
部屋から出てそのまま上階へと登ろうとするも、僕は階段を数歩登ったところで振り返る。
何故なら階段の下では、レオが一人立ちつくし呆としているからだった。
彼は何やら思案する様子で、腰へと手を当て床を見下ろす。
「いや……、何でもない」
「故郷のことだろう? 無理するなよ」
僕は俯くレオへ向け、かつて彼自身の口から聞いたものを口にした。
先ほどの話し合いで、共和国の相手を押し付ける先として選ばれたシャノン聖堂国。
それはレオにとっての生まれ故郷だ。
普段は故郷に関して一切口を開くことのないレオではあるが、流石に何の感慨もないということはあるまい。
ともすれば母国が大きな戦火に巻き込まれる可能性を考えれば、それなりの心配をするのも当然と言えば当然。
しかもそれを促すのが自身となれば、その感情もひとしおだろう。
「無理そうなら辞退するか? 今からでも、僕が掛け合ってもいい」
「いや、問題はない。俺はもう同盟の傭兵だ、大丈夫」
そう言って顔を上げたレオの表情は、普段と変わらないものだった。
至って平静で、特段の感情を露わさぬその表情は、時折街の女性たちを振り向かせるそれそのもの。
彼の青い双眸もまた、いつも同様に冷たい輝きを纏っている。
「ならいいけど。キツくなったら言ってくれよ?」
「ああ。……ありがとう」
そう言ってレオは階段を登って僕を追い越し、用意された部屋へと向かって歩いていく。
平然とした言葉を放つレオであったが、やはり彼が多少無理しているのを僕は感じ取っていた。
普段であればこの様な場面で、彼は礼を言ったりするような人間ではない。
勿論一定の場面で礼を言う常識は持っているのだが、こういった場合の多く、彼は不思議そうな様子で首を傾げるばかりなのだ。
<郷愁の念、というものでしょうか?>
休むために部屋へと向かうレオの背を見送る僕へと、エイダの言葉が頭へ響く。
心配というのとは違うかもしれないが、存在を認識されていないとはいえ、彼女なりに仲間であるレオが気にかかるようだ。
『だろうな。いつもは恍けてても、やっぱりレオも人並みにはそういうのがあるみたいだ』
<アルフレートはあまり言いませんね。人並み程度にも>
『僕なんかは故郷が遠すぎて、逆にそういった感情が沸きもしないせいだよ。あまり嫌味ったらしく言わないでくれ』
エイダに指摘されて初めて気が付く。
時折思い出すことはあっても、僕自身はあまり故郷に帰りたいと口にすることはないのだと。
もしもある日、空の向こうから突如として救助が来たら。あるいはもしも航宙船が直り、この惑星から脱出する手段が確保できたとしたら。
そう考えることはあっても、明確に帰りたいと考えることはほぼ無かった。
<幼少期からずっとここで生きているのです、もうこちらを故郷と捉えている可能性はありますかね>
『そうだな……。家族の墓もこっちにあることだし』
エイダの告げる可能性についての話しに、妙な納得を得てしまう。
そのせいか僕は、不意に苦笑がこみ上げてしまっていた。




