共和国 06
「ところで、そろそろ本題に入っても良い頃合いだと思うのだが」
うっかり話が弾んでしまったところに、冷や水を浴びせ掛けるヴィオレッタの声。
だが彼女の言い分もごもっとも。
久しぶりの再会に親交を深めるよりも、僕等がここへ来た本来の目的を果たす方が重要であるのは言うまでもない。
「そうだったね、すまなかった。マーカス、話してくれるか?」
「わかりました。では現在の共和国内で起きている状況から……」
ヴィオレッタへと小さく謝り、向き直って話しを促す。
するとマーカスは仕切り直しとばかりに椅子の上で姿勢を正すと、淡々とした口調で共和国内の状況について説明を始めた。
彼の話によると、最初に異変として表に出たのは、軍部の再編であったそうだ。
先だって行われたデナムへの侵攻で、全滅に近い程の大敗を喫し、西部方面を管轄する共和国軍の司令官は更迭。
しばらくは新しく派遣された司令官の下、戦力の回復と強化に余念がなかったらしい。
「戦死した兵士の大半が"五等級市民"であったとはいえ、僅かながら遺族へ補償をする必要もありましたからね」
「……"五等級市民"?」
聞きなれぬ言葉がマーカスの口から紡がれる。
今まで覚えのない単語であったためエイダへと確認するも、彼女が持つデータベースには存在しないモノであった。
僕が外の世界へと飛び出して約二年。やはりこれまで一度として耳にしたことのない言葉のようだ。
「共和国は全ての国民が、いずれかの階級に振り分けられます。五等級市民はその中でも上から五番目、最下級に当たる階級ですね」
僅かに嘆息しながら、僕の疑問へと答えを返すマーカス。
彼の説明によれば、共和国内で存在する階級は五つに分かれる。
まずは共和国という名の通り、国の方向性を決め意思決定を行う役目を持つ、一番上の階級である"国議員"階級。
これは共和国内でも一〇〇人に満たない人数のみに与えられる、特権階級であるとのこと。
次いで国議員を除けば共和国内における最上位と言える存在である、"上等級市民"階級。
マーカスの説明によれば、多くの純血統共和国国民はこれに当たり、先ほど僕等へしつこく香草を売るよう迫ってきた人々がこれに該当するそうであった。
「そこから順に、"準上等級"、"下等級"、"五等級"の市民と続きます」
「何と言うべきか……、名前からしてアレな印象が拭えぬな」
マーカスのする説明を聞くにつれ眉を顰め始めたヴィオレッタは、率直な感想を口にした。
確かに彼女の言う通り、付けられた階級の名前からしても明らかに、階級の低い者を見下そうという意志がありありとしている。
先ほど香草を求めていた人たちが上等級市民であるとすれば、僕が路地裏に見た襤褸を着た人たちはどうなのか。
おそらくは最も下の階級。あるいはその一つ上といったところだろう。
同盟にもそれなりに地位の高低はあるし、都市の統治者と一般の市民では暮らしぶりが大きく違うのは事実。
人の全てが平等であるなどと言うつもりはないが、流石にここまで露骨なカテゴリー分けをする習慣は、同盟には存在しなかった。
なのでどうしても、こういった分け方に違和感を感じてしまうのは仕方のないことだろう。
「実際に共和国軍に所属し戦場で前線に立つのは、下等級市民や五等級市民です。その多くと言いますかほぼ全てが、共和国が征服した他国人とその子孫たちですね」
「では彼らより上の階級に属する人間は?」
「軍に属する者は部隊長や指揮官になって、後方で高みの見物です。そうでない一般人は、戦場から遠い比較的安全な地域で暮らす者がほとんどでしょうか」
純粋な共和国人は安全な場所で安穏とした生活を送り、占領によって得た民は戦いへと向かわされる。
だがそういった人々に武器を持たせて、裏切りは起きないのだろうか。
「徴用された者の家族は、保護の名の下に身柄を軍が預かります。つまりは体のいい人質ですね」
「そいつは裏切れなくなるな……」
眉をひそめたくなるが、確実性の高い手段なのだろう。
家族がそうなっている以上、彼らは無茶な命令であっても従わねばならなくなる。
僕はそこで、デナムでの防衛時に攻めてきた共和国の軍人たちを思い出す。
明らかに無駄とわかりつつも突撃を仕掛け、次々に散って行った多くの兵士。
つまり油と火に巻かれ焼かれていった彼らは、皆共和国によって母国を失い、家族のために戦死を余儀なくされた人たちであったという事になる。
「一応戦功を上げたり戦死した者は、元他国人であっても上の階級には上がれます」
「では酷な話だが、残された者は家族が死ぬ度に上に?」
「いいえ、位が上がるのは当人に限った話ですね。それに昇りつめても準上等級まで。共和国民の一般水準には達せないようになっています」
マーカスの話しでは、議会による合議制で国事が進められる共和国では、選挙に関わる権利を与えられるのは、上等級市民以上に限られる。
そしてどれだけの戦功を上げようと、彼らはその位には到達できないということは、実質国民として認められないに他ならない。
「まったく、悪どいことを考える輩ってのはどこにでも居るもんだな」
「本当に。ボクも最初にこれを聞いた時は、言葉もなかったものです」
呆れて告げる僕の言葉に、マーカスは苦笑しながら同意した。
なんともはや、冷淡な仕組みを作り上げたものだ。
マーカスが上等級市民は純血統の国民だと言った意味が、ようやく理解出来た。
どこまでいっても生来の共和国人以外には、国を動かすだけの地位にはなりようもないのだ。
侵略によって得た人的資源には権利を与えず、戦場に生産にと使い潰す。
これは名を変えた、一種の奴隷制度のようなものであると言っていい。
だがある意味においては、酷く効果的な手段にも思える。
侵略者とされた側、この線引きを太く越えられぬラインとして引くことで、共和国は一定の秩序を保っているのだから。
どこかで爆発する恐れが拭いきれぬ、危うさも内包してはいると思うけれど。
「とりあえず話しを戻しましょうか」
この国に関する内容ではあるが、少々話が脱線してしまった。
仕切り直すマーカスは、再び共和国軍に関する内容へと話を戻す。
ともあれ減った五等級市民の兵士たちを補充し、訓練を行っていたそんな折。
マーカスら潜入している隊の面々は、次第に西部方面の都市へと下等級市民や五等級市民が、移動を開始しているとの情報を掴む。
しかも徐々に兵士としての徴用数を増やしているそうで、再度の侵攻準備を始めようとしているだろうというのは、想像に難くなかった。
そのような移動をエイダが感知していなかったのは、一度にではなく分散して小規模ずつ移動を行っていたためであるようだ。
「攻め込んでくることそのものは問題ではありません。多少は攻撃してくれないと、傭兵団としては商売あがったりですから」
「そうだな。デナムの鍛冶師たちも、共和国が大人しくしてたせいで暇そうにしていた」
「ですがそれは程度による。もし前回以上の大規模な攻勢準備をしているのであれば、対処する必要があります」
戦場を飯の種にする傭兵という立場上、ある程度は敵が存在せねば金銭を得る場がなくなってしまう。
しかし物事には丁度良い具合というものがある。
共和国と同盟の戦力差は、どうしたって埋めようのない差が存在するのも事実。
もし仮に共和国が本気で同盟を制圧すべく、前回を遥かに超える攻勢を仕掛けてきては、非常に都合が悪かった。
「……共和国の兵士には悪いが、程ほどの戦力でちょっかいを掛けて退散してもらうというのが、我々としては都合が良いのは否定できん」
当然のことながらヴィオレッタもその点は重々理解しているようだ。
人的な被害を少なく、過度に戦費を使わず、一定の利益を得られる。
そんな状況が傭兵団にとっても同盟にとっても、最も好ましい状況であるのは確かだった。
しかし共和国が本気で侵攻してくれば、そのようなことは言ってられない。
いかにデナムが堅牢な要塞であるとしても、やはり防御能力には限界というものがある。
犠牲を一切厭わず、消耗戦を仕掛けられでもすれば、数日もせずデナムが陥落するという事態は十分に考えられた。
「なら俺たちはどうすればいい?」
それに対するレオの問いは簡潔だ。
共和国に潜入しているマーカスたちだけで何とかせず、こうやって同盟から戦力を呼び寄せたのだから、目的とする行動が存在するはず。
いったい何をやらされるかは知らないが、ある程度の揉め事は覚悟しなければならなかった。
「皆さんにお願いしたいのは、お察しだとは思いますが威力行動です。破壊工作や怪情報の流布、場合によっては暗殺も。共和国軍に打撃を与え、本格的な侵攻の開始を妨害します」
案の定と言うべきか、それとも面倒なことにと言うべきか。やはり随分と血生臭い役割を任されることになりそうだ。
傭兵なので今更と思わなくもないが、土地勘もない国でそのような危険性が高い行動をせねばならない。
場合によっては生きて同盟の地を踏めぬ可能性もあるだけに、否応なく緊張は高まっていく。
ただ僕は一つ疑問を抱く。
それを問おうとするも、一足先にヴィオレッタが口を開いた。
「どうして自分たちでやらぬのだ? わざわざ遠方から人を呼び寄せてまで。お前たちも相応に訓練を受けているであろうに」
いったい何人で潜入しているのかは知らないが、この大きな国で情報を集め奔走しているのだ。
それなりの人員が投入されているというのは間違いないだろう。
元々が傭兵であるため戦闘に対応できるのは言うまでもなく、そういった適性も含めてこの役割へと任じられているに違いない。
そこであえて隠密行動に適性があるかもわからぬ人間を迎え入れ、戦力として活用しようというのには少々首を傾げざるをえない。
具体的に言ってしまえば、僕等の中では特にレオなどは、こういった任務には不適合であろうと思うのだが。
マーカスはその言葉を受け、頼むのも若干心苦しいと言いつつ、理由を告げる。
「単純に戦力が心許ないというのもあります。ですが僕等はあまり大きな動きを起こす訳にはいかないのです」
「どういうことだ?」
「敵地への潜伏任務を行える適性を持つ人間というのは、どうしたところで限られますからね。この一件が終わった後も、ボクらはここに潜伏し続けなくてはならない。皆さんの陰に隠れるようですが、目立つわけにはいかないのです」
マーカスがした説明だが、僕は多少なりと理解出来るもの。
彼らは表に立たず陰に隠れて指示をし、こちらは行動を担当する。これであれば潜伏する隊は発覚される恐れが減る。
状況次第ではこちらを斬り捨て、姿をくらますという意味でもあった。
だが彼の言う通り、それは同時に実働部隊であるこちらが、一方的に危険を負うということに他ならない。
しかしこういった適性を持つ人間は少ないのは確かだろうし、ドライではあるが判断としては間違った物ではないと思えた。
「情報の収集はこちらが担います。それがボクらの専門ですし」
「了解したよ、戦いはこっちで引き受けよう。その代わり支援は頼んだ」
「わかりました。……期待を裏切らないようにします」
了承の言葉を告げ、マーカスを見やる。
彼は僕の視線を真正面から受け、ジッと押し返すように視線を向ける。
それは彼の覚悟の程が込められているように思え、これであれば信用に足ると思わずにはいられなかった。




