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共和国 03


 この山中を越えて行くのは、今回で二度目か。

 相変わらずの激しい起伏と歩き辛い藪に岩場。ついでに少々薄い酸素。

 任務でもなければ決して足を踏み入れることのない、共和国との国境にほど近いモーズレイ山脈の奥。

 そこを僕等三人は、背に多くの荷物を背負って移動している最中だった。



「歩き難くて仕方ない。こんな物がいったい、何に効くというのだ」


「さあね。どう使うのかは知らないけど、向こうさんには必要な物なんじゃないか?」



 僕と同様大きな背嚢を背負うヴィオレッタは、朝から数えて幾度目かの不満を口にした。

 今まさに背負っている、背嚢へと詰められた荷物。

 出立の前夜にデクスター隊長から届けられた荷は、なんと乾燥させた大量の香草。

 どこか清涼感ある香りを漂わせるそれは、この近辺で収集されたハーブの類だ。


 モーズレイ山脈に自生するこの香草は、同盟ではこれといって需要のない地味な植物の一種に過ぎない。

 しかし一転して共和国へと持ち込めば、何に使うのか一定の需要が存在するらしく、珍重されそれなりの値で取り引きされているとのことだ。

 どうしてそんな物を後生大事に背負っているかと言えば、共和国へと潜入するに当たって、このハーブを採集する山師という立場に偽装するためだった。



「香りは悪くないが……。少々クドいな」


「確かにね。涼感の有る香りだとは思うけど、強すぎて逆に酔いそうだ」



 小さく鼻を鳴らし、乾燥させた香草の香りを嗅ぐヴィオレッタ。

 僕も賛同するように、背負うこれの匂いは少々と言わずかなり強烈だ。

 背嚢を通り越し服へと浸み付いてしまいそうであり、数日の間は抜けないであろうと思わせる程であった。



 その当分は匂いの取れそうにない服装も、普段とは大きく変わっていた。

 着ているのは何がしかの動物の毛を織って作られたと思われる物で、いつもの馴染んだ感触とは大きく異なる。


 普段の僕等は基本的に、植物から採取された繊維を織って生地から作られた服を纏うことが多い。

 これはただ単純に、同盟の領土の多くがそういった類の植物を、多く生産できる土壌であるためだ。


 対して共和国は広大な領土の割に耕作に向く土地は少ないため、口にすることが出来ない作物を育てることはあまりない。

 食糧供給の多くは酪農に頼っており、飼料は人が食すのに適さない自生する植物を使う。

 よって当然衣類に使う原材料も、家畜から得られる物を使うのが自然であるようだった。



「匂いといい服の肌触りといい、あまり私の好みであるとは言い難い」


「匂いはともかくとして、服の方は当分我慢してもらわないと。向こうじゃいつも通りの格好は、目立って仕方がない」


「わかっている。だからこそ今の内に不満を吐き出しておくのだ」



 ヴィオレッタはどうにも、共和国で一般的に着られる服はお気に召さないらしい。

 と言っても彼女はこれまで、家が裕福であるというのもあってか、それなりに良い繊維が使われている服を愛用していた。

 おそらく動物の毛を使った衣類の中でも、比較的安物に分類されるだろうコレを気に入らないというのは、ある意味で当然なのかもしれない。




「そういえば、国境を越えて最初の町で潜入している隊と合流するのだったか?」」



 自身の発した内容から話しを逸らすためというのも、多分にあるのだろうか。

 ヴィオレッタはあらぬ方向へと視線を向けつつ、これから先の行動を確認すべく話を振る。



「総出でお出迎えとはならないだろうけどね。そこまで規模の大きな町ではないそうだけど、こっちが入ったら向こうから接触してくれるそうだ」


「ある意味で見つけやすいのは確かだろうな。こんな物を大量に担いだ人間が複数入れば、見つけやすいのは確かであろう」


「目立つからこそ、潜入した他国人だと思われ難いのかもしれない。たぶん彼らも、こうやって潜入しているのかもしれない」



 僕等はこのままコッソリと山脈を抜け、共和国軍の前線基地である砦を通過。共和国内で最も国境線に近い場所に在る町へと向かう。

 その町で増援の要請をしたという隊の人間と合流後、そこから先はまた別の役割に扮して移動する手筈となっていた。



「それにしても、まさか共和国に踏み込む日が来ようとはな」


「早々行く機会のある場所じゃないからな。もう随分と長く戦闘状態が続いているし、同盟側の人間で共和国に入った経験がある人間は、早々居ないかも」


「だが二人は前にもここを通ったことがあるのだろう?」


「ああ、共和国軍が進軍してきてるか確認するためにね。僕はその時に一人でもう少し先まで進んだけど、国境線までは行かずに引き返した」



 今現在僕等は絶壁に近い岩場の上を歩いて進んでいるのだが、レオと別れて別行動をしたのが、確かこの辺りだっただろうか。

 あの時僕はレオと共に敵の斥候を斬り捨てた後、もっと先へと進み共和国軍の補給部隊を叩いて、行軍を中断させようとしていた。

 結局は加えた被害が大きすぎてしまったせいで、目論みはアッサリと失敗してしまったけれども。



「では二人とも、共和国へ入るのは初めてということだな」



 僕とレオもまた共和国へ入った経験がないという事実は、ヴィオレッタにとって多少なりと心理的な影響を及ぼすのだろうか。

 振り返って背後を歩く彼女の表情を窺うも、それがどちらに作用したのかはわからない。

 安堵しているようにも見えるが、一方で不安気にも見える。


 ただどうにも先ほどから様子がおかしく、しきりに泳ぐ彼女の視線や、普段よりも多い口数が若干気にはなった。

 なのでそれとなく調子を問うてみるも、ヴィオレッタから返ってくるのは表面的に平然とした言葉ばかり。



「いや、何でもない。私はいつも通りだぞ」


「……なら良いんだけど」



 何があったのかはわからない。

 しかしあまり問い詰めても、本当の事情を話してくれることはないだろう。

 とりあえずこの場は納得しておく振りをして、そこでこの件についての会話を終えた。





 気を取り直し、しばし別の内容で会話をしつつ、渓谷の上を進んでいく。

 そういえば現在は共和国軍も行動を起こしていないためか、斥候などが接近している様子はない。

 もし見つかったとしても、一応は擬装する術は持っているので、即座にどうこうはならないと思うのだが。



<探査範囲を半径八kmにして探索中。現在周辺に敵影は探知できません>



 目視で遠く周囲を見回していると、僕が取った行動を見て情報が必要と判断したのだろうか。

 エイダは指示もせぬ間に近隣一帯を走査し、共和国の兵士が居ないことを告げてきた。



『ああ……、ありがとう』


<どういたしまして。必要であれば更に探査範囲を広げますが、どうしますか?>


『いや、必要ないよ。今のままでいい』



 そのエイダに対し簡潔な礼を述べ、確認に対し現状維持を指示した。


 普段であれば聞かれるまでもなく、僕の側から前もって指示して周辺を探らせている。

 今回はあえてそれをしていないのだが、その理由としては先日エイダがメンテナンスで居ない時、頼りきりであった自分自身を自覚したためだ。


 出来るだけ頼るまいとは考えていた。

 だがエイダは良かれと判断してしてきた報告だ、当然のことながら怒るなど出来ようはずもない。

 何よりこれは、僕自身が勝手にしているものなのだから。



<そういえばアルフレート>


『どうした?』


<ここ数日、私を活用する頻度が減っていませんか?>



 先ほどの思考が伝わったとは思わないのだが、エイダはギクリとさせる言葉を向ける。

 あるいは僕のした反応から、おかしな何かを察知したのだろうか。

 だとすればなかなかに鋭い。



<いつもであればもっと頻繁に指示を行っているかと>


『……気のせいじゃないのか?』


<気のせい、というのは有り得ないでしょう。現にラトリッジを出立して以降、私に指示を下したのは野営時の見張りくらいのものです。この頻度はこれまでと比較し、三割にも届かぬ割合に当たります。具体的なデータが所望でしたら、時間ごとの比率をグラフ化して投影しますが如何で――>



 畳みかけるように、つらつらと述べるエイダの言葉に僕は降参の狼煙を上げる。

 まさか怒っているのではないかと思えてしまうような、圧力さえ感じられる発言。


 このままでは過度に追及されるのではと考えた僕は、観念してエイダへ事情を打ち明けた。

 彼女がメンテナンスを行っている最中にあった出来事や、その後団長に言われた言葉を。

 エイダがしてくる質問へと返しつつ、それらを順繰りに説明していく。



<自身の能力を向上させる、という点に関しては異論ありません。ですが私の役割が無くなるというのは、些か承服しかねます>



 どうにも僕が極力頼ろうとしないのが、エイダには不服であるようだった。

 その余りにも人間味溢れる物言いに、僕は彼女が本当に人格を得たのではないかという錯覚すら覚える。



『わかったよ、今からもう少し頼るようにする』


<ならば結構です。暇を持て余しては、サポート用AIとしての存在意義に関わりますので>



 AIが暇を持て余すというのもおかしなものだ。

 しかし言う通りエイダのような航宙船管理と搭乗員支援を目的としたAIは、人に対して尽くすことを目的として生み出されている。

 それが成せなくなるというのは、当人からしてみれば生きる目的を失うに等しいだろう。

 勿論過度に依存するのは褒められたものではないが、自身の存在意義を論じられては返す言葉もない。



<では早速ですが、お伝えしたいことが>


『どうした?』



 お説教はここまでとばかりに、事務的な口調へと変わるエイダ。

 何か異常でもあったのだろうかと思っていると、どうやらここから少し離れた場所で、人影らしきものを探知したということだった。



<三人で行動しているので、おそらく共和国軍の兵士が巡回をしているのでしょう。国境も間もなくですし>



 続いて兵士たちが持っていると思われる装備や、迎え撃つのに良さそうな地形などをどんどんと伝えてくる。

 それはここまで行えなかった本領を発揮し、自身の存在価値を見せつけるかのように。


 ただ伝えられる情報を聞いていると、やはりこういった時、エイダの能力が非常に頼りになると実感できる。

 遠くに対象が居る時点で察知できるため、対策を講じるだけの時間は十分あるし、そのうえ準備にも余裕が生まれる。

 僕がここまで順調にやってこれたのは、間違いなく彼女の助力有ってのものだと、改めて認識するしかなかった。






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