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共和国 02


 傭兵団の東部最前線となる都市デナム。

 高い城壁に囲まれた都市内部の、東門にほど近い場所に建つ一軒の大きな建築物。

 そこがデナムに駐留する傭兵団の拠点として機能する拠点だった。


 その拠点へと一歩そこへと入るなり、目敏く僕等の姿を見つけた傭兵の一人によって、引っ張られるかの如くとある一室へと押し込められる。



「久しぶりではないか! 息災にしていたか?」



 入るなり早々、盛大なハグと共に出迎えてくれたのはデクスター隊長だ。

 あまりこのような歓待の仕方をする人物であったように記憶していなかったため、少々面食らったのは否定できない。



「おかげ様で。なんとかまだ戦えています」


「人数は減ったようだが、これは確か配置換えの関係だったかな。とりあえず無事で良かった」



 その久しぶりに顔を会わせたデクスター隊長は、そこ以外は以前と変わらぬ溌剌とした様子を見せていた。

 だが最前線でずっと指揮を執っているとはいえ、敵が攻めて来ぬとなれば如何なベテランの傭兵であっても、多少なりと気が緩むらしい。

 栄養状態も良いせいだろうか、若干ながらふっくらとしてきた気がする。


 ここに呼ばれた本題に入る前の僅かな雑談の最中にそこを突っ込んでみると、彼は笑い飛ばすように、戦いがなく暇で運動不足であると告げた。



「レオニードも相変わらずだな。その無愛想な顔は変わらんか」


「すみません」


「まぁ良いさ。上手くやっている証拠だ、気にするな」



 次いで隊長はレオにも声をかけ、少しばかりの昔話をする。

 と言ってもする話は数か月前のものでしかないので、そこまで懐かしいといった程ではないのだが。

 デクスター隊長にとってはレオも強く記憶に残る存在であったに違いない。


 そしてもう一人。

 デクスター隊長は最後にヴィオレッタへと近寄ると、穏やかな表情を浮かべて柔らかなハグをした。



「そうか、やはりこの道を選ばれたか」


「申し訳ありません、おじさま。父にも反対はされたのですが」


「仕方あるまい。……血は争えんものだな」



 デクスター隊長は団内でもかなり高い地位に居る人物であり、少々若作りではあるが団長とも付き合いが長い古株だ。

 当然団長の娘であるヴィオレッタについても、知っていたとしても何ら不思議はない。

 むしろ彼女の言葉からすれば、幼少期より世話になってきた相手なのであろう。


 このような挨拶をレオの前でしているのだが、これに関してはもう気にする必要もなかった。

 何故ならデナムへ移動するまでの道中、既にレオへはヴィオレッタが団長の娘であると打ち明けている。

 どんな心変わりであろうかと思ったが、デクスター隊長と顔を会わせることもあって、話す良い機会であると判断した為だった。


 彼であれば知ったからといって接し方を変えるでもないだろうし、善からぬことを企む恐れもないはず。

 案の定、告げた時にもこれといった反応を示さず、淡々と了承を告げるのみであった。

 婚約云々に関しては伝えていないのだが。



「君がアルフレートのチームに入ったと聞いて、どうなることかと思ったものだが。無事でなによりだ」


「……どういう意味でしょうか?」



 どこか意味深な言葉を発するデクスター隊長に、ヴィオレッタは怪訝そうに問う。

 すると彼は僅かに苦笑し、妙に納得のいく答えを返してきた。



「なに、ヤツのことだ。おそらくアルフレートたちにはかなり無茶な任務を振ると思ったものでな。大怪我の一つや二つ、負っているかと思ってもおかしくはないだろう?」



 流石に付き合いが長いだけのことはある。

 デクスター隊長は、ホムラ団長の人となりをよく理解しているものだ。

 実際意図したわけではないだろうが、派遣された任務や作戦によって、幾度か大きな負傷を負ってきた。主に僕がだけれども。

 ただそのほとんどは自らの不覚が招いた事態なので、文句の言いようもない。




「それにしても、お前は出世が早いだろうと踏んではいたが、まさかもう隊長にまでなるとはな」



 快活に笑うデクスター隊長は、僕が隊長位に就いたことをすでに知っているようだった。

 ずっとこの都市から離れていないはずなのだが、何がしかの連絡をした際にでも、色々な情報をやり取りしているのだろう。



「デクスター隊長が団長へ良く言って下さったおかげです。それに僕だけの力ではありませんし」


「謙遜するもんじゃない。確かに仲間の力も大事だし、俺もそれなりに口添えはした。しかしお前自身を評価されたからこそ、隊長に相応しいと判断されたのだ」


「……恐縮です」



 それなりに真剣な口調で褒めてくるデクスター隊長の言葉に、僕は若干の照れを感じてしまう。 彼の下で動いていた時にはただただ必死であったが、今になってあの時以上の評価を口にしてくれる。

 これを素直に嬉しいと感じるのは、至極当然な感情だった。



「"駄馬の安息小屋"でも、俺の席を我が物顔で使ってると聞くぞ?」


「それは……、ヘイゼルさんの許可を得てるんですから、勘弁してもらえると」



 ニタリとした笑みを浮かべ、彼はラトリッジにある主の帰りを待っているであろう酒場の椅子について話を振る。

 そういえば何度かデクスター隊長専用と知りつつ、彼の席へと腰を下ろした記憶がある。

 僕はそこでヘイゼルさんに責任を押し付けるかのように告げるも、実際その通りなのだから仕方ない。

 むしろ彼女に座るよう指示されなければ、絶対に腰を下ろすことのない椅子だ。


 ただやはりこれは冗談であったようで、隊長はついからかってしまったとすぐに詫びた。

 聞けば既婚者であるヘイゼルさんの夫、それがこのデクスター隊長であるとのことだった。

 どうりでヘイゼルさんもアッサリと席を勧めたはずだ。自分の夫が使っている席であれば、人を座らすのもさして抵抗はないということか。


 ヴィオレッタは当然その事を知っていたようで、キョトンとした表情を浮かべる。

 僕がこの事実を知らないという発想すらなかったようだった。





「それにしても、役職の上ではもう追いつかれてしまったか。その点ばかりは口惜しいものだな」


「ご冗談を。名前は同じかもしれませんが、地位には天と地ほどの差があります」



 ワザとらしい沈んだ様子の演技を交える隊長。

 それに対して僕は有り得ない発言であるとして告げたのだが、これは実際に僕が返した通りの意味ではあった。

 確かにデクスター隊長の言ったように、役職上で僕は彼と並んだ。

 だが名称として区別はされないものの、実際その立場は大きく異なるのだ。



「指揮権なんて僕には有って無いようなものですし、こんな若造が隊長になってしまったので、どうしても敵が多い」


「そこは仕方がないだろうな。団長も若い頃は、随分と顰蹙を買ったようだ」



 これに関しては仕方ないだろう。

 実際僕が若造であり、他の先輩傭兵から快く思われていないというのは、先日の一件で十分骨身に浸みた。

 当面は大人しくしておき、あまり周囲に対して角が立たぬようしておきたいところだ。



「それに現実として、僕は未だに部下の一人も居ない名ばかりの隊長ですから」


「なるほどな。ならば今回の任務が成功させれば、近いうちに部下の一人も出来るかもしれんぞ」



 不意にデクスター隊長は声のトーンを落とし、以前に戦場で触れたような戦士の空気を纏わせる。


 発した言葉の意味はまだわからないが、どうやら再会に当たっての世間話はこれでおしまい。

 ここから本題となる、僕等がデナムへ派遣された理由について語られるようだった。

 任務内容を言い渡される時は毎度ではあるが、背に奔る若干の緊張感から、自然と背筋は伸びる。



「とはいえ実は俺も具体的な内容を知らんのだ。今回はここ、デナムよりも"もっと前線"に居る連中からの要請を受け、団長がお前たちを派遣してきた」


「もっと前……、ですか?」



 任務内容の伝達をしようとしているであろう、デクスター隊長の言葉に対し、ついオウム返しに問うてしまう。

 基本的に対共和国の最前線と言えば、国境線に最も近い都市であるここデナムだ。

 ここよりも先となれば、それこそ国境直近である渓谷や山地の中。

 僕が知らぬ間に、そういった場所に監視のための拠点でも整備されたのだろうか。


 そう思ってみるも、どうやらこの想像は外れであったようだ。

 デクスター隊長は一旦部屋の扉を開けて外の様子を確認すると、閉めた扉の内鍵をしっかりとかけ、内密の話とばかりに声を落とす。



「これは今回の任務に従事しない他の連中には他言無用だ。いいな?」


「了解しました。一切口外はしません」



 僕がデクスター隊長の忠告に了承し頷くと、レオとヴィオレッタも同様に頷く。

 この辺りに関しては、今回に限らず当然の義務だ。

 どうしても人に話せぬ後ろ暗い任務の一つや二つ、傭兵を続けていればこなさねばならぬのだから。



「よろしい。お前たちも薄々気づいているやもしれんが、団内には情報の収集を専門に行う隊が存在する。連中は現在共和国内に潜入し活動を行っているのだが、今回そちらから増援の要請があった」



 淡々とした調子で声小さく告げるデクスター隊長。

 本来ならば団内でも秘匿されているであろう情報。だが告げられたその内容に関して、僕は然程驚くことはなかった。


 実質同盟の軍事活動を傭兵団が担っている以上、ある程度そういった行為を専門的に行う集団の存在は、在って然るべきだと考えていたためだ。

 それに以前僕等が行った都市"ラッシュフォート"では、それらしい人物が僕へと接触し、任務内容を伝えてきている。



「では僕等は、これから共和国へ……?」


「そういうことだ。お前たちは国境線を越えてワディンガム共和国へ潜入、現地で連中からの指示を仰ぐことになる」


「では僕等は合流後、あちらで潜入している隊の指揮下に入る、ということですね」


「その辺りも含めて、詳しくは向こう話しを聞いてからだな。正直俺もこれ以上の話は知らされていないのだ、残念ながらな」



 どうやら団内でそれなりに高い地位に在るデクスター隊長であっても、この件についてはあまり詳細に触れることが叶わないようだ。

 それ程までに秘匿性の高い任務である証拠とも言え、緊張感は否応なく高まっていく。




「場所が場所だけに、どうしたところで危険な任務にはなるだろう。ここまで聞いた以上拒否はできんが、行ってくれるな?」


「了解いたしました。隊長アルフレート以下三名、即時に行動へ移ります」


「うむ。必要な装備の準備に関しては、今夜中にこちらでしておこう。明日の朝にはここを経ってもらう」



 上からの命令だ、受けぬという選択肢は存在しない。

 デクスター隊長が間に立って下した命令に対して了承の意を告げると、僕等は翌日以降に備えるべく部屋を跡にする。


 ただ扉をくぐろうとした時、背後の隊長から少しばかり心配そうな言葉がかけられた。



「俺はただ、無事を祈るとしか出来ん。無事に帰ってこい」


「……わかりました。それだけで十分です」



 簡潔な言葉のやり取りを済ませ、僕デクスター隊長へと各々敬礼し退出。

 僕等は出立の準備を始めるべく、傭兵団の拠点内に在る宿泊設備へと移動した。




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