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共和国 01

丁度100部で新章開始です。


 通称"共和国"こと、ワディンガム共和国。それは僕が今現在立つ大陸の、中央部に位置する国家だ。

 東西南北を他国によって囲まれた内陸の国であり、大陸最大の山野を有する国。

 そして今現在判明している範疇では、単一の国家としては大陸最大の武力を誇る勢力であり、領土的な野心の強い軍事国家でもあった。

 判明している限りというのは、南方に在る"シャノン聖堂国"が、情報のほとんど存在しない謎めいた存在であるからなのだが。



 周辺四国の全てに戦いを吹っ掛け、長年国境線で戦闘を繰り広げている共和国。

 はた迷惑に喧嘩を売り続けている存在だが、対同盟に関してはここ半年程は小康状態を保っていた。

 理由は言わずもがな、僕等がデナムを奪還した時の戦闘によって、非常に大きな被害を出したせいだ。


 共和国の保有する兵力から見ればごく一部なのだろうが、出兵した部隊がほぼ全滅に近い有様ともなれば、次に攻撃するのも二の足を踏むというものだろう。

 なので同盟の戦力である傭兵団としては、現状北方で行われている、ヤラセ臭い戦いに終始するだけで良かった。


 はずなのだが……。



「アル。私にはよく事情が呑み込めないのだが、もう一度説明してもらえないか」


「そう言われてもね……。団長の命令により、僕等は明日にでもラトリッジを出立、東部最前線であるデナムへ移動する。これだけだよ」



 首を傾げジトリとこちらを見るヴィオレッタに、僕は受けた命令をそのまま伝える。

 僕はつい先ほど休暇明け後の行動について確認するべく、駄馬の安息小屋へと顔を出したのだが、入るなり告げられた指示がこれだったのだ。

 ヘイゼルさんは留守だったため、代理で伝えてくれたのはジェナだっただが。



「よくわからん」


「ほら見ろ。レオもその説明では理解できないと言っているではないか!」



 腕を組んでこれといって表情を変えることもなく、簡潔な言葉で告げるレオ。

 彼に関してはこの反応は珍しいものではなく、どちらかと言えば普段通りの反応だ。たぶん感心がないというよりは、別に何でも良いのだろう。

 折角顔が良いのだから、もう少し上手く話しに乗ってくれればモテるだろうに。


 そんなレオの肩へと手を置いたヴィオレッタは、勝ち誇ったように僕を指さしながら声を上げる。

 と言われても、本当に僕はこれ以上のことを知らないのだからしょうがない。

 ジェナもただ羊皮紙に書かれた指令書を読み上げただけで、詳しい事情に関しては一切知らないようだったし。



「デナムにデクスター隊長って居ただろう? 僕等が何をやらされるかは知らないけど、向こうで彼の指示に従えってさ」


「デクスター隊長なら知ってはいるが、お前たちがデナムへ行った時、私はまだ加わってはいなかったぞ」


「……そういえばそうだっけか」



 しばらく彼女とも一緒に行動しているせいか、この辺りの前後関係を間違えることがある。

 単純に僕のうっかりミスなので、言い訳のしようもないが。



「だが何とも要領を得ぬ内容だはないか。……まさかまた人に言えぬような任務ではなかろうな」



 渋い表情を浮かべ、どこかウンザリといった様子のヴィオレッタ。

 おそらく思い返しているのは、彼女が傭兵となって初めの頃に受けた任務内容だ。

 その時に遂行した内容は、都市内に潜伏している反体制の勢力を、見せしめも兼ねて殲滅しなければならないというものだった。


 あの時も事情の分からぬまま現地へと行かされ、そこで急にそのような内容を聞かされた。

 過去にそういったこともあっただけに、彼女としては警戒するのも当然と言えば当然なのだろう。



「最近は共和国からも、ちょっとした偵察くらいしか来ないらしいよ。でも何か動きがあったのかもしれない」


「デナムに行かされるのだ。当然そうであろう」



 対共和国の最前線であるデナムへと行くのだから、異常があったことなどわかりきっている。

 ただこの指示を受けた直後、エイダに共和国の様子を調べさせたが、これといった異変などはなさそうだった。

 もちろん上空の衛星から得られる情報には限界があり、こっちが気付けていないだけの可能性は高そうだけれど。



「命令であれば向かうのに異論はない。しかし何も聞かされぬというのは、あまり気分の良くなるものではないな」


「詳しい内容は、デナムで聞くしかないだろうね。とりあえず早いに越したことはないそうだから、すぐ移動の準備を整えようか」



 やはり納得はいってないヴィオレッタと、あまり詳しい事情には感心がなさ気なレオを促す。

 何にせよ上から命令された以上は絶対だ。

 速やかにデナムへ移動するまでの準備を整え、翌朝にはラトリッジを発たねばならないのだから。



「次はいつ帰ってこれるとも知れぬな。ジェナの出産には、立ち会えそうにないか」


「そこは諦めてもらうしかないかな。さあ時間がないよ、急ごう」



 ヴィオレッタは嘆息し不平を漏らしつつも、行動を開始する。

 確かに彼女の言う通り、次にラトリッジへ帰還できるのが、いつになるかはわからない。

 そろそろジェナの出産も間近であるはずで、当人はともかくとして、ヴィオレッタは密かにそれを待ち望んでいるフシがあった。

 事情が事情なだけに、多少心中は複雑なのだろうけれど。



「二人は食料と消耗品の買い出しを頼むよ。僕は備品管理の所へ行って、騎乗鳥を貸し出してもらえるよう交渉してくる」


「了解した。ではレオ、行こうではないか」


「ああ」



 二人へと買い出しを頼むと、即座に了承してくれる。

 そのまま外へと向かう二人を見送り、僕は前言通り備品管理者の下へ。

 騎乗鳥と荷車が仕えれば随分と移動が楽になるのだが、はたして貸してもらえるかどうか……。


 何せ前回行った時とは異なり、人数が三人に減ってしまっているのだ。

 早く行くに越したことはないが、全て騎乗鳥が出払ってしまっていれば、歩いて行けと言われかねない。

 下手をすればそうなってしまう可能性があるだけに、僕はただ運を天に任せるばかりだった。







 久しぶりに訪れたデナムは以前と変わらず、堅牢な外壁と分厚い城門に閉ざされていた。

 その質実剛健を地でいく佇まいは、まさに都市というよりも要塞。


 ただ久しく共和国が攻めて来ないせいだろうか。

 戦場となることで活気づく鍛冶師たちの工房から上がる煙は少なく、どうにも暇を持て余したような緩い空気が流れている。

 彼らとしては商売あがったりといった様子で、争いのない平時もそれはそれで問題なのだと思わせられた。



「拠点に行く前に、貯蔵庫に寄らないとな。こんな荷物を持ったままじゃ身動き一つ取れない」


「私としては早く事情を聴きたいのだが……。致し方ないか」



 門を開けてもらい、鳥車ごと都市の中へと入る。

 幸運にもあと一羽となっていた騎乗鳥を借りれたため、それが引く荷車に乗りデナムまで移動。

 僕等はここまで五日間の道中、それなりに楽な行程で移動ができた。


 しかしその代わりと言っていいのか、道中でウォルトンへと立ち寄り、デナムに運び入れる食糧を運ぶよう指示されている。

 急ぐ道程とはいえ、耕作地を持たぬデナムにとっては重要な物資だ。

 断るのも憚られたため、大人しく荷物を載せて運搬することとなった。




「なんだい、またこっちに配属になったのか?」



 上官であるデクスター隊長が居るであろう拠点を通り過ぎ、一先ず食料の備蓄倉庫へと移動。

 運んできた物資を倉庫内へと運び入れると、中で作業をしていた壮年の男性から声がかけられる。

 近寄って顔を会わせてみれば、その人物は僕も多少ではあるが知った顔であった。



「んー……、どうなんでしょうね。指示があったんで来たんですけど、まだよくわからないんですよ」


「そいつはまた難儀なことだ。だがここ暫く連中も攻撃して来やしないからな、そんなに人は要らないと思うんだが」



 食糧庫内で作業をしていた男性は、僕等が以前この都市に滞在していた頃に、何度か話をして顔馴染みとなっていた人物だった。

 久方ぶりに姿を現した僕の姿に、またもやこちらへと配置換えされたのかと思ったようだ。

 僕自身も実際にそうであるかは、よくわからないところではあるが。



「そんなに暇なんですか?」


「おうよ! こんなにやることが無くちゃ、鍛冶師連中も腕が鈍ってしょうがないだろうよ」



 やはり話しぶりからしても、デナムが目立った行動を起こしていないというのがわかる。

 この人物のように、長年最前線となる都市で生活している人たちは、戦火の匂いに対して酷く敏感だ。

 何がしかの異常が起きていればすぐさま察知するはず。


 であれば、戦闘とは別の要因でここへ呼び出されたか、あるいはこの辺りではまだ察知できない程度の異変であるか。

 もしも後者であるならば、共和国に近い場所で情報の収集が行われ、傭兵団の本部へともたらされているに他ならない。



「何にせよニイちゃんが来たなら、あの隊長さんも喜ぶだろうよ」


「そうでしょうか? 僕としては彼に迷惑をかけ通しだったと思うのですが」


「間違いねぇよ。あの隊長さんも上からの命令で返しはしたが、もうちょっと手元に置いときたかったって散々愚痴を溢してたからな」



 冗談めかしてコッソリと話す仕草をする男性が教えてくれたのは、ここで指揮するデクスター隊長が、僕を手放したがらなかったというものだった。

 おそらく酒の席ででも話しを聞いたのだろうか。

 あの時僕はデクスター隊長の指示によって方々の雑用や伝令に駆け回っていたが、まさかそこまで買ってくれていたとは思ってもみなかった。

 そう言われると、当然悪い気はしない。




「まぁそんなところだな。あとは何も変わったことなんぞありゃしない。こっちとしちゃ共和国の連中が攻めてこないと、商売あがったりなんだがね」


「そうですか……。すみません、お時間を取らせてしまって」


「構わねぇよ。どうせ今は暇してんだ、そのうち隊長さんと一緒に茶でも飲みに来な」



 残念なことにと言っていいのか、男性からはこれといった情報を得られなかった。

 多くの人が出入りする食糧保管庫を管理している人物だ、ある程度は噂話の類でも聞いているかと思ったのだが。


 僕は男性に別れを告げると外へと出て伸びをし、一杯に肺へと空気を取り込み、ざっと周囲を見回す。



「確かに、これといって変わった様子はないんだよな」



 都市の中は以前と変わらぬ、戦いに特化して造られた無骨な街並みが広がる。

 僕も知っている通りの、どこか埃っぽい空気もこれまでと同じものだ。

 むしろ戦闘から若干遠ざかっているせいか、以前よりも安穏とした空気すら感じられるくらいだった。


 どうして僕等がここへと呼び寄せられたのか。そこは結局、デクスター隊長に話を聞かねば知りようはないのだろう。

 ただどうにも僕はこの穏やかな空気が逆に、肌を焼くような危険の前触れであるように思えてならなかった。




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