若兵者
「本当に申し訳ありませんでした。まさかこんな場所に人が居るとは、思ってもいなかったもので……」
この中で最も年長な男性は、僕へと何度目か知れない謝罪をした。
野生の動物に襲われた直後、僕等は休息と事情の説明をするべく地面に腰を下ろしている。
暴れた大猪のせいで消えてしまった火は再び熾こされ、今はそれを取り囲む。
「いえ、もう気にしていませんので。あくまでも偶然ですから」
「ですが落ち度はこちらにありますので……」
僕が返すこの言葉も、何度似た内容を繰り返しただろうか。
ここまで彼らがしてくれた話しによれば、先ほどの大猪を食糧とするべく、狩りをしていたとのことだ。
しかし仕留め損なってしまった結果獲物が逃げ出し、それを追いかけていくうちに僕と遭遇したのだと。
なんともはた迷惑というか、この広大な土地の中で偶然とはいえよくぞ鉢合わせたものだ。
「それにこうやって肉もご馳走になっていますし、僕には文句なんてありませんよ」
「そう言って頂けると助かります」
僕は男性に頭を上げてもらうべく、目の前のそれに視線を向け告げる。
目の前にある焚火の側に刺してある木の棒からは、ジワジワと油の滴る肉の塊。
これは僕の持っていた乾燥肉ではなく、つい今しがた仕留めた猪を解体したものだ。
さっきまで食べようとしていた僕の持つ食材は、動物が暴れたことによって砂まみれとなり、とてもではないが食べられたものではなくなっている。
彼ら自身もあの猪を食料として狩るつもりだったので、迷惑に対する謝罪も兼ねてご相伴に預かることとなった。
程よく焼けたであろう頃合いを見計らい、炙られる肉が刺さった棒を手に取る。
<警告。寄生虫が死滅していない可能性があります、三分程度加熱を継続するよう推奨します>
『ちょっとくらい大丈夫だろう?』
<この惑星出身者でもないアルフレートでは、病原菌などへの耐性を保有していない可能性があります。後々苦しむのを覚悟の上でしたら、どうぞご自由に>
『……わかったよ』
脳に響き渡るエイダの言葉に手が止まる。
随分と無粋な忠告をしてくるとは思うが、彼女の言う通りなのだろう。
人の手で飼育されていない野生の動物など、いったいどんな病気や寄生虫を保有しているかわかったものではない。
この惑星原生の人類ではなく他星から来た僕などは、そういった物に対する耐性を保有していないため、ちょっとした事が命取りとなりかねないのだ。
渋々ながらも、元の位置へと刺し直す。
「そうだねー、もうちょっと焼いた方が良いかも」
「やっぱりそうですかね。止めておいて良かった」
肉を戻した僕に対し、少女は屈託のない笑顔で告げた。
彼女はほとんど僕と同世代くらいだろうか、歳が近いと認識したというのもあり、最初から親しげな調子で話しかけてくる。
「……どうしたの? さっきからこっちばっか見て」
「あ、すみません。何でもないんです」
「なに? もしかしてあたしに惚れちゃった?」
「いやいや、違いますって! えっと……、そういえば皆さんは、どうしてこんな場所に?」
少女が告げたのはおそらく、多分に冗談が含まれた言葉なのだろう。
だが冗談交じりとはいえ少々返答に窮する質問に、僕は話題の矛先を逸らす。
「我々は訓練の最中だったのです。最低限の装備のみで、食糧を確保しながら過ごすという」
「訓練……、ですか?」
年長の男性が返す言葉を、僕は怪訝に思う。
残る二人を見ると、外見上は至って普通に見える僕と同世代の少年と少女だ。
見せつけられた少年の怪力などはともかくとして、訓練という言葉とそれが噛み合わなく感じてしまうのは、僕が文明の異なる地の出身だからだろうか。
「実は我々は傭兵なのです。より正確に言えば、この二人は我等"イェルド傭兵団"の訓練キャンプに所属する訓練生ですね」
傭兵という単語に反応する。
今朝まで滞在していた町でも、度々その名は耳にしていた。
酒場などでは男たちが野盗退治の話に関して、「金さえあればイェルドに頼むのに」と溢しているのを。
どうやら彼らこそが、件の噂に上っていたイェルドと呼ばれる傭兵団の一員であるようだった。
いや、男性の言葉によれば今はまだ訓練生か。
「傭兵……」
「ええ。そして私は、この二人の訓練に同行している教官になります」
その言葉に、僕は僅かではあるが納得をする。
戦争を生業とするために訓練を受けているのであれば、戦いの術を得ているのは当然だ。
しかしどうにも僕は、ついさきほど見せた少年の力が、訓練によって得られただけであるとは思えなかった。
チラリと視線を向けると、レオニードと呼ばれた少年は焼かれた肉へと齧り付き、黙々と咀嚼していた。
<気になりますか?>
『ああ……。僕とそう変わらない歳に見えるけど、訓練であんな力が身に付くもんだろうか……』
エイダの問いに対し、僕は率直な感想を浮かべる。
僕よりも少しだけ高い身長と、細身ながらもしっかりとした身体つきをした彼は、確かに見た限りではあるが、激しい訓練を積んでいるように見える。
ただ彼はあくまでも、生身の人間に過ぎない。
この惑星の技術水準では、僕のように身体能力を強化する装備を身に着けている可能性など、まず存在しようはずもない。
巨大な野生動物の突進を受け、平然として居られるだけの理由など考えが及ばなかった。
それともこの惑星に住む人たちは、訓練を積んでいけば皆こうなるものなのだろうか。
「彼は特別なんですよ。この身体のどこにあんな力があるのか」
僕の疑問を見透かしたかのように、教官と名乗った男性は告げる。
やはり彼らからしても、あの身体能力というか怪力や強靭さは異常なようで、その正体を掴みかねているようだった。
もっとも、傭兵としてはそれがマイナスになることなど無いようで、特別問題視はしていないようなのだが。
しかし僕はそれがどうにも不可解に思え、エイダへと思考を介して指示を送る。
『ここに居る全員の身体をスキャンしてくれ。異常があったら報告を』
<了解しました。しばしお待ちください>
エイダが抑揚がない声で返す。
この惑星に暮らす住人を調べることによって、多少なりとその秘密が明らかになるかもしれない。
彼一人が特別であると言ってはいたが、もしもあんな怪力を持つ人が他にも居るのであれば、今後気を付けなくてはならないだろう。
僕だけが特別高い能力を発揮できると考えていては、痛い目に遭うかもしれないのだから。
さてあとは解析を待つばかりと構えようとするも、どうやら大人しく黙って待つのは許してもらえないようだ。
教官と名乗った男性は僕に質問を投げかけてきた。
「ところで君はどうしてこんな場所に? この辺りですと町が一か所ありますが、そこから来たのでしょうか?」
「えっと……」
この質問はいずれされるだろうとは考えていた。
何もないだだっ広いばかりの草原で、他に同行者も居らず腰に差しているのはナイフ一本のみ。
町の人が言うには、例え傭兵であっても一人で野を歩くのは危険だとの話だ。
そんな状況でただ一人だけというのは、不思議に思われても仕方がない。
「実はそうなんです。実はこれまで家族と暮らしていたんですけど、最近僕一人になってしまって……。それで心機一転他の土地へ移ろうかと」
精一杯平静を務め、僕は事前に用意していた理由を告げる。
とはいえこれは何も完全な嘘を並べている訳ではない。
両親が他界したのは船の墜落時だが、僕と共に生き残った爺ちゃんは家族と言える存在だったし、一人になったのも最近の話。
それに教官と名乗る男性が言う町から来たというのも、実際に今朝まで居たのだから事実と言えば事実。
<人慣れしていないというのに、よくそこまで口が回るものです>
『ちょっと五月蠅いぞ』
横から茶々を入れてくるエイダを叱咤し、務めて平静を装う。
完全に本当のことを話してはいないが、大きく嘘をついているとも言えなくはない。
それに嘘をつくならこの程度にしておくべきだろう。
あまりに現実から離れた設定を口にして、後で整合性が取れなくなっても困る。
「これは失礼を……。では別の土地へ行って、それ以降は何か予定でも?」
「いえ、とりあえずは住む場所を見つけて、それから考えようかと」
これに関しても嘘はない。
深い森の中でただ独りだけで暮らしていくというのは耐えられず、今のところ救助される見通しも立たない。
ならば人の居る所に出て、生活を送りながら待つ方がよほどマシであると考えたのだ。
教官の問いにそこまで答えたところで、脳内にエイダの「解析完了」との音声が響く。
頼んでおいた彼らの身体チェックが済んだようだ。
<これといって異常は見られません。地球圏人類種と遺伝的な差異は存在しますが、ほぼ同一と考えて問題はないでしょう。ただし当該惑星住民のサンプルデータが少ないため、確証は出来かねますが>
『彼一人だけ、変わった点もないか?』
<"彼"だけでは特定しかねます。明確な指定を>
妙な所でどうにも融通が利かず、こちらの意図までは汲んでくれなかったようだ。
それでもエイダが居ないよりはずっと助かるのだから、文句を言ったところで始まらないが。
『銀髪に目は青。僕よりすこし身長は高い少年だ』
<確認しました。他二名と比べ、特筆するべき差異は存在しません。あえて特徴を挙げれば、若干筋肉量が多いといったところでしょうか>
エイダの行った診断は、僅かに筋肉質である点以外には異常なしというもの。
若干の筋肉量とは言うものの、果たして本当にそうなのだろうか。
俄には信じがたい。だが今のところは、得られた情報を信じるしかない。
「ねえ、どうかしたの?」
不意に掛けられる声に、僕はハッとする。
エイダとのやり取りに気を取られていたせいだろう。少々呆としてしまい、話しかけられていたのに気が付かなかった。
急に黙り込んだ僕の様子が気になったようで、女の子は若干心配そうに話しかける。
「いえ、すみません。何でもありませんよ。ちょっと疲れてしまっただけで」
「そう? ならいいけど……」
僕は努めて平静に、笑んで答えた。
気を付けなくてはならないだろう。何せエイダの声は他の人には聞こえないのだから。
僕とて不審がられるような素振りをして、怪しまれるのは望むところではなかった。