表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンプルマザー  作者: ボケナスは嫁に食わせるな
38/38

ペッパーミルとねる男

「どのペッパーミルが、いいんですか?」

 ほんわかしたやわらかい声で週3日のパートの池井戸さんが

次長の白石さんにきいていた。

「そりゃ、プジョーでしょ。千葉のアウトレットモールなら

一万円のが五千円で買えますよ」

 池井戸さんとミナミは顔を見合わせた。

「千葉まで行く費用は?!」

と。

 次長の白石さんは、一事が万事こんな感じ。

 特に食にこだわりが強くて、おでんも自分でつくるし、当然、おだしも本物の素材をつかう。

 デパ地下で買った食材を集め、日夜、自分のために料理を作って暮らしている。

 そしてそれがとても満足気で、面白そうな毎日なのだから、驚きだ。

 白石さんは37歳で独身。

 まあ、いまどき、30代で独身なんてめずらしくもないけど、

「20代は結婚願望があったんですけどね」

なんて、のんびり構えているけど、これだけ料理がつくれて、しかもこだわりがあるとなると。

 さすがに、結婚できるんだろうか、あるいは、結婚したいという相手がいるんだろうか、

他人ごとながら心配になってくる。


 ミナミは最初、職場の男の人に、うまくなじめないでいた。

 ミナミは恋愛というか、付き合った人は夫一人で、しかも職場でも男の人と出会わなかったし

学生時代もほとんど男の子と話さなかったので

男の人をみると即恋愛対象みたいに思えて緊張してしまうのだ。


 でも、だんだんと、慣れてきて、男の人っていっても、いろいろいるのだと冷静にみられる

ようになってきていた。

 勤めだして一か月。

 まだ、仕事はモタモタしてミスの連発、エクセルもワードもパブリシャーもメールすら

まともに返信できない状態だった。

 でも、なんだかすっかり、職場という場所にはなじんできていた。

 ミナミは自分でも不思議だったけど、仕事もできないのに、すっかりこの場になじんじゃうなんて

バカみたいだなって思うけど、中年の女の落ち着きって案外こういうものなのかも

しれないなって思うのだ。

 時々やってくるカフェなんかを手広く経営する人がいる。この人も、次長の白井さんと同級生で

37歳だが

「池井戸さんみたいな女子力の高い人なら、いつでもうちで雇いますよ」

と、のたまう。

 この人は見ていると口八丁手八丁で新聞記者の若い女性が取材していたりすると

素早く名刺交換したり、とにかくソツがない人であるのだ。

 自ら

「自分はバカやから」

と、本業の解体かなにかの仕事なのか、つなぎの服をきて笑う姿は「ちょい悪を気取るおやじ」

ともとれるけれども、本当に、頭の良い人であることは一目瞭然の人なのだ。

 なるほど、あれだけ如才なければ、仕事はできるはずだと、すぐにわかる人である。

 そして、すごいのは、彼はお世辞はめったに言わないということだ。

 池井戸さんをほめたのは、彼の正直な気持ち、感想だったのだ。

 池井戸さんという人は、女のミナミからみてもほれぼれするようないい女であった。

 年齢はミナミと同じくらいの40代のなかばか、後半くらいか。

 若いころは、すごい美人だったんだろうなと思うが、今もすごい美人である。

 目がぱっちりとしていて背が高くすらっとしている。

 いつもおしゃれな服装をしてい、しかもそれがとてもよく似合っていて品がある。

 ものごしも柔らかで、謙虚、礼儀作法にも心得ているけれども、親しみやすくて、フレンドリー。

 仕事もできるし、さらにいうと、それを上回るくらい、コミュニケーション能力が高くて

ムードメーカーというか、池井戸さんがいるだけでふんわりあったかい雰囲気になるのだ。

 稀有な人柄だった。

 ミナミにも、すぐに話しかけてくれて何かと助けてくれる。

 今ではミナミは、池井戸さんと話すのが楽しみで職場にいくこともあるほどだ。

 だから、池井戸さんのことを、つなぎの敏腕経営者がほめても、ふんふんと納得なのだ。

 それと同時に、うらやましいなと、嫉妬する気持ちもあるのだ。

 私もその場にいるのに、女子力低いから、仕事ができないから、なんだか気まずくなっちゃって。

 私も褒められたらよかったんだけど、なんだかミナミが女子力について語っちゃうと

ほかのみんなが女子力について池井戸さんにだけほめていると気が付いて

かえってきまずいのではないか、と、さらに気を回して、つい

逃げるように帰ってしまったのが、なんだか、あかぬけなくていやだった。


 翌日、敏腕経営者が訪れ

「あれ、今日の洋服は女子力高いですね」

と、とってつけたようなお世辞を言われたときは、悲しさが倍増したものだった。

 気を遣わず、素直に、思うままを口にしながら生きているところが魅力の経営者なのに

如才なさゆえに

ミナミへの配慮の足りなさを補おうとウソをつかせてしまった。

 なんだか、ミナミは女でいることへの罪悪感すらもってしまった。

 ミナミの働く場は、男女参画をうたうセンターだけど、

女は女子力が高いかどうかがいまだに判定されるし、年を取ってもまだ

男からみた女という立場が、つきまとうのだということに

戸惑いすら感じた。

 マララさんの本を読み、パキスタンでは、女性は学校にも行かず、家で家事を

することが良いとされているのをしり、驚いたものだけど。

 それでも、日本だって、まだまだ同じようなものだ。


 女子力とか、美人とか、人当たりの良さとか

そういったものが、女にはもとめられ、職場での女にもまた

同じことが求められているのだなって思う。

 で、ミナミの場合、そういう職場でもとめられる女子力も極めて低くて

もう、女子という範疇にすら入っていない感じだけど

さらにいうと、男とひけをとらずに仕事ができる山田さんタイプってわけでもなくて

悩みは深い。

 山田さんはフルタイムで働く35歳の女性で、やはり独身だ。

 最初は怖い人だと思ったけど、ただの人見知りで、頭が良すぎてミナミが

とろとろするのに、イライラしているというだけのようであった。


 山田さんは、仕事もできるけど、結構、女らしくもあり、ひそかに次長の白井さんを

好きなようで、いじらしいところもある。

 なんか、うまくいってほしいな、とミナミは老婆心ながら感じている。

 ミナミは、つまるところ、微妙な立場に置かれている。

 センター長の佐藤さんは、山田さんや池井戸さんには、いろいろ教えてくれたり

グループ会社を含むいろいろな人に紹介してくれたり

名刺を作ってくれたというが

ミナミには一切なかった。

 ミナミがすぐにやめると思っているのか、と思っていたけれども。あるとき

佐藤センター長が、

「今はだれもきませんよ、ハローワークに求人しても」

と、センターに訪れた人に話しているのをきいて納得した。

「求人は売り手市場だから、来てくれた人を雇うしかないけど

 ロクな人がこない」

 さすがに、それはこたえた。

 ミナミこそ、そのロクでもない人材の一人だからだ。

 家でも会社でも、ミナミは仕事ができない人と思われ、なんだか悲しかった。

 でも、それが自分なんだって、最近はようやく受け入れられるようになっていた。

 そう、私はおろかで、求人がないからシブシブ雇われた

新人契約社員なんだ、って。

 それはみじめな感じではなかった。

 そう、自分自身を知る、他人からの評価からみた自分を知る、良い機会となっていた。

 隠すことなく、自分というのを認められる、素直な納得がミナミにおとずれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ