44歳の新人研修
「はあ」
島に帰る途中、フェリーから見る夕日をみながら、ミナミはため息をついた。
職場は市内の中心部にあり、以前住んでいたところからだと自転車で10分かからないところだ。
姉のトクコの家からだと、歩いても10分。といったところだ。
でも今は職場から港までの10キロほどの距離を、ギアもないママチャリで必死に走り抜けなければならない。
そうしてようやっと、フェリーの時刻に間に合う。
今日は、45分ほどでこられた。
ぎりぎりフェリーに間に合った。
汗びっしょりで、というより、一昔前のアメリカのビーチドラマみたいな、海水とかビールとかをあびているシーンのように、ミナミは全身びしょぬれであった。
太った人がよく、汗びっしょりかいている姿をみかけたことがあるかも知れない。
あれだ。
ミナミは、一度海に落ちたんじゃないかってくらい、洋服も頭も、汗なんだか水なんだかわからないほどになっていた。
いくら海に近いといっても、さすがに、全身びしょぬれのミナミがフェリーに乗り込むさまは異様だったらしく、フェリーの船員さんや、御客さんが、チラチラこちらをみている。
ミナミはそんなことを無視するように、みんなに背を向けて、フェリーの外、海や島々をみた。
フェリーがすすみだし、今日あった、職場での、みじめな一日を思い出す。
「ああ、全然だめだな、わたし」
そう、つぶやいた。
本当に、仕事ができなかった。
パソコンも、自分では結構やれると思っていたけど、ワードもエクセルも、最近のは殆ど使ったことがなかったし、ミナミが持っているものは別のメーカーで違っているために、どこに印刷できるタグが表示されているのかすら、わからなかった。
書類も不備だらけだし、覚えも悪くて、もたもたしどうしだった。
教えてくれている本田さんを怒らせてばかりだった。
本田さんも災難で、ミナミの指導のために疲れたので、相当いら立っただろう。
ふと帰る予定の島をみる。
夕日が島の山に、沈んでいくところだ。
空が茜色にそまり、フェリーは潮の香をのせて涼しい風を送ってくる。
ミナミは本当に、心の底から笑えてきたのだった。
自転車で行く45分の道のりは、しんどい。
でも、ジムに行くよりも、ずっとずっと、爽快で、何より目標や目的があった。
ジムの歩くやつは、テレビをみながらでも30分が限度だった。
でも、実際の自転車は、さまざまな風景をみながらあっという間に45分が過ぎた。
今、フェリーに乗って海をみて、島をみて、山をみて、空をみて、風を感じて。
ミナミは、楽しくなっていた。
この一瞬一瞬が、とてつもなく充実したものに思えた。
長年夢見てきた、理想。それが目前に広がっているさまをみて。




