時々ミュージアムカフェ
『伊丹十三記念館』は、焼杉が全面張られていて、片流れのシンプルなデザインの建物だ。
入ると、受付ロビーには知的だけども、いわゆる世間一般の美人といわれる人ではない、でもとてつもなく感じの良いお嬢さんが座っていた。
落ち着いていて、さりげなく、優雅だった。
受付のお嬢さんに案内されて、すりガラスの小さい四角だけが透明になった部分から伊丹監督の写真が
「いらっしゃい」
と、言っている方が入口になっていた。
なんともシャレている。
館長は、女優で奥様だった、宮本信子さんだという。
すごくいい雰囲気である。
来館者は平日ということもあって、今のところミナミ一人であるのが、より好ましかった。
喧噪の中でみるよりも楽しみたかった。
記念館の内容事態は、伊丹監督の幼少の頃の日記などや映画の貴重なポスターや原稿などなど。
でもどれも、すごくシャレていて、それだけでも、作品になっていた。
そこを抜けるとカフェになっていた。
カフェだけでも利用できるらしく、職をリタイアしたばかりといった夫婦二人が並んでコーヒーを飲んでいた。
素敵な雰囲気だ。
カフェの女性はミナミよりも少し年下くらいの、それでも30代といった、ふっくらした女性である。
それも嬉しかった。
しかもこの女性が気さくで感じが良い笑顔といえば、もうそれだけで居心地の良さ満点。
今度、娘のヒカルを連れてきてやならくちゃ、そう思ったものだ。
ヒカルは、中学二年生。感性豊かなので、こういった雰囲気や、もてなし、まんべんなく行き届いたデザイン性と、そこにいる人間が醸し出しながら作り上げていった価値みたいなもの、そういった全てを、喜ぶだろうと思ったからだ。
ミナミは
「豆乳しょうが紅茶と十三まんじゅう、お願いします」
と、メニューを見ながら注文した。
「わかりました」
ガラス張りの中庭から見られる木々が映し出す陰影。なんて、よくあるカフェのうたい文句を考えながら、ミナミはそれでも、そういった雰囲気の中にたたずむ自分に幸せを感じていた。
自然と呼吸が大きくなっていった。
面接によるストレスでいつの間にか、息が浅くなっていたようだ。
「こちらにある、しょうがの砂糖漬けを入れて召し上がってもよろしいですし、別々に食べてもらってもかまいません」
そういって、ふっくらとほほ笑んだ。
「それから、こちらは、皆さんにお配りしているアンケートでネットにものせているんですが、館長の宮本信子も毎週楽しみにしていますので、よろしければ」
カフェの女性は店員というよりも、その場の愉しみを提供するための案内役といった感じで、アンケートをひらりと置いた。
そのさまが、ぬくもりがあって、親しみやすく、それでいて洗練されていて、ああ、良い人を選ぶんだな、この記念館は、と感激した。
先程、面接されてきていただけに、面接のただならぬ意味に思いいたる。
この記念館は、吟味して、雇っている。
そう、感じた。
建物も、内容もさることながら、人もまた、なくてはならない人を雇っている。
作品の一つであり、芸術品の一部であり、その人々がまた、作品を盛り上げ創り続けているといった感じだろうか。
価値ある一杯を感じた。
ミナミが面接に落とされ続ける理由もまた、わかった気がした。
ミナミにはこういった人間的魅力がないのだろう、きっと。
世界で一番貧しい大統領として有名になったホセ・ムヒカ氏の笑顔って、すごい。
何がすごいって、何もかもを物語っているからだ。
言葉にならない部分を超えてひきつけられる。
この記念館の女性2人も、そうだった。
でも、ミナミには、多くの質問に関する返答、紙に書き連ねた言葉などが無意味になるほどの、そういった言葉を超えた魅力というものが、ないようだった。
少なくとも、他の人にはそれが伝わらないようだった。
残念で、そして、それだけに自分の人生をもっと生きなければと、背筋が伸びる思いだったのだ。
記念館をぶらぶら後にしながら、ミナミは原付バイクのメットのなかでワッハッハと笑っていた。
笑って生きたい。いつも笑っていたい。
ライフ・イズ・コメディ。
人生とは喜劇なんだから。