ハローワークの人生フローチャート
「みんな30代で、10歳は年下ばかりですが、大丈夫ですか?」
白髪が7割といった面接官がおもむろに切り出した。50代といったところだろうか。夫のカズキと同世代の男性だ。
「えっと、みんなが構わないならば、私はかまいません」
ミナミの返答はいかにも世慣れていない主婦の回答だが、正直で良かったと思う。
だって、仕事って、チーム戦だけど、友達ってわけではない。
むしろ、チームってのは多様であるほど豊かなものを生み出せる。今まで30代だけって結束だとすれば、NPO相談としては、多様な回答ができないって可能性だってあるからだ。
ユダヤ社会では、必ず、10人いれば11人目に、10人と反対する人をチームに入れるという。その方が結果的にうまくいくからだという。夫のカズキからの聞きかじりではあるけれども。
なんて、ことも、色々、後になって思い出す。何かうまい方法で切り抜ければ良かったと後になって後悔はする。
でもそれでも、そんなこざかしいことを面接官に言わずとも、人間の感性って知識とかを超えたところで、どっか判断できるものだとミナミは信じていた。
大体、新たに人を雇おうとしているのは、むしろ、チーム自体を変えたい、もっと何かできないかと思ってのことだろうからだ。
「で、あなたはNPOの相談の中で、何がしてみたい、あるいは足りないと感じていますか?」
白髪頭の男性面接官は続ける。
「あの、えっと、自分でも実際そうだったんですが、インターネットなどで、NGOの方などがよく寄付とかを受け付けておられて、それで、そういったものがあると、NPOやNGOを始める上でも、気軽にやってみようかという資金繰りのメドがたちますし、寄付する側も控除のメリットや控除しやすさを考慮した寄付の内容になっていると、俄然、寄付に取り組みやすいのではないかと常々思っていまして・・・・・・」
「つまり」
厳しい口調で面接官は断定的に言った。まるで、簡単なことを難しく言おうとしているミナミの頭が悪いという風だった。
「寄付を明確化するってことでよろしいですね」
「あ、はい、そうです」
ミナミは、いささかガッカリした。本当のところ、そういうことではなかった気がしたからだ。主旨は、ちょっと違う。
でも、うまくまとめて話せないミナミにとって、それは結局、そういうことだったのかも知れない。
なんだか、この面接官に嫌われているようだなっと、ミナミは自信を失ってしまっていた。
でもまあ、嫌われなれてきたミナミにとって、それは、嫌われ路線の延長上にあった。
中央の女性が
「最期に勤められた6年前は妊娠を機に辞めておられますが、それ以後、一度も勤めていないんですか?」
「あ、はい」
まるで、給料をもらって働くことなしには、この世界では通用しないんですよ、そう言わんばかりであった。ミナミにはショックであった。
世間では、給料をもらって働くとか、事業を起こすなどといったことに、価値を見出すし、わかりやすい指標としてとらえられている面がある。
でも、必ずしもそうとは言い切れない部分があると思うからだ。
全子育て経験者は、一様に思っているかもしれない。子育てって、楽なもんじゃない。無給だし、職務経歴書にも学歴にも書けないけれども、すごく人生という意味では貴重な体験だと。
むしろ、このことを考慮にいれない履歴書ってものが、マイナスにとらえるような風潮こそが、不思議にさえ思えるほど、奥が深い体験であるということだ。
子育てに答えはない。
早くから早期教育で子どもに英語や文字を教えて行って、水泳も体操もできるようにサポートしていく人たちもいる。
あるいは、発達のおくれを指摘された人は、あれやこれやと、様々な方法を試すかもしれないし、様々な相談窓口をも訪れ、一喜一憂を繰り返すかもしれない。
幼稚園からお受験を目指さす人もいるだろう。
アトピーのために自然育児や、自然食、ひいては環境問題を勉強する人々もいる。
離婚して働かざるをえなかった人、子どもが1歳になってすぐに職場復帰して、家ではお惣菜ばかり、こども保育費が高いので給料のほとんどがそれに消えて、しかも自分は疲れ、何をしているんだかわからないと嘆く人もいる。
職場に復帰して、子どもと一定の距離をおいて、社会と家庭を両立できた方が子どものためにも良いとして、実際、とてもイキイキしている人もいる。
多様なのだ。
本当に、様々な人々がいた。
ミナミは、子育てを通じて、そういった様々な人たちを見てきた。
今、ミナミは、上の子どものヒカルを産んでからの14年間。子育てサポートのボランティアなどや保育園、幼稚園を通じて感じたのは そのどの子育てもが、間違っているとは一つも言えないといったことだった。
テレビを賑わした、ベビーシッターに子どもを預けて事故にあってしまった人も、子育て放置のお母さんも、みんなそうだ。
みんな、一生懸命だったのだ。それぞれの見方において。
ミナミも一生懸命だったからこそ、全精力をもってして生きて、子育てしたからこそ、感じたことだった。
子育ても仕事も、社会も人生も、それぞれの見方において正しいってのを持ち合って、こすれたりぶつかったり、折れたり曲がったりしながら、進んでいくように思える。
そのすべてをいとおしいとミナミは感じていたのだ。
こういった物の見方というのは、ミナミが子どもを産んで、育ててから始めて、体得したものだった。
知ったのではない。わかったのだ。
ひしひしと感じたのだ。
これが、子育ての経験だと思っていた。
おずおずと自信なげなミナミの内側には、ふつふつと沸き立つような、あたたかい、あたたかい、巣があった。大きな大きな巣があった。
そして質問した女性を涙目でみると、女性は、
「わかってますよ」
と、いった風に、唇のはしをほんのわずかに持ち上げて、ミナミに微笑んで見せた。
この面接官の女性もまた、妊娠出産の経験があるのか、職場の中で面接官という取り繕った仮面の下からミナミにエールを送ってくれているようだった。
一番端の30代の男性が質問者となった。
「わたしが、職場の実際の責任者になるんですが」
前置きしてから、男性は続けた。
「あなたが生きてきた全人生の中で、これができる、といった自分の仕事での強みのようなものを3つ挙げてください」
こういう質問がまさか、13万円の月給の契約社員の面接で、出てくるとは思いもしなかった。
驚いたが、嬉しかった。
NPO関連ならではの質問ではないのかと思う。
先程の白髪の男性面接官からは嫌われているようだったので、ああもうだめかなぁと気落ちしていただけに、希望が湧いてきた。
「あの、まずは会計ができるということです。6年前に最後に努めたNPOでも、会計も担当してきました」
「それから、様々なボランティアなどの活動を通して人と人をつなげるといったことを、行動として起こしていくことに自信があります」
「それと、三つめは、今までフリーペーパーなどを作ってきた経験があるので、書くことが大好きです」
質問の答えになっているかどうかわからなかったけれども、ミナミは、言ってみて、ああ、自分にも、売りというのか、強みというのか、そういったことがあるのだな、そう感じていた。
「最期に辞められてから、ええと家庭文庫の活動を止められた2年ほどは何をしておられたんですか?」
「子どもがおりましたから、まずは子どもが、離れてもやっていけるかどうかを見ていました」
ミナミは少し考えてから付け加えた。
「それと、実は、家庭文庫をやっていたときからの夢で絵本作家になりたいと。それで、絵本を描いていました。あの全然、ダメだったんですけど」
面接官はみんな驚いた様子だった。
ミナミの経歴っていうのは、というか殆どの子育て主婦はそうではないかと思うんだけど、履歴書にのらない部分が果てしなく大きい。
「そういえば、高校はデザイン科ですよね」
「ええ、よく聞かれるんですが、なぜデザイン科の高校から、経営学部に進んだのだと」
「どうしてですか?」
興味深げに、身を乗り出して30代の面接官がきいてくれる。さすがに、NPOの相談窓口をしている人というのは違う。モノの見方やとらえ方が、杓子行儀なところがない。
多様なものを受け入れる幅や器があるし、何より、そういったワクをこえたものを面白いと思い、楽しむ姿勢に好感がもてた。
年齢でなく、尊敬できる人だとミナミは思った。
「幼い頃から絵を描くのが好きで、画家とかデザイナーになるのが好きだったからです。けれど実際に生活する上での技能として経営学科で会計を学びました」
「では、これで。あの何か質問はありますか?」
中央の女性が、ミナミに目を向けた。
ミナミは、ほっと胸をなでおろした。
「特にありません」
ミナミは退場した。
退散したといった方が正しいかも知れない。
早くその場を逃げ出したかったからだ。
ここがダメならば、また次の面接に応募しなければならない。気が重かった。
写真代も4枚で900円。履歴書は送らなければならないので、その都度、郵便などの手間暇と料金がかかった。
ハローワークの職探しは、昔と相も変わらず、条件のみで応募するので、求人を募集する人にも応募する人にもわかりにくい体制だと思った。
派遣などは容姿にいたるまで双方の持っているものをすり合わせて、職場診断をしてくる。
結婚相談所だって、そうだ。
結婚もそうだけど、職だって、人生の大きな時間をしめる。
それを、相手からのわずかな情報。それも、最近は男女雇用機会均等法や年齢考慮などがあって、求人する側の本音は語られていない。
ミナミもさすがに44歳と、世慣れていたので
「受付、年齢不問」
などと書かれていても、それが自分にも応募できるとは思っていなかった。
これは『窓際のとっとちゃん』じゃないけれども「委細面談の上」の、細面の若い美人のための求人だ。
しかし、今回のように、職場が30代で、30代の人を求めているのならば、30代以下を指定してくれていれば互いに無駄にはならないのだ。
こういうマッチングをきめ細かく出来るようなサポートシステムがハローワークにあるといいなぁとミナミは考えた。
そして、今現在行われているよりもより詳しく、職務経歴や学歴やその他の面を、きちんと、反映できる一つのカタチとして、ハローワークで登録し、それを、写真付きで求人会社に送信できるシステムになっていると、より、互いにうまく伴侶を見つけれると思うのだ。
結婚も、職もだけど、世界は広い。
必ずや、ぴったり合ったものがあると思うのだ。
それを見つけるのが幸せ探しのお手伝いというものだ。
その方が、料金も時間も節約できる。ミナミはそう思ってから、で、ミナミみたいな女性をどこの職場も求めていないとしたらどうだろう?
そう、思った。
「ああ、わたしだったら、私を雇うんだけどな」
そうつぶやいて笑った。
ミナミは原付バイクで、病院とグループホームなどが一体になったその空間を、早々に立ち去ろうと道に出た。
ふと見ると、その病院の隣に、こじゃれた建物がある。見れば『伊丹十三記念館』とある。
今まで、一度も行ったことはなかったが、入ってみることにしてみた。
ものは試し。ここまで来たのだから、ただでは帰れない。




