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シンプルマザー  作者: ボケナスは嫁に食わせるな
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ハローワークはチクタク刻む

 ハローワークの求人票を見るパソコンの前で、ミナミはぼーっと座っていた。

「あの」

 肩をたたかれ振り向くと、中年女性が困ったように、

「受付カードをとってから、パソコンで検索する仕組みになってるんですが」

と、言った。

「あ、すみません」

「いえ、いいんです」

 係の女性は、ホッとしたように、受付カードを渡して去って行った。

 そっか、受付がいるんだったのか。今の今まで知らなかった。ミナミはずっと勝手に入口を入って、勝手にパソコンで検索してきた。

 何やら恥ずかしいやら、係の人に腹が立つやら。

 こういう時に、親切にも注意しにきた受付の女性に腹が立つってのは、何か間違っている気がして、心の中で訂正しながらも、やっぱりちょっぴりムカついていた。自分って我がままなのかなって思いながら。

 ハローワークの求人票を検索しようとして、ミナミは昨日のことを思い出した。

 夫のカズキと次女のユウカは、そこそこ仲が良いので、和気あいあいと、ファミレスでの食事が始まった。

「家、売らないよ」

 夫がおもむろに切り出したとき、ミナミはちょうどハンバーグをおはしで口に運んだとこだった。

「あちっ」

「家、オレが住むから」

「え???どうしてよ?」

 ミナミはドリンクバーでとってきていたダイエットコーラをガブガブ飲んでから、一息ついて言った。

「だって、オレ、住むとこないだろ。妻や子供と一緒に住めないなんて、おかしいだろ」

 夫のカズキは、そもそも、この2年ほど、週末しか帰ってきていなかった。

 カズキの実家近くにもともと会社があって、カズキは実家から通っている。

 きっかけは、姑が

「夜中に誰かが窓をたたく」

と、訴えて警察を何度かよんだことである。

 本当だとしても、本当じゃないとしても、ちょっとこれは、ということになったのだ。

 姑は一人暮らしなので、まあ仕方もない。かえって良かったというものかも知れなかった。

 夫は以来、2年ほど、週末だけ帰ってくるので、ミナミとヒカルとユウカは女3人の気楽な生活を満喫していた。

「え、でもさ、今までだって一緒に住んでたわけじゃあないでしょ」

 と、ミナミが言うと、夫はムキになって言い返す。

「何言ってんだよ!それとこれは別だろ!」

「それにね、私が働きだしたらどうなるのよ、私、介護の仕事くらいしかないのよ」

「だからこそ、土日にオレがみなくちゃならないだろ」

「いやいやいや、平日は?夜勤は?」

「それは実家のお母さんに手伝ってもらえばいいだろ」

 ミナミは考えてみた。姑はもう歳ということもあるけど、膝が悪い上、目も悪いので、ユウカの面倒はみられないと前から言っていた。

 そもそも、ミナミは今は、過呼吸の心配もあるので夫の実家には帰るつもりはない。

 ミナミの母も、70歳過ぎだ。元気だといっても、そんなに甘えられない。

 大体、そういったことがあるから、姉のトクコの家にうつったのだ。

 ミナミたちの家は、電車の駅から遠いので、島からだと来るのが難しいからだ。

 それに、家を売れば、子どもたちの将来の資金は十分確保できる。それどころか、みんなで旅行にいったり、がむしゃらに働いて体を壊したりする必要のなり、余裕までできる。

「とにかく売ってよ!」

 ミナミもムキになった。トクコの家で気を遣う生活を続けていて、疲れてきたのもある。

 家を売らないとか、売るから綺麗にしろとか、勝手なことばかりを抜かす夫のセリフに、ブチ切れたのだ。

 何が何でも、売るか、貸すかして、お金を手にしたかったし、ミナミにだって、そこまでして家を出た意地ってのがあった。

「かえるよ、ユウカ!」

 ミナミはユウカの手をぐいぐい引っ張って、ファミレスを出た。

 今、ハローワークの涼しいところで求人票を見るでもなくみながら

「これから、どうしようかな」

と、つぶやいた。

 そのとき、なんとなく『つぎ』をクリックし続けていた手を止めた。

「NPOの窓口相談係募集・・・・・・」

 ミナミはずっと、どうせ働くならば、NPOかNGOと決めていた。

 内容は、NPOセンター内での相談業務とのこと。

 給料は13万円、契約社員。休日は月曜日のみ固定で、後はシフト制とのこと。

 ミナミは、直観だけで、ここの求人票をプリントアウトしていた。

 雇ってくれるかどうかではない。受けてみる価値はあると思ったからだ。

 NPOについて調べてみる良い機会だし、万が一にも採用されれば、ミナミが今後、何かの活動をするときにも、繋がりができる。知識もできる。仲間だってできるかもしれない。

 ミナミは早速、求人票をもっていき紹介カードを発行してもらう順番に並んだ。

 面接は、履歴書をおくって、それから一週間くらいたった来週の水曜日ということで決定した。

 大抵、今のハローワークは、履歴書をおくって、それから面接の連絡が直接あることになっている。

 これは、面接を受ける人たちにとっては不利だ。そして恐らく、零細企業にとっても。

 昔、ミナミが家業の商売を手伝っていたころは、零細企業であるミナミたちのような会社は、ハローワークで求人しても誰も来なかったものである。

 もしも、履歴書を送付してから、なんていうワンステップがあったら、まず、求人募集に応募してくる人はいなかったと思う。

 零細企業では、応募=面接=即採用である。実に簡単。

 でも、それもこれも、ハローワークで求人票をみて、ハローワークの人が問い合わせてくれて面接日まで打ち合わせてくれるという前提で、だ。

 これが自分で履歴書送付、しかも自費で、なんてことになったら、まずは零細企業からは誰も応募しないだろう。

 日本のお役所っていうのは、零細企業や、恐らく、そこに適したであろう人物たちのことを無視してことを運んでいると、ミナミには思えた。

 日本では「社長」と呼ばれる人は、いまだ数の上では多いようである。

 しかし、サービス業など町を歩いて生活していて思うのは、大手にドンドン吸収されてチェーン店化していく現実だ。

 零細企業なんて、ミナミが知る20年前ですら、半沢直樹じゃないけども、銀行の貸し渋りもきついし、経営難に追い込まれるところも少なくなかった。

 求人票、そしてハローワークの仲介一つとっても、企業に行く人々は振り分けられ企業は絞られていくのかも知れない。

 よく魅力的な職業、などといったりする。企業も魅力のある会社に自らが経営努力しなければならないと。だけど、そういった職業ばかりではないのだ。

 そして、そういった職業でなくても、それなりに魅力を感じて生きている人もいて、そういう人たちは趣味だとか、他のことに人生をかけているのかもしれないのだ。

 字を書けない人や、封筒、切手などの手間暇をかけられない人、そういうことには、別の窓口を対応させようというのだろうか?

 どうしてだろうか?

 簡単であることは、みんなに優しいと、そう思うミナミであった。

 一番困る人に合わせる、それってやさしさだと思う。

 とにもかくにも、ミナミは、履歴書を送付して電話連絡をひたすら自宅で待たなくても良いことに、ホッと胸をなでおろした。

 大体、ハローワークで求職活動をしているのは、大抵、失業したり転職を希望する人が殆どのように見受けられる。あとはミナミのような子育て後の女性か。

 そもそも、履歴書や職務経歴書には、ミナミたちのような主婦プラスアルファで、色々なことをやってきた人たちのことを書き表す欄がない。

 検定試験のスキルはなくても、会社で勤めたり、仕事をする上では、それ以外のスキルが山ほどいるのは、社会人なら皆知っていることだ。

 なのに、なぜ?

 以前は電話で面接日まで決めるとか、相談にのるとか、きめ細かいサービスがあった。それに、採用する側でも、履歴書より人物を見たということだろう。人物にあい、話を聞き、それで、面接に来た人が帰った後に、履歴書をじっくりと見るという具合だった。

 そういった、なんだか人間の温かさみたいなものが、今はもうなくなったことに、時代の流れを感じた。

 このNPOの相談窓口を募集しているボランティア団体が、どうか、温かい繋がりを重視するところでありますように、ミナミは祈った。

 人と人をつなぎ、社会の中の、企業でも個人でもやれない領域の問題を解決していく。そういうNPOやボランティア団体には、最後の期待を感じる。

 まず温かさ、それからすべては始まる。そう、ミナミは思うからだ。

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