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シンプルマザー  作者: ボケナスは嫁に食わせるな
21/38

履歴書は体に書いてあります

「職歴をない人は私だって雇わないからね」

 ミナミが、断った介護ホームのことを母は言った。

「ちょっと条件は悪くても、行っておけばよかったのに」

 ミナミも、そう思わなくもなかった。

 だけどぎっくり腰を一年前にやったこと、そして今の肥満の程度を考えると、ちょっと安請け合いはできない。

「ねえ、プール行こうよ」

 長女のヒカルは美術部なので中学校になって太った、太ったと気にしていた。

「うーん」

 そういうミナミも体重のことがあるので、近くにあるフィットネスクラブに入会しようかとスマホで検索していたところだった。ちょうどネットでライザップの宣伝を見たことが大きい。

「ヒカル、ここ一緒に行く?」

 近所のフィットネスクラブは、保護者が同伴ならば、中学生から利用できることになっていた。

 44年の人生の殆どを、ミナミは食事制限をしたりしてダイエットにいそしんできた。

 その結果がこの体である。リバウンドにつぐリバウンドで、脂肪でタプタプしている。

 体重をはかってから炭水化物だけを減らす糖質制限をしている。以前はこれで激ヤセしたのだ。

 でも、体重は全然変わらなかった。

 汗っかきのミナミは、大抵、夏場は黙っていても体重が減るのだ。

 なにしろ大量の汗をかくので。

 なのに今は、一グラムたりとも痩せない。

 ジムでは一日体験をやっているという。

「行く行く行く、今日行く!」

 ミナミはいつもならグズグズしているところだが、両親と姉がいる前で、グズグズした姿をさらすわけにもいかない。

 きびきびとしたよくできた母親のように、早速電話してみた。

「はい、中学生と2人、今日で」

「どうぞいらしてください」

 若いハキハキした女性の声で感じも良い。

 ミナミとヒカルはいつもパジャマとして着て寝ているジャージに着替えて、ジムへと行った。

 ジムで体験のための手続きをすると、まず、体力測定をするという。

 なんとなく言ってみると、体組成計にのせられた。

 これにのって暫くグリップを握っているだけで、全身の脂肪と筋肉の割合がわかるという。

 体重のことを知られるのが嫌で、ミナミは躊躇したが、もうここまで来たら逃げられない。

 どう見ても学生といった若いトレーナーの男の子に誘導されて体重計に似ているそれに乗ってみた。

 表を見て愕然とした。

 ミナミは上半身はアスリート一歩手前に筋肉なのだ。

 下半身は、標準だが少し少な目といったところ。

 足腰が弱っているのではない。

 腹筋で120%の筋肉。体幹も120%だ。

 ただいかんせん、体重がかなりオーバーなのと脂肪がお腹だけで13キロもついていたのだ。

 それとこれだけの筋肉量にもかかわらず1200キロカロリーの基礎代謝と低かった。

 BMIは28以上ある。

「数字はあまり気にしないでください」

 そういって爽やかに笑う若いトレーナーをうらめしそうにみた。

 気にしないでくれったって、気にする。

「体を鍛えていけば、この数字は普通に落ちてきますので」

「本当にですか?」

「はい、おまかせください」

「でもBMI28は危険ですよね、やっぱり」

 多分病院だったらすぐに成人病の薬を何種類か渡されることだろう。

「いえいえ、ご心配なく。僕もBMIは25以上あって肥満レベルなんですよ」

 嘘みたいに引き締まったトレーナーをもう一度見てみた。

 筋肉だと重いというが、とてもBMI25超えには見えない。もちろん、ミナミみたいに28は超えていないと思うけれども。

 でも、この言葉に、ミナミからみたら、まだ子どもにしか見えないお兄ちゃん先生が天使に見えてきた。

 成人病としてお先真っ暗な未来しか思い描けなかったミナミだが、なんだか鍛えれば数値は自分できちんとコントロールできる、そう思えてきた。

 ジムで鍛えている人は高齢者の方も多くて、お腹まわりが細いとは必ずしも言えない人もいらっしゃる。だけど、引き締まっていて、動きはきびきびしている。

 それにミナミはスタートの今の時点で、すでに、もう少し鍛えればアスリート並みの筋肉量までいけるレベルとある。

 一方の娘は、表が青ざめていた。筋肉量が少ないということを色が指し示している。

 体重は標準で46キロ。でも筋肉量が少なくて脂肪分が多くなっていた。

 総合するとミナミの方が73ポイントで標準の範囲内。ヒカルは70ポイントで標準ぎりぎりだった。

 ミナミはなんだか明るい希望がみえるようになっていた。

 不思議だ。これが病院ならば気がめいったかもしれない。体重だけでいくとミナミは完全なアウトだ。

 でも年齢を考慮した筋肉量でも、ミナミは問題がない。

 それにジムでは、体型や脂肪、筋肉量は調整可能とみて、決して脅したりしないらしい。

 続けさえすれば、問題はないですよ、といってくれる。

 これは驚きの発見だった。これならば通う甲斐はある。

「今なら入会金無料、初月2000円割引、さらにお友達紹介特典2000円分の商品券が進呈されます」

 にっこりと笑うトレーナーのサービストークに、ミナミは

「入会します!」

と、勢いにのって言っていた。

 ジムのトレーナーも利用者たちも、皆、明るくて元気が良かった。それに体型はそれぞれあって、中年は中年なり、高齢者は高齢者なりに、若い人はもちろんそれなりに。太目の人から細い人、いかにも筋肉質な人まで色々あるけど。なぜかとてもバランスよく見えるのだった。

 ミナミは憧れのフランス女優、カトリーヌ・フロを思い浮かべた。

 カトリーヌ・フロは映画の中で走るシーンもあったり、体もいかにも鍛えた感じがする。ミナミよりも10歳は上のはずだが、とてもとても、ナイスボディなのだ。

 シックなタイトスカートがとてもよく似合っていて、ミナミは働くのならばカトリーヌ・フロみたいに自分の身体をきちんと整えて、タイトスカートをはいて颯爽と通勤したいものだと思ってきた。

 でもいつもチュニックにジャージかスパッツをはくミナミはタイトスカートはもっているものの、どこまでも伸びる素材でつくったストレッチ以外、はいらなかった。

 ヒカルはミナミの服装をみて

「センスを磨いてね」

と、言う。

 ヒカルはリサイクルショップの服を嫌っていて、新品をショップで上から下まですべてそろえたがる。とにかく金食い虫なのである。

 ヒカルの欲しがる服は、家計にひびくほどの額になる。

 で、それは人それぞれに趣味で、ヒカルのように流行をおい、あくまで人に見られて恥ずかしくないようにを常に意識する趣味の人もいる。

 でもミナミは違った。そもそも、24時間年中無休、あけっぱなしの図書館をつくるってのは、かなり常識はずれ。

 他の人からみれば、服もそうだし家も、考えも、すべてがちょっと風変わりに見えるらしい。

 ミナミはあくまで、自分の好きなものに忠実だった。

 洋服も、流行とか関係なく、あるときはブランドのロゴにひかれる自分がいて、またあるときは、みたことのない抽象模様にひかれる。色合いに惹かれたり、コムでギャルソンみたいなアンバランスさに惹かれることもある。

 でも、いつもそれは定まっていなくて、流動的だった。

 流行とは全く違うし、他の人からみたらボロに見えても、ミナミは結構満足していたのだ。

 センスはないかもしれないけれど、おそらく、自分なりにシックだったのだ。そして人生って、案外、主観だからそれでいいのだった。

 ジムの鏡にうつる自分の姿をみたミナミは、うんうんと頷いた。

「これでいい」

 152センチにして67キロだし。腕はまっすぐにピンと体に沿わして下しても、二の腕がぷくって盛り上がっている状態。首の後ろにも肉がついて盛り上がっている。肩も骨格より一回りは確実に大きい。

 若い頃は、こういう中年体型だけにはなりたくないと思っていた。

 でも、今、マジマジとその姿を見て、ああこれが私の履歴書か、そう思う。

 ジムの人はきっと、この履歴書を

「なおせますよ、きっと」

と、いって笑いかけてくれているのだと思う。

 でも、ミナミは利用者の人たちの個性あふれる体型を見ながら、

「ああ、これでいいんだ」

そう納得したのだった。

 それぞれに、美しのだ。

 美って、一定のものにあるとか、美人の定義のように平均値にばかりあるとは限らない。

 あくまでミナミの主観においてだけど。

 すべてのものの和から生じたすべてのものは、みな、一様に美しかった。ミナミは心からそう思える自分がいた。

 そして、それが私の履歴書だった。

 心にも体にも表れた、履歴書だった。学歴であり職務経歴書。これが私なんだって。

 こういったことが、まるごとで体当たりしたように分かること、それが年を取るってことなんだな。ミナミははじめて自分の44歳という年齢が誇らしく思えた。

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