ハローワークは専業主婦がお嫌い?
「で、働かれた経験は?」
「えっと、第二子ができるまでの一年間が最後です」
「はあ、それからは、まったく働かれていない」
係の人の声は、タンタンとしているけれども、何かしらトゲのあるものに感じられた。
預ける先のないものにとって、働けるかどうかには限界がある。
子どもはすぐに病気をする。しかも、今色々と言われている抗生物質も予防接種もせずに自然治癒を待とうとしたら、一週間はかかるものだ。
ミナミはできる限り、自然治癒をする派だったのだ。
それでも、登録してその日のうちに、介護のヘルパーの仕事に応募してみることにしたのだ。
姉のトクコのところから歩いて3、4分というところ。
しかも日勤で夜勤がない。
「じゃあ、電話してみますね」
ハローワークの係員の方が電話で連絡してくれる。
「ええ、今日の13時から別の方の面接が入っておられる、はあ、で、この方もそうしたら面接願えませんでしょうか?」
ミナミは、ホッとした。一足先に決まってしまうかもしれないからだ。
この介護の仕事は、トクコの家から近い上に、給料も15万円と破格である。しかも一年で2.7か月のボーナスが出るという。
トクコは今までボーナスをもらったことがなかった。両親の経営する家内経営の会社ではボーナスなんて夢のまた夢。
それ以後は、正社員にはかたっぱしからオチ、派遣やアルバイトやパートだったために、ボーナスなんて最初からもらえるはずもなかった。
一度だけ派遣先 の社長が、気持ちだけ、と。一万円をくれたことがあった。
それが、人生で最初で最後のボーナスだった。
「はい、では14時ですね、書類を持って伺います」
ハローワークの人に紹介状をもらうと、その日の14時、面接に行くこととなった。
時計をみると、まだ10時である。トクコは急いで市役所に向かった。
市役所での住所変更は30分ほどで終了した。考えていた以上に簡単だった。
トクコは今までも引っ越しを数々してきた。そう、ざっと15回ほどだろうか。
それでも住所移転書類ときくとぞっとするほど、書類仕事が苦手だったのだ。
トクコは市役所の向かい側にみえる、一度だけ言ったことのある老医者のいる皮膚科にいった。
ここは、丁寧に診察してくれる上、余分な薬を一切ださない。だからか、皮膚科の割にはすいている。
トクコがいくと、足の皮をすこしとり顕微鏡で丁寧に診察してくれた。
「水虫いますね」
それだけいうと、優しく
「大丈夫ですよ、お薬を塗って、この薬がなくなったらまた来てみてください」
そういって穏やかにほほ笑んだ。
良いお医者さんに巡りあう幸福くらい、ありがたいものはない、そうしみじみ思う。
時計をみるとまだ12時だ。
住所変更したときにもらった住民票をもって、今ならば警察署で免許の住所変更ができる。
急いで自転車で警察へと急いだ。
警察で住所変更してもらい、トクコの家に帰ると、汗だくだくで、臭かった。
両親はどこかへでかけていた。
ミナミは急いでシャワーをあび、面接用の唯一の洋服。中古で買ったZARAの黒いシフォンの半袖ブラウスとナチュラルベーシックのベージュのストレッチのタイトスカートをはいた。
23区の黒いパンプスは、500円で手に入れたものだ。
扇風機の前でしばらくくつろいだ後、お化粧を軽くする。
介護の仕事だから、濃い化粧はだめだろう。
とはいっても、もともとミナミはほとんど化粧をしなかった。
主婦ということもあったが。
面接の時間よりも20分も前についてしまい、職場になるはずの介護付きホテルのロビーで待った。
前の方の時間が長引いていて、ミナミが呼ばれたのは14時を5分以上過ぎてからだった。
「介護の仕事をされたことはあるんですね」
一通りの質問を受け、緊張の中、モゴモゴと口ごもっているうちに面接は終わった。
経営している、病院の院長夫人の美しい笑顔とモスキーノらしき特徴的な装飾の上品なスーツだけが、印象的だった。
トクコの家に帰ると、両親も帰っていた。
「いやあ、実は今、そこにある介護の仕事の面接に行ってきたんだ」
母のいれてくれたコーヒーをのみながら、ミナミはそう話せる自分が誇らしかった。
長年、職についていない自分を半人前のように思ってきたからだ。
「良かったわね」
そういってくれる両親にも、思いっきり屈託のない心からの笑顔を返した。
その時、電話がなった。
「ミナミちゃんよ」
母から電話をとりつぐと、介護の会社の人からだった。
「採用が決まりました」
「ええ、ありがとうございます」
時計を見たが、まだ16時で、面接してからまだほとんど時間がたっていない。
「いつから来られますか?」
「あの、ご希望にあわせますが」
「では、来週月曜日からでは?」
今日はもう金曜日なので月曜日までは2日間しかない。
「あの、その」
と言ったが、両親はジワジワと荷物をうつしながら暮らすのでということで、そう行ってみようと思った。
両親と昼間ここにいても気まずいだけだ。
「ええ、わかりました。お願いします」
ミナミは、はっきりとした声でそう言った。
「では、今から、契約書などを取りに来ていただけますか?」
「わかりました」
ミナミは両親に事情を話し、介護施設に向かった。
就職が決まったミナミは、小躍りしながら歩いている自分に気が付いた。
何もかもがこんな風にうまく行くなんて。後は、どうやってぐっすりと眠るかという問題だけだ。




