想像の余地のある家は80万円
想像の余地のある家を、80万円で買ったミナミ。ワクワクが止まらない
いざ引っ越しとなると、荷物の多いことに驚かされる。
正直、ここまで多いとは思っていなかった。
ミナミは、ミニマリストとはいかないけれども、お金もないし、モノは買わない方だと思ってきた。
でも、あるわあるわ!
「家具、どうしようかな」
姉のトクコは
「家具は持ってくるな」
と言っている。
姉って案外冷たいものだ。
兄弟は他人の始まりとはよく言ったものだ。
とりあえず、売ろうと思い、電話のところに行ったとき電話がなった。
まだ電話回線はつないだままなのだ。
夫は週末には帰ってくるし、この家から、東京までヨガの団体の合宿セミナーにでかけたりもしている。
電話にでると母だった。
「ミナミちゃん、家、昨日、正式に買ったわよ」
「いつの間に!」
母というのはそういう人で、決めたら、即断即決の人で、何でも仕事が早いのだ。
むしろ今回は手続きもあったんだろう、買うときめたその日ではなく、3日ほどたってはいるが。
「遊びにいらっしゃいよ」
母はいつもだが、用件にずばりと入る。
挨拶とか社交辞令、世間話、そういったものは一切抜きの人なのだ。
「行く行く行く!」
母からの電話にミナミは二つ返事でのった。
今までなら、絶対に行かないとこなのだが、今は姉の家も居づらくて即座に行くことにした。
「あ、それと」
ミナミはふと思いついて、家の家具を家に移しても良いかどうか聞いてみる気になった。
大抵の場合、ミナミは相手が言うままに動いてきた。
母が、こうしなさい、といえば、その通りに。
姉がこうして、といえば、その通りに。
でも今回は、自分から何かを提案してみたくなったのだ。
「実は、家の家具なんだけど、そっちに移してもいいかな?」
「もちろんよ!あんたの家じゃないの!」
ミナミはホッとした。
母は即断即決のシャキシャキした人だけど、意外とさっぱりしているのだ。
「で、いつにする?」
母は、あくまで即断即決『今スグ』の人なのだ。
「えっと、今から、引っ越し屋さんに問い合わせてみるね」
ミナミは、こういうことをノロノロしていつまでも決められない方なのだが、母からの一言に、電話をきってパソコンに向かった。
ネットで調べると、今は『引っ越し一括検索』というのがあって、家具を入力してやると勝手に引っ越し会社をみつけてくれる。
入力して送信ししばらく近隣の引っ越し会社の人や赤帽の人を検索していると、いくつもの引っ越し会社から電話がかかってきた。
島であることを告げると、再度、見積もりなおすという。見積もりは、10万円ほどだった。家具の大部分は売るか捨てていくつもりだったので、食器棚一つとベッド一つ。タンス2つといった、一人用くらいの荷物にエアコン一台。
そんなもんなのかなぁと、思いつつ、パソコンでダラダラと検索を続けた。
いくつかの引っ越し会社の中から一番安いところに決めようと思っていると、大手ではない、会社をみつけた。
自社が設定している引っ越しお見積りが目に入り、一応入力してみる。追加事項に島であることを書いておく。
すると、すぐに電話があった。7万円だという。しかも見積もりは、大体であって、トラックにのるものなら追加もOKという。
「お願いします」
普段なら即決はしないミナミだが、夫のカズキのボーナスが入ったことをきいていた。ボーナスのときは大抵、夫から10万円もらっていた。
7万円ならば10万円からオツリもでる。
すぐに島の母に電話する。
「おばあちゃん、引っ越し、来週の月曜日なんだけど、どう?」
「いいよ、じゃあ月曜日に」
相変わらず、だ。すぐにそういうと電話は切れた。
とにかく早い。無駄話はない人なのだ。
気持ちが良い。ミナミは無駄話が苦手なので、こういうのが好きだった。
夫の実家はどちらかというと、世間話が多く、親族が集まれば一日中でも続く。それは悪いとは言わない。むしろ、風習として面白いとさえ思う。
だけど、苦手なものは苦手だった。
いつもそういう集まりの時、子どもたちと遊ぶふりをしながらその場から逃げ出したものだった。
あるいは、良い嫁を装って、お茶をついだり、おつゆを作ったり。裏方に専念した。
そして、誰も、ミナミのことなんて気にもしなかったので嫁の在り方としてはこれはこれで正解でもあったらしい。
「終の住処か」
以前読んだ本の題名がふと口からもれる。
ちょっと悲しい本で、あるサラリーマンが必死で、妻や子供好みの家を建てるんだけど、自分はいざ住もうとすると単身赴任とかになって、古くなってからようやく戻るんだけど居場所がなくって、その上、子どもたちは巣立ち・・・・・・。
でも、ミナミの家は違った。
ミナミは、きっとここに老人になってから一人で住むことになるのだろう。
そういう予感がしていた。
なんだか、そういう家があるという、ただそれだけで、ミナミは胸がいっぱいになった。
住める家がある。
お金には困るかもしれないし、夢のマイホームも売ろうとしている。
でも、80万円の、ミナミの家。終の住処が手に入ったのだ。
その翌日、中学校2年のヒカルと、幼稚園年長のユウカを二人とも休ませ、島へいった。
姉のトクコのところからは郊外電車で6駅。船に乗って15分ほどゆれると、島の船着き場からは歩いて3分。父親が船着き場には迎えに来ていた。
「よお」
父は軽く痴呆がきていると母から聴いていた。
けれど元気そうで安心した。
「この海岸添いに、ぐるりと道があるんや」
父は指さした。潮のかおりにむせびそうである。
島全体は見渡せないけれども、島の中は山になっており、ずっと続くだろう海岸線がもう一つの船着き場を見せていた。
「ここが、島の2軒のうちの一軒」
父がさしたお店は生協の支店で、平屋の小さい家で、間口一間の扉があった。
「島といっても、ちゃんとお店があるのでホッとした。
「お前の家は、この道のすぐ上や」
両親らしく、曲がる角は酒屋さんだった。
酒屋の隣は大きな長屋門の家で、間には人ひとり通るくらいの1メートルほどのはばのセメントの上り坂が続いている。
父があがっていく後ろを、娘2人とミナミは心持ちはずむように、でも黙って登っていった。
誰も住んでいない廃屋があって、かなり大きいけれども草ぼうぼうになっている。
そして家を壊したばかりといった空地が一つ。
空地の上に、この道に続く家が、まだ家が10軒ほど見える。けれども急な傾斜地ということもあり、正確にはわからない。
車の入らない道のところに、これだけの家が建っているのを見るのは、ミナミは初めてだった。
空地の上の細い道に2軒並んで家が建っている。どちらも古い家だ。
「おう、あそこがそうよ」
父の指さす方は、その2軒の奥の家。
何年も前の新建材がはられたクリーム色の外壁。それにセメント瓦は風化したらしい赤いペンキがぬられている。
パッとしない感じである。
でも、そこがミナミらしかった。
しかし、どこをどうみても80万円には見えなかった。
「こんにちは」
ミナミはなんだか自分の家ということもあって、不思議な感慨に襲われた。
今まで自分が住める家というのを持ったことがない。
どこの家も、ミナミの好きにはできなかった。
でもここは、今は両親が住んでいるとはいえ、ミナミの正式な名義の家なのだ。
堂々と入っても良かったのだ。
「いらっしゃーい、って、ミナミちゃん、あんたの家よ」
母はニンマリと笑った。
両親が、ミナミのためを思ってここを買ってくれたのを、その時、理解した。
ミナミは小さい時から海が好きで、海の見える家に住んでみたかったのだ。
玄関から、ふと思いついて振り返って外を見る。
すぐそこ、20メートルほどのところに海があるはずである。
でも、長屋門の大きなおうちの2階で、海は見えなかった。ちょっとガックリときた。
「海、見えないのね」
「ああ、こっちこっち」
母が手招きして入ってすぐの台所に案内してくれる。
台所の流しから海が見えた。
台所のダイニングテーブルからも海が見えた。
台所の奥には小さな4畳くらいの続きのリビングがありコタツがあった。
そこからも海が見えた。
リビングからは窓から庭に出られる。小さな庭だ。
「出てもいい?」
ミナミがきくと、両親と娘2人はいつの間にか2階に行ってるらしく2階から子どもたちの笑い声がこぼれてきている。
ミナミは、少し微笑むと、窓の外にあったスリッパをはいて、庭にでた。
物干し一つあるだけで、いっぱい。ざっと4畳か6畳ほどだろうか。小さな庭である。
そこからも海が見えた。しかも、下にある家の窓ともかち合わない、海に近すぎもせず遠くもない。机といすがあって、そこに座ると、今まで行ったどの場所よりも落ち着いた。
「ああ、ここだ」
『丘の上のジェーン』という本に、ランタン丘の家をみつけた時の感想がある。魔法のかかった家で、ここが自分の家だって、そう思うってやつだ。
そう、この家のこの風景。
この場所こそ、ミナミがさがしていた、魔法のかかった風景だった。
玄関と台所にはよくある木目がプリントされた合板の板壁。
玄関横の続きの和室は、ちらっと見えただけだけど濃い緑の聚楽壁。
でも不思議と古い家特有のにおいとか湿気もなくて。海に開けた窓が心地よい。
二階はまだ見ていない。
古いし、特段キレイでも、おしゃれでもない。
ミナミの大好きな『come home』とかに出てくるようなオシャレな改造住宅でもない。
それにミナミがずっと住みたいと思っていたログハウスでもない。
それでもだ、ミナミはここが気に入っていた。
見た瞬間からパチンときて、家の中に入って海を見てからドキッとして。
「ああ、ここにずっと憧れだった輸入壁紙を自分ではってみたい」
「ここに、以前買っておいたガイアというペンキを塗ったらどうだろう」
「絵をここに飾りたい」
「玄関と台所を広げて土間にしたらどうだろう」
そんなアイディアが次から次へとわいてくるのだ。
海をながめ、潮風をすいこみ、ミナミは目を閉じた。
「ああ、ここは赤毛のアンがいうような‘想像の余地がある‘場所なんだ」
ミナミは、それだけ考えると、あとは眠るともなく、今ここを存分に楽しんでいた。微笑みながら。




