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シンプルマザー  作者: ボケナスは嫁に食わせるな
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中年にとっての必需品?終の住処を買う

夢のマイホームを売って姉の家に娘2人と居候中のミナミ。海の見える家を80万円でゲット。

「ねえ、ミナミちゃん、家を買おうと思ってるのよ」

 母親の声にはいくつになってもビクビクする。

 幼い頃に、ずっと怒られてきたので、今でもなんだか落ち着かないのだ。

「家?また?」

 ミナミの両親は、やたらと家を売り買いしてきた。

 ミナミの父親は、母と結婚する前。独身の時に大阪の守口市の商店街近くに二戸イチという、家一軒に間口が2つの家を買った。

 それが始まりだったという。

 母と結婚して、長女である姉が生まれてすぐに、大阪の松原市に今度は80坪の平屋の家を買った。

 ちょうど高度成長期で、給料がうなぎのぼりだったことも幸いした。

 三流私大を出た父の会社はあまり有名ではなかったものの、給料はそこそこだったようだ。父はシャープの家電を担当する塗料の営業マンであった。

 今になるとちょっと、おかしいのは、ミナミは電機メーカーに縁があるのだ。初恋でミナミを思いっきりふってくれた人も、夫も、電機メーカー勤務なのだ。

 パッとしない父と同じく、あまり有名でない東京の女子短大を卒業した母は、しっかり者だった。

 口八丁手八丁とは母のことで、とにかく、やるといったことは必ずやりとげる人だった。

 そういうところ、ミナミは一つも受け継がなかった。

「ミナミちゃん、聴いてるの?」

 母の声がちょっと険しくなっている。

「あ、ごめんごめん、聴いてる聴いてる」

 といったものの、母の話をまったく聴いていなかった。

 ミナミは人の話を聴きながら平気で別のことを考えられるタイプなのだった。

 つまり、空気も会話も読めないし読む気もない、半傾聴族の人だったのだ。

「家よ、今借りている島の家、買い取ろうかと思ってるの」

「え、あ、そう」

 ミナミはそういうお金の要りそうな話になるとまたまたビクビクしてきた。とにかく小心者なので、お金のいることは嫌いなのだ。

 その割に、無駄遣いが多い。

 昨日、クローゼットを整理して感じたように、貧乏性ゆえに洋服はすべてリサイクル品で1000円以下。

 バックも靴も、洋服も、少し壊れていたりするところから、始めるタイプなのだ。

 それでいて、そんなちょっと壊れた洋服たちが、クローゼットや納戸、押し入れなど、いっぱいになるほど詰め込めるほど持っているのだ。

「貧乏人の銭失い」

 と夫はののしるけれども、本当に反省したことは、一度もなかった。

「で、ミナミちゃん、あなた買ってくれない?」

 母は、上品だけれども早口できっぱりと、断言した。

「ええ!ええ!ええ!」

 と、心は動揺しつつも、母にお金がないことを知られまいと、とっさに夫に借りようと心づもりを決めて

「いいよ」

 と答えていた。

 こういうところ、『へいろく』という絵本の主人公に似ているのだ。

 なんでも「へい、よ、ござんす」と答えるので「へいろく」とあだ名をつけられた男の物語だ。

 気が好い40%、気が弱い度60%といったところか。

「で、いくらなの?」

「80万円」

「え?」

 母の声に驚いて聞き返す。

「だから80万円。私も最初は冗談かと思ったのよ」

「そっか、安いね」

「島だからね」

 母の声は喜びと、もう絶対に買うという意思のもとテキパキといってのける。

 両親がいま住んでいるのは、市から「ふるさと創生」の移住指定を受けている地区で、ひょんなことからそこに家を借りて住むことになったのが三か月ほどまえのことだった。

 家賃も1万円と破格だったが。

 まさか土地付きの家が80万円とは!

 家までは車の入れる道路はついていないし、人だけが移動しても往復で460円。車をのせると往復5000円以上かかるとあって、若い人が移住しづらいところではある。

 けれども、そんな金額って。

「それがさ、家主の人も、お母さんが住んでおられて、亡くなられた後、別荘として使っていたんだけど

子どもたちも大きくなってずっと行かなくなってるらしいの」

「そっか」

 ミナミは、中国元が値上がりすると信じて10年前に日本円を元にかえ、ゆくゆくは旅行をと考えていて持っていた。貯金以外はそれだけが唯一の財産だった。

 旅行の見込みもないので、先日レートを計算するとちょうどそれが30万円ほどになっていた。

「30万円ならあるんだけど」

「たった30万円?」

 虎の子の貯金は出せない。いざという時にとっておきたいのだ。

「うん。ごめん」

「じゃあいいわ、50万円は私が出すから」

「ありがとう」

 というか、いつものことである。母や父、夫、いや、はたまた娘たち、それに今は姉も・・・・・・みんなに結局はおんぶにだっこでここまできたミナミだったのだ。

「契約、こっちでしておくから」

 そういうと電話はプツンと切れた。

 母の電話はいつも完結だった。

 用件のみ。

 電話がきれてから、ミナミはしばらく、まだ引っ越しの荷物が整理できていない、荷物が乗りにのったソファーに座って考えてみた。

 家、家、家。

 はじめて、人が住める家を、ミナミは手にしたのだ。

 それも海の見える、古いとはいえ、十分手入れのしがいのある、美しい景色そのものを!

 そのとき予感したのは、そうこれを終の住処にしようというものだった。

 夕飯の買い物、今日は特別豪華にしようと立ち上がる。

 家を出て、思いついてポストを開けた。

 先日面接を受けたミュージアムから封筒が届いていた。

 開けてみると、残念ですが、のお知らせ。

 いつもの文面。ミナミが生まれてから44年間見てきた文面だ。

 いつものこと、いつもの私。残念な人。ダメな人。

 そう、いつものことだ。

 何度も自分にそう言い聞かせるのだが、今日は涙が出た。

 というより、わあわあ、運命とか神様とか、ありとあらゆるものを呪って、ののしって、

「こいつ!いっつもいっつも、ひどいじゃないかー!」

といってポストの前で泣いた。

 心の中に

「自業自得」

 という言葉が思い浮かぶが、ミナミは地団太をふんで

「わたしは悪くないーーーーー!」

と叫んで、犬の散歩中のご近所の上品な奥様を驚かせた。

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