ニートな主婦
ミナミは映画オタクの専業主婦。夫は単身赴任で週末だけ帰宅。こどもは平日、中学校や幼稚園。その間、レンタルDVDで映画三昧の日々を送っていた。ボランティアやPTA、習い事。主婦ニートな日常の中、夫から「来月から給料が16万円になる」と言い渡されるまでは
「来月から、給料が16万円になる」
夫がそういって、ソファーにカバンを投げ出した。
夫のカズキは57歳。57歳という年齢だが、まだ40代にしか見えない。一日一食とか二食を8年ほどやっているので、お腹以外には贅肉もあまりなく、シワも少ない。
「あなた眼鏡がずれてるわよ」
カズキは呆れたようにこちらを見た。
「お前、そんなどうでもいいこと!」
「あの、給料が16万円になったらどうなるの?」
ミナミは、夫のずれた眼鏡の上の額ににじむ脂汗を見ながら、たるんだお腹の脂肪を洋服の上から、つまんだ。癖になっているのだ。
「おまえ、貯金いくらある?」
夫がこまくしたてるように訊いてくる。
ミナミはソファーに座ったまま、ぼんやりと自分の唯一の通帳であるゆうちょ銀行の口座記録を思い浮かべた。
本当のこと言うと、すぐに答えられるのだ。通帳の残高はいつも心得ている。
全財産は30万円の定額預金だけ。それも限度額いっぱいまで引き出しているので、借越し分をいれると5万に満たない。
「あの、そんなにない」
とぼそっと答えるミナミに、夫はカッとしたように頭をかきむしる。
でも、本当の数字を言った時よりもマシだろうとミナミはひとり思うのだった。
ミナミはそもそも、結婚以来、夫から生活費として10万円。パートの収入があった一年くらいは5万円とか。食費や衣類をふくむ生活費のみをもらって生活していた。
後の、家のローンとか、水道やガスなんかの費用はすべて夫が管理していて、ミナミは家計のことなど一度も考えたこともなかったといってよかった。
「あの、ごめん」
ミナミもずっと、このままではまずい、貯金しなくちゃって思ってきた。だけど、お金が入ったら入ったで全部使ってしまって、貯金にまわすどころか、わずかな定額貯金30万円で借りられるだけ借りて、カツカツの生活を送ってきた。
いつも自転車操業で、生活の余裕とか、高級な洋服を買うとか、豪華ランチ、旅行とか、そういったものとは無縁だった。
洋服はリサイクルショップ。子どもたちは塾にも習い事にもほとんど行かせたこともなかった。
そんなに、使いたい放題、好き放題やっているという感覚はなかった。
そもそも、夫がどのくらいの収入を得ているのかも漠然としか知らなかった。
ただ、結婚前には、夫は確かに1000万円ほどの年収に、わずか届かないほどあった。
でも、不景気から、どんどん年収は下がってきている。それだけは、夫から耳にタコができるほどきかされてきた。
「おれも貯金はない」
夫の言葉に、ミナミはただうなずくしかない。
今回もまた夫がなんとかしてくれる、そう信じていたのだ。
でもさすがに、16万円で、今の生活を続けていくことが不可能なことは、ミナミにもはっきりとわかっていた。夫にその日の夜、眠るまでこんこんときかされるまでもなく。