C-4 冒険者になろう④
「ふはは、ふはははは、ふあーっはっはっはーっ!
実に! スガスガしい気分だッ! 歌でもひとつ歌いたいようなイイ気分だ~~」
負ける気が微塵もしないぜ! 放尿のおかげかな。体も軽い。どわははは。
最高に「ハイ!」って気分の俺ドラゴン、登場である。コメカミなんか人差し指でグリグリしちゃったりしてな。ああ、今なら時間をも制することができそうだ。
なのになんだ~い、ジャケットくふぅ~ん、シケた面してるじゃあないかぁッ!
「ご機嫌だなお姉ちゃん。今にも「ウリィィィ!」とか叫びだして「無駄」「無駄」連呼しそうな雰囲気だ」
「ふはははは。よーく分かっているじゃあないか。
きさま! 見ているなッ!(漫画を)」
対抗してオラオラしてみるかね。まあ、「無駄」、だとは思うがね。
「なあ、あんたさ。これは確認なんだが。いや、疑ってる訳じゃないんだが、念のためって奴だ。気分を害したなら謝るよ、先に、謝っておく、すまん。でも答えてくれ」
「回りくどい奴だな。男だろ。スパッと言えよ」
「本当に『全知全能』は封印されてるのか?」
「!? !!? !!???」
あ、あば、あばばばばば、な、何を言うだ-! こ、こぼ、この俺がう、う、嘘でも吐いていると言うのか。ぼはははは、うえへへへへ、お、面白いこと言うじゃあないか。生まれてこの方嘘なんか吐いたこと無いと評判のこの俺コート様に向かって! 良くもそんな口が利けたものだ!
「サレテルヨー」
「滅茶苦茶嘘くさい!」
「バ、バカイウナヨー。オレ、ウソ、ツカナイ。ホントダYO」
「怪しいわ。見るからに動揺してるぞ。あまりにも怪しすぎる。一周して本当なんじゃないかと疑いたくなるくらいに怪しいぞ」
「ま、待ちたまえよ! あれはいつだったかな。もう五百年以上経つだろうか。以前にも語って聞かせたじゃないか、ドラゴンが下等生物に成り下がる愚かさを!」
「か、下等生物とまで言ったかな…………?」
「俺は俺であることに誇りを持っている。素晴らしきかなドラゴンの一生。生まれた時点で勝ち組人生! ……と言いきるにはまあ紆余曲折あったりもしたけども、だからって敢えて人の姿を取ろうとなんてしやしませんよ。だからこそ安易に人化した貴様を罵りもしたのだ。
その俺がだよ! 『全知全能』の力があれば今すぐにでもドラゴンの姿に戻れるこの俺がだ! 何故未だこの美少女の見た目を良しとしているか。甘んじて受け入れているのか。全ては肝心要のスキルが使えないからじゃあないか。そうだろう?」
響け俺の言葉! 伝われ真意!
「じゃあその黄金色のオーラは何だよ」
あー、突っ込んじゃうかー。そこ突っ込んじゃうのかー。
「これは、あの、あれだよ。黄金水を排尿する時についでに漏れ出たっていうか……」
「トイレ行く度金ピカ輝いてたら身が保たないだろ……」
最早完全に呆れ顔の黒少年。おかしいな。
「別にさ、責めたりしないよ。あれだけ口にした手前、人の姿になりたくても今更だって気持ちは分かる。地元の神様相手に負けて弱体化にて、これ幸いと甘んじて俗世をエンジョイしたい気持ちも。だからってわざわざ嘘吐くことはないだろう。
今まで好き勝手やってきたくせにどこに引け目を感じて隠そうとするんだよ」
「ばかー!」
「へぶぅっ!」
ドラゴンパンチが黒少年をぶっ飛ばす。
「嘘なんか吐いてないやい! 本当に本当に本当に本当に弱体化してスキルも封じられて元の姿にも戻れなくて仕方がないから美少女生活を楽しもうとする健気な俺をどうして分かってくれないんだ。うあーん!
げふっ!」
心の叫びを吐き出している最中だというのに黒少年は俺の土手っ腹に蹴りをめり込ませる。ちょ、おま、空気読めよ。マジかよ。こいつ女の子にマジ蹴りかますとか、マジかよ。ひくわー。鬼畜上等すぎて引くわー。
「おー、確かに弱体化してるな。拳が軽かった」
――――あ、むかっときた。
油断して距離を取らない黒少年。今度はこちらが腹に一撃お見舞いする。沈み込むような深い正拳付きだ。
「すまんなー。軽い拳でも勝ってしまう俺で。
おや、どうした膝を突いて。ひょっとして、さっきのは単なる強がりだったのかな? お姉ちゃんのパンチは案外効いちゃってたのかなー? すまんな。実にすまんなー。スマンナー! ハーッハハハハハ!」
おっと、少年、目がマジになったね。青筋立ってない? 怒らせちゃったかな?
「ねーねー、怒らせちゃった? ボクチン、怒らせちゃったのかなー? ごめんなー? ちんけなプライド傷付けちゃったかなー? 膝だけじゃなくて自尊心にも泥付けちゃったみたいでごめんなー?
怒った? ねー、怒った? 今どんな気分なん? ねー、ねー」
「いーや、別にっ!」
黒少年から繰り出される足払い。しかし予備動作から見切った俺は華麗に回避。逆に踏みつけ攻撃で腹を狙う。
しかし力を込めた足は掴み取られてしまった。足首を持たれて振り回される。遠心力を付けて地面へと叩き付けられた。そのまま手は離されることなく、持ち上げられては地面へスタンプ。何度も幾度も叩き付けられる。
「いい加減にしろこの野郎!」
地面に指を食い込ませ、持ち上げられるのを耐える。その抵抗で一瞬動きが止まった黒少年へ逆の足でドラゴンキックだ!
さしもの奴もあまりの衝撃に手を離さざるを得なかったか。ようやく介抱されて立ち上がる。
「なんだよ、地面とのキスは流石に飽きたのか?」
「ふは、これ以上チューしたら土の色が赤く変わるだろ(主に鼻血で)。
それより来いよ。ほーら、隙だらけだぞ。打ってこい」
ノーガードどころか顔面さらけ出して首から前を突き出してやる。もちろんサービスなどではない。馬鹿正直に突いてきたならカウンターだ!
「ぶっ!」
お、殴られた。身構えていたのに反応もできなかった。
「おっと悪い。蚊が止まってたぜ。まだいるな、そらそら!」
痛くはない。スナップを利かせたフリッカーだ。手を握らないその拳は殴ると言うより当てる攻撃だ。俺達レベルの攻防でならダメージは通らない。
しかし腹は立つ!
ボカスカ気持ち良さ気に顔面殴ってくれよるわ。ふはははは、何だろうこの苛つき。格下相手に撫でられてるせいかな。そうだな。きっとそうだ。
いい加減目も慣れてきたので飛んできた拳を払い落とす。
「うはははは、なんと貧弱な拳! 軽い軽い! ハエより簡単に叩き落とせるわ!」
調子に乗って撃墜を繰り返していると突然腕を掴まれた。そのまま背負い投げを受け背中から叩き付けられる。
ごふぇ、息ができない。
ストリートファイトで地面に叩き付けられると息ができなくなるという体験談は本当だったのだ。いらん知識がまた増えた。ちくしょうめ。
こちらが呼吸困難で動けずにいる間にマウントを取られた。上から覗かれる勝ち誇った顔が腹立たしい。
「俺の勝ちだな。言いたいことはあるか?」
くっくっ。
笑えるぜ。
この俺が。ドラゴンであるこの俺が。この短期間で二度も続けて敗北しようとは。
悪い冗談だ。はっはっはっ!
「弟よ。こんな言葉を知っているか?」
「うん?」
「姉よりすぐれた弟なぞ存在しねえ!!」
背筋を酷使して無理矢理ブリッジ。持ち上がった黒少年の体に掌底を突き当てついでに自分の体も起こす。
脱出成功!
「はーはっはっはーっ! おれの名をいってみろ!!」
仁王立ちで高笑いである。マウント取った程度で勝った気になるなど千年早いのだ。
「あら?」
カクッと膝が折れ曲がる。目に写るのは空。
どうも、黒少年が苦し紛れに放った蹴りの、かかと部分が俺のアゴを掠め、脳を揺らしたらしい。なんだかすごく冷静に把握出来た。
ドラゴンの太く逞しい首ならこうはならなかっただろうに。
ああ、まったく、人間の体って奴は…………。
◆
「っていう夢を見たんだ」
「夢オチに持って行こうとするんじゃないよ。俺勝ったから。あんた負けましたから!」
一瞬だけ気絶して即復活。上半身だけ起こして開口一発言ってみたんだが、乗ってくれなかったか。
おや。オーラも消えてしまった。残念、これではもうただの美少女。戦えません。
「はぁ~ぁ。負けた。認める。よし、負け!
ってことで、後始末お願いします」
「あいよ」
野次馬相手に黒少年が記憶の改ざんを行う。本日何回目だっけ。三回? 便利だよなー、記憶操作。細かい調整が面倒そうだが。
◆
「凄かったよー! 二人とも、文句なしの即戦力! 大歓迎だよ!」
受付のお姉さんから賞賛を受けつつ室内へと戻る。
あとはつつがなく冒険者登録を済ませて終わりだ。なんならちょっとした依頼を受けたっていい。
そうだ、忘れてた。なんか説明があるとか言ってたな。手早く済ませてくれると嬉しいんだけど。
ゲームのチュートリアルとか嫌いなたちなのでちょっとげんなり。
――したところで、入り口のスイングドアが「ギィ」と音を立てた。つい目をやると、そこには先頃撃退したTHE・人攫いという風貌の巨漢が。
「あれ、追ってきた?」
「いや、ちゃんと処置したぞ。たまたまじゃないのか?」
とはいえ、ここで再び絡まれるのも面倒だ。
どうしてくれようかと考えていた折、同じく件の悪漢を目撃した受付のお姉さんが大声を張り上げた。
「どうしたんですかその格好! まさかサボってお酒を煽ってたんですか! うわ、アルコール臭っ!」
「いやあ、面目ない。それがさっぱり記憶が無くて――
おん? 何でこんな所に子供が居るんだ。ひょっとして、迷子かぁ? うぇーへへへ、おじちゃんがパパママ探すの手伝ってやるよぉー」
「ちょっとやめて下さいよロンドさん。この二人は新米冒険者です。すっごい有望株なんですよ! 期待大、将来性も間違いなし!
あ、この人、ロンドさん。見た目は怖いけど、うちの支部局長なのよ」
「ギルドマスターって言ってくれよ。いやーははは、子供扱いして悪かったなぁ。歓迎するぜぇ、新米君!」
――うん、あるよね、そういうことって。あるある。
ほんのささいなすれ違い、勘違い。不幸な事故だったんだ。
本人は愛想良く笑ってるつもりの顔で近づいてきた。
だが俺は握手を求めるその手を払いのけて言ってやった。
「臭ぇっ!」
周りは一同、ポカンである。
なんていうか、居たたまれなくて。つい。テンパったって言うか。
だって、悪漢だと思ったんだもの。見た目完全に人攫いなんだもの。それが笑顔で近づいてきたらさあ、身の危険を感じるのはさあ、仕方のないことだと思うんだよねぇ!
いや、しかし、吐いた唾は飲めねえ! このまま押し通す!
黒少年を引き連れ、胸を張って出て行くのだ!
そして去り際に捨て台詞を一言。
「また来るぜ!」
こうして我々は冒険者としての第一歩を踏み出したのであった。
なお、後日聞いた話ではあるが、ギルドマスターが禁酒を始めたらしい。
うん、すまん。でもその前に身だしなみに気を遣え。