B-2 これがバレンタインデーだ
昨日も更新してます。
未読の方はそちらから。
バレンタインデー。この世界で初めてのバレンタインデー。
初年度だというのに恋する男女は老若男女を問わずウキウキと浮き足立っている。
コンデュアの街全体にハートマークがふわふわ飛び回る錯覚すら見える。
ほら、ここにも初々しい若人が二人。
「ケミィちゃん、は、話って何かな」
人族の少年が首の裏を掻きながら、何でもない風を装っている。だが顔は赤いし、目の前に立つ少女と目を合わせることも出来ないし、若干声もうわずっている。緊張していることこの上ない。
「んっとねー、あのねー、あ、朝から急に呼びつけてごめんねー?」
そしてチョコを背中に隠し持ったエルフ族の少女がモジモジと恥ずかしそうにしていた。顔を赤らめての上目遣いである。少年からしたら反則ものの可愛さであった。
「い、いや、別に……」
なんてぶっきらぼうに応えてみたが正直もう限界であった。嬉し恥ずかしすぎて死んでしまいそうだ。
一方で少女も恥ずかしさの限界であった。人生初告白である。ニヤニヤ笑う家族から「頑張ってこい」と送り出されたのである。そしてイベントの勢いに任せて通学途中に人気のない路地裏にまで相手を連れ込んでしまったのである。我ながら凄い行動力だと自画自賛しているのである。後はスパッとチョコを渡して告白するだけなのである。
――ええい、女は度胸だ! 渡せ! 告れ! いくぞ! いくぞいくぞいくぞぉ~っ!
「あ、あのねーっ!」
「は、はひぃっ!」
「こここ、これーっ!」
「え、あ、え、ええ? こ、これって!?」
男の子は戸惑った様子で差し出されたチョコを受け取った。知ってたけど。今日このタイミングで呼び出されて他に何があるのかって話だ。
だがそれでも訊いてしまう。訊かずにはいられないではないか。
「こ、こ、これって、その、そういうこと、で、いいんだよな?」
それに女の子はコクリと小さく頷いて応えた。
ブラボーである。男の子は心の中で「百点満点やんけ!」と叫んだ。何が満点かは知らないがドッカン花咲く春が来たのだ。天国はここにあった。ライフ・イズ・ビューティフル。人生賛歌。生まれて万歳。神様ありがとう!
「ケミィっ!」
「ほ、ほげぇぇぇっ!!」
「ありがとうケミィ。大切にするよ。これからずっと、一緒にいよう!」
少年は感極まって少女に抱きついた。少女は乙女らしからぬ奇声を上げていたが全く気にならなかった。むしろそれだけ意識してくれているのかと嬉しくすら思ったほどだ。
しかし。
少女が驚いたのは突然のハグがためではない。
彼女は見てしまったのだ。
少年の後ろに隠れていたその存在を。
◆
愛と平和の街コンデュアには一つの都市伝説がある。
ネコミミだけを襲うモンスターの話だ。
だが年を経るにつれ話は変遷し、今では悪い子を食べてしまう恐ろしい怪物となっていた。
住人なら誰でも知っている。そして誰もが子供騙しの躾け話なのだと馬鹿にしている。
その恐怖が。
今。
少女の目の前に立っていた!
神のお膝元であるコンデュアに、モンスター、再び。
◆
死んだ目をして舌をベロンベロンと揺らし力強く歩み来る子ドラゴン。
言わずと知れた我らが主人公、ドラゴン・コートである。
「おおおおお、リア充どもがぁぁぁ。青春なんて糞食らえだぁ。愛は幻ぃぃ。露と消えるがいいぃぃぃ。ぅぉおおおおぉん!」
主人公である。
少年少女は叫び声を上げた。そして形振り構わずに逃げ出したのである。
だがしかし。少年は少女の手を握りしめていた。決して離しはしないという決意が表れているようだった。
その後ろからモンスターが追ってくる。土煙を上げ、大きな足音を立てながら。
モンスターは少年の胸ほどの大きさしかなかったはずだ。しかし、聞こえてくる音はまるで巨大な獣のようである。
それを振り返って確かめることは出来ない。恐ろしさに飲み込まれてしまうから。
とにかく人のいるところに出よう、と駆け出した少年であったが、その考えはすぐに絶望へと変わった。
大通りへ出た彼が目にしたのは、人馬族と鳥人族の男女がモンスターに襲われているところだったから。そして耳に届く絶叫は一つや二つではなかった。
そう、モンスターは一匹ではなかったのである。少年が知る由もないが、今やコンデュアでは数え切れないほど多数のモンスターが跳梁跋扈していたのだ。
子ドラゴンがいた。コボルトがいた。ゴブリンがいた。スライムがいた。グリフォンがいた。キマイラがいた。イビルデーモンがいた。マッドスネークがいた。人族や人馬族や鬼族や狼牙族といった者達も何故かいた。
そしてその全てが黒いメガネをかけ、真っ赤なハチマキを締め、「カップル滅べ」と書かれたタスキを下げていた。そして、そこかしこで男女を襲っていた。
「カップル狩りだー!!」
鐘が鳴る。警鐘の鐘が。
ここ数十年聞こえることのなかった音が街中に響いた。
すなわち、緊急事態である。
街の自警団や国から派遣された警邏衆がモンスターを取り押さえるため武器を手にして現れた。次々と捕らえられていくモンスター達。
しかし――しかし、何の執念か、モンスター達はそういった警備兵達には目もくれず、男女のペアだけを目の敵にして襲い続ける。
いや、違う。そうではない。彼奴等が狙うのはただのカップルではない。
チョコだ。
今日、この日、バレンタインデーにチョコを渡し、渡された男女のみを標的としている。隠しても無駄である。カカオの匂いは消そうにも消しきれない強い匂いだ。
「チョコだ! チョコを捨てるんだ-!」
真相に気付いた誰かがそう叫んだ。
指示に従い、手に持つチョコを投げ捨てた者がいた。するとモンスターは親の敵であるかのようにチョコを叩き付け、踏みしめ、原型も留まらぬ程破壊し尽くした頃、ようやく満足して別のカップルを探しに去っていった。
だが。だがそれでも。
チョコを捨てることが出来ない者がいた。恐怖に泣き叫び、怯えて退いたとしても。チョコだけは死んでも手放さないと覚悟を決めた者達が。
何故ならば、それはただのチョコではないからだ。
愛。
勇気を出して告白してくれた女性の気持ちそのもの。
それを、それを捨てるだなんてとんでもない!
「いいの! チョコなんてどうでもいい! 捨てて!」
「できない……できないよ! ケミィの気持ちがこもったチョコを捨てるなんて。あんな風に叩き付けられて、踏まれて、粉々になるところなんて見たくないんだ!」
少年は少女を庇い、手にしたチョコも決して捨てようとはしなかった。
勇気ある少年に、モンスターはゆっくりと歩み寄る。
いつの間にか二人は袋小路に追い込まれていた。逃げ場はない。為す術も残されていない。助かりたければチョコを捨てる他ないのだ。
だが。少年は、それでも、捨てられなかった。
彼は意を決して包装を破り、涙を流しながらチョコを食べた。ひょっとしたらモンスターの逆鱗に触れ、殺されるかも知れないと考えながらも。
喉がからからで飲み込むのも難しかった。だが最後まで食べきった。口の中に何も残ってはいないぞと、大口を開けて証明した。ざまぁみろと最後の意地で笑ってやった。
そして彼は。
「ケミィ、逃げろ! 逃げるんだぁっ!」
モンスターに向かって特攻した。
相手は子供とはいえドラゴンである。ただの子供である彼に勝ち目はない。だが、好きな相手を守るというただそれだけの想いが、怪物へ立ち向かうという行為を良しとした。
体当たりをして、後ろの少女へ被害が及ばぬよう、逃げる時間を作れるよう、恐ろしい怪物と組み合ったのだ。
少年は泣いていた。自分がここで死ぬことを受け入れて。
少女は泣いていた。失うものの尊さが大きすぎて。
だが少年に死は訪れなかった。
あろうことか、モンスターは彼を優しく抱きしめその背を軽く叩いたのだ。まるでその健闘を称えるかのように。
最早危険は去ったのだと直感した。そして少年は安堵と共に膝から崩れ落ちた。
その正面にはモンスター。しかし、その顔は晴れ晴れとしていて、まるで女神のような微笑すら浮かべていた。
「へぶぅっ!」
でもビンタされた。
立ち去るモンスターの背を見ながら、少年少女が思う気持ちは「なんで?」の一言であった。
□□□ バレンタインデー □□□
ドラゴン商会が企画した告白イベント。その日、女性は意中の相手にチョコを渡して告白することが出来る。
ただし告白の際には何処かより現れたモンスター(目撃された種属は多岐にわたる)に襲われる。これを撃退、または女性を守りきることで男性はその想いを証明する。チョコも守り切れれば尚良し。
後年は男性側(稀に女性側)でモンスター役を用意し、自作自演を行う茶番が流行した。
□□□□□□□□□□□□□□□□
なお、初年度に現れたモンスター(っていうかモテない独り身の有志達)は、激怒した獣神ジャケットにより午前中の内に掃討されたことをここに記す。
ちゃんちゃん。