C-15 グローバル企業⑤
神の一番槍・ジオは新たな使命を受け、一路ラックライクの街を目指して進んでいた。
しかしその足取りは重い。
◆
封じられた大陸より多くのドラゴンが飛翔し、集団となって移動を開始した。
これを危険視した神はその動向を見張っていた。
初めは彼らの土地へ使徒を使わした事への意趣返しかと判じていた。相当の実力者であるはずのジオが破れたことで、敵勢力はこちらを軽んじているのだろう、と。
しかし、その集団が向かう先にあの愚かな女神が滞在していると分かり、状況は変わった。
潜伏先へと今更部下を呼び寄せる。その答えは一つだ。
封じられた力を取り戻すべく、行動を開始したのだ。これまで一所に留まり身を隠していたのはその準備のため。よもや一年も経たぬ内に用意が整ったとは思わないが、順調に次の段階へと進んでいることは想像に難くない。
若く愚かであるとはいえ、腐っても神である。同じ神の殺し方は心得ているはずだ。
神は元より強大な力を持つが、信仰により更に強大になっていく。
故に神の戦いとは信仰の多さで勝敗を決する。相手陣地に潜り込み人々の信心を掠め取ることは、敵対する神の力を削ぐと共に己の力を増すための手段ともなる。
その考えを肯定する根拠の一つに、ラックライクの街の一部は女神へ祈りを捧げ、本来の神を蔑ろにしている。
神に敗北は許されない。
神の破滅は即ち守護する対象全ての滅びへと直結するためである。ならばこそ、実力差も弁えず挑んできた女神に対し慈悲を与えたのだ。消滅させることもなく、その幼稚さが消える日まで慎ましく生きるように、能力を封じるに留めた。
世の安寧は守られた――はずであった。
歯車が狂ったのはどこからであろうか。
様子見に向かわせたはずのジオが放心して戻ってきた時か。
子ドラゴンの姿をした女神から挑発を受けた時か。
獣神により封じられていた土地が開放された時か。
それよりももっと――遙か昔――竜王様がご自身の御霊を癒されるために隠遁なされた頃か。
考えても答えは出ない。そこで神は行動に移ることにした。これまで通り天下太平を守るために。脅威となるならば排除するために。
◆
んでもって白羽の矢が立ったのは闘士・ジオである。貧乏くじを引いたとも言う。
仕方のない話である。神の信徒は数多くあれど、その中で群を抜いて優秀なのがジオなのだ。一筋縄ではいかない有事の際に、最も信頼できる部下に命じることは当然のことだ。
勅命を授かった直後こそ、信仰する神に信頼されている事実に喜び、意気揚々と拝命した。先の敗北で被った汚名を雪ぐ目的もあった。
しかし相手がドラゴンと知って「すげーやだな」と思った。それが封じられた大陸の者達だと知って「絶対やだな!」と思った。
あいつらは畜生だ。真の鬼畜だ。小動物を振り回して遊ぶ子供のような奴らだ。しかも長く遊べるように手加減してくるところがきつい。いっそ壊れてしまえば終わりも訪れようが、律儀に回復魔法で治してくれる。終わりがない。心が折れて倒れ込んでも、いっそ殺せと叫んでも、「まだいける! まだ大丈夫!」という励ましの声をかけて無理に奮い立たせようとするのだ。そんな気づかいは正直迷惑なのだ。
はっきり言ってトラウマである。二度と関わり合いになどなりたくなかった。
だが神は言っている。脅威は取り除かなければならないと。
行きたくない気持ちと。
行かねばならない使命感と。
天秤の両側に乗せたらピッタリ釣り合ってしまった。
故に歩みは牛歩の如く、しかし確実に目的地へ進み行く。
神の使徒としてはどうかと思うが、「いっそ滅んでてくんねーかなー」とか考えてしまう。そして満足してとっとと帰って欲しい、などと。普段のかしこまった口調もどこへやら。それだけ彼の精神は参っているのだ。軽率な暴論も考えるだけならば責められはすまい。
だがふと思う。敵はドラゴンの集団である。それも一体一体がジオに匹敵する強敵。ひょっとすると本当に街は滅んでいるかも知れない。
それはまずい。流石にまずい。実際に滅んでしまうとそーとーにまずい。由々しき事態である。
ジオは千里眼を発動し、街の様子を探る。
そこで見たものは――
なんということだろうか。獣人の少女が、単身、ドラゴンの集団と戦っているではないか!
ジオですら苦戦するドラゴンと、多対一で相手する無謀。なぶり殺されるのは目に見えて――いや、延々と拷問のようにいたぶられ続けるのか。
ジオの闘志に火が灯った。迷いは瞬時に晴れて消え去り、高速移動で街へと向かう。
人々を助けるために立ち向かう少女。更に言えば、この一体は獣人差別の蔓延する土地であったと記憶している。だというのに、彼女は単身立ち向かうのだ。
なんという高潔な少女だろうか。まるで光を放つかのように神々しく見える。
彼女の魂は、金色に光り輝いている!
ジオの心は震えていた。少女への感動と己への情けなさで涙すら流していた。護らねばならない、と心が強く叫んでいた。
◆
「闘士・ジオ、助太刀する!」
駆けてきた速度を活かし攻撃へと転じるジオ。闘気は既に練ってある。その一撃は必殺の一突きとなるはずであった。
しかし。あろうことか、助けに来たはずの少女の背中が目の前に立ち塞がり行く手を阻む。そして信じられない言葉を言ってのけた。
「手出し無用! こいつらは俺一人で仕留めてみせる!」
鈍器で頭を殴られたような衝撃がジオを襲った。
少女は『覚悟』を決めている。単騎立ち向かう雄志を街の人々に見せることで絶望を拭い去ろうとしているのだ! そして彼女はそれを為し得る実力を備えている。既に半数のドラゴンが倒れ伏しているその事実が雄弁に物語っている。
この少女は強い。体だけではなく、その心も。
「なんという高潔さ! なんという魂の輝き!
――ああ、この少女こそ女神だ! そう呼ばれるべき存在だっ!」
ジオは感激のために涙し、叫んでいた。口に出さずにはいられなかった。
神に全てを捧げたジオであったが、もう一人、全てを捧げても構わないと思える存在と出会えた。彼にとって、これは運命の邂逅であった。
人類の域を超越した亜神・ジオ。並び立つ者無きその彼の横で対等に立てる相手。
これまではいなかった。
しかし、今、目の前にいる!
彼の胸が奮える。これは恋だと瞬時に自覚した。焦がれるような想いが魂を焼いたから。
ジオが見守る中、少女は戦った。
結果は勝利。圧勝と言ってもいい。
少女は勝った。勝ったのだ。
拳を挙げて勝利を告げる少女。その背中は小さかったが、とてつもなく大きい存在感があった。
◆
ふはははは。ふはーっはっはっはーっ!
勝った! 俺は勝ったぞ-!
ふぅーっ、思いのほか苦戦してしまったな。それだけ弱体化していたと言うことか。
しかしそれでも勝ってしまう俺! いやーははは、まいったな、流石俺。強すぎるな、俺。
まあ、お前らもよくやったよ。この俺ドラゴ――じゃなかった、ネコミミ美少女メイドを相手によく善戦したものだよ。誇るがいい。お前らは強かった。ただ、それよりも俺が強かった、それだけの話だ。
途中でなんか空気読めてない奴が助太刀しようとしてきた時はビックリしたけれど。手柄を独り占めするためには余計な横槍はノーサンキューだ。っていうか、なんか泣いてたな。最後まで見学してたし。ここだけの話、ちょっとキモかった。やだわー。大人しく奮えて逃げればいいものを。ひょっとして俺に見惚れちゃったかな? 俺ってかわいいもんな-。ふはーっはははーっ、すまんなー、かわいくってすまんなー!
まあいいや。そんな小事など放っておこう。
意気揚々と凱旋する俺。見張りの兵士共は俺の戦う姿を見ていたはずだ。この俺の活躍を存分に喧伝してくれることであろう。
ドラゴン達は俺に退治され、心を入れ替えて部下になったと伝える。そしてドラゴン商会ラックライク支店を立ち上げ、真面目に働かせる。ドラゴンすら使役し、従順にしてしまう。その事実に俺の名声はうなぎ登り。黒少年の存在など霞んで消えてくしゃぽいさよならだ。
完璧だ。完璧すぎるシナリオだ。己の策士ぶりに恐れすら感じるよ。
さあ、俺を褒め称えよ! そして存分に奉れ! チヤホヤしちゃっていいんだよ!
有り体に言って俺は持て囃されるのが大好きである! この先の展開を思うとワクテカが止まらないぜ。宿屋で全裸待機だ! うはーっはっはっはーっ!
◆
意気揚々と街の門を潜る。
賞賛を期待して笑顔の俺。
しかし現実は非常である。
なんということでしょう。この糞馬鹿共め。
街の外へ出る時、無限沸きにも思える衛兵の足止めを受けてしばしの間拘束されていた俺。その時の衛兵達がである。あろうことか。
まだ俺のことを押さえているつもりでのしかかっていたのである!
馬鹿かこいつら。下の方どうなってんだよ。お前らの仲間の兵士潰れてんぞ! 死んでないだろうな……。
…………あ、ていうか、総出でこんな馬鹿なことしてたのかこいつら! あー、馬鹿! 本当、馬鹿!
ってことはだよ。俺のこと見てた兵士なんか一人もいなかったってことじゃねーか!
ふ~ざ~け~ん~な~よ~ぉ!
なにやらかしてくれてんだよこの糞馬鹿共は。貴様ら馬鹿共が言いふらしてくれないと俺の勝利が信憑性の薄っぺらい話になっちゃうだろうがよ。どこの世界の住人が「ネコミミの美少女メイドがドラゴンぶっ殺してたよ。素手で」とか言って信じるんだよハゲこら。
そういう杜撰な仕事されっと困るんですけどー!
そしてだ。
冒険者組合に戻って報告したら案の定信用されない俺ネコミミ美少女。どころか嘘つき呼ばわりしてバカにする手合いまでいるよ。あはははは。笑える。一周してマジウケる。
よーし、こいつら殺そう。俺をバカにした時点で万死に値する。すんごい久しぶりに言うけど、ドラゴンキックが空を斬るぜ!(決め台詞)
だがまだだ。まだ焦るような場合じゃない。なにせドラゴン達が倒されているのは事実。そして立ち向かったのが俺一人だと言うことも。
ならば答えはただ一つだろう?
これは謂わば約束された勝利! 俺が名声を浴びる未来は確定事項なのだから!
一人輝かしい未来を思い浮かべて悦には入る俺。そこへ一人の人物がスイングドアを押し開けやってきた。
「おーん? 今更誰が来やがったんだ。悪いが今は閉店中だよ、受付の嬢ちゃんが帰っちま――った――――から…………ってっ!
あ、え……ほ、本物――か?」
有象無象の一人が来客に対応する。が、どうも様子がおかしいと目を向ければ、なにやら盛大に狼狽えている。そしてその目の先に立っているのは――街の外でただ一人俺の戦いを見ていた男がそこにいた。
男は俺を見つけると嬉しそうに破顔した。そしてこちらに近寄ろうとするのだが、生憎むさい無頼漢共に行く手を遮られてしまう。
「あの――まさか、ひょっとして、最強のグラップラー、ジオさんじゃあないでしょうか!」
「ですよね! やっっぱり、ですよね!」
「す、すげえ。生ける伝説にこんなところでお目にかかれるなんて!」
「さ、サイン! サインください! ああ、色紙誰か持ってねえか! いや、なんならこの鎧に一筆お願いしやす!」
「馬鹿。騒ぐな、ジオさんに失礼だろうが! でも、本当にどうしてこんな所に――はっ! ま、まさか、この街の危機を聞きつけて? こ、こんなに早く来て頂けるなんて!」
「おい、大変だ! 街の外にいたドラゴン達が全部倒されて――え、ぐ、闘士・ジオ? あっ、え、そういう――お、うおぉぉぉっ! そ、そういうことかっ!」
世界最強の闘士・ジオが街の危機に駆けつけて、ドラゴン達を全て倒してくれた!
そんな誤解が蔓延し、あれよあれよの盛り上がりを見せる。
あの、ちょっと、待ってくださいよ。
な、なんだよこいつ! ぽっと出のくせに俺の手柄全部かっさらっていきやがって!
うあぁぁぁっ! モブだと思って油断していた! ふ、ふざけるな!
予想だにしなかった事態に奮える俺。その肩を黒少年が慰めるように叩く。おお、この屈辱よ。怒りが俺の心を支配する。
ゆ…ゆるさん…
ぜったいにゆるさんぞ虫ケラども!!!!!
じわじわとなぶり殺しにじてくれる!!!!!
あああああ。うあぁぁぁぁぁ。うあぁ~ん、うあぁ~んっ!
この少女こそ女神だ! ← ここだけ正解
仕事が忙しいので年度開けくらいまで不定期更新になるかもです。
できるだけ頑張る。
その昔、とあるアニメ制作会社が良いことを言っていた。
「できたら配信! できるだけ更新!」
実に素晴らしい。流石は京アニ、見習いたい。




