C-14 グローバル企業④
ふっふっふっ。
いい感じに敵地に向かう演出が出来たのではないだろうか。客観的に見ても今の俺ってかっこいい。
こっちに来てからと言うもの、俺は毎回にぎやかしの三枚目で終わっている。そして黒少年が問題を解決し手柄を総取り、奴一人が脚光を浴びるってーお決まりのパターンよ。
だがここから先はこの俺ネコミミ美少女メイドの独壇場! 奴の立ち入る隙はない!
完璧だ! 完璧なシチュエーションだ! 今度こそ俺に崇敬の念が向けられるであろう事は間違いない!
自画自賛と自己陶酔に酔いつつ、門を潜り外へ出――――る前に衛兵に止められた。「自殺行為はやめるんだ!」などと訳の分からないことをのたまいながら。
面倒だから無視して突き進もうとするが尋常でない数の兵士共がわらわらと現れ、俺を羽交い締めにし、のしかかって潰そうとしてくる。貴様ら、俺の足を止めたいのか息の根を止めたいのか、どっちだ。
あまりに数が多いので、上の方の奴らは下がどういう状況かなんて分かりゃしないのだ。しれっと抜け出しても気付かないくらいだし。こんなマヌケが衛兵でよく保ってたな、この街は。
まあいいさ。バカな子ほどかわいいとかも言うしな。事が終われば俺のことを称える信者になるのだと思えば愛おしさすら感じられる。
後ろで見ていな、俺の雄志を。
◆
門を潜ると巨体の群れが目に見えた。一キロも離れてない場所に降りてたんだな、こいつら。
こうして見ると、やっぱスケールでかいなぁ、ドラゴン。人の視点からすると山が動くし空飛ぶし、ってところか。うむ、流石は最強種。同じドラゴンとして誇り高いぞ。
あ、トゲ尻尾と目が合った。
あの野郎、何をキョロキョロしてやがる。あ、近くの奴と話し始めた。ここからじゃ何言ってるか聞こえんなぁ。
こういう時は読唇術だ。でもドラゴンの口って読みづらいなぁ。
えーと、なになに?
「ねえ、あの子俺のこと超見てるんですけど」
「はいはい。酔っ払いは口より手を動かす」
「酔ってねえよ! なあ、ちょっと、これどうする。女の子一人で工事見物しにくるの危なくないか。ヘルメット貸してくれよ」
「被ってるだろ。頭に」
「俺用じゃなくて! あの女の子に!」
「寝ぼけてんじゃないよこのバカちんが。女の子なんてどこに――――うわー! めっちゃこっち見てるー!
任せた。行ってこい」
「はぁーっ!? おま、ちょ、おまっ!」
トゲ尻尾は「え、本当に俺が行くの?」みたいな雰囲気でキョドっている。うーむ、案外俺の読唇術は当たっているのかも。
何度も後ろを振り返りながらこちらへ歩み寄ってくるトゲ尻尾。いつの間にやら他のドラゴンも手を止めてこちらの様子を覗っている。こんなでかい奴らに一斉に見られると、なんだな、普通の奴なら失禁しそうだな。
んで、なんであいつはああも嫌そうな感じで近づいてくるんだ。俺みたいなネコミミ美少女メイドと会話ができる折角の機会だというのに。
――――? あれ、念話来た。
◆
「商会長。まずいッス。なんか、女の子が一人近づいてくるんスよ。ヘタにケガとかさせたらまずくないスか。商会の支店作ろうぜなんて場合じゃなくなっちゃいますよ」
「アホか。俺だよ俺」
「ほい? 何がスか?」
「目の前のネコミミ美少女メイドは俺だと言うとる。ほら、ピースピース」
「…………え、本当に?」
「本当だよ。よし、証拠を見せてやろう」
◆
ウォッホンと咳払いを一つ。それから大きく息を吸い込んで声を張り上げる。
「ネコミミ幼女をペロペロするんじゃよ~っ!」
「商会長だー!!」
一瞬で信じたトゲ尻尾は駆け足で近寄ると俺の襟首を咥えて皆の下へ急ぎ戻った。
「バカ! 連れてきちゃったよこのバカ!」
「信じられないバカだ!」
「拾った場所に返してらっしゃいこのバカ!」
「バカバカバカバカうるさいな。違うんだよ。これ、商会長なんだってよ!」
おお、『これ』呼ばわり……。上司をなんだと思ってるんだこのバカは。
「商会長が人の姿に化けるわけないだろう。お前、副会長が初対面で説教喰らった話知らないのかよ。人の姿に化けてただけで殴られたって言ってたのに自分がやるわけないだろ」
「んだんだ。オイラも昔、人化の術を使ってたらぶっ飛ばされただ」
「って言うか、力説してたよね。『なるもんか、絶対に!』って」
「そこまで言っておいてあっさり人に化けるとかしてたら笑うわ。指差して笑うわ」
……やばい。耳が痛い。なんだか恥ずかしくなってきた。
これ以上はまずい。羞恥心で潰されそうだ。早く俺だと信じてもらわなければ。
ウォッホンと咳払いを一つ。それから大きく息を吸い込んで声を張り上げる。
「ドングリなんか食ってられっかーっ!」
『商会長だーーっ!!』
やれやれ、やっと話が進められるぞ、と安堵したのも束の間。疑り深い奴は居るもので、「いや、しかし……」と続ける。
「あの商会長がメイド服なんて着るか? 『服なんて着るもんか!』って変な主張してただろう」
「言ってた言ってた。『家の中で服なんか着る奴があるか!』とかなんとか」
うん、まあ、ドラゴンだしな。普段は全裸になるよな。仕方ないだろ。
ぶっちゃけネコミミ美少女メイドとなった今でもその辺の考えは変わらない。黒少年に怒られたから今は室内でも服着てるけど。
だが俺はこんな下らない雑談を聞くために出向いたわけではないのだ。早く俺だと信じてもらわなければ。
ウォッホンと咳払いを一つ。それから大きく息を吸い込んで声を張り上げる。
「こんにちは。ブルジョアです」
『商会長だーーっ!!』
やれやれ、やっと話が進められるぞ、と安堵したのも束の間。疑り深い奴は居るもので、「いや、しかし……」と続ける。
「商会長にしては存在感が薄いような……なんか、もっと、こう……神々しいオーラみたいなの醸し出してなかったか?」
「それな。とんでもないスキル持ってたもんな」
封印中だからな。しかし、そうなのか。俺って実は普段から神々しかったんだな。
ウォッホンと咳払いを一つ。それから大きく息を吸い込んで声を張り上げる。
「これならどうだー!」
VS黒少年戦で見せた金色のオーラを放出する。
『商会長だーーっ!!』
やれやれ、やっと話が進められるぞ、と安堵したのも束の間。疑り深い奴は居るもので、「いや、しかし……」と続ける。
「商会長がこんなに気長に付き合ってくれるか? 普段の商会長ならとっくに拳が飛んできているところだ」
「だったら望み通りにしてやろるわぃ!」
鉄拳制裁。ドラゴン一匹吹っ飛ばすなど造作もない事よ。
『商会長だーーっ!!』
やれやれ、やっと話が進められるぞ、と安堵したのも束の間。疑り深い奴は居るもので、「いや、しかし……」と続ける。
「商会長のパンチにしては威力が低いような――」
「――うるっっっっっさいよ! もういいだろ。いい加減話を進めようぜ。会議の度にこんな無駄話ばっかりしてるからドラゴン以外の従業員に「幹部仕事しろや」って愚痴られるんだよ!」
『商会長だーーっ!!』
「お前ら、それが言いたいだけだろう!」
◆
「んで、結局なんでそんなんなっちゃったんです? ドラゴンの姿には戻らないんですか?」
「戻れないんだよ。実はな、カクカクシカジカというわけでな」
「ははぁ、なるほど。それはマルマルウマウマですな。
外の世界には凄いのが居るもんですね! 商会長が歯も立たないとは」
いや、歯が立たなかったわけではないよ? ちょこっと油断していただけで。相手も流石に神様だね。その少しが命取りだったわけだ。
「でも、そんなに弱体化しちゃったんなら、今やれば俺らでも勝てちゃったりして」
と、一匹が冗談めかして言う。
あはははは、なんて朗らかに笑い合う。
けれど何匹かは目が剣呑に変わる。「その手があったか!」って感じの目だ。そして不穏な空気は伝播し、やがて誰も笑わなくなった。
部下共が沈黙と共に俺の様子を覗っている。
その中で、俺だけがニヤリと嗤った。
馬鹿共め。能力を封じられたとはいえこの俺が十把一絡げの貴様らに後れを取るとでも思っているのか。
「いや、しかし……」と一匹が呟いた。
「本当に商会長だったら、自分ら程度は軽く捻ってしまうのでしょうなぁ」
俺の答えは決まっている。
「試してみるか?」
日頃から無駄に体力を持て余している連中だ。俺の挑発を受けて、それはもう嬉しそうに咆吼をあげた。何匹かは完全に下克上を狙っているが。
上等である。
教育してやろう。最強種の中にあって、このおれは頭一つ飛び抜けている存在なのだということを。




